ベランダで君のことを考えながら、運河と夜空の星を眺めていた。午後10時20分、埠頭のほうでテニスコートの照明が消えた。人々は今夜も、スポーツで疲れて安らかに眠るんだろう。僕はまだ眠らないよ。手紙を書かなくちゃいけないんだ。はじめて君に出す手紙。 ねえ、どうしていつも僕たちは考えてもしかたのないことばかり考えてしまうんだろう。きっと君なら僕のそんなつまらない疑問にも、なにかもっとロマンチックな答えを返すことができるんだろうね。たとえば「考えてどうにかなることなんてなにひとつないのよ。だって人を動かすのは愛しかないんですもの。あなたは誰かを好きになろうと考えて、それで本当にその人を好きになることができて?」とかなんとか。 それでね、タイムマシンの話。時間について考えることは記憶について考えることに似ていると思わない? 時間って本当に、みんなが思っているみたいに、矢のようにどんどん通りすぎてしまうものなんだろうか。僕の中では時間はいつもそのままの時点でとどまり続けている。そして、ただゆっくりと風化していくだけなんだ。 たとえばこの手紙には、2003年1月15日水曜日における僕の、君に対する想いが封印されている。それは何度読み返しても変わることのない想いなんだ。少なくとも手紙の中ではね。10歳の時に読んだのと同じ本を、20歳になってから読みなおしてみたら、全然違うメッセージを持っていたことに気づくみたいに、受けとめかたはいつだって違うかもしれないけれど、それでもストーリーは変わらない。多分、変わったのは手紙じゃなくて君自身なんだ。 同じように、僕がこの手紙を書いている今と君がこの手紙を読んでいる時では、現実の僕は別のことを考えている。タイムラグだ。それは時に悲しいことではあるけれど、それでも自分が愛された記憶が確かにそこに存在するってことを、僕たちは祝福、あるいは感謝をもって受けとるべきなんだろうね。そう、だからこの手紙は一種のタイムマシンなんだよ。 確かに現実に流れている時間も空間も相対的なものには違いないんだろうけれども、これだけははっきりさせておこう、相対的な感情なんてものは、ありえない。感情はただそこに存在するだけ。大きさも長さもなく、位置も深さも関係ない。もちろん、完璧に言葉にすることなんてできない。 記憶はいつでもかすれ続けるばかりだけれど、見失いたくない感覚を僕は、君への手紙の中で、現実の時間に定着させようとしている。もともと言葉にならないものを言葉によって残そうとしている。忘れたくないあらゆるものに、コンパクトな名前をつけて。そして、君もそれを忘れないように。 たとえば、27歳で死んでしまったロックスターが今日もCDの中で歌い続けている。それってまるでタイムマシンみたいじゃない? 確かに君のボーイフレンドの言うように、星の一生に比べたら僕たちの生きている時間なんて一瞬に過ぎない。でも僕たちにとってはそれがすべてなんだ。だから君が泣いたら、君の大きな瞳にいつもとは別の光がともされて、それはきっときれいなんだろうな、とは思うけれど、君が悲しむのは嫌だから僕は、タイムマシンの実現は可能だと断言するよ。 僕たちは現実の世界に生きることもできるし、同時に別の時間に存在することもできる。僕の中で君は永遠に今のまま存在するよ。そしてまた君に会えば、新しいもう一人の別の君が僕の中にあらたに存在しはじめる。これで安心した? 君をよけいに悲しませてしまわなければいいんだけど。 人生が絶え間ない疲弊の過程ならば人は二つとして同じ季節を生きることはないはずなのに新しい季節がめぐってくるたびかつてあった季節の残骸を取り出してはそれでもみんな二人になりたがるのはあくまでも同じ一つの季節を別々の気持ちで共有したいなんて夢を抱いているのだろうか。なんて思っているんだけれど。 それじゃ、また。元気で。 JANUARY 15 2003 カワグチタケシ @ kitchen table |
+カワグチタケさん情報
カワグチタケシ プロフィール 1965年千葉県生まれ。仔熊座、A型。 1980年代前半より詩作を始め、各地でリーディングを行う。 詩人左鳥話子と共にプリシラ・レーベルを主宰。 http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/5466/ POETRY CALENDAR TOKYO 編集委員。 http://pct_web.tripod.com/ 著書「カワグチタケシ詩集」(SPLASH WORDS刊)、他。 http://members.jcom.home.ne.jp/splashwords/ *ネット情報 詩・モード Zamboa vol.17 で「カワグチタケシ・リーディング・パッケージ」公開 中。 詩の朗読3篇のMP3ファイル。「カワグチタケシ・スタータキット」の通販もやってま す。 http://www.web-corrado.com/zamboa/ *ライブ・リーディング情報 @2月17日(月) Flying Books & SPLASH WORDS presents 「too much caffeine makes us poets vol.1」 出演:さいとういんこ、カワグチタケシ、ハギーイルファーン 開演:19:30 料金:無料(チャリティー) 会場:Flying Books(東京都渋谷区道玄坂1-6-3 渋谷古書センター2F) 問:090-2643-4864 info@flying-books.com(山路) http://www.flying-books.com/ A2月22日(土) 3K5(サンケーファイブ) 出演:究極Q太郎、カワグチタケシ、小森岳史 開演:19:00 料金:1000円 会場:ハートランド(東京都杉並区西荻北3-12-10) 問:03-5310-2520(ハートランド) http://home9.highway.ne.jp/bookcafe/ |
2001年
⇒10月号 ヤリタミサコさん
⇒11月号 さいとういんこさん
⇒12月号 いとうさん(poenique-詩の寄り添う場所-)
2002年
⇒新春号 上田假奈代さん(kanayo-net.com)
⇒二月号 寺西幹仁さん(詩学社)
⇒三月号 大村浩一さん(GOBLIN、黄金夜、浩一と詩書き隊)
⇒四月号 東直子さん(直久)
⇒五月号 和合亮一さん(ぽえむのへそ にて和合さんの情報が獲得できます)
⇒六月号 木村ユウさん(詩・モード Zamboa、コラード@コム)
⇒七月号 RADIO DAYS(里宗巧麻さん&Takumyさん)
⇒八月号 関富士子さん("rain tree”)
⇒九月号 魚村晋太郎さん(パロールセンター)
⇒十月号 桑原滝弥(通称 名古屋のタッキー)さんより
⇒11月号 谷川俊太郎さんより
⇒12月号 本間祐さんより
◆蘭の会会員の出版物についてのお知らせ
佐々宝砂
『仮想地下海の物語』 1800円(税別)
詩の出版社ミッドナイト・プレスから発売されました
『Midnight Press 17号』
佐々宝砂,ウェブ未発表新作詩「蜘蛛を食う」掲載。
上記についてのお問い合わせはこちらへ
http://www.midnightpress.co.jp/
◆12月号のコンテンツ
+詩集「扉」
2003年はこの扉から
+Web女流詩人コラム
「枠」 鈴川ゆかり
Thinking about Poetry Reading
第3回= 「身一つということ その2 声」
沼谷香澄(略称 ぬ
+まな板の上にコイ!
道具としての桃井望 - いとうさん
『風のTalk』 - 川村 透さん
一日の終わりに、布団の中で - 会計担当さん
レイモン - たかぼさん
白葉書簡 - 木村ユウさん
◆新春号のお知らせ
+詩集「鬼」
どこに潜んでいるのでしょうか
鬼は案外身近にいるのかもしれません
+Web女流詩人コラム
Ray 「視野」
+まな板の上にコイ♪
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蘭の会ではご来場の皆様にも
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(ページ及びグラフィック製作 芳賀 梨花子)