1738/30/12/2003
 今年最後の更新。これから実家に戻って、穏やかな正月を迎える予定。

 本来ならば、今年一年のまとめを記しておきたいところだが、如何せん時間が無い。とにかく、いろんな意味で時間が無かったというのが今年の特徴だったと思う。自分だけの為に費やせた時間は、本当に限られたごく僅かなものであった。自分の時間が足りないんだから、プライベートが充実する訳が無い。来年はもう少し自分の時間を確保するために動いても良いかなと思う。

 正直、自分の中では今年も良い年だったとは言えない。肉体的にも精神的にも厳しい時間が長かった。そして、かけがえの無い存在を失った年でもある。それでも唯一の救いは、本当に大切な物を得られたと言うか、今後の僕にとって大切な物が何であるかをしっかりと確認できた年であった。これから、僕はどうあるべきなのか、どういう人にならなくちゃいけないのか、そういう指針のようなものが朧げながら、でも力強く感じる事ができたような気がする。

 そういう意味で、来年には少しだけ期待している。これと言った根拠は全く無くて、何となくそう思うってレベルなのだが、少なくともこんなふうに思えたのは本当に久しぶりの事だ。これは予感なのか?ただの思い過ごしか?切実な希望なのか?・・・分からない。今あるのは、早く来年にならないかなあという漠然とした思いだ。どういう年になるか分からない。でも、早く次に行きたいという気持ちでいっぱいである。

 そんな訳で、今年は本当にお世話になりました。良いお正月をお迎えください。来年もよろしく!。

1737/29/12/2003
 「正月休みになったらやればイイや」と思ってたことが山ほどあるのだが、今年はカレンダーの都合もあって、そんなに余裕は無いんだよねえ。ふと考えてみると、明日から実家に戻ってしまうので、100%フリーの日って今日だけなのだ。喪中だから年賀状は書かなくて良いんだけど、そうじゃ無かったら絶対に間に合って無い。この分じゃ完全な大掃除は無理だろうなあ。休みになっても時間が足りない。なんて事を考えているうちに、一日が終わってしまった。ダメだこりゃ(苦笑)。
1736/28/12/2003
 忘年会の翌日、愛犬のオリバー君による強烈なボディーアタックで目覚める。一年、見ないうちに大きくなったもんだ。

 DVD持ち込み映画鑑賞会。二本目は友人の持ち込みによる「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」。確か、去年の忘年会で最初の「ロード・オブ・ザ・リング」を見た記憶があるのだが・・・途中で寝てしまったのだ(苦笑)。もう、この辺は趣味の問題なのだろうけれど、僕はこの手の「神話系」の作品がどうも苦手なのだ。理由は良く分からないのだけれど、自分から観たい!っていう欲望が湧いてこないのだ。面白くないって言ってる訳じゃないよ。

 あと「ロード・オブ・ザ・リング」について思うのは、これまで映像化不可能と言われていたトルーキン著の「指輪物語」を最新の技術、莫大な予算、優秀な俳優陣を揃え、現状で考えられる最高の布陣によっての映画化、というコンセプトがあるように思う。今作についても、世界中に多数いるであろう原作のファンの期待にも、壮大な冒険巨編を期待する映画ファンの期待にも、十分に答えられるようなボリュ−ムと完成度を誇っているのであろうことは、原作を全く知らない僕にも手に取るように良く分かった。確かに見応えは十分にある。「指輪物語」を映画化するという意味では、ベストに近い形になっているはずだ。

 ただ、それだけなんじゃないだろうかと思ったのも確かだ。世界的に有名な冒険小説であるが故の束縛と言うか、不自由さみたいな物を感じたのである。それを最も如実に示しているのが、3時間を超える上映時間であろう。完全映画化の為には致し方ない事なのだろうが、正直言って僕にはちょっと辛かった。これだけの題材を取り扱う場として、映画というフォーマットが適していたのかどうか良く分からない。NHK大河ドラマみたいに、毎週1時間で1年みたいな枠の方が相応しいのかも知れないが、それが興行的に難しい事は百も承知である。くどいようだが、面白くないって言ってる訳じゃないよ。評価は難しいけど★★★☆☆。

 長編映画だったので、すっかり帰りが遅くなってしまった。長居しちゃってゴメンナサイ。帰りは車で来た友人に(半ば誘導尋問的に)自宅まで送ってもらった。この車中の風景に接すると、今年ももう終わりなんだよなあという感覚になる。季節の風物詩?(苦笑)皆さん、お疲れさまでした。来年もまた、楽しく遊びましょう!。

1735/27/12/2003
 待ちに待った、毎年好例の友人宅での忘年会。いやはや、もうこの日の為に頑張ってきたって感じなのであった。諸事情により大遅刻してしまったのだが、なんとか宴会の開始には滑り込みセーフ。友人の奥さんが作ってくれた美味い料理を鱈腹食いながら、何とも言えないマッタリとした至福の時間を過ごす。これがやりたかったのだ!。今年一年、頑張って良かった〜っ(涙)。

 夜も更けてきた頃、好例のDVD持ち込み映画鑑賞会。最初の一本は僕の持ち込みによる「マトリックス リローデッド」。発売日に購入したにも関わらず、今日まで封も切っていない状態での、満を持しての鑑賞である。この際、ストーリーの解説は省略。つーか、文章にする意味があまり見いだせないようなストーリー設定と言うか、次作の「レボリューションズ」への伏線的なニュアンスが強いような感じがした。実際、「スターウォーズ 帝国の逆襲」と同じ位置付けと考えて良いだろう。この1本のみを評価するのは不可能である。相変わらず、映像的に凄い事は凄いんだかが、こちらの予想の範囲を超えない凄さであったのも確か。進化はしてるけど、新しい展開は無かったと言って良いだろう。困ったのは、この傾向は次作にも引き継がれそうな雰囲気が感じられた事で、今までの斬新さを遥かに超える斬新な何かが無いと、このシリーズを納得の行く形で収束させるのは難しいだろう。そして、それは達せられていないんじゃないかという嫌な予感が・・・シリーズ2作目という意味では★★★☆☆。

 その後、深夜まで更にマッタリとした時間を重ね、程なく就寝。

1734/26/12/2003
 α版の完成!。直前であれやこれやと修正が入って、最終マスターが仕上がったのはデモの30分前。いやホント、一時はマジで泣きそうだったよ(汗)。間に合ったから良かったけど。

 間に合わせる事も大事なのだが、もっと大事なのはデモの反応。お偉いさんや関係者が注目する中、少し緊張しながらもソフトウェアの概要を淡々と説明する。自分でも何でか知らないんだけど、緊張しているってのを悟られるのが嫌なのだ。この機能の実装方法はこれがベストなのだ!という気合いを伝えたかったのかも知れない。もちろん、本当にベストかどうかなんてまるで自信は無いのだが・・・。 ただし、100%では無いにしろ、それなりに理解はして貰えるだろうというボンヤリとした自信(?)みたいなものはあった。この1年間、このソフトの事ばかりを考えて、限界ギリギリまで注力してきたのだ。スケジュールは2回延長している。設計は3回もやり直している。これでダメならもう策は無いのだ。いつもならスケジュールと品質とのバランス感覚の攻防なのだが、今回は手持ちのカードでどこまで強い役を作れるかという感覚。個人的には、かなりきついプレッシャーであった。

 一通りのデモを終え、矢継ぎ早な質疑応答にひとつずつ答えていく。次々と鋭い質問が飛んでくる。2回のスケジュール延期により、なかなかその姿を現さなかった新製品に対する注目度はいつになく高いようである。そんな中で「その部分は決まってません」とか「分かりません」などという回答が許されるはずもない。言い方は悪いが、製品のグランド・イメージが完全に頭の中で構築できている「振り」をしなければならない。もの凄い反射神経が要求される。久しぶりの緊張感であった。

 結果、現段階で未実装の機能について幾つかの要望はあったものの、基本機能については概ね好評であった。僕が最大限に注力したインターフェィスの仕様については殆ど意見が出なかった。これは、その実装方法が極めて自然であった証であり、文句の付けどころが無かったという事で、最大限の賞賛であったと解釈している。使いにくいところは目立つのだが、使いやすい事ところは目立たないのだ。この事は僕にとっての成功を意味する。やった!。

 という訳で、何とか無事にデモを終わらせる事ができた。今年の集大成に相応しい結果であった。それもこれも、同じ目的に尽力してくれたプロジェクト・メンバーのおかげだ。どうもありがとう。まだまだ、やらなければならないことは山ほどあるが、来年に向けての良いマイルストーンにはなったと思う。次のピリオドは1月末。たっぷりと鋭気を養って、良い物を作り上げたい。とにかく今年はお疲れさまでした。

1733/24/12/2003
 Yes, Virginia, there is a Santa Claus

 いよいよ、いよいよなのである。正に大詰め。開発中のソフトウェアのα版をリリースするのだ。正直、ここまで仕上がるとは思っていなかった。細工は流流仕上げは御覧じろ。むふふふふ。明日に最終マスタの作成。明後日に正式リリース&お偉いさん相手にデモンストレーションなのである。諸々を含めた今年の集大成として何が何でも成功させてやる!。これが終わらなくちゃ年が超せない!。

 それにしてもだ、いろいろと割り込み作業が入っていたとは言え、明らかにソフトの開発力が落ちているねえ。ノウハウとかじゃなくて速度。自分のイメージしているスピードがちっとも出ないのだ。数年前はもっとサクサクと作れたんだけどなあ。そう思い込んでるだけなのかも知れないけど。

 イチローが今年序盤の不振について「能力が落ちたのではなく、逆に上がり過ぎてしまったので、昔なら見逃していた好みで無い球にも体が反応するようになってしまった」みたいなことを言っていたっけ。自分で「これなら打てる」と思える球の範囲が広がり過ぎちゃって、打たなくても良い球まで打っちゃった。結果、ベストのバッティングが組み立てられなくなり、凡打になることが多くなった、って事なんだろう。なんとなく言わんとしている事は分からないでも無い。情報量が多くなると、その中からベストを選択するのが難しくなるのは当たり前。ソフトウェアの設計にも同じような事が言えるだろう。理想を追い求め過ぎるあまり、昔なら簡単に作っていたような物でも難しく見えてしまう。これからは今までとは全く違う能力が求められるのかも知れない。一言で言えば大胆さ。まだまだ修行が足りないね。

1732/23/12/2003
 長閑な休日。

 ビートルズが解散して6年後の1976年11月2日、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴにプロデューサーのジョージ・マーティンを加えた5人がロサンゼルスのダブレン・スタジオに集結し、5曲の新作を録音、その証拠となるテープが発見された・・・という仰天情報が世界を駆け巡っている(NMEの記事)。 momentaintime.comにて、そのマスターテープが競売に出品されたことが事の発端である。テープのラベルには4人の名前と5曲のタイトルが記されている。

  1. Happy Feeling
  2. Back Home
  3. Rockin Once Again
  4. People of the Third World
  5. Little Girl
 最大の問題は、このテープには録音内容が全く残っていない、という事である。出品者のコメントによれば「この歴史的なセッションはメンバー間の不和によって失敗に終わり、ビートルズ側からの強い要請でスタジオが内容を消去、幻の再結成は闇に葬り去られた」との事。つまり出品されているのは、消去された後のマスターテープ(と出品者は主張している)なのである。また、消去されていないテープはアビーロード・スタジオの貸し金庫中に厳重に保管されているはずである、ともコメントしている。ちなみに、ポールのスポークスマンは「どの再結成? 私はビートルズが70年代に再結成したなんて知らないよ」とコメント。ジョージ・マーティンには連絡が付かず、アビーロード・スタジオ側はノーコメントである。

 もうこの時点で胡散臭さ大炸裂なのであるが、未だに「幻の再結成」がニュースになるというのも凄いっちゃー凄い(苦笑)。真っ当なビートルズ・ファンとしては真偽がどうこうってのではなく、「幻の再結成」の噂を噂として楽しむのが正しい作法である。1976年ってのが絶妙(再結成するには程良い時期?)・・・とか、LAのスタジオ(ロンドンでもニューヨークでもない)ってのがそれっぽい・・・とかね。あくまでも「噂」として、どのぐらいちゃんと出来ているかってのが興味の対象なのである。そういう意味では、出品者が事の信憑性を補足するエピソードを紹介しているのが面白い。1997年に英紙「サン」の記者が再結成の事実を突き止めて、それを知ったポールは

「それを公表したら一生、裁判所から離れられないようにしてやるから覚悟しろ !」
と圧力をかけ、「サン」はその記事をボツにしてしまった・・・のだそうな。ね、なかなか良く出来てるでしょ?。すご〜く、ありそうな話。だからビートルズ・ファンは辞められない(笑)。

 トップページ(の次のページか、正確には・・・)にNow Playingを付けてみた。自宅のiTunesで再生している曲の情報 (曲名、アーチスト名など)をWebに公開するソフトである。今、自分の聴いている曲を公開することに、どんな意味があるのか良く分からないのだが・・・ま、面白そうだったので(笑)。iTunesを聴いていない時は、最後に聴いた曲のデータが表示される模様。

1731/22/12/2003
 ウチの会社の雪だるま。この手のウィンドウ・イルミネーションって、てっきりコンピューター制御か何かだろうと思っていたのだけれど、 タネを明かせば係りの人が各部屋を回ってブラインドを開閉しているのであった、人力。

 開発中のソフトウェア。かなり出来上がってきた。感触的にもなかなか良い感じ。感触的ってのは単純な完成度の事ではなくて、初心者にとっては取っ付きやすく、熟練者にとってはストレス無くスムーズに操作ができることを指す。ちゃんと動くってのは当たり前のコンコンチキなのであって、重要なのは初心者が熟練者になっていく過程をインターフェイスのデザインによって如何に導いていけるか、なのである。この操作が終わった後はこのボタンにフォーカスが来ていた方が良いとか、こういう状態の時にはこのボタンは無効化されていた方が間違えないとか、そういうユーザへの心遣い的なちょっとした調整があるかないかで、ソフトウェアの操作感は大きく変わってくるものである。「操作説明書を読まなくても使っているうちに何となく分かってくる」が究極的な理想型。さすがにそれはちょっと難しいのだが、それでもまだまだやれることはあるはずだ。今年もあと少し。できるかぎりの心尽くしをこのソフトウェアにブチ込んで行こうと思う。この辺りのバランス感覚は音楽と似ている。

1730/21/12/2003
 夕暮れの終わりと夜の始まりが交差するとき、天空にほんの数分間だけ繰り広げられる、水彩絵の具のような淡い色彩と柔らかい光のグラデーションが好き。映画業界では、この瞬間を「Magic Time(奇跡の時間)」と呼ぶ。本当に美しい。
1729/15/12/2003
 友人に作成を頼まれている、The Beatlesの独自ベスト盤の選曲を行う。実は、ベスト盤の作成は今回で2回目。前回は90分のカセットテープだった(何年前だ?)のだが、今回はCD1枚分に収めるという条件を自らに課すことにした。引き受けといて何なのだが、The Beatlesのベスト盤なんぞは選曲に悩んだって仕方ないのだ。どうせ全てを網羅する事は不可能なんだから、その時の気分でヒョイヒョイって選んで、バババッと並べちゃうのが一番。そうすると意外や意外、それなりの雰囲気が出てくるのである。という訳で、数年振りの独自ベスト盤。選曲は以下の通り。
  1. All Together Now
  2. Birthday
  3. Drive My Car
  4. Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey
  5. Hello, Goodbye
  6. Helter Skelter
  7. Hey Bulldog
  8. I Feel Fine
  9. I Saw Her Standing There
  10. I Want To Tell You
  11. If I Fell
  12. If I Needed Someone
  13. In My Life
  14. It Won't Be Long
  15. Lucy In The Sky With Diamonds
  16. No Reply
  17. Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
  18. Nowhere Man
  19. Please Please Me
  20. Rain
  21. Run For Your Life
  22. Savoy Truffle
  23. Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band - With A Little Help From My Friends
  24. Taxman
  25. This Boy
  26. Twist And Shout
  27. Yer Blues
  28. Yes It Is
  29. You Can't Do That
  30. Your Moher Should Know
 う〜ん、我ながら渋い、渋すぎる(苦笑)。その時の気分で好みの曲をパパパっと適当に選んで、いちいち並べ替えるのも面倒だったのでABC順してみただけである。幾ら何でもこれはちょっといい加減過ぎたか?と心配になったので、この曲順で通して聴いてみる・・・これがなかなか良い感じなのだ(笑)。ちっとも不自然じゃない。不思議。
1728/14/12/2003
 コンタクトレンズを使い捨て式にスイッチすることにした。近所のメガネ屋で待たされる事、約2時間。やっとの事で品物を受け取る事ができた。今日、やった事と言えばその位かな。相変わらず、人気の無い休日。
1727/13/12/2003
 ちょっと気が早いが、ボンヤリしていると年を越してしまいそうなので、今のうちに今年の音楽生活を総括しておく。

 今年、自分の中で一番盛り上がったのは、悲しいかなElvis Presleyなのであった。未発表音源をリリースしているFTDレーベルの作品群に加え、ベスト盤の第二弾「ELVIS 2ND TO NONE」、DVD「Elvis : That's The Way It Is」もリリースされるなど、以前から興味のあった中期〜後期のElvisをたっぷりと堪能することができた。新たにフェイバリットになったのはSuspicious Minds、An American Trilogy、Always On My Mindなど。やはり彼はKINGなのである。来年には1968年の伝説のTV番組「Comeback Special 」がDVD化される予定。If I Can Dreamを熱唱するElvisの姿が蘇る!

 Led Zeppelinの未発表ライヴ音源「How The West Was Won」のリリースも衝撃的であった。正直、こんな代物を出されたら、昨今のロックなんてアホらしくて聴いていられなくなる。自分の中では未だにヘビー・ローテーションだし、この傾向はしばらく続くであろう。同時リリースだったDVDも必見。ロックはこうでなくちゃ!。

 一方、テクノ関連もそれなりに充実していた一年であった。細野晴臣と高橋幸宏によるユニットであるSKETCH SHOWの積極的な活動は、三枚目のアルバム「LOOPHOLE」である種の完成形を見せてくれたように思う。今後の活動がどうなるのか未知数ではあるが、自分の好みの音楽が新作としてリリースされている事は素直に嬉しい。また、本来ならば大事件なのだが、意外に盛り上がらなかったKraftwerkの12年振りの新作「Tour de France Soundtracks」もリリースされている。それなりに好みのサウンドではあるのだが、思いの外に地味というか無難だったのが、盛り上がりに欠けた原因だろうか?。

 もう何年も探し続けていた、ザ・フォーク・クルセイダーズの伝説のデビューアルバム「ハレンチ」が正式に入手できるようになったのも、僕の中ではちょっとした事件であった。今で言うインディーズ時代の作品なので、クオリティーうんぬんはあるのだが、それでも「日本のビートルズ」と呼ぶに相応しい音楽性とユーモア感覚をしっかりと確認することができる秀作であった。

久々に復活したブートレグ・ハンティングにもそれなりの成果があった。Pink Floydの「Echoes In The Gardens」と「Time End」は、「狂気」の完全演奏が極上の高音質ソースでたっぷりと堪能できる。もちろん、それなりの投資をした訳なのだが・・・。DVDの「クラシック・アルバムズ:ピンクフロイド/狂気」と合わせて楽しませてもらった。実際にコンサートで目にする日は来るのだろうか?

 その他、相変わらず旧譜リマスター盤の市場は賑わいを見せていて、YMOの「Solid State Survivor」「BGM」「Technodelic」、Yesの「Close To The Edge」などを購入。Yesのこのアルバムを購入するのは今回で3回目である(未発表トラック収録ってのはズルい)。こういうバカで真面目な音楽ファンの投資によって、今の音楽業界は支えられているのである(苦笑)。

 そしてThe Beatles関連。怒濤のDVD5枚組「Anthology」には狂喜乱舞し、問題の国内版CCCD「Let It Be...Naked」に落胆させられた。結局、今作はUS盤という脱出ルートがあった訳だが、このやり方がいつまで使えるのかは甚だ疑問ではある。アルバムとしてのコンセプトの曖昧さも未だに納得が行ってない。The Beatles音源については、今後もこの手の乱発が続くのだろうか?。困ったものだ。一方、DVD「Concert for George」の丁寧な作りには非常に好感が持てたし、初めて買ったRingoのソロアルバム「Sentimental Journey」もなかなかの好盤であった。

 最後に、CCCDへの真っ当な回答としてiTunes Music Storeの動向には目が離せない。Windows版のiTunesの登場はもちろんのこと、 来年にはいよいよ日本国内でのサービス開始、という話もある。音楽業界のMicrosoft、という表現はかなり陳腐ではあるのだが、 Appleが始めようとしている一連の動きは、音楽ファンとして注目せざるを得ない。聴き手も、作り手も、ディストリビューターも、皆がハッピーになるシステムが構築されることを切に願う。

 それにしても、我ながら新しい音楽との接点が殆ど無くなってしまった事にガッカリと言うか、寂しいと言うか・・・。最早、ロックは「ロック的なもの」というスタイルとしてしか存在しないのだろうねえ。

1726/12/12/2003
 という訳で、中津川へ日帰り出張。移動に6時間、打ち合わせ1時間。正直、打ち合わせの内容は電話やメールで十分に事足りるレベルではあったのだが、それでも実際に人が現場に赴くという行為は、(1)顧客に対するこちら側の誠意を示すことで信頼感を得る、(2)顧客の意識、環境などの細かいニュアンスを感じ取るという点でやはり重要なんだと思う。繰り返しになるが、やはり「人と実際に会ってみてナンボ」なのだ。

 打ち合わせ後、現地の担当営業さんと雑談をしている時に「中津川って何が有名なんですかねえ?」という質問をしてみたのだが、暫し考え込んだ後に出てきた答えは「う〜ん、栗きんとんで有名な店があるらしいんだけど・・・その店がどこにあるかは知らない(苦笑)」。まあ、駅前の閑散とした雰囲気を見るまでもなく、本当に何にも無いところだ。大規模な野外コンサートを行う場所ってのは、昔から何にも無いところと相場は決まっている。ウッドストック然り、ワイト島然り、である。

 関係無いのだが、私物の携帯電話の番号がいつの間にか会社の上司に知れ渡っているようで、かかってくるその殆どは会社からの電話になってしまった。いつの間にか、絶対になりたくないと思っていた「生活の中心が会社」という人間になっちゃってるのかも知れない。「今の仕事は充実してますか?」と質問されれば、恐らく「大変な事も多いけど、それなりに充実しています」と答えるのだろう。そういう点では恵まれた環境にあるとは思う。しかし「今の生活は充実していますか?」と質問されたら・・・自分の家があって、好きなだけCDやDVDが買えて、洋服もたくさん持ってて、土日はちゃんと休めていて、これと言って何にも不自由は感じていない。ただ、それらを全て放棄しても、得られない充実感ってのがあるような気がするのだな。どうすればそれが得られるのか、そもそもそれは何なのか、ってのは未だに分からないのだけれど。

 そういうことを全く気にしないで、ただただ快楽的に生きるという才能が、もう少しあれば良かったなあとは思う。別に、後悔って程に大袈裟なものでは無いけれど、今の自分とはまるで違う自分という存在に対する憧れみたいなものはある。ただの現実逃避だな、こりゃ。

1725/11/12/2003
 うっかりしていると年を越してしまいそうな今日この頃。日々、理想のソフトウェア開発を目指して精進しているものの、現実はなかなか難しい。まだまだ修行が足りないと痛感する毎日だ。

 昨日は会社の忘年会であった。仕事が押して1時間遅れでの参加となったのだが、部内でも数少ない「僕よりも年上」で且つ「仕事のできる」という人と、ほとんど初めてに近い状態で会話を交わすことができた。その中でも印象深かったのは、必要なスキルとして「自分がどれだけ知識を有しているか」も大切だが、「その知識を有している人、場所、書籍へのパスをどれだけ有しているか」が大事である、という話だ。なぜ印象深かったか?。僕も全く同じ事を考えていたからである。

 この業界は日進月歩で新技術が登場しては消えていく。数年後にどれが主流になってて、どれが消えているかなんて誰にも分からない。故に「何を勉強しておけば将来に有利か?」なんつーのは愚問なのだ。もちろん、業界のトレンド的なファクターは押さえておく必要はあるのだけれど、それらの枝葉末節までを完璧に理解し、自分の物にしていくなんて不可能である。では、どうするか?。

 例えば、とある分厚い参考書があったとする。その全てを頭に叩き込んでおく必要は無くて、必要になったときに「ああ、これってあの本のあの辺に書いてあったような・・・」と思い出さればOKなのだ。WEB上の情報でも、その技術に詳しい人でも良い。自分の欲しい解答を導きだすための術をたくさん持っていれば良いのだ。そのためには、人との繋がりを大切にし、あらゆる情報に好奇心をもって接し、どうすれば楽できるかを必死で考えるのである(笑)。

 いや、笑い事ではない。仕事場における僕はこれまで「如何に楽できるか」ばかりを考えてきた。楽をするためだったら、どんな苦労も厭わないつもりである。職場でどういう風に見られているのか知らないけれど、僕の基本方針はこれに尽きるのだ。我ながら不真面目だなあ、とは思う。

 明日は早朝から中津川へ出張。中津川と言えばフォーク・ジャンボリー。フォークジャンボリーと言えば吉田拓郎。人間なんてララララ〜♪。近所の焼き鳥屋で、昼間っから酔っぱらっている高田渡を良く目撃する。

1724/07/12/2003
 DVD「Concert for George」を観る。ジョージ・ハリソンの1周忌(2002年11月29日)にロンドンで開催された追悼コンサートの模様を収録した作品である。

 第一幕はRavi Shankarによる「インド音楽の夕べ」と言った趣きの演奏。実際の演奏を担当するのはRaviの娘さんである。英国の気品が漂うロイヤル・アルバート・ホールにシタールの心地よい音色が染み渡る。途中からJeff Lynneが参加して「The Inner Light 」を演奏。

 第二幕はThe Monthy Pythonによるコミカルな寸劇&歌。Terry Gilliam、Eric Idle、Neil Innes、Terry Jonesなどが勢揃い!(これって結構スゴくない?)。追悼コンサートで、それも厳かな雰囲気のインド音楽の後に、良い歳をしたオッサンが下ネタを連発する光景は、ジョージの二面性を象徴しているようで楽しい。こっそりとTom Hanksがメンバーに紛れて出演しているのも一興。アナウンスすらされてない(笑)。

 第三幕はジョージに縁のあるメンバーによるバンド演奏。Elic Claptonを初め、Jeff Lynneを初め、Gary Brooker、Joe Brown、Tom Petty & Heartbreakers、Billy Prestonなどの渋いメンツ、そしてRingo Star、 Paul McCartneyの登場で会場の盛り上がりは頂点に達する。一貫して、とてもアットホームな雰囲気なのだけれど、Ringoは場の雰囲気にバッチリと溶け込んでいたのに対し、Paulの立ち位置に微妙な座りの悪さを感じたのは僕だけだろうか?。この人は主役であることを常に義務づけられているから、だろうねえ。ポールが脇役に徹している、という凄く変な光景・・・。

 演奏されるのは、もちろんジョージの秀作の数々。Paul McCartneyの「All Things Must Pass」、 Eric Claptonの「Isn't It A Pity」、Billy Prestonの「My Sweet Load 」など夢のようなメンバーによる夢のような演奏が続く。ちなみにPaulとRingoが公式にステージで共演したのは1966年のThe Beatlesの最後のライブ以来の事である。そして、これらの演奏の全てにギターで参加しているのがジョージの息子のDhani Harrisonである。ちょっと信じられないぐらいに、若い頃のジョージに生き写しである。ジョン・レノンのジュリアン・レノンの比では無い。とにかく似ている。ポールが奥さんのオリビアの言葉として紹介した「ダニーが若い頃のジョージで、他の人が歳を取ったみたい」という表現はとても正しい。

ジョージの残してくれた作品は、とても優しく、とても力強い。そしてこのコンサートに集まった人々は、本当にジョージの事を愛していたんだなあと思う。ジョン・レノンのように聖人扱いされる事無く、等身大のアーチストとして正当に評価され続けていくことを心から願う。実直さとシニカルさの両面を持っていたジョージの生き方に憧れる。どっちかだけじゃダメなのよねえ。

1723/03/12/2003
 Sketch Showのようなサウンドの事をエレクトロニカと呼ぶらしい、ってのをどこかで耳にした記憶が・・・。ところがココを見ると、エレクトロニカのサブジャンルとしてテクノ、ハウス、トランス、アシッド・ジャズ、アンビエントなんてのが列挙されている。解説には「エレクトロニカは90年代の様々なタイプのエレクトロニック・ミュージックを指す用語」とある。むむむむむ。テクノポップ以降の打ち込み音楽は全部ってことか?。ジャンル分けする意味が無いような気が・・・。「身近でありながら、そして無限大の可能性と未来を秘めたエレクトロニカ/ダンスは、この先もコンスタントに進化し続けるはずだ」・・・ってあなた。

 音楽のジャンルってのは、具体的なジャンル分けの定義が重要なのではなくて、それぞれのジャンル名の言葉の響きが持つニュアンスやイメージが大事なのだ。何がロックで何がロックでない、なんて議論はナンセンスである。例としては相応しくは無いかもしれないが「めんたいロック」なんつー言葉は、九州地方で盛り上がっている飾りっ気の無いシンプルで大衆的なロックミュージックの雰囲気を上手く醸し出している。ジャンル名を用いる事で、ニュアンスが伝わればそれでOK。という訳で、Sketch Showのサウンドを表現するならば「叙情エレクトロニカ」とでも言っておけば良い。

1722/02/12/2003
 もう数年振りぐらいに、いや十数年振りぐらいかも知れないのだが、とにかく久しぶりにThe Bonzo Dog Bandの「Urban Spaceman」を聴いてみた。記憶の中にあった印象通り、やっぱり愛聴盤には成り得ない作品ではあるのだが、三十路を超えた今だから分かるようになったんじゃ無いかと言う微妙な楽しさを感じた。イタズラを仕掛けた子供が、陰に隠れてドキドキ、ニタニタしているような音楽である。ある程度の年齢を重ねないと、オッサンのオッサンによるダサカッコ良さというのは分からない物なのだろう。ちなみに、タイトル曲の「おいらは町の宇宙飛行士」をプロデュースしたアポロ・C・バーマンなる人物は、ポール・マッカートニーその人である。

 Sketch Showの新作「LOOPHOLE」。あれよあれよのうちに早3作目。回を重ねるごとに「アンビエントなテクノ趣味 by 細野」+「神経症的ロマン主義 by 高橋」という路線が明確になって来てる気がする。YMOという括りから解き放たれた元YMOの2名(坂本龍一も参加)。名義的な枠組みが違うだけで、ここまで自由になれるのか。良いねえ(笑)。このユニット、いつまで続くのだろうか。

 「Let It Be...Naked」のおまけCD「Fly On The Wall」。何かと思ったら、所謂Get Back Sessionのほんの一部。それもバンド演奏は殆ど収録されてなくて、つまらない会話の部分ばかり。おまけにブートレグ界では良く知られた音源である。なんなのだこれは。こんなものを商品として流通してしまう神経が理解できない。プラスチックの無駄である。腹立たしい。

1721/01/12/2003
 ああ、また一週間が始まってしまった・・・ってな感じを延々と繰り返して、いよいよ12月に突入なのである。バタバタしていると一ヶ月なんてあっという間だ。たぶん今月も気が付くと年末になってて、気が付くと大晦日になってて年越しソバを食べながら紅白を観ていて、そして気が付くと年が明けてて、気が付くと仕事始めになってるのだ。年齢を重ねるたびに、時の流れる速度がグングン早くなる。

 何となく、お菓子CDを買ってみた。「母をたずねて三千里」の「草原のマルコ」だった。♪はるか〜草原の〜。やはり名曲。泣ける。ちょっと見にくいのだが、ジャケに描かれているアメデオが異様にデカい。こんなの肩に乗せてたら不気味だ。

1720/28/11/2003
 お食事会という名の別の何か。いや、なかなか面白かった。果たして2回目はあるのだろうか?。強く希望。

 Appleの音楽のダウンロード販売サービス、iTunes Music Store日本でも開始されそうな雰囲気。2004年。マジですか!?。正直、日本での展開はまだまだ先の話だと思っていたのだが・・・個人的には、日本の音楽業界がひっくり返るぐらいの事件だと思うのだが、どうだろうか?。とりあえず邦楽アーチストは置いといて良いから、洋楽の方を外圧かけまくりで何とかして下さい。

 レーベル各社と交渉中、ってどのレーベルなんだろう?。テイチクとかじゃないよな?。ってなことを思っていたら、最近のYesとかAsiaとかはテイチクだったのだ。むむむ、侮れない(苦笑)。

 オープン以来、凄まじい勢いで成功しているiTunes Music Storeではあるのだが、現在でもThe BeatlesやLed Zeppelinなどは提供されていない。著作権管理が異常に厳しい、この辺りのアーチストが充実して来ると、音楽のオンライン販売もいよいよ本格的になってきたなあ、と思えるのだが・・・。もうほんのちょっと未来の話になりそうな予感。時間の問題だとは思うけれど。

 今週末は久しぶりに実家に戻る予定。

1719/26/11/2003
 スーパーCCDをスーパーCCCDと読んでしまった。病気だろうか(苦笑)。

 担当製品を社内の別の部署の方々に紹介。どうせ2〜3人のお偉いさんにチマチマ説明する場だろうと高をくくっていたのだが、出席者は現場で活躍する十数名の開発者の面々。ちょいとビックリ。悲しいかな、自社で開発されているパッケージ製品の存在を知る社員は少ないのが現状。斯く言う僕も自分で担当するまでは「ふ〜ん、ウチの会社はそういうのもやってんだ」って程度の認識であった。営業部門を軸とした拡販プロジェクトの一環として企画された即席の場ではあったのだが、思いの外に現実的な質疑応答もあったりして、なかなか有意義な説明会になった会議の閉めに「こういう優れた製品も持っている訳だから、ウチの会社も捨てたもんじゃないよ」というありがたい言葉を貰って、ちょっとウルウルしかけたり。いや、マジでヤバかった(苦笑)。これをきっかけに、他部門との横の繋がりが強くなってくれれば良いなと思う。

 The Beatlesの公式ページに「Two Of Us」のニュー・ビデオなる物が掲載されている・・・う〜ん、なんと言うか、レナウン娘みたいなビデオ(苦笑)。

1718/25/11/2003
 見えた!。見切った!。ここへ来てやっと新製品の形が見えてきた。これなら行けるかもしれない。それもなかなか好感触だ。スケジュール的にはまだまだ予断を許さない状況だけど、完成形がイメージできるようになったのは大きい。ここ数ヶ月間、ずーっと不安だったけれど、これで気持ち的にはかなり楽になった。よ〜し、やったるで〜っ。

 The Beatlesの話題の新作「Let It Be...Naked」をしっかり聴いてみた。はっきり言ってかなり違和感がある。確かに音の輪郭はハッキリしているし、低音もよりふくよかになっている。しかし、こんなに印象が変わっちゃって良いのだろうか?。単純なリミックを超えて、殆ど作り直しに近かった「Yellow Submarine〜songtrack」よりも、オリジナル音源とのギャップは大きいかも知れない。それぐらいに印象が違うのだ。

 Don't Let Me Downはそもそもテイク自体が異なる(アップル屋上ライブのテイク)上に、個人的にはこちらがベストテイクだと思うので、これはある意味ではアリだろう。抜本的に入れ替えてる好例だ。やっぱり違和感があるのは、2テイクを変則的に連結させたI've Got A Feelingや、ギターソロが謎のテイクに差し替えられているLet It Beなど、変に作り込まれている曲はやっぱり変な気分がする。 結局と言うかやっぱりというか、何がやりたかったのかよく分からないアルバムだ。

 そのヒントはThe Long And Winding Loadにあるように思う。ゴージャスな旧バージョンとは打って変わって、シンプルなバンド・バージョンが採用され、テイクも含めて全くの別物に生まれ変わっている。間違いなく、このアルバム中のハイライトだ。とどのつまり、ポールはこれがやりたかっただけなんじゃないだろうか?とも思う。自分の大好きな曲を本来あるべき姿で作品として形にしておきたかった。実際、そういう事なのであろう。ってことは、それ以外の曲はおまけか?。う〜む。

 やっぱ「Let It Be」って、モコモコした音質のイメージがあるんだよ、僕の中では。モコモコってのは、バンド内に漂う気だるさだったり、早朝の寒いスタジオの雰囲気だったり、たっぷりとヒゲを蓄えたポールの姿だったり、ジョンが来ていた毛皮のコートだったり、荒削りでワイルドなビートルズのイメージの集約なんだよね。くっきり、すっきりのサウンドはどうも似合わない。どうせやるんだったらZepの未発表ライブ音源のアルバムみたいに、アップル屋上ライブと翌日のアップル・スタジオ屋内ライブ録音の完全版を、超ハイクオリティー音質でリマスターした方がよっぽど有意義だったと思う。

 とは言うものの、出ちゃった物は仕方ない。あとはこれを思う存分楽しむべし。手持ちのカードで最高のゲームをすれば良いのだ。

1717/24/11/2003
 昨日に引き続き、西城秀樹の公式ページなのだが、じっくり読んでみると驚くべき逸話の数々が掲載されている。
  • 「薔薇の鎖」における歌謡界初のマイク・スタンド・アクションはロッド・スチュアートの影響。アルミニウム製の軽量スタンドを特注。
  • 「炎」は大野克夫が作曲した別バージョンが存在する。歌詞は同じだが、曲は全くの別物。
  • 「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」をテレビで歌うときのハンドクラップの音はRoland TR-808。これが日本で最初の利用。
  • 「愛の園」の作詞、作曲はSTEVIE WONDER。編曲は坂本龍一。
  • 「俺たちの時代」はモスクワオリンピックの応援歌用だったが、日本不参加のため急遽ジャケットが差し替えられた。
  • 「眠れぬ夜」は日本で初めてヴォーカルにハーモナイザーをかけた曲。
  • 「聖・少女」の作曲は吉田拓郎。同県人の2人はデビュー前にアマチュアバンドのコンテストで会っている。
  • 「ナイト・ゲーム(NIGHT GAMES)」は元レインボーのグラハム・ボネットのカバー曲。
  • 「一万光年の愛」は「つくば万博」開会式のテーマソング
  • 「腕の中へ〜In Search of Love〜」で競演のバリー・マニロウは自ら日本語で歌いたいと申し出た。
  • 「ブーメラン ストレート」は自分の楽曲をパロって今風にアレンジするという野口五郎との約束からリリースされたもの。ちなみに野口五郎は「JR沿線」というタイトルで出す予定だった。
 へぇ〜。なんてことを思っていたら、もう3連休もおしまいなのである。休日を有意義に過す・・・なんつー事はとっくの昔に諦めている。有意義に過ごす事が目的化しちゃって寂しさや強迫観念に駆られるよりはよっぽどマシだ。人と比べるから不平不満が出てくるのだ。人は人、自分は自分。3連休に何もしなくたって良いじゃないか。別にいいよ、これで。何にもなければ嘘もないし。
1716/23/11/2003
 秋をアート風に表現してみる。吉祥寺在住のくせに井の頭公園に来たのは久しぶりだったり・・・。地の利をもっと活用せねばな。

 金曜日の飲み会で、給料の半分を競馬に注ぎ込んでしまう後輩の話題で盛り上がったのだが、よくよく考えてみると、給料の半分を洋服に注ぎ込んでしまう自分、という存在がココにいたりするのであった。という訳で、スーツ2着を購入。今年の買い物はもうこれで十分ではなかろうか。

 ポルノグラフィティーのニューシングル「愛が叫ぶほうへ」。いや、これと言ってこのバンドに興味は無いのだが、今度の新曲のメロディー構成が、西城秀樹の名曲「ブルースカイ ブルー」に酷似しているという事実を誰かと共有したいのだ。似てるでしょ?、似てるよねえ?、似てるよなあ・・・同意求む。ちなみ公式ページでは過去の全シングル曲を試聴できるというお大盤振る舞い。「ブルースカイ ブルー」は1978年のページにある。さすが秀樹!!。

 ロバート・ゼメキスがフルCGのアニメーション映画「The Polar Express」を制作中のようだ。予告編を見る限り、どこをどうみてもこれは銀河鉄道999のパクリなんじゃないだろうか?。GalaxyでなくPolarという単語を使っているところが笑える。ポスターの上部にトム・ハンクスの名前が見えるのだが、製作に絡んでいるのだろうか?。よく分からない。とにもかくにも、日本のアニメーションはハリウッドにパクられ放題な今日この頃。

 エンパイア・ステート・ビルが完成したのは1931年。すでに70年以上が経過している立派な老朽建築物である。ここはひとつ「大改造!!劇的ビフォーアフター」のスペシャル企画として、日本の匠にリフォームしていただきたい。大きな玄関を入ると100階まで続く大きな吹き抜けから贅沢な太陽の光が贅沢に降り注ぐ・・・とか、屋上には四季を感じながら家族団らんの食卓を囲む広々としたテラスが・・・とか、やって欲しいもんだ。

1715/22/11/2003
 つーわけで到着。まだちゃんと聴いてないけど。もちろんリッピングも無事に完了。誰からか、CCCDはMDにもコピーできない!とかっていう話を聞いた記憶があるんだが、これは事実ですか?。誰か教えてちょーだい。CDをMDにダビングする場合、CD(デジタル)を再生した音声(アナログ)をデジタル信号に変換して、強力に圧縮してMD上に記録する、って仕組みだと勝手に想像してたんだけど・・・。ちなみに僕はMDを信じてないので、生まれてこの方、使った事も聴いた事もありません。結局、それなりに普及はしてるのか?。

 BSで放映されていた映画「地獄の黙示録 特別完全版」をチラチラと鑑賞。全部通してみると疲れるので、時計を見ながら重要なシーンの頃にチャンネルを合わせる、という下品なスタイル。例の爆撃シーン(音楽:ワルキューレの騎行)はフィリピンで撮影されたのだが、ロケ地となった海岸はペンペン草も生えないような荒れ果てた地となってしまったそうな。確かに今見ても映画史に残る壮絶なシーンだ。

 主演のマーティン・シーンは言わずもがな、チャーリー・シーンのお父さんであるのだが、ドラマ「ザ・ホワイトハウス」の大統領役(Cとする)なんだということに今更ながら気が付いた。AとB、BとCの関係は分かっていたのだが、AとCの関係は認識が無かった。我ながらボケている。「地獄の黙示録」の頃と見比べてみると、この作品が如何に昔の作品(1977年)であるかに驚かされる。そのぐらい、この作品は古くなっていないということでもある。

 休日はすっかり抜け殻になってしまう癖が付いてしまったようで、出不精というか引き蘢り状態。寒いしねえ。

1714/20/11/2003
 Amazon.co.jpからの発送のお知らせが到着。
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1 未来世紀ブラジル スペシャルエ ¥3,230 1 ¥3,230
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1 Let It Be Naked [FROM US] [IMP ¥1,680 1 ¥1,680
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 ムフフフフ。
1713/19/11/2003
 かなりヘビーな毎日。くじけそうだ。ガムシャラに突き進んではいるのだけれど、この道筋が本当に正しいのかどうか、未だに確信が無い。辿り着けるかどうかもまだ分からない。しかしながら、進んでいかないとダメかどうかも分からないから、進み続けるしか無い。どうなっちゃうんだろう。かなり不安。でも、多かれ少なかれ、みんな同じような境遇にあるのだろう。明日の事は分からない。来月の事はもっと分からない。来年の事はもっともっと分からない。やっぱ、そこへ行ってみるしか無いんだよなあ。考えて分かる事じゃないし。

 マイケルのベスト盤が出てる。Elvis、The Beatlesに続いてのヒットチャート1位の曲ばかりでアルバムが出来ちゃうのは凄い事なんだが、以前にリリースされた2枚組ベスト盤を持っていれば事は済むという話もある。さて、どうしたものか。

 David Bowie来日決定。僕の「死ぬまでに一度は観ておきたいアーチストリスト」に入ってはいるのだが、いまひとつ食指が動かないのは、なぜだろうなぜかしら。毎日、張りつめた空気の中で過ごしているからか?。一人でコンサートに行くのが寂しいからか?。チケット受付までまだ時間があるので、ちょっと考えてみよう。

 このページのレイアウトを微妙に変更。そろそろ全面的に改定したいんだが、如何せん時間がない。アイデアも無い。

1712/16/11/2003
 久しぶりにゆっくりとした時間。束の間の休息。

 かなり前に購入したままになっていたDVD「A Y.M.O.FILM PROPAGANDA」を観る。YMOの散開ライブの映像と共に、各メンバー毎のイメージ映像で構成された変則的な作品。なんつーか・・・これは何なのだろう?(苦笑)。純粋なライブの記録としても映画としても中途半端な感じ。要は、盲目的な崇拝の象徴になってしまったYMOという偶像を自ら封印する、という事なんだろうが、この手の「80年代のちょっと尖ったアート指向の映像」ってのは、今観るとかなり恥ずかしい。かなりギリギリの線。結局、音楽的にはそれなりの足跡を残したYMOであったが、映像的には(「君に胸キュン!」のPV然り)これといった作品を残せなかったんだろうと。久しぶりに観た映画(?)なのだが、諸々の理由により評価は無しって事で。M16は個人的に名曲だと思う。

 明日からまたあの喧噪の中へ戻らなきゃならんと思うと気が重いのであった。重いんだけど、やらなきゃならんのよねえ。誰が悪いとか、あの時こうしとけば良かったとか、言いたい事は山ほどあるのだが、愚痴をこぼしたところで何の解決にもならん。今はとにかく、手元にあるカードで最善の策を練らなければ。ベストは選択できないかも知れない。でもベターなら選択できる余地があるはずだ。今週中に様子が見えてくるだろう。今月中に方向性が見えてくるだろう。今年中に形が見えてくるだろう。そのとき、どうなっているか・・・神のみぞ知る。

1711/15/11/2003
 「洋楽に近付きたい・・・でもなんか日本的になってしまう」という洋楽コンプレックスについて。The Beatlesが成功するまでは、アメリカにおけるアメリカ以外のバンドなんぞはまるで相手にされていなかった節がある。それがAmerica is No.1!的な発想なのか、アメリカ以外のバンドが音楽的に未熟だったのかは良く分からない。言わずもがな、The Beatlesはアメリカ音楽大好き少年であった。Elvisを筆頭にLittle Richard、Eddie Cochran、Carl Perkins 、Chuck Berryなどなど。少ない情報(当時のイギリスではアメリカのレコードを入手するのは難しかったらしい)から、憧れのアメリカ音楽のイメージを想起し、とにもかくにも音を出してみたところ、「イギリス人によるアメリカ音楽っぽい音楽」というイギリスでもアメリカでも無いヘンテコなサウンドが生み出された。それなりにアメリカ音楽の要素が含まれた、アメリカ音楽ではない音楽。目新しいけど取っ付きやすい。このさじ加減が(結果的に)絶妙だったのであろう。この辺りにヒントがあるような気がする。

 「洋楽コンプレックス」という言葉を聞いて、僕が真っ先に思い出すのが成毛茂、つのだ☆ひろ、高中正義で結成されたフライド・エッグというバンド(1971年結成)だ。たぶん鈴木ヒロミツ(元モップス)の発言だったと思うのだが、「本当の意味での日本のロックは成毛茂から始まった」という言葉が気になって、代表作と言われる「ドクター・シーゲルのフライド・エッグ・マシーン」というアルバムを聴いてみた事がある(げげげっ!シーゲルって茂のことだ!今気が付いた・・・)。これが・・・まあ、ヒドいんだ(苦笑)。演奏力はあるんだが、サージェントペパーあり、パープルあり、EL&Pあり、という正に「洋楽への憧れ」だけで作られたような作品。あの曲のメロディーをちょこっと変えてるだけとか、リフを少し変えてるとか、そんな感じ。真似っつーかパクリっつーか、これがパロディだったら面白いのかもしれないが、ちょっとヒドかった。それ以来、妙に洋楽っぽい邦楽を聴くたびにニヤニヤしてしまう僕なのであった。

 「ロックのセンスで歌謡曲をやってる」というのは広い視点で見ればThe Beatlesのそれと同じで、日本人にしかできない「さじ加減」ってところがポイントなのであろう(たぶん)。本物の中華料理よりは、少し日本人向けにアレンジされた中華の方が口に合う、みたいな。パフィーとかコーネリアスなんかはココら辺りに該当するんじゃないかな?。しかし、この理論では日本人唯一のビルボードNo.1「上を向いて歩こう」や、中国人なら誰でも知っている「北国の春」、なぜかアルゼンチンで大ヒットした「島唄」などの説明が全く付かないのであった。そのときの時代の雰囲気とかタイミングみたいなものも大きく関係するのであろう。だから音楽は面白いんだけど。

 あ、説明の付かないこの3曲って全て「現地のアーチストがカバーしている」という重大な共通点があるじゃないか!。オリジナルが注目されたのはその後。さじ加減を自分でするんじゃなくて、現地の人がしたんだ!。なる〜(勝手に納得)。

1710/14/11/2003
 心配性の人間はSEに向いていないのかも知れん。

 どっちが良いかと言われればこっちよりもこっちだ。ΣBookの最大の特徴でもあり、最大のウィークポイントは絵も文字も全て画像として記録されていることだろう。これが良いのか悪いのかハッキリとは分からないが、ソニーのアプローチの方が自然な流れであるような気がする。本のレンタル方式が取り立てて優れたアイデアだとは思わないけどね。

 今月号のレコード・コレクターズは今年最後の問題作、The Beatlesの「Let It Be...Naked」の特集。製作の経緯や音源の解説、幻のアルバム「Get Back」との相関関係についての詳細が掲載されている。大筋では以前に僕が推察した通りの内容。本作は「Get Back」の過去のどのマスターとも異なるオリジナルマスター、事実上の新作であるということだ。リマスター、リミックスに留まらず、異なるテイクを繋ぎ合わせてひとつにまとめあげた曲さえある。そういう意味では「Yellow Submarine〜Songtrack」よりも過激に手が入っているという事になる。もう、なんでもあり状態。良いのか、これで?。

 興味深いのは、本作は映画「Let It Be」のDVD化を踏まえ、映画の内容に相応しいサウンド・トラック盤をリリースする、という思惑があったらしいことだ。特にポールはこのアルバムの発表に熱心だったらしい。確かに、これまでのアルバム「Let It Be」は過剰なオーバーダブが施されていて、本来のコンセプトである「バンド生演奏&一発録り」というスタイルからはかけ離れたものではある。しかし、本作によってその問題点が解決されたかと言うと、かなり疑問ではある。つーか、過激に手が入っているという点では全く同じだ。こんなことなら、アップル屋上ライブの完全版をリリースした方が、より明確な答えになったんじゃないだろうか?。とにかく、中途半端な作品である事は間違いなさそうだ。

 面白かったのが、萩原健太氏が自身のコラムで露骨に国内版がCCCDであることに異議を唱えていた事だ。言われて初めて気が付いたのだが、この作品はThe Beatles史上初めての日本だけ先行発売なのである。東芝EMI曰く「一日でも早く聴きたいというファンの声に応え、世界よりも3日早い発売を日本から要望した」との事。萩原氏はこれをを「CCCDでは無い輸入盤に初回の売り上げが流れる事を少しでも防ごうとするセコい措置」と一丁両断し、Amason.comでUS盤を購入する事を明言している。僕と同じだ(笑)。

1709/13/11/2003
 正直、かなりヘコんだ。様々な問題点を考慮して、ソフトランディングの為の調整&説得を進めているのに、後から後から致命的な問題点がボロボロと出てくる。こうまでに前提条件が揺らいでいる状態では、着地点を見極めるのはかなり難しい。緊急着陸の為に別の空港へ向かいはじめたら、滑走路の距離が足りない事を後で知らされた、燃料も足りないじゃん!、みたいな感じ。情報は不正確且つ錯綜している。なぜそういう状況なのかは理解できるんだが、それにしてもちょっとヒドイ。また一から考え直さなくちゃならんなあ・・・困った。

 かなりガスが溜まっている気がしたので、ちょっとお休みさせてもらった。ヤバい状況の時こそ、ちょっと止まって深呼吸が必要。日々の忙しさに惑わされていると、解決の糸口を見出すセンサーが鈍ってしまう。全然、関係なさそうなちょっとした事が、事態を大きく変貌させる可能性を秘めているのだ。慌てたって仕方ない。無い袖は振れないのだ。いま手元にある材料で最善の策を練るのみ。失敗したって死にやしない、ぐらいの気持ちで臨まなくっちゃやってられんちゅーの。

 と言う訳で、本当に久しぶりに街へ出て、靴下を大量に買ってきた。昔から不思議に思っているのだが、選択した後に片方の靴下だけ無くなってるって状況は何なのだろうか?。そのうち出てくるだろうと思い、たくさんの片方のみの靴下がたくさん待機しているのだが、待てど暮らせど再会は果を果たす事ができないでいる。そうこうしているうちに、即戦力の靴下の数が少なくなってきたのだ。なので大量補給。靴下はいろんな意味での消耗品だと考える事にしよう。

 気分転換には買い物が一番。ついでと言っては何だが Mac OS X v10.3 "Panther"を購入。新機能で目を引くのは、やはりExposéだ。F9キーを押すと一瞬で開いている全ウインドウを縮小し、すっきりとタイルのように並べてくれる。ありそで無かった単純な機能ではあるのだが、OSにおけるデスクトップやウィンドウという概念が登場した頃から続く昔ながらの操作方法が、、高解像度ディスプレイやマルチタスク環境が当たり前になった今日までそのまま引き継がれてきた事による無理っぽさを、非常にスマートに解決していると思う。端的に言えば「これを思いついた人はエラい!」って感じ。ナイス発想。Mac OS Xでウィンドウ・シェード機能(ダブルクリックでウィンドウタイトルバーだけになる)が無くなって困っていたのだが、それに対するAppleからの回答でもあるのだろう。動きも極めてスムーズ。便利なだけじゃなくて、使ってて楽しいってのも重要。

 ずーっと前から観たいと思っていたのに、ちっとも観れていなかったドラマ「白い巨塔」をやっと観る事ができた。う〜ん、凄いメンツだな・・・としか言いようが無い(苦笑)。オリジナル版(主演:田宮二郎はあまりにも有名)とはかなり雰囲気が違うのだが、こういうものなのかしら?。盛り上がってくるのはこれからなんだろうけれど、今回のは今ひとつパッとしない内容。どうでも良いのだが。舞台となっている浪速大学病院って、なんか見た事あるなあと思ったのだが、どうやらココらしい。不夜城(苦笑)。

 そんなこんなで、気が付けばもう夜なのであった。気分転換はもうおしまい。明日からまたいつもの日常に戻らなくちゃ。(BGM:If I Can Dream / Elvis Presley)

1708/11/11/2003
 昨日はついつい、遅くまで選挙速報を観てしまった。結果としては「今回は多めに見てあげるけど、もっとしっかりやんなきゃダメよ!」ってのが民意だったという事なのだろうか?。結局、マニフェストという代物にお目にかかる機会は無かったしねえ。どこで配ってたのだろうか?。民意を反映する唯一の機会だから選挙へ行くべし!というのは正論だとは思うのだが、自分の住む地区で、どんな人が、どんな思いで立候補しているのかを知る機会ってのは、信じられない程に少ないように思う。もうちょっと情報にアクセスしやすい環境にならないかねえ。それにしても、一時は200議席オーバーという情報さえ駆け巡ったのに、夜が明けてみれば177議席ってのはどうなの?。もちろん票読みの難しさってのはあるのだろうけれど、誤差として片付けるには余りにも大きな値だと思うのだが・・・。

 SONYの新しいデジカメ。薄型ボディは某社のデジカメを、レンズの出ない光学ズームはこれまた別の某社のデジカメを、惜し気も無く大いに意識(パクリ?)した意欲作。いろんな贅沢な要望を満たしたデジカメだとは思うのだが、なんか大人しい印象を受けてしまったのは気のせいか?。値段もちょいと高め。一方、Uシリーズの最新作は、何がどう変わったのか今ひとつハッキリしないのだけれど。

1707/07/11/2003
 とうとう天下の宝刀を抜いてしまった。担当プロジェクトの現状について、正直にありのままを上司に報告。進捗については多少の遅れは出ていたものの、頑張れば十分に取りかえせる範囲だったのだが、僕が最も懸念したのは、このままの状態で進めた結果として出力される製品のクオリティーに対するものだ。単刀直入に言えば「このまま進めたらエラいことになりまっせ」ってなところ。本格的な開発行程に突入する前に、コンセプトの見直しや品質の確保について、総合的に見直す必要があると判断したのだ。もちろん工程は大幅にずれ込む事になるし、開発費だって余計にかかるのは百も承知。それでも尚、一旦ここで深呼吸をして周囲を見渡してみる価値はあると思ったのだ。この判断が有意義だったかどうかは、来年の3月に結果が出る。超プレッシャーだが、そんなことを言っている暇は無さそうだ。

 自ら口火を切ったとは言え、この大変動に伴って発生する膨大な調整作業に追われる羽目になってしまった。改善したいと勇気を持って進言したのは良いけれど、どう改善するかは未だまとめきれていないのであった。あ〜、黙ってりゃよかったかも(苦笑)。

1706/06/11/2003
 更新していないのは、ただ気分が乗らないだけです。特に理由はありません。

 コンポーザー見聞録(その1)。今年のNHK大河ドラマ「武蔵」のテーマ曲を担当しているのはエンニオ・モリコーネ。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「ニュー・シネマ・パラダイス」「海の上のピアニスト」などでお馴染みの映画音楽界の巨匠である。叙情感の溢れる、雄大で優しい楽曲を得意としている。聞くところによれば、NHKは何年も前からオファーをしていたそうで、それが今作でようやく結実した、って事らしい。肝心の作品は、いかにもモリコーネっぽいと言うか、素直に良い曲。悪く言えば無難である。残念ながらドラマは観ていないのだが、携帯電話の着メロに設定して目覚まし時計の変わりにしている。関係ないけど、携帯って目覚まし時計として優秀だよね(気軽に充電できる、電源の時限投入、メロディ変更、複数の時間設定、スヌーズなど)。

 コンポーザー見聞録(その2)。日本テレビのニュース番組「今日の出来事」のテーマ曲を担当しているのは小山田圭吾ことコーネリアス。なぜにコーネリアス?という疑問は、テレビ朝日の「ニュースステーション」がなぜU2なのかという疑問と同じくらいに謎なのだが、作品の方は純粋にコーネリアスっぽい仕上がりになっている。21世紀型ハイテク&ローテク・サウンドコラージュといった趣である。これまた関係ないのだが、コーネリアスとゆずの右の人との判別が日に日に難しくなってきている気がする。

 コンポーザー見聞録(その3)。さっき、ボンヤリとテレビを観ていたら、ニチレイの海老シュウマイ(だったかな?)のCMで、BGMに割とど〜でも良いような脳天気なピアノ曲が流れていて、テロップに「作曲:坂本龍一」と出てきて、相変わらずやっつけ仕事振りに苦笑してしまった。おなじやっつけ仕事でも六本木ヒルズのテーマ曲の方がまだ主張があった(良かったと言っている訳ではない)ような気がするのだが・・・。ギャランティーの額によって作品の質をコントロールしていたりするのかしら?。

1705/30/10/2003
 研修続行中。理論ばかりで正直、あまり面白く無い。「納期から逆算したスケジュールは顧客にも開発側にもリスクである」ってのは正論だけど、実態はそうなっちゃうことが殆どだよねえ。それをどうやって切り抜けるかという具体的な知恵みたいな事を聞きたかったんだが、逆線表ってのは「そもそもあってはならない」のが前提な訳で・・・。サバイバルの技術は自分で身に付けるしか無さそうだ。

 ピーター・バカランもといバラカン著「ロックの英詩を読む」を読了。これといって目新しい発見は無かったものの、それなりに有名な曲でも英詩の微妙なニュアンスが解説されていて、それなりに楽しむ事ができた。今更ながらBob DylanのBlowin' In The WindやThe ClashのLondon Callling、Marvin GayeのWhat's Going Onなどは、詩に力があると言うか、それだけで作品として独立できるだけの説得力があると再認識。版権の絡みでThe Beatlesで「Rock And Roll Music」が、The Rolling Stonesで「Time Is On My Side」が選曲されているのがちと悲しい。笑ったのはバラカンさん、未だにLed Zeppelinを「レッド・ゼペリン」と表記していること。頑固にも程がある(笑)。

1704/27/10/2003
 朝からずーっとバタバタ。嵐のような一日だった。それでも20:00を過ぎた辺りから、いろんな方向でポツポツと芽が出始めた予感。おーっし、がっちり収穫したるぜぇ〜っ。と思ったら明日から4日間、またまた研修なのであった。なんなのこのスケジュール。

Buffalo Daughterの新作「Pshychic」。かなり良い感じ。David BowieのBBC出演時の演奏を収めた2枚組CD「Bowie At The Beeb」。ブレイク前のDisc1とブレイク直後のDisc2の落差が壮絶。同じアーチストとは思えない程にクッキリとした差異がある。この時期に何があったんだろう。

1703/26/10/2003
 泥のように眠り続けた週末。洗濯物は山のまま、冷蔵庫は空っぽ・・・困った。

 モスバーガーで夕食の買い出しをして来た直後、友人に呼び出され吉祥寺駅前へ。ふむふむ、なるほど、そういうことか。髭を剃って行って良かった(笑)。ベトナム料理屋で和んだ後、近くのカラオケボックスへなだれ込む。妙な対抗意識が渦巻く中(僕だけか?)、3時間ぶっ通しで懐かし洋楽ショーを敢行。レアなリクエストに四苦八苦しながらも、それなりに歌ってしまう自分が恐い(苦笑)。皆様、お疲れ様でした<(_ _)>。

 あー、もう週末が終わってしまう。充実した休日って難しいんだなあ。

1703/24/10/2003
 本葬に参列。続くときは続くと言うか、今年はそういう年なんだなあという感じである。夕方の新幹線でトンボ帰り。何だか良く分からないまま、心はシクシク、体はヘロヘロ。

 結局、展示会の件では後輩たちに(またまた)迷惑をかけてしまった。みんな、展示会って初めてだったんだよねえ。事情が事情であるとは言え、申し訳ないなあと思う。違う角度から見れば、こういう事態でもしっかりとフォローをしてくれるメンバーがいてくれて、とても心強い。感謝、感謝、感謝。そういう意味も含めて、期待に応えられるような仕事をしなくちゃならんね、マジで。

 個人的なことを言えば、せっかくの展示会だったので、見たいブースがたくさんあったんだよね。ユーザーから見た展示会の存在意義って少しずつ薄れて来つつあるのかもしれないけれど、開発者から見ればこんなに情報収集できる機会ってとても貴重なのだ。全部、横並びで比べることができるんだもんね。こんなに分かりやすい見方は無いよ。残念だったり、申し訳なかったり、散々だな・・・(哀)。

1702/23/10/2003
 展示会2日目。本当は午後に顔を出そうと思っていたのだけれど、この日の説明担当の営業さんから急遽打ち合わせをしたいとの要請があり、朝からの会場入りと相成る。階下のサロンで3つの案件の調整を済ませ、お昼ちょっと前ぐらいに説明員として参加(営業さんは別件の打ち合わせで現場を離れるため、代理としてのヘルプ)。最初から、来れる日はできるだけ来ようと思っていたので、特に問題は無い。

 そろそろ後輩に休憩を取ってもらおうと思っていた矢先、母親から携帯に連絡が入る。親類に不幸があったとのことで、直ちに大阪に向かう事になってしまった。あわわわわ。全てのスケジュールをぶっ飛ばして、その足で東京駅へ・・・。

 新幹線にて雪崩のように大阪入り。ギリギリお通夜に間に合う。何と言う一日だろう。

1701/21/10/2003
 明日からの展示会の準備でビッグサイトへ。あちらこちらで突貫工事が進められいて、こんな調子で間に合うのだろうか?というシーンはこの手の展示会の常。不思議だけど、ちゃんと間に合うんだよねえ。そんな中、粛々とPCのセッティングを行う。ソフトウェアのインストールなどは事務所で済ませて来ちゃったので、現場での作業は実はあんまりなかったりする。その後、メンバーの意識合わせを兼ねて地下の喫茶店でお茶。同行してもらった営業部長さんは怒ると恐い(怒られたことはないのだが)んだけど、こうして世間話をしてるときは本当に楽しい人なのだ。どんな話題でもしっかりと盛り上げちゃう手腕はやっぱり凄い。明日は夕方頃に会場に顔を出す予定。

 ここ最近、AmazonでCDやらDVDを買い漁ってるのだが、意外と困るのが包装紙の処分だ。1枚のときは厚手の紙袋に入ってくるので、そのまま燃えるゴミの日に捨てれば良いのだが、数枚になると小さな段ボール箱で届けられるので、それなりの日にキチンと処分しなくてはならない。面倒なのはもちろんなのだが、僕のようにリッピングするためにCDを購入しているような者には、エコロジストじゃなくても単純に勿体ないなあと思ってしまう。しっかりと包装してくれるのはありがたいのだが、もうちょっとコンパクトにならんものかねえ。

 多分、その解のひとつがiTunes Music Storeなどのオンライン販売なのであろう。日常的に音楽を楽しむ部分については、この方法が最も経済的で最も効率的だ。包装紙が無いばかりか、メディアそのものが存在しないのだから。唯一、欠けているのは「好きなCDを持っている」という物理的、気分的な満足感だ。そもそも音楽とは形の無い物であって、それを塩化ビニールやプラスチックに刻み込み事で、結果的に形になってるに過ぎない。それは分かっているのだけれど、形の無いものだからこそ、その対象への思いの着地点として何かしらの形を求めてしまうのかも。旅行のときの記念写真に近いかな。痕跡。その体験を象徴する何か。いろんな意味での「デジタル化」という進化(?)に付きまとう得も言われぬ味気無さは、このあたりの感覚に集約されるのかも知れない。同じ記憶媒体でも、レコードやCDには愛着を感じるけど、ハードディスクには感じないもんなあ。あれ?、ひょっとして見た目の問題?。

 かなり脱線してしまった(苦笑)。そう言えば「マトリックス リローデッド」。まだ観てないや。

1700/20/10/2003
 中国製のロケットってやっぱりSFチックだよなあ

 ちなみに映画「Kill Bill」のもう一方のCMで流れているのはQuincy Jonesの「Ironside」って曲(71'「SMACKWATER JACK」収録)。日本ではウィークエンダーのテーマって言った方が分かりやすいはず。「新聞によりますと・・・」ってアレね。疾走感タップリのフュージョン(って言葉はまだ無かったかな?クロスオーバーとか)の秀作。カッコイイ!!。その昔、Quincy Jonesの来日公演の際、例の印象的なイントロが始まると決まって会場からは笑いが起こったそうで、Quincyは「何故、あの曲だけ妙にウケが良いのだ?」と不思議がっていたそうな(笑)。

 明後日から開催されるSecurity Show 2003に開発中の新製品を出展する予定。実はさっき初めて動いたんだけど(苦笑)。動いたのは良いのだけれど、どうもシックりと来ない感じではある。完成度が低いのはそうなのだけれど、思ってたよりも使いにくいと言うか、使ってて楽しく無いのだ。来場者の反応も取り入れながら、大幅に仕様のテコ入れをしないとマズそうだ。リリース日に間に合わん!!。

1699/18/10/2003
 「あなたがつぶやく最期の言葉」をやってみた。僕の最期の言葉は「もう、何がなんだか分からない」だそうな。なんか妙にリアルだな(苦笑)。ちなみに死因はオーバードーズ。

予約注文しておいたDVD 「マトリックス リローデット特別版」が到着。まだ観てない。

 Windows版のiTunes登場。業界に与える影響は未知数。

 中国が有人宇宙飛行に成功。テレビで船内の宇宙飛行士が管制塔をやり取りしている映像を観たのだが、宇宙ロケットと中国語という組み合わせって今まで全く無かったから、ちょっと新鮮な光景であった。そう言えば、クラークの「2010年宇宙の旅」の原作には、中国の宇宙船が登場していたっけ。映画化されたときには、その部分がスッポリとカットされてたけどね。

 週末は実家にて過ごす予定。

1698/17/10/2003
 研修から無事に生還。屋内での講義はほんの少しで、殆どは野外でのグループ活動がメイン。チーム対抗戦の状況を作り出し、そのメンバー間で相談しながらより良い結果を目指して行く事で、極自然にリーダーシップやチームワークのシミュレーションが行えるという仕掛けになっている。端から見れば殆ど子供の遊びのような課題ばかりなのだが、逆にその事で真剣になっちゃったりして、上手く乗せられたと言うか、思いの他に楽しめる内容であった。

 例えば「10人が手を繋いで輪を作り、10秒以内に全員がフラフープをくぐり抜ける」という課題。最初は30秒以上かかっていたのだが、通り方や人の並び順を相談して行く事で、どんどんタイムが縮まっていくのだ。やってること自体は下らないんだけど、みんなで一つの目標に向かって突き進んで行く状況ってのは、やっぱ楽しいのだ。達成した瞬間、大盛り上がりだったのは言うまでもない。良かったのは、そんな下らない事をなんでやらなきゃいけないんだ!と言う人が一人もいなかったことだ。みんな大人であり子供であった。ウチの会社もそんなに捨てたもんじゃないかも知れない(笑)。

 チームプレイなので嫌でもコミュニケーションを取らなきゃならない、という状況も巧妙というか、良くできた仕掛けであった。あんまり社交的ではない僕(苦笑)でも、殆どの参加者と面識を持つ事ができた。研修の内容よりも、こっちの方がより重要だった気もしないでも無い。知らない者同士を集めて二泊三日を過ごさせる、という荒技ではあるが、今までに受けた研修と名の付く物の中では一番効果があったように思う。やっぱり「人と会ってみて、話してみてなんぼ」なのだねえ。

 問題が無かった訳でもない。人里離れた山奥での研修だったので、携帯電話が軒並み圏外(auは全滅)だったのだ。外部と全く連絡が取れない状況。仕事の仲間には迷惑をかけてしまった。あと、かなりの運動量だったので激しく筋肉痛(苦笑)。

1697/14/10/2003
 明日から3日間、泊まり掛けで会社の研修なのである。なんでも「プロジェクトリーダー早期育成支援プログラム」なんだそうで、室内での講習だけでなく屋外でも何かやらされるようだ(運動のできる服装を用意すること、とある)。面倒だってのはもちろんあるのだが、気が重いのは見ず知らずの人たちと3日間も過ごさなきゃならんことだ。楽しいのかなあ・・・楽しくないよなあ。

 と言う訳で、3日後には老若男女を問わず、グイグイと引っ張って行くリーダーシップ溢れる人間に生まれ変わってくる予定(苦笑)。連絡等は携帯電話にお願いします。

1696/13/10/2003
 Mac OS Xで動作するデスクトップ・アクセサリーソフトの統合環境、Konfabulatorで遊んでいる今日この頃。その中のひとつ、iTunes Bezel ってのはiTunesで新しい曲が再生すると、その曲情報を半透明の小窓をポップアップして表示するWidget(Konfabulatorでは個々のソフトをこう呼ぶ)である。ポップアップとは言っても、そこはMacらしくボワンと浮き上がってきてボワンと消えて行く例のあの感じだ。iTunes上でアルバム・ジャケットを登録しているものは、それも一緒に表示してくれる。かなりイカす。

 貴重な休日であるにも関わらず、ジャケットを表示させたいが為だけに、丸一日をかけてジャケ画像の登録に励んだ。なんとバカな休日の過ごし方だろう(苦笑)。でもね・・・細工は流々、首尾は上々ですぜ、旦那。Amazon.comから再生中の曲のジャケ画像を取得してくるWidgetってのもあるんだけど、それとこれって合体できないのかしら?。

1695/12/10/2003
 もうずっと前に届いていたDVD「クラシック・アルバムズ:ピンクフロイド/狂気」をやっとこのことで鑑賞。1973年に発表されるや、その後14年間もチャートに居座り続けたというPink Floydのモンスター・アルバム「The dark side of the moon」の製作過程を、メンバー、参加アーチスト、エンジニア、ジャケのデザイナー、当時を知るジャーナリストなどによるインタビューで追ったドキュメンタリー作品である。アラン・パーソンズ自らがマスターテープを1トラック毎に解説するなど、見どころ満載ではあるのだが、如何せん当時の映像が少なすぎる感は否めない。当時のライブ映像はほんのちょっぴりだけで、それを埋め合わすかのように、現在のメンバーが曲のフレーズをギター1本で演奏するシーンなんかも収録されていて、これはこれで貴重なのだが・・・やっぱ埋め合わせだよね、これは(苦笑)。正直、物足りない。アルバム後半の無気味な語りの声の主は、当時のスタジオの警備員だったのね。30へぇ〜。
1694/09/10/2003
 と言う訳で大阪出張。顧客への仕様説明って感じの打ち合わせだったのだが、2時間の持ち時間のうち、一つ目の議題が長引いてしまって1時間45分を消化、二つ目(これが僕の担当分)はたったの15分!。ちなみに移動時間が往復で5時間。相対比では新記録だな(苦笑)。
1694/09/10/2003
 打ち合わせで汐留へ。お台場から汐留と言う何とも気恥ずかしいルートではある。オフィス街の近辺しか行かなかったので、どういう所なのかは未だ不明。真新しいビルは沢山あったけど。

 開発中ソフトウェアの暫定的な結合テスト。予想していたよりも遥かに動いた!。ちょっぴり感動。ちょっぴりホッとした。動いたのは良いのだけれど、問題は内部の造りがボロボロなことだ。これぞ正に突貫工事。リファクタリングをしている余裕は無いんだよなあ。どしよ

 明日は大阪へ日帰り出張。

1693/07/10/2003
 しつこいようだが「Let It Be Naked」がどういう代物であるかをまとめておこう。

 アルバム「The Beatles」製作中に芽生えたメンバー間の緊張感を払拭するため、ポールが考え付いた解決策は長らく行われていなかったライブ・パフォーマンスを復活させる事であった。ライブとそのリハーサルの模様をフィルムで撮影し、TVの特別プログラムとして放映する。サウンドトラック盤としてアルバムを発表する。録音に際してはオーバーダブ禁止、ライブ一発録りとする。これが後に伝説となる「Get Back Session」の始まりである。

 1969年1月2日の午前10時。The Beatlesのメンバーはトゥウイッケナム・スタジオに集合し、最初のリハーサルを開始する。広くて寒々しい撮影スタジオ、へんてこな色付きの照明、四六時中撮影されているプレッシャー、おまけにポール以外はこのセッションに乗り気ではなく、ダラダラとした取り留めの無いリハーサルが延々と続く。後にこの時の撮影フィルムを音源とするブートレグが数多く登場した。

 Apple社の屋上ライブ(結果としてこれがThe Beatles最後のライブとなった)というハイライトはあったものの、映画「Let It Be」にも登場するポールvsジョージの激しい口論に象徴されるように、このセッションは失敗に終わる。後には96時間ものフィルムと28時間分のマスター・テープが残されたが、それを編集しようとするメンバーは一人もおらず、エンジニアのグリス・ジョンズに(半ば押し付けるように)託された。ジョンズは実りの無かったリハーサル・テープの中から何とか使えそうな素材をかき集め、アルバム「Get Back」のマスターを完成させる(69年5月)。この時の収録曲は以下の通り。

  • The One After 909
  • Rocker
  • Save The Last Dance For Me
  • Don't Let Me Down
  • Dig A Pony
  • I've Got A Feeling
  • Get Back
  • For You Blue
  • Teddy Boy
  • Two Of Us
  • Maggie Mae
  • Dig It
  • Let It Be
  • The Long And Winding Road
  • Get Back(reprise)

 6月にリリースと告知されたにも関わらず、メンバーの誰一人として満足の行かなかったこのアルバムはお蔵入りとなり、代わりにジョージ・マーティンを呼び戻してアルバム「Abbey Road」の制作に入る(つまりThe Beatlesのラストアルバムはこの作品と言う事になる)。「Abbey Road」発表後も棚上げされたままになっていた「Get Back」は再度、グリス・ジョンズに委ねられる。アルバムと同様に編集が大幅に遅れていた映画「Let It Be」と内容を調和させるためであった。このとき(70年1月)のマスターの収録曲は以下の通り。

  • The One After 909
  • Rocker
  • Save The Last Dance For Me
  • Don't Let Me Down
  • Dig A Pony
  • I've Got A Feeling
  • Get Back
  • Let It Be
  • For You Blue
  • Two Of Us
  • Maggie Mae
  • Dig It
  • The Long And Winding Road
  • I Me Mine
  • Across The Universe
  • Get Back(reprise)
 Teddy Boyが外され、I Me MineとAcross The Universeが追加された。そして、このマスターもお蔵入りとなる。

 そして新しいプロデューサーのフィル・スペクターの登場となる。1970年代当時、ロック史上最高のプロデューサーとして人気と尊敬を一気に集めていた男である。Wall of Soundと呼ばれる彼独特のプロデュース技法により、当初の「オーバーダブ禁止、ライブ一発録り」というコンセプトは脆くも崩れ去り、The Long And Winding Roadに施されたゴージャスなオーケストラ・アレンジはポールを激怒させ、後にThe Beatles解散の引き金にもなった。1970年5月8日にリリースされたアルバム「Let It Be」の曲順は以下の通り。

  • Two Of Us
  • Dig A Pony
  • Across The Universe
  • I Me Mine
  • Dig It
  • Let It Be
  • Maggie Mae
  • I've Got A Feeling
  • The One After 909
  • The Long And Winding Road
  • For You Blue
  • Get Back
 アルバムのタイトルが変更されたのみならず、そのサウンドは「Get Back」とはかけ離れたものであった。「常に惨めさの付きまとうクソ面白くもない最悪の録音テープの山から、彼はなんとか恰好の付くものを作り上げたのさ」(ジョン・レノン)

 ここまでの経緯を踏まえ、近く発表される「Let It Be Naked」が何であるかを考えてみる。そう、こんなアルバムは無かったのだ。あちこちで見かける「幻のアルバム」ってのは全く持って的を得ない表現であることが分かる。推測するに、上記のマスターの中から適当に音源を見繕って、勝手にリミックスしただけの代物なのでは無いかと思う。先に書いたように、このセッションの音源は28時間分もある訳で、こういうやり方が許されるのであれば、あと何枚これと同じようなアルバムが出せるのだ?ってことになる。とにかく、存在意義がよく分からないアルバムだ。これによって再認識できるのは「ビートルズが如何に素晴らしい演奏をしていたか」では無く、「EMIが如何にアコギな商売をしているか」でしかない。おまけに国内盤はCCCDだ。

1692/05/10/2003
 七七日。抜けるような青空の元、御陰さまで無事にこの日を迎える事ができました。本当にありがとうございました。

 この一か月、本当に大変だった。ここまで大変だとは思ってなかった。肉体的にも精神的にもクタクタになった。それでも何とか乗り切れたのは、いろんな人の力添えがあったからこそだ。その形は様々であったけれど、そのひとつひとつは僕の中で本当に大切なものとなった。本当に疲れてしまったけれど、それ以上に得たものは大きかったと思う。抱えきれないくらいに沢山のことを学ぶ事ができた。そして、僕の中に足りなかったものが何であるのか、朧げながら見えてきたような気がする。これからの時間で、それをどのぐらい自分のものにできるかは分からないが、少しでも理想に近付けるように精進したいと思う。今回の事は、それを気付かせてくれるための、最後の教えだったのかも知れない。

 この一か月は大変だったけれど、それまでの3年間は違う意味でヘビーであった。憂鬱という言葉では全てを表現しきれない。ずっと心に霧がかかったような、心細く、暖かみの無い、先の見えない不安な時間であった。死に対する恐怖ではなくて、どうすることもできない自分に対する恐怖。誰にもそんなことは言われなかったけれど、少しずつ自分の形相が変化していくように感じられた。最後の方は、鏡に映る顔が自分の顔で無いような気さえした。それが一か月前、ふと気が付くといつもの自分の顔に戻っていたのだ。あれは何だったのだろう。心が表情に投影されていたのだろうか?。分からない。とにかく元に戻って良かった。眉間に皺がひとつ残っちゃったけど。

 うまく言えないけど、何かホッとした感じではある。大きな仕事だった。葬儀とか諸々の手続きというのは、残された者でしっかり頑張って行きなさいよ、という意味があるのだと思う。取りあえず、その第一歩は何とか踏み出せたかな。強烈な一歩だ。僕の中でも、明らかに何かが変わったような気がする。まだまだ迷いはある。とてつも無い不安もある。これで心配事が全て無くなった訳でも無い。それでも幻滅することは無いのだ。このDNAは僕が引き継いでやるという決心はできた。それが分かっただけでも十分だと思う。

 明日からまた賑やかな日々が始まる。いつもと変わらない月曜日。それで良いのだ。生かせてもらってる事に感謝。

1691/02/10/2003
 あんまり自分の時間が無い。取りあえずの備忘録。

 「THE SONG REMAINS THE SAME - 狂熱のライブ」と「クラシック/アルバムズ:ピンクフロイド/狂気」を購入。残念ながらまだ観ていない。今まで全く気が付かなかったが「熱狂のライブ」じゃなくて「狂熱のライブ」だったのね。狂熱って何?(苦笑)。

US盤の「Let It Be Naked」を予約注文。Not CCCD!。買うならこっちだろ。それにしてもこのジャケットはヒドイな・・・。いろいろな情報から察するに、このアルバムは以前にオランダで押収されたテープが元になっている模様。よく考えてみると、俗に言うGet Backセッションのブート音源はレコーディング用の8トラック・マスターでは無く、その殆どが映画撮影用の2ch音源であったことに気が付く。なるほど、マルチマスターの音源は「Anthology3」でその一部が発表されているだけだったりする。確かに少ねえなあとは思っていたんだ。そう言うことか。

 「ELVIS 2ND TO NONE」を予約。言わずと知れた「E1VIS」の二匹目のドジョウもとい続編。前作の収録曲を省いたベスト盤という変則的な構成ではある。デジタルリマスターという魅力だけだな。とほほ。

 R.ケリーがマイケルジャクソン復活を手助け。手助けしようがしまいが、そんな事どうでも良くて、注目なのはNo.1ヒットを集めたニュー・アルバム って記述。「Michael Jackson - Number Ones」というアルバムタイトル、収録曲、初回限定版として4種類の異なったジャケットになる、DVDも同時発売、とまで発表されているのだが、これについてマイケル側のスポークスマンは「何の相談も無く、ソニー・ミュージックが一方的に強行した。いくつかの決定事項は、まだ100パーセント確定状態ではない 」と発表。マイケル vs ソニー・ミュージックの戦いはまだまだ続きそうである。それにしても、No.1を獲った楽曲だけでアルバムを作れるってのは凄い。

1690/28/09/2003
 Robert Palmerが急逝。享年54歳。正直、かなりビックリさせられた。僕が最初にRobert Palmerを知ったのは、もちろんThe Power Stationのボーカリストとしてだ。当初、Duran Duranのメンバーによる暇つぶしと思われていたバンドだが、Nile Rodgers, Tony Thompson, Bernard Edwardsなどの元Chickの手による斬新なサウンドは、後にPower Stationサウンド と呼ばれる程に80年代を代表するものとなった。David BowieのLet's DanceやMadonnaのLike a Virginなんかも正真正銘のPower Stationサウンドである。

 そんな強力な製作陣に加えて、強力な実力派ボーカリストのRobert Palmerが当時人気絶頂のDuran Duranのメンバーと組んだユニットがThe Power Stationなのである。同名のアルバム「The Power Station」はDuran Duranの人気のおかげもあって売れに売れまくった。そして、Duran Duranを苦々しく思っていた人々からも、このアルバムは圧倒的な評価を得たのであった。今聴くと、さすがにサウンドは懐かしさを感じるが、突き抜けるようなカッコ良さは今でも有効である。それが証拠に、今でも僕のCDローテーションに組み込まれている。こんなアルバムはなかなか無いものなのだ。

 サウンドの要であるRobert Palmerの圧倒的なボーカルは、Mick Jaggerに「聴くに値するボーカルはRobert Palmerだけだ」と言わしめる程の説得力があったのだ。音楽仲間と「最高のバンドを自由に組めるなら」という話題になったときには、僕はボーカリストにRobert Palmerを指名していた。モデルに囲まれて、鼻に付くぐらいにダンディにきめていたプロモーションビデオが懐かしい。

1689/27/09/2003
 またまた実家へ。仏壇が届いていた。我が家の宗派(つってもつい最近まで知らなかったのだが・・・)は絢爛豪華な金ピカな仏壇なのである。何でも「極楽浄土ってこんな感じだよ〜」ってのを表現しているそうな。雪洞に明かりを灯すとより一層、豪華は雰囲気になる。スゲー。これからは僕がこいつを守っていかなきゃならんのだな。責任重大。

 夕食は母親と二人でちょっとだけリッチなお店へ。正確には「リッチ風」なのだけれど。二日連続で無駄にロマンチックなのであった。明日はマンションの下水管の点検があるので、そのまま自宅へとんぼ返り。バタバタが続く毎日だが、来週末が七七日なのであともう少し。何とかお墓も仏壇も香典返しも間に合いそうだ。

1688/26/09/2003
 次から次へと顧客からの問い合わせが殺到。たくさんのボールをお手玉するジャグラーのような一日であった。結局、本来の仕事には殆ど着手できず。かなりヤバめ。

 仕事帰りに後輩2人と飲みに行く。大きな窓からお台場のゆったりとした夜景が望める、無駄にロマンチックな店であった(苦笑)。なぜかテルミンの話題で盛り上がる。どうして盛り上がったのかはヒミツだ(笑)。終わってみれば勝手に一人で盛り上がっていた感も無くはないのだが、楽しい時間を過ごして貰えたのなら、それはそれでOKなのかと。早く体調を取り戻して、元気になって下され。

それにしても、人を集めるのが下手な僕なのであった。どう考えても幹事に向いていないタイプ。

1687/25/09/2003
 ちょっとバテ気味。会議の梯子や客先回りも疲れるが、一日中ずっとパソコンに向かって頭をフル回転させる事の方が遥かにエネルギーを消耗するような気がする。深く思考して、そしてコーディングして、っての繰り返しが僕の理想なのだが、如何せん今はそういう時間の余裕が無い。最優先課題は、取りあえず動くものを作る事。もちろん後々に細かい部分を修正しなくちゃならない訳だから、少なくとも自分で判読できるようなソースにはしておく必要がある。スケジュール厳守と品質確保のギリギリの攻防が続く。これが酷く疲れる。消耗する。文字通りフラフラになる。因果な商売だ。

悩んでいたインターフェイス案に一筋の光明が差した。まだ現実的に理に適っているかどうかの判断は付かないが、今までと異なる方向性が見出せたのは大きい。頭の中でのみ存在するイメージを壮絶なスピードで現実化(とは言ってもデジタル的な形の無いものなのだが)していく作業が続く。明日はどこまで形にできるだろう。実際にソフトを使う人にとっては、内部的なソースコードの美しさなどどうでも良いのかも知れないが、見えないところにこそ気遣いの行き届いたものを作る人でありたい。本物ってのはそういうものだと思う。

1687/24/09/2003
 今日の迷宮。我が家の目覚まし時計は電波時計なのだ。自分で勝手に時間を合わせるのが電波時計の醍醐味な訳で、手動で時間を合わせるボタンなんかは付いていないのだ。必要無いものね。ところが昨日からその時計が6時間ほど遅れたままになっている。いくら電波に問い合わせをしても正確な時間になってくれないのだ。そこで初めて気が付いた。電波時計の電波問い合わせ機能が壊れてしまうと、もはやお手上げなのである(苦笑)。

 iTunes4のネットラジオ機能はとても快適である。以前はチャンネルを選択してから音が出るまでにちょっとタイムラグがあったのだが、今では即座に音が出てくる。本物のラジオにかなり近い。Macに向かっているときは殆ど付けっぱなしにしている。負荷も殆ど感じられない。完全にBGMとして機能している。素晴らしい。スピーカーを買おう!。

1686/22/09/2003
 今日の昼食。いまひとつ殺風景ではある。

 顧客先での納品&立ち会いってのは何回やっても緊張するものだ。今日はいろいろと手こずった例のセットアップ・プログラムの納品。ちょっとした一言で冷や汗タラタラであった。曰く「あれ?何かエラーが出てますよ(動作環境が正しく用意されてなかったから)」「あれ?許可されてないユーザでも動かせちゃいますよ(許可されたユーザだったから)」「あれ?ちゃんとセットアップできてないみたいですよ(管理者でない権限で実行したから)」。ふぅ。心臓に悪いってばあ。結果、これといった問題も無く終了。

 Mac OS Xで真っ先に使ってみたかったのがiTunes 4だ。 Mac OS 9では使えない機能はいろいろあるのだけれど、 最も興味があったのがAAC(Advanced Audio Coding)エンコーディング。 MP3よりも高速、高音質、高圧縮と3拍子揃った理想のオーデオ・コーディックと言われている。 早速、手持ちのCDの中から音質の良い数枚をピックアップし、リッピングを試みる。 う〜ん、あまり違いは分からないな(苦笑)。ま、こういうのは気分の問題だから・・・。

 話題のKonfabulatorも試してみる。XMLでオブジェクトの設定を書いて、それをJavaSciriptで制御する、って感じのソフトウェア動作環境である。通常のプログラミングに比較して、割と簡単にソフト(widgetと呼ばれる)を作成できるのがミソ。既にたくさんのwidgetが公開されていて、単純な時計やカレンダー、ゲームに始まり、天気予報やニュース、株式情報や定点カメラの情報をリアルタイムに表示させたりするものもある。はっきり言ってどれも大した処理をする訳じゃないのだが、プログラム的な遊び心を解放できるような自由な開発環境ってスタンスが、かつてのHyperCardを彷佛とさせて面白い。僕が最初にMacに触れたときにも、こういう遊び心の雰囲気があったような気がする。暇ができたら何か作ってみたいな。

1685/21/09/2003
 「Let It Be...Naked」の日本盤はCCCD。さあ、いよいよこの部屋も浸水が始まってきたようだ。輸入版に逃げてみる手はあるのだろうけれど。

 Power Mac G5到着。本来ならば「劇的な速さ!」なのだろうけれど、体感的には「このぐらいの速度は当然でしょ」って感じ。最も効果が感じられたのはWebの表示速度。やっぱ通信速度の問題じゃなかったのだねえ。Safariも噂通りの快適さだ。当たり前の事が当たり前にできるようになった、って感じかな。

 問題はデータの移行だ。メーラーもこの際、純正のMailに乗り換えるのでARENA 2 Mail を利用。ブックマークはGo to Safari を使った。どちらも、簡単なデータ変換ツールなので、ボタン一発で完了!ってな訳には行かなかったけど、これだけできれば十分だ。

 Mac OS Xの新しいFinderの仕様は、慣れるまで少し時間がかかりそうだ。一番、取っ付きにくいのがDock。これは画面の下部に表示させるのが定石なんだろうか?。Appleの意図していることは分からないでも無いのだが、ソフト起動のためのアクセスが(事実上)ここからのみ、ってのはちょいと辛いかも。ことえりはまあまあ。PowerMateがちゃんと動作しないのは何故?。キーボードが真っ白なのは美しいのだけれど、これはこまめに掃除しないとすぐに汚くなりそうだな。

 それにしても、もう少しUNIX臭さがあるかと思っていたのだけれど、予想以上にMac OS化されているのが凄い。UNIX特有の偉そうな感じとか選民思想的な雰囲気、取っ付きにくさは微塵も感じられないのだ。このインターフェィスを目の当たりにするとGNOMEがショボく見えちゃうのは気のせいか?。世界で一番利用されているUNIXという称号は案外と相応しいものなのかも知れない。賛否両論あるのだろうけれど、ここまでやれば立派だと思う。

 と言うわけで概ね満足。誰か僕とiChatしてください(苦笑)。

1684/18/09/2003
 久々に仕事でハマった。セットアップ用のバッチファイルで3000個のフォルダをコピーしようとしたのだが、これが予想以上に時間がかかることが判明。おまけに実運用ではこれをCD-R上から起動させるので、これがもうシャレにならないぐらい遅いのだ。Pentium 500Mhzで15分以上かかるマシンもあった。完全に見通しを謝った。情けない。

 フォルダ構成をそのまま自己解凍ファイルにして、HDDにコピーしてから展開するという方針に切り替えたのは良かったのだが、Windowsの遅延書き込みのおかげで全てのフォルダが実際にコピーされる前に処理が完了してしまい、その後のパソコン再起動の処理との連携が上手く取れない。

 その後、遅延書き込みを行わない圧縮ファイルの作り方は分かったものの、ウィンドウ形式のアプリになってしまうのでバッチファイルは素通りしてしまう。DOS形式だとフォルダ名が短いファイル名に変換されてしまう。あっちを立てればこっちが立たずの繰り返しであった。

 結局、バッチファイル起動 -> カレントディレクトリを強制的に変更するツールを自作 -> 自己解凍処理 ->フォルダの展開 -> 自己解凍ファイルから再起動ツール(これも自作)を起動、という超変則的なシーケンスになってしまった。こんなつまらん作業で丸一日が潰れてしまった。とほほ。

 いつの間にやらThe Beatesの新作がリリースされることになっている。「幻のオリジナルバージョン」と銘打ってはいるが、これはお蔵入りになった「ゲットバック」とは煮ても似つかない歪な編集アルバムであることはビートルマニアならすぐに分かる。こんな良く分からない代物をリリースする暇があったら映画「レット・イット・ビー」を早くリリースしなさい!。EMIの阿漕な商売にはウンザリ。ぷんすか。

 Power Mac G5が届いたらしいのだが、日中に受け取れる訳もなく不在票だけが残されていた。再配達は週末だな。

1683/17/09/2003
 Kraftwerkの新作。僕好みのような、そうで無いような・・・。

 会社の歓迎会に参加。常駐チームが戻ってきたこともあってか、かなりの参加率。お台場のとある一角で会社員30数名の飲み会という図もなかなかである。今更なのだが、僕もすっかり中堅なのだ。気が付けば席の周りはみんな後輩達。ココだけの話だが、後輩の入社順序の記憶がかなり曖昧になって来ている。後輩Aが後輩Bに「○○さんはビールどうします?」と振ったときに、ああBはAの先輩だったよなと気が付くのであった。ともあれ、今年入社の新人3人組が初の勢揃い。良くもまあこんなにもカラーの違う面子が揃ったモンだ。同期なのに年齢が違うことは良くある話で、一番年齢の若い奴が一番態度がデカいという風景は、そう言えば心当たりがあるなあと思い出してみたりもする。あ、10年前の僕だった(苦笑)。ま、盛り上がりました。オッケーです。

 Haagen-Dazsの季節限定品カスタードプディング。なんつーか、あまりにも予想通りのプリン味。美味しいけどね。以前にラムレーズン味を食べて、こりゃ絶品だと思ったのだが、それ以降に商品を全く見かけなくなってしまってガッカリしてたのだが、今月末に季節限定で復活するんだね。前のも季節限定だったのかな?。

 AppleからPower Mac G5の発送通知メールが来てた。

1682/11/09/2003
 遂に映画「未来世紀ブラジル」のDVD化が決定した模様。今度こそはちゃんと出るんでしょうね?。

 CD 買った。

 我ながら後ろ向きなチョイスである。All ~ はジョージ存命中にリリースされたリマスター盤。一応、1stプレスは持っているのだが、フィル・スペクターによる「ウォール・オブ・サウンド」の金字塔且つ最後の輝き的な作品なだけに、取りあえずリマスター盤も押さえることにした。Close ~ は、これで3枚目の購入となる。音質モコモコの1stプレス、リマスター盤と来たのだが、今回はデジタル・リマスターに加え「And You and I」のオルタネイト・バージョンと「Siberian Khatru」のスタジオ・ランスルー・バージョンまで収録されてちゃ、買わざるを得ない(苦笑)。Tour ~ はクラフトワーク13年振りのオリジナルアルバム。CCCDじゃなくて良かった。

 相変わらずの問題は、ゆっくりと聴く時間が無いことだ。Macのハードディスクは既に満タンなのでリッピングすらできない状況。困った。

1681/08/09/2003
 そうは言っても仕事はやんなきゃならんのだ。改めてスケジュールを見直してみたのだが、気が付けばかなり際どいラインであることが判明した。個人的な諸々の事はさておき、研究部門からのライブラリ提供は遅れてるし、来月は展示会やら合宿セミナーやらで月の半分は会社に行けない。結構ヤバめ。まだ、アラームって程では無いのだが、突発的な何かが起きたらダメだろな、こりゃ。

 そう言えば、オザケンのアルバム未収録曲を集めたCDが出るって話を聞いて、「あのオザケンがよく許可したなあ」と思っていたのだ。彼は、自分の作品の版権を自分が保有するという、昨今のアーチストとしては希な契約を結んでいるのだ。つまり、過去の作品を廃盤にするのも再発するのも彼次第なのである。で、案の定と言うか何というか、いつの間にか発売延期未定になってる。このまま立ち消えになる可能性大。

 そう言えばのついでなのだが、8月末に届くはずのPower Mac G5。まだ来てないのだ。まあ、今届いてもセットアップする余裕は無いんだけど。

1680/07/09/2003
 仏壇を設置する場所を確保するため、大きな洋服ダンスの2つをリサイクル・ショップの人に引き取って貰った。もう20数年前に購入した古い物で、当時は50万円以上したらしいのだが、買値は500円(苦笑)。いわゆる、しっかりした造りの洋服ダンスは今や人気が無いのだそうな。ま、ただでも引き取って貰えれば御の字である。ところが、あまりにしっかりした造りのタンスだったからか、ショップの人が運搬中によろけてしまい、部屋のふすまに穴を開けちゃったのだ。弁償してくれるらしい。ありゃりゃ、なんだかこっちが恐縮である。

 お香典のお返しの準備も進める。セールス攻勢がひっきりなしだったのは既に書いたとおり。その中でもトップレベルで営業トークが下手っぴな人がいたのだが、母親の意向でその人の所に頼むことにした(あまりにも可哀想だったから、というのがその理由)。やってみて分かったのだが、お返しの品を選ぶのもなかなか難しいものだ。バスタオルなんか貰っても嬉しくないもんねえ。あと、お香典を貰ったは良いのだけれど「この人、誰だっけ?」と言う人が結構多いのだ。本人としか繋がりが無かったような場合には特に分からない。母親と一緒に過去の年賀状なんかをひっくり返して地道に調べる。香典袋にはしっかりと住所、氏名を書いとかなくちゃね。教訓。

 当たり前の事なのだが、自分の時間が殆ど取れないのだ。庭が雑草ジャングルになってる。クレームが付く前になんとかしなくちゃ。冷蔵庫も空っぽ。しばらくは外食生活だな。Yシャツが無いぞ。どうするどうなる。

1679/31/08/2003
 まずはお墓。霊園の候補は2つ。実家からちょっと遠いけど静かで環境が良いところ。実家から近いけど幹線道路のすぐ脇の所。母親の意向を尊重して後者を選択することにした。全く知らなかったのだが、最近のお墓ってのは洋風で横型のものが主流らしく、刻んである文字も「○○家」とかじゃなくて「ありがとう」とか「心」とか「フィナーレ」など、ちっとも墓っぽく無いのだ。どちらかというと祈念碑的な佇まいである。墓石も石の種類や加工する形、建てる向きや場所によって詳細に値段が決められている。何と言うか・・・知らない事ってたくさんあるのだなという感じ。こちらも母親の意向を尊重して、洋風だけれどそれなりに墓っぽいデザインに決定。

 続いて仏壇。これも全く知らなかったのだが、関東では木目調と言うか、家具調と言うか、単色の落ち着いた仏壇が主流なのだと言う。言われてみれば、知人の家にある仏壇はみんなそうだった気がする。しかし、僕の仏壇のイメージは黒をベースに金の装飾が施してある絢爛豪華なものである。聞くところによると、本来の仏壇はそうだったのだが、関東大震災の後、物資が不足していた関係で木の仏壇が作られはじめ、その流れで今に至っているのだという。僕の仏壇のイメージは関西のものだったのだ。こちらも母親の意向を尊重して、黒ベースに金装飾の仏壇を選択。いや〜、立派な仏壇である。お値段もかなり立派だったけど。

 各種書類の手続きはまだまだ続く。大阪から戸籍謄本、抄本が到着(本籍が大阪なので郵送してもらうのだ)。これでやっと保険の手続きが進められる。所帯主の変更や一時金の申請など、こんな感じで週末はあっと言う間に過ぎていく。来週は仏壇を置くためのスペースを大工さんに工事してもらうのと、お香典の返しの手続き。まだまだやることはあるのだけれど、少しずつでも進めないとね。

 あ、8月が終わっちゃったよ。

1678/28/08/2003
 勤務先のビル。携帯カメラのプアな性能のおかげで北野ブルーな写真が撮れてしまう。お台場は夏休みの最後を惜しむかのように、家族連れやカップルで混雑している。一人で昼食に出かけるにはちょっと気が引ける季節。今年の夏ももうすぐ終わりだね。

 会社の同期、後輩が僕と同じ機種の携帯電話に買い換えていたことが判明。幸いなことにカラーは誰も被っていなかった。その場でソニエリ友の会を結成。笑える写メールの交換を目的とする。会員募集中。

 もの凄く時間が経ったようでもあり、つい最近の事だったようでもある。要するに良く分からない感じ。いろんな手続きに追われる毎日。書類操作が苦手な僕にとっては頭が痛い。世帯主の変更、自動車の名義、電話の名義、銀行預金、保険の手続き、クレジットカード、インターネット、あとは何だっけ?。登記簿って司法書士に頼むのが一般的なんだろうか?。週末は実家に戻って霊園巡り&仏壇巡りの予定。

1678/24/08/2003
 お陰様で無事に式を終えることができました。遠く不便な場所であったにも係わらず、本当に大勢の方々にいらして頂いて、感謝の気持ちでいっぱいです。どうもありがとうございました。殆どの方々には急なお知らせになってしまい、本当に驚かせてしまった事だと思います。お騒がせして申し訳有りませんでした。

 とにかく壮絶な一週間であった。とてもじゃないがここに書ききれない。もの凄い量の何かが物凄いスピードで過ぎ去っていった感じである。本当にあっと言う間であった。何が起こったのかをキチンと理解するまでには少し時間がかかるのかも知れない。本当に申し訳ないのだけれど、自分の感情を確認している余裕は無かったのだ。

 棺というのは一人乗りのロケットみたいなものだ。自分の好きな物をたくさん詰め込んで、花々に包まれ、たくさんの人々に見送られ、僕が生きている間にはもう会うことができない長い長い旅に出るのである。火葬場はロケットの打ち上げ台。大きな扉の向こうにロケットが吸い込まれていき、宇宙へ向けて旅立っていくのだ。扉が開かれた時には、発射した後の残骸が残されていた。どうやら無事に出発できたようである。快適な旅になれば良いなと思う。そして星になるのだ。

 明日から職場に復帰します。

1677/20/08/2003
 18日の夕方、父親が亡くなりました。ここに生前中のご厚誼を深謝し謹んでご通知申し上げます。追って葬儀及び告別式は下記の通り執り行います

    通夜:8月20日(水)18:00〜 
    葬儀・告別式:8月21日(木)11:00〜12:00
    場所:コスミック大宮

 荷物を取りに自宅に戻ってきました。これからまた実家に戻ります。今週中は自宅に戻りませんので、ご連絡等は携帯電話にお願いします。

1676/17/08/2003
 大学時代のサークル、軽音楽研究会のOBライブに参加。参加バンドが少ないと心配していたはずなのだが、蓋を開けてみれば何の事は無い、OBと現役を含めて総勢15バンドという強行軍であった。単純計算でも1バンド30分で7時間以上にもなるじゃないか!。という訳で開演12:00、終了19:00という「これぞ軽音」的なタイム・スケジュールなのであった。ライブ・エイドじゃないんだから。

 多少の予想はしていたのだが、箱に入ってみると知らない人だらけ。卒業から10年以上も経っている訳で、今のサークルがどんな雰囲気だとか、どんなカラーの人がいるとか全く情報を持っていなかったので、なんつーかどういう顔してれば良いのか分からない感じではある。微妙に間が持たない(苦笑)。あ〜、こんなことなら事前の飲み会にもっと参加しておくんだった。とほほ。

 とは言え、バンドという共通項に集まった面々には違いなく、ステージでの演奏が始まるとそれなりに楽しめるのであった。結局、知らない人(現役&若いOB)の区別は殆ど付かないままだったのだが、わざわざ外に出向いてライブをしようというバンド達な訳で、それぞれのバンドにそれぞれのチャームがある演奏だった。傾向としてはロック的なカッコ良さを追求しているバンドが多かったかな。という訳で圧倒的にギターが中心。キーボードありのバンドが少なかったのは少し寂しい気もしたが。

 で、いよいよ我らがバンドの出番。僕はキーボードの貸し出し&1曲だけのボーカル。練習を見学に行った際に急遽、参加を要請(強制)されたSantanaのコピーである。全員揃ってのの練習が1回こっきりという、これまた「これぞ軽音」的なぶっつけ本番ライブなのであった。サクっと歌ってサクっと撤収しようと思っていたのだが、いきなり歌い出しをミスるという失態を演じてしまい・・・(涙)。ま、余興だから。余興。無かったことにしてください>関係者。

 圧倒的に時間が押すものと思われたのだが、結果的には時間キッカリに無事終了。正直、内容はあまり期待していなかったのだが、それなりに充実したライブだったと思う。ちらほらと知ってる面子とも再会を果たしたしね。ライブ終了後、近所の居酒屋で打ち上げ。現役&若いOBとは、それほど多く会話を交わせなかったのだが、「バンド頑張ってます!」的な雰囲気はしっかりと感じ取れた。 なんだか良い雰囲気だったねえ。これを機に現役、若いOB、古いOBの繋がりが増えてくれば良いなと思う。皆さん、お疲れさまでした。<(_ _)>

 演奏中、久しぶりにDATを回してたのだが、何故だか知らないが左右の広がりが全くない、コモりまくりの音質(ガーン!)。

1675/13/08/2003
 ジョージ・ハリスンのちょっとイイ話(その1)。The Beatlesのアルバム「A Hard Day's Night」のジャケットで、ジョージは煙草を吸っている。当時のイギリスでアイドルが煙草を吸っている姿が、それもジャケットに掲載される事は異例中の異例のであった。そういう事を全く気にしていない(意図的に「吸ってやろう」という気すら無かった)ジョージの自然体がカッコ良い。

 ジョージ・ハリスンのちょっとイイ話(その2)。The Beatlesのリード・ギタリストでありながら、自作(そして恐らくは最高傑作)の「While My Guitar Gently Weeps」のギター・ソロをEric Claptonに自ら依頼した。歴史的な名曲、それもギタリストが作ったキターの曲であるにも係わらず、二人で飲みに行ったついでに「今からスタジオへ来てギター弾いてよ」と誘ったのだという。その後、Clapton宅の庭で作曲した「Here Comes Sun」、愛しの恋人に送った「Something」などの名曲を生み出した後、Claptonに恋人を奪われてしまう。そしてClaptonから生み出されたのが「愛しのレイラ」であることはあまりにも有名。そんな経緯すら乗り越えた二人のは最後まで親友であり続けた。

 ジョージ・ハリスンのちょっとイイ話(その3)。(度重なるThe Beatles再結成の噂に対して)「確かにオファーは受けたけど、そのプロモーターってのは鮫と人間を戦わせるショーなんかを手がけてる奴なんだぜ。そいつと鮫を戦わせて、勝った方がThe Beatlesの再結成をプロモートできるってのはどうだい?」。カッコ良すぎる。

 ジョージ・ハリスンのちょっとイイ話(その4)。映画「ラトルズ4人もアイドル」への出演。ビートルズ伝説をパロディーにした作品で、ジョージはレポーター役を演じている。Appleの経済状況についての質疑を行うシーンなのだが、その後ろでは、オフィスからありとあらゆる物が次々と盗み出されていく光景が映し出されている。実際のAppleも似たような状況だったのであろう。そんな象徴的なシーンに本物のビートルが出演しているのが可笑しい。自爆ギャグの真骨頂。カッコ良い。

 ジョージ・ハリスンのちょっとイイ話(その5)。ラスト・アルバムのタイトル「Brainwashed」。最期の数週間、ジョージはスイスの病院で脳腫瘍の治療のためコバルト放射線治療を受けていたという。洒落になっていないような気もするが、皮肉屋のジョージらしいエピソードではある。憧れる(けど到底、辿り着けないであろう)カッコ良さ。

1675/12/08/2003
 The Beatlesのコピーバンドは星の数ほどあるけれど、恐らく最も有名なのはThe Rutlesだろう。元々、モンティーパイソンのメンバーが企画したパロディー・バンドなのだが、ただ単に面白いだけでは無く、元祖ビートルズの持つ「ユニークさ」の本質的な部分をブーストさせたようなオチャラケ感がたっぷりと盛り込まれているのだ。ビートルズのパロディーなのに黒人が混じっているという時点で、既にある意味の際どさを兼ね備えているし、音楽的な「ビートルズ風味」を見事にパクリ切っている楽曲群も、ビートルマニアであればあるほど、密かにニヤニヤできるような仕組みになっている。パクリ方のセンスが素晴らしい。ある意味、過激ですらある。

 この過激なユニークさに惹かれたのはビートルマニアだけでは無い。The Rutlesの主演映画「ラトルズ4人もアイドル」では、本物のジョージ・ハリスンがゲスト出演している。同じく過激なユーモアが好きなジョージらしいエピソードである。個人的には「ジョージの・。ちょっと良い話」のベスト5に入る(残りの4つは後日)。

 そんな彼らのアルバム「ザ・ラトルズ」は僕の愛聴盤の一枚になっているのだが、その中の一曲"Cheese And Onions"は特筆すべき作品である。ビートルズのパロディーを目指すべく作成された楽曲群にあって、この曲はフェィクの域をうっかり越えてしまい、独立した音楽作品としてのクオリティーを獲得するに至ってしまったのだ。ビートルズとかパロディーとかを抜きにして、良質なポップ・ミュージックとして成立してしまったのである。この事実はとても興味深い。

 フェィクをトコトンまで突き詰めていくと、オリジナルとは違う別の世界観を構築できてしまう場合があるのだと思う。ここ最近、入浴中にMolcaのCDを聴いているのだが、民族音楽をベースにしつつもその枠には留まらない、良い意味でのフェィク・ミュージックとしての佇まいは、The Rutlesの"Cheese And Onions"に通じる何かを感じる。この方法論が成立するのはオリジナルの音楽を愛しつつも、適度な距離感を保った状態で自由に遊ぶことができる場合だろう。理想的な形のひとつだと思う。Molca版の"Cheese And Onions"の登場を期待したい。という訳で、ちゃんと聴いてますよ(笑)。

1674/11/08/2003
 分散型夏休みの初日。 特に予定も欲望も無い僕は、敢えて大型連休にする必要も無い訳で、細かく切り刻んで週末と絡めた3連休をたくさん取得しよう、ってのが良い感じ。分散型にしたところで、やっぱりこれと言ってする事は無いのであった。天気が良いので布団を干したりとか。

 あんまり暇なので、携帯の壁紙を作って遊んだ。こういうタイミングで如実に分かるのが、普段は当たり前すぎて意識すらしない自分の嗜好についてだ。結局、エルビスの写真をレタッチしたものを採用。我ながら普通すぎて面白くない。

 さらに暇なので、携帯のカメラで遊んでみる。起動が遅いのは「これはそういう物なのである」と自分を強制的に納得させつつ、いろいろと試し撮りを試みる。なんつーか、カメラとしてはかなりショボイのだが、このショボさが却って味になってるじゃん!と思える僕はやはり普通では無いのだろうか?。ちょっとでも逆光だと白く飛んじゃうし、撮影用ライトは中途半端だし、デジタルズームは面白い程に画質が荒れるし、アートっぽい写真(もとい変な写真)を撮るにはもって来いのカメラである。さっそく一枚を掲載。

 このページに掲載されている写真は、長らくCASIOのWQV-1で撮影していたのだが、もうすぐ届くはずのPowerMac G5には恐らく接続できないだろうから、結果的に勇退させるしかないのだろう。それと、携帯で撮った写真をページに組み込めるように、サイトのデザインを変更しなくちゃいかんな。めんどい。

1673/10/08/2003
 携帯電話の機種変更をした。ソニエリのA5402S。つい最近、友人夫妻が揃ってこの機種に変更していて、それぞれブラックとホワイトを選んでいたので、僕は余ったルージュレッドを選択した。まあ、たまには派手なのも良いかなと。限定色だそうな。前の機種(C1002S)はデザインも使い勝手もかなり気に入っていたので、当然の事それを継承してくれているのであろうと信じ込んでいたのだが・・・どうも様子がおかしい。

 新しい機種の特徴は2.2インチQVGA液晶の搭載。確かに画面は大きく、表示はかなり綺麗ではある。ところが肝心のフォントのデザインとかメニュー構成は旧機種の物をそのまま持ってきているようで、大きくなった分ジャギーがかなり目立つ格好になってしまっている。ハッキリ言ってかなり汚らしい感じだ。これでは折角のQVGAも宝の持ち腐れ。またしても基本的なインターフェィスの洗練が後回しにされているのであった。かなりガッカリである。

 気のせいかもしれないが、EzWebのアクセス速度が遅くなった印象も受けた。内蔵ブラウザ(?)が拡張されているようで、サイトによってはこれまでに見ることの無かった背景色の変更やプルダウンメニューの部品を使えるようになっている。それはそれで結構な話なのだが、新機種に変更したら動作がモッサリしちゃった、ってんでは明らかに本末転倒である。旧版のブラウザに戻して欲しいぐらいだ。なんですかこれは?。

 おまけに、しばらく携帯を操作していると筐体が熱を持ってくるのだ。ちょっと温まるってなレベルでは無い。手が汗ばむほどの熱である。別に写真や動画の機能を使っている訳では無いのだが、明らかにポカポカしてくる。以前の機種ではこんな事は無かったんだが・・・最近の携帯ってこのぐらいが普通なのであろうか?。熔けちゃったりしないよね?。

 と言うわけで、2万円の大枚叩いた割にはワクワク感もあまりなく、こんなもんなのかねえ?という印象。カメラの起動はトロいし、動画はショボイし、「着うた」は1曲100円以上もするし、デザインで勝負する!と言い切っていたソニエリでさえ、こんな状況なのねえ。関係無いけど、量販店の機種変更って5時間もかかるの?。一人で時間を潰すのは大変なんだよな。メモリコピーもやってくんなかったし。どゆこと?。

1672/09/08/2003
 ビデオデッキが壊れた。ションボリ。

 台風一過。Molcaのライブに行く@お茶の水アイリーンホール。OCCビル=お茶の水クリスチャン・センターってビルの地下一階が会場だったのだが、クリスチャンってな位でキリスト教関連のビルらしい。何をやる所なんだろう。謎。ライブ前に配られたチラシに「講座:魂の叫び/ポップミュージックとキリスト教」の告知があった。全六回の講座らしいのだが、その第3章「聖書に影響されたアーティスト達」ってのが凄くて、エルビス・プレスリーとかスティービー・ワンダーは分からなくもないのだが、ジョン・アンダーソン(YES)、ジョー・イングリッシュ(Ex Wings)、ビリー・プレストンと来て、マーク・ファーナー(グランド・ファンク・レイルロード)、ダン・ピーク(Ex アメリカ)、ケリー・リヴグレン(初期カンサス・メンバー)、ジョン・エレファンテ(中期カンサス・メンバー)、モイヤ・ブレナン(クラナド、エンヤの姉)っていう、どこまでマニアックになるのだという人選(苦笑)。会場のPA担当の人がスティーブ・ハケットの来日公演Tシャツを来ていたので、それを友人に話したら「超プログレ・オタクらしい」との情報。微妙に納得。

 で、肝心のMolcaのライブ。何となく音楽好きな人が集まって来ちゃいました、という雰囲気のオープニングから、中国の琵琶を中心としたインプロ演奏、おなじみの多民族「風味」の楽曲の数々、どこかの国の音楽のようであり実はどこの国の音楽でも無いという独特の音空間は健在であった。一見、民族音楽風なのだけれど、よ〜く聴くと何か変だぞ!という音楽的なユニークさ・・・やっぱり楽しいのである。特に今回は昔のフランス映画に出てくるような「なんちゃってワールドミュージック」風の曲もあって、個人的なモンド嗜好を良い感じで擽られた気分である。勝手な想像だが。恐らくメンバーの方々は音楽の基本的な部分(理論とかじゃなくて)をキチンと押さえていて、それを踏まえた上で自由に遊んでいる、って感じなんだと思う。基本あっての応用。言うまでも無く、僕好みである。そういう意味でも、ベースとかピアノっていう民族音楽では無い要素をバンドに注入しているイケダの立ち位置ってのはとても重要だと思う。この辺りの混ざり具合でサウンドが大きく変わってくると思う。とにもかくにも、もっとたくさんの人々に、特に音楽好きの人に聴いて貰いたいものだ。「音楽」とは「音」を「楽しむ」と書くんだねえ(笑)。

 この日の対バンについてはいろいろ思うところがあった。開演前、友人に対バンについて聞いたところ「音大生バリバリって感じ」と説明されて「?」だったのだが、演奏が始まった途端にその意味はすぐに分かった。1曲目から「なんかウィンダムヒルの偽物みたいだなあ」と感じてはいたのだが、3曲目の前のMCで「Night Noiseの曲を演ります」と聞いた瞬間、全ての謎が解けたのだ。本当にウィンダムヒルの偽物だったのである(苦笑)。僕のイメージするウィンダムヒルってのは、音楽の心地良さのみを過剰にブーストした「音楽商業主義の極地」であって、無印良品っぽいと言うか、南アルプス天然水みたいな音楽なのだ。僕はハッキリ言って苦手なのである、ウィンダムヒル系の音楽が・・・。で、驚きだったのは、そういう音楽に「たまらなくなって涙しそうになる」という人がいて、そういう音楽を自ら演奏しようと思う人がいて、それをわざわざ聴きに来る人々がいるって事だ。悲しいかな、今日のお客さんの殆どは、対バンがお目当ての人が多かった。それが良いとか悪いとかじゃないんだけど・・・とにかくビックリしたのである。僕の中では考えられない世界。68へぇ〜。

1671/05/08/2003
 正論のみで構築されたソフトウェアは成立しない。正論のみで構築された社会が成り立たないように。

 理論的にはかくあるべし、という方向性はあくまでも理論に過ぎない事を忘れてはならない。理論に固執するあまりに失われてしまう利便性や拡張性を忘れてはならない。

 「適当」という言葉には良い意味も悪い意味もある。問題はそれをどう解釈するか、どう解釈できるかである。

 「できるけどやらない」と「できない」は全く意味が違う。前者の振りをして実は後者である人に僕が抱く感情は軽蔑でも憤りでもなく「憐れ見」だ。可哀想に。

 才能とは常識という起点からどのぐらい遠くに飛べるかで決まる。起点が不安定だったり、そもそも存在しなかったならば、そこにあるのは才能ではない。だだのワガママだ。

 もっと簡単に表現してみよう。基本の無い応用なんて有り得ない。それだけだ。

 信用を築くには大変な労力と時間が必要だが、信頼を失うのは一瞬である。「ゴメンで済んだら警察は要らない」と言うのはその事だ。再び信頼関係が築けるかどうかの決定権は裏切られた側にある。無理に復活させる必要はない。信頼とはそういうものだ。

 ロマンチック過ぎるのかも知れないけれど、僕は自然淘汰が未だ有効であると信じている。パーティーには終わりが付き物だからね。アリは単純な働き者であるだけでなく、キリギリスを見殺しにする残酷性を兼ね備えているんだよ。

1670/04/08/2003
 最近は時間節約と暇つぶしの両方を兼ねて、日記を携帯で書くことがある。慣れとは恐ろしいもので、10キーを縦横無尽に使いこなす女子高生には程遠いものの、思考が中断しない程度には入力できるようになってきた。

 前々から思っているのだが、入力確定&カーソル移動のための矢印キーが不便に感じる。例えば「あお」と入力する場合、「あ」を入力するためには[1]キーを1回押し、矢印でカーソルを右に移動して、次に「お」を入力するために[1]キーを5回押す、って操作する必要がある。キー割り当ての関係で[1]キー5回ってのは仕方無いかなあとは思うのだが、矢印キーを押す度に指がホームポジションから離れてしまい、入力のペースが必ず落ちてしまうのだ。例えば、入力中に一定の待機時間が経過したら自動的に確定になるとか。キーの長押しすると確定する、などはどうだろうか?。確定までのタイムラグも設定できるようにしておけば更に良いだろう。

 余った矢印キーは入力モードの切り替えに使えば良い。他社のキャリアや端末がどうなっているか知らないのだが、僕の携帯(auのソニエリ=PBOX)の入力モードの切り替えは「漢字、カナ、Aa、12、記号、定型、ABab、1234、キゴウ、絵文字」の一覧が表示され、ジョグダイアルで選択する方式である。「12:30までにメールして!」を入力する場合、6回もメニューを表示させなければならず、これもかなり面倒だ。使用頻度が多いのは「漢字、カナ、Aa」と、その全半角の切り替えなのだから、右矢印で文字種のトグル、左矢印で全半角のトグルにすればスムーズになるだろう。頻繁に使う記号や絵文字は外字登録しておけば良いしね。

 更に改良案。「お」を入力する際に[1]キーを5回押すのは前述の通りだが、勢い余って回数を押し過ぎてしまうことが多々ある。一端、通り過ぎてしまった場合は、そのまま[1]キーを押し続けて最初の文字(この場合は「あ」)に戻し、そこから更に[1]キーを5回押す、という操作になる。問題は最初の文字に戻す過程で再び押し過ぎちゃう(「あ」と通り過ぎちゃう)場合が少なくない事だ。多くの場合、「お」の入力は先頭の「あ」から5つ目、「あ、い、う、え、お」という順番を無意識に思考しているだろう。うっかり先頭を通り越してしまうと、そこから何回ボタンを押せば良いのか瞬時には分からなくなってしまうのだ。結局、更にキーを押し続け、注意深く先頭の「あ」に戻す羽目になる。

 この問題を解決するためのアプローチは2つ。1つ目は「簡単に先頭文字に戻る」ための方法。これはキーの長押しなどで対応することができるだろう。2つ目は文字入力のトグル捜査中に「今、押したのが先頭文字」と分からせるための方法。例えば、先頭文字の入力時だけキーのクリック感が変わる、など画面を見ていなくても先頭文字に戻ったことが認識できればベストだ。指の感触で分かるホームポジション。この方向性を突き詰めていけば、目の不自由な人でも使いやすい携帯電話が実現するかも知れない。

 携帯でメール=10キーで文字入力なんて普及する訳がない!と思ったのも昔、今となっては最も普及している文字入力デバイスであろう。絵文字の種類を増やしたり、メガピクセル級のデジカメを搭載するのも良いけれど、肝心要の「基本的な使い勝手」についてもしっかりと考えて欲しいものだ。誰にも言ったことはないけれど、僕が本当にやりたい仕事はユニバーサル・アクセスの設計だったりする。究極のデザイン。

1669/03/08/2003
 友人宅をお昼過ぎに出て、大学時代の先輩・同輩のバンド練習に顔を出す。再来週のOBライブに僕のシンセサイザーが出演(貸し出してるだけなんだけど)するので、その音色の調整を行うためだ。卒業以来、初めて顔を合わせる先輩なども含め、バンドの仕上がりは思いの外に良い感じ。シンセの音も良い感じ。細工は流々、仕上げを御覧じろ。

 と、ここで重大なミスに気が付いた。あらかじめ演奏曲目だけを聞いていて、それ用の音色を作ってシンセに入れておいたのだが、 現場で先輩から指摘された内容がどうもチグハグなのだ。曰く「こっちの音の方がブラスっぽくて良い感じなんだけど・・・」。はて?、この曲にブラスなんか入ってたっけ?。いろいろ話をしているうちにやっと気が付いた。曲目を勘違いしていたのだ。依頼を受けたのは「Jugando」って曲、僕がコピーしたのは「Jingo」。ああああ、僕が間違えてる〜っ(苦笑)。ま、この曲に似つかわしい音色があったので、それで代用してもらうことで決着。

 練習の休憩中。先輩がふと「ボーカルがいないんだよなぁ・・・」とポツリ。今日が最後の練習だと言うのに、ボーカルが決まってないという状況も凄いが、ポツリと漏らしたあとに何をか言わんやジーッと僕に視線を投げかけてくる状況も凄い。10分後、譜面と歌詞カードを渡されてボーゼンと佇む僕がいたのであった。ちなみに「じゃあ僕がやります」なんて一言も言ってないのだが(涙)。どーなることやら。

1668/02/08/2003
 毎年恒例、板橋区&戸田市の合同花火大会を観に行く(写真、意外に写ってるジャン!)。予定よりちょい遅れて、午後2時過ぎにJR戸田公園駅に到着。改札を出た瞬間から、いつもより警戒が厳重である雰囲気が伝わってくる。明らかに物々しい感じ。ここ数年の花火人気に呼応して観客数も鰻登り。残念ながら混乱や事故が増える結果となって、今年からはある一定の基準を満たした警備員を配置する事が義務づけられたそうな。この花火大会も年を追う毎に混雑の度合いは如実に増していたし、ちゃんと整理をしないと危険な状態に陥る事は確かだろう。なんでも100万人近くも集まるそうな(!)。スゲー。今年も友人が確保してくれた枠に鎮座して、ゆっくりと夏の風物詩を堪能。不況のあおりで軒並み打ち上げ数が減少していると聞いていたが、なんのなんの戸田市の勢いは全く衰えていなかった。もう、笑っちゃう位にバンバンと打ち上げていたのであった。友人の奥さんお手製の「花火名物:鳥の唐揚げ(ニンニクたっぷり」も絶好調!。ごちそうさまでした。<(_ _)>

 花火終了後、友人宅で和やかに宴会。ゆったりのんびりの時間はあっという間に過ぎていき、午前2時過ぎに就寝。年々、だらしなくなってるような気がするんだが(笑)。

1667/31/07/2003
 今日は比較的、時間に余裕がある。

 Suica、パスネット、バス共通カードが1枚に統合される方針が発表された。前々から念願していたシステムがやっと実現に向けて動き出した、って感じではあるのだが、バス共通カードまで含めるってのは予想外だった。いいじゃん!。まあ、定期券はJR〜私鉄で購入できるのに、SuicaやパスネットがNGなのは何でだろ〜♪って思いは当たり前のようにあった訳だけど、とにもかくにも一歩前進ってことで捉えておきたい。

 裏話としては、Suicaで採用されているFelicaのデータ容量が増えた、ってのがあるようだ。やりたくてもできなかっただけなのかも知れない(伝聞なので真偽の程は不明)。とにかく、非接触ICカードはSonyの一人勝ちになる見込みが大きい。あとは、Suicaのページにある将来的に実施予定のサービスとの絡みがどうなるのか気になるところ。全部で使えるようになれば、これはもう「乗り物用電子マネー」だよね。いいじゃん!。あ、「Viewカード連携はJR分のみ」みたいな仕様は勘弁してね。

 チャージの取り扱いってどうなるんだろう、という素朴な疑問。バス共有カードは5000円で5850円分のチャージがつく。つまり割引サービスなんだけど、Suicaとパスネットにはそんなものは無い。JR、私鉄、バス用に個別にチャージするんだろうか?。それとも割引システム廃止?(ガーン)。

 この際、バスも電車も定期券なんて廃止しちゃって、航空会社のマイレージ・サービスみたいなシステムにしちゃえば良いんじゃなかろうか?。時間帯、利用頻度、移動距離などに応じたきめの細かいサービスも設定できるし、どこの窓口でも、どんな路線でも乗り降り自由自在。待てよ、似たような仕組みを使って例えば吉祥寺ロンロンのお買い物ポイントも統合できるぞ!みたいな。どこから乗車したとか、どこで買い物したとかが分かれば、ありとあらゆるカードがひとつにまとめられる。素晴らしいじゃないの!

 こんなことを言うと、必ず「個人情報」がどうしたとか「プライバシー」がどうしたとかって意見が出てくる。はいはい、じゃあ聞きますが、クレジットカードの明細はどうやって捨ててますか?。銀行の残高明細は?。暗証番号はあなたの誕生日になってたりしないでしょうね?。会社の住所録は共有サーバに置きっぱなしになってたりしないでしょうね?。宅急便の送り主の欄には何も書かないのかな?。誰にも住所を教えてないのにダイレクトメールがこんなに届くのはなぜ?。

 個人情報の主要な部分(住所、氏名、生年月日、電話番号など)は、ちょっと頑張れば簡単に手に入る世の中なのだ。もちろんセキュリティって凄く大事だし、僕はそれで飯を食ってるんだけど、なんでもかんでも目くじら立てて「個人情報の危機!」みたいなことを言ってたら何もできなくなっちゃうのだ。

 当たり前なのだが、やっぱりバランスが大事。便利さを保ちつつ、ある一定のセキュリティも確保するってのは可能だと思う。もちろん、そのグループに入りたくないという選択枠は残しておくべきだけどね。あくまでも利用する側の自己責任も問うシステムとするのが前提。そういう意味で、僕は今の形での住基ネットに賛成していない。「参加しない権利」が全く考慮されていないからだ。ただし、そのせいで利便性の追求が鈍化してしまうのは本末転倒だとは思う。やるんだったら徹底的に便利にして貰いたい。免許証、保険証の交付、クレジットカードとの連携、Suicaとの連携、バリバリと使い倒して貰いたい。くどいようだが、セキュリティが大事じゃないってのでは無いからね。念のため。

 何の話だっけ?(苦笑)。ともかく、殆ど関係の無さそうな第三者の異議申し立て(正論を吐く輩)ってウザいよなあ、ってのは良く思う。なんつーか、理論的に証明できれば全てOK(ダメならNG)みたいな風潮には本当にウンザリしている。そういうんじゃなくてこう、言わなくても察する感覚と言うか、暗黙の了解と言うか、そんなのは常識(あ〜、この言葉を使ってしまったよ)だろうがぁ!みたいなセンスがどんどん失われてしまいつつある気がするのだ。価値観の多様化?。個性を伸ばす教育?。その結果、どうなったよ?。真面目にやってる奴がバカを見る世の中。上辺だけでフワフワと生きてる奴が大きな顔で闊歩できちゃう世の中。別に僕がどうとか全く思わないけど、虐げられてる奴を見ると悲しくなる。僕にできることは何だろう。課題。

1666/28/07/2003
職場で同期に会った。それも二人もだ。普通の会社なら当たり前の事なのかも知れないが、ウチの会社では奇跡に近いのである。新人研修が終わってから一度も会って無い奴もいるし、現時点で同期が何人残っているかも不明。そういう会社なのである。     

 今日の二人も数ヶ月〜数年ぶりの再会である。一人は子供がもう2歳半。もう一人は僕が名乗るまで本気で誰だか気が付かなかった(僕ってそんなに変化したのか?)。黙ってたら永久にわからなかったかもしれん。ちなみに彼も既婚者だ。

 こういう再会が重なって同期会の開催に繋がったりしないかな・・・しないか。(+_+)

1665/27/07/2003
 Power Mac G5(1.8GHz)を購入。出荷予定日は4〜6週間後・・・ん?
1664/26/07/2003
 新しい通勤経路の為の定期券を購入した。井の頭線の申請書に「吉祥寺〜東京テレポート」って記入して提出したのだが、「これは一枚では買えません」とアッサリ拒否される。吉祥寺〜田町は購入できてたし、JRとりんかい線は直通のはずなのに・・・。仕方なく、初めてのSuicaを購入。これで僕もタッチ&ゴーの生活だ(笑)。改札を通過するときの「ピピピ」って音には意味があるんだねえ。知らなかった。

 毎年恒例、先輩宅での夏会に出席。年々、参加者が少なくなる傾向にあるのだが、今年は比較的に人数が集まった。相変わらず、脈略の無い話でボンヤリと盛り上がるって感じ。力を入れなくても良い宴会って意味では、今では貴重な集まりなのかも知れない。先日、上司に言われた「もっとギラギラしろ」の話題を振ってみたところ、「石原慎太郎」「体にオイルを塗ったムキムキマン」という新たな解釈が出た。やはり、人によってイメージするものが違うのだなってのと同時に、どう解釈しても僕には無い素養なんだねえ、ってことを再認識。正真正銘の終電にて帰宅。5時間強ぐらいはいたはずなのだが、終わってしまえばあっと言う間だ。

1663/25/07/2003
 仕事帰りに後輩達と飲みに行く。お台場に来て初の飲み会。何となく入った店だったのだが、やっぱり窓からはレインボー・ブリッジが見える、って感じではある。それにしても、金曜日だと言うのに驚く程に客が少ない。予想はしていたが、こんなに空いているもんかねえ。個人的にはありがたいんだけど・・・。

 飲み会が始まって1時間ほど過ぎた頃、全くの偶然で上司のチームが同じ店に入ってきた。最初の週末ってことで、皆考えることは同じなんだろうけど・・・よりによってねえ(苦笑)。一応、ってことで新人から順番に上司の席へ挨拶へ。これが一人残らず、お説教を食らって撃沈してくるのだ。歳の近い後輩が最後に行ったのだが、遠目で見ていると何やら本気モードで部長を議論してる模様。 で、ここで時間切れ。僕は行かなくて済んだ(ホッ)。こういうときだけは歳食ってて良かったなあと思う。

1662/22/07/2003
 新社屋に初出社。フジテレビの真横、DECKSの前、AQUA CITYの斜め横、という「こんな場所で仕事ができるんだろうか?」と言わんばかりのお台場のド真ん中である。僕の部署はビルの14階。座席は窓に近いところにあって、絵葉書のような構図のレインボーブリッジを望むことができる。建物も椅子も机も真新しいし、以前のヘナチョコ事務所に比べれば夢のようなオフィス環境ではある。本当は「やっと普通の会社らしくなった」だけなのだが・・・。

 最大の懸念事項は通勤経路だ。吉祥寺〜お台場。単純に考えれば「中央線〜新宿乗り換え〜埼京線〜りんかい線直通」となるのだが、できることなら朝の中央線は避けたい・・・つーか、吉祥寺(井の頭線の始発駅)に住んでる意味が無いじゃないか!。いろいろ考えた末「井の頭線〜渋谷乗り換え〜埼京線〜〜りんかい線直通」というルートを採用。で、その根拠。

  1. 井の頭線は始発〜終点まで確実に座れる。
  2. 渋谷から埼京線に乗る人は少なく、 逆に降りる人が多い。結果、比較的に座れる可能性が高い。
  3. 実は中央線ルートとあまり大差が無い(10分程度?)
 当初は、渋谷駅の埼京線ホームまでの距離に尻込みしていたのだが、大崎での混雑を考えると渋谷乗り換えの方が結果的にスムーズに行くような気がする。路線検索だけでは知り得ない、微妙なバランスがあったのだ。しばらくはこのルートで試してみよう。
1661/18/07/2003
 ちゃんと生きてますよ。

 と言う訳で、いよいよ職場の引っ越しである。殆ど丸一日をかけて荷造りに精を出す。ウチのチームは保有する機材が多いこともあって、それなりに早い時期から少しずつ準備を始めていたのだが、最後の最後までポロポロと積み残しの機材が出てきてしまう。段ボールに入れてはガムテープで閉じて、また開け直して荷物を入れての繰り返し。これって何だっけ?って機材も山ほどあった。こういう機会を利用して思い切って破棄してしまわないと、この先何年も倉庫で誇りを被ったままになってしまうだろう。一念発起でバンバンと捨ててきた。金額に直したら相当なモノだったと思う。ま、こういうのもアリかと。

 荷造りの最中、久々に腹の底から笑いこけたエピソード。引っ越しに際しては当たり前のように大量のゴミが出てくる。 燃えるゴミと燃えないゴミは区別して段ボールにまとめて、それぞれ「可燃」「不燃」と側面に記載するルールとなっていた。 そんな中、某上司が大きな声でこう問いかけていた。

「フネンのネンって熱って字だっけ?」。

 気持ちは分からんでも無いが、明らかに不正解。近くの誰かが(少々呆れた様子で)正しい「燃」の字を教えていた。しかしその直後、彼は段ボールの側面に大きな字でこう書いたのであった。

「不然」

 気持ちは分からんでも無いが、こちらも明らかに不正解。 この時点でかなりツボに入ってしまったのだが、そこはウチの会社の上司、これだけでは終わらないのだ。彼はしっかりと「不燃ゴミ」と書きたかったらしく、既に間違っている「不然」に続けて勢い良くこう書き上げたのだ。

「不然ゴム」

 気持ちは分からんでも無いが・・・って、分からねぇよ。ゴムってなんだよ!(爆笑)。ひょっとすると彼は天才なのかも知れない。

1660/12/07/2003
 埼玉に引っ越していた当時、最初に驚いたのは都市計画のバランスの悪さであった。

 初めて大宮駅に降り立った時、その発展振りには目を見張った。駅ビルの周囲には立派なビルが幾つも建ち並び、大きなバス・ターミナルなんかもあって、僕が想像していた「ダサイタマ」のイメージとはかけ離れていたのだ。今や埼玉も捨てたモンじゃないんだな、と認識を新たにした。

 しかし、バスに乗って5分も経たないうちに、その認識は簡単に覆ってしまう。駅前から続く幹線道路は6車線の立派なモノなのだが、ほんの数百メートル行ったところで突然2車線になるのだ。つまり、その地点までが都市開発の範囲であったという訳。それ以降の区域は僕が想像していた「ダサイタマ」のイメージそのものであった。取って付けたような虚構の副都心の姿がそこにあった。

 次にアレレ?と思ったのはジョン・レノン・ミュージアム開館の時、インタビューに応じた知事の発言であった。(以下、記憶による再構成)

知事:「ジョン・レノンは昔から好きだった。愛と平和のメッセージが歌に溢れている」
記者:「知事はジョン・レノンの作品の中でどの曲がお気に入りですか?」
知事:「ない!(即答)」
 ジョン・レノンと埼玉の関連性が全く見出せない事はさておき、その後も次々と理解に苦しむような出来事が相次ぐ。佐渡に設立されることが殆ど決まっていたものつくり大学がなぜか埼玉に開校。2002年のサッカーW杯の試合が行われたのはさいたまスーパーアリーナでは無く、恐ろしく不便な場所に造られた巨大な競技場であった。埼玉高速鉄道はちっとも高速じゃないし、さいたま新都心は戒厳令でも発動されたかと思う程の人通りの少なさ。謎の構造を持つ大宮バイパス(まだ工事してる)。ただでさえ本数の少ない常磐線、高崎線、埼京線が運休するのは日常茶飯事。とにかく、何かが狂っている感じはずーっとあった。

 今から数年前、知事の顔を初めて見た時に「あ〜、そう言うことか・・・」と思った。人の顔、表情には多かれ少なかれ、その人の本質が滲み出てくるものである(それが全てでは無いにせよ)。この人の顔を見た時に、この人が何年も知事であり続けている状況と、バランスの悪い都市計画との繋がりが瞬間的に分かったような気がしたのだ。もちろん、その時は「そんな気がした」だけなのだが、今回の一連の出来事はそれを裏付けてくれそうな感じではある。それにしても、新しい知事が登場したとして、行くところまで行ってしまった感のある「債の国さいたま」をどうやってコントロールして行けば良いのだろう。皆目、検討も付かない。

 自慢じゃないが、僕のこの「顔を見れば大体の事は分かる」的な予測は的中率が高いのである。問題なのは、自分の顔についての予測が全くできないことだ。僕はどういう風に見えているのだろう?。

1659/08/07/2003
 音の無い部屋。正確には「自分の発する音しか(殆ど)聞こえない」部屋である。

 一度だけ無響室に入った経験があるのだが、足を踏み入れた瞬間、得も言われぬ閉塞感でいっぱいになった記憶がある。そんな時、ふと思ったのは「外の音が自分に入ってこない状態」と「自分の音が外に出せない状態」という事だ。「音」の意味するところを情報とか意思伝達と置き換えても良いだろう。相手の思っていることが伝わってこない。自分の思っていることが伝わらない。

 この両方を表現しているのが映画「ジョニーは戦場へ行った」であろう。戦争による負傷でコミュニケーション能力を失った兵士の物語である。僕は未だにこの映画を観ていない。いつか観なければと思いつつ、どうしても決心が付かないのだ。意思伝達の手段が絶たれてしまった状態を想像するだけで、いたたまれない程の恐怖感を感じてしまう。僕が最も恐怖を抱くのは死よりも「自分の想いが相手に伝わらない」「相手の思いが伝わってこない」という状況なのだろうと思う。自分一人だけの世界。

1658/07/07/2003
 冗談かと思っていたら、本当に対決する模様。観たいか?。

 Duran Duran再結成&来日。本人達がどう思おうと、端から見れば80年代のリバイバル再結成に見えてしまうもんだ。唯一の救いは、オヤジ化による悲しい衰退(肥禿)を奇跡的に回避していることだ。決して「歳を取ってもカッコイイ」とは言わないが、僕が最も洋楽にハマッていた時期の最も成功していたバンドなだけに感慨もひとしお。1曲で良いからスマッシュヒットが欲しいところだ。

 どうも気分が晴れないねえ。特に理由は無いんだけど。

1657/03/07/2003
 新製品のコンセプトがかなり良い感じでまとまってきた。まだ詳細を詰めなきゃイカん部分も残っているのだが、全体的な雰囲気は掴めてきたような気がする。問題は、頭の中にあるグランドデザインのイメージを紙に起こさなきゃならんって事だ。あと2週間でどこまでできるか。再びWordと格闘の日々になりそうである。どこかの偉い文豪みたいに口述筆記してくれるシステムは無いのかなあ。無いよなあ。

 基本方針としてPowerMac G5を購入することにほぼ決定。リリースが8月なので、若干のスパンを置いてから1Clickするつもり。メモリ倍増キャンペーンも9月までだしね。これをベースにデジカメと携帯電話の購入を計画しようっと。

 いろいろCDを購入。我ながら渋いセレクト。まだ一枚も聴いていない。

  • CATALYST for Cafe Apres-midi / Various Artists
  • AJA / Steely Dan
  • The Essential Santana / Santana
  • Consequence / Lol Creme & Kevin Godley
1656/01/07/2003
 7月。突然の仕様変更やら諸々の会議に奔走。肝心要の新製品のコンセプトは相変わらず暗中模索の状態であるのだが、日常のトタバタにかまけて片手間になっちゃってるのがマズイ。企画会議で新しいアプローチを説明してみたのだが、反応は今ひとつ。シンプルを目指しすぎて、地味になっちゃったかなあ。かなり微妙。

 携帯電話ってメモの代わりに使えるってことに今更ながら気が付いた。ちょっとした思い付きをチャチャっと入力してメール。あとでまとめて閲覧できるのがイイねえ。良く考えてみると、メール(メーラー)って個人レベルでの簡易DBみたいな存在になってるような気がする。検索、ソート、振り分け、データの取り出し、更新、削除。こりゃ完全にDBだわ。忘備録代わりに「取りあえずその内容、メールしといてくれる?」なんて良くある風景だしね。

 t.A.T.u.騒動で一番面白かったのは、天下の全国放送TV局が 女子高校生2人の自由奔放振りに全く為す術が無かった、という事実を認めちゃった事だ。 で、翌日にカラオケボックスで歌っちゃった訳でしょ?。完全なる敗北だよね。 ロッポンギがどうしたとか言ってる場合じゃないと思うのだが・・・。

 そんなテレ朝の看板スター。我らがドラちゃんがThe OrbのPVに登場。それもアニメーションでは無くて、コミックの切り抜きみたいな渋い演出。この微妙さ加減が絶妙かも。

 そんなことを考えてるうちに、またまた小さなアイデアが閃いた。これなら結構イケるかも!。さっそく明日、内容を整理してみよう。

1655/30/06/2003
 明日からタバコが一斉に値上げされる。僕はもう十数年来の喫煙者、それもLUCKY STRIKE一本槍を貫いている(計算が合わないだって?・・・ホントだ!)。元々、LUCKY STRIKEは安いタバコでは無かったのだが、今回の値上げで遂に300円の大台に乗るのだ!。300円!・・・凄まじい値段だ。たかが葉っぱの微塵切りに300円も払うなんて大バカ野郎だ。そして僕は引き続き、大バカ野郎のままになる予定。ほんのちょっと嬉しいのは、複数個のタバコを買う場合に、金額の計算がかなり楽になるってことだ。1000円だと3つ買えて100円のお釣り。シンプルだ。
1654/29/06/2003
 Google全く繋がらないんだけど(29日早朝)、この辺のウィルスとかに関係あったりするんだろうか?。単にGoogleが死んでるだけ?。

 バニラ味のコカ・コーラを飲んでみた。ふ〜ん、なるほどねぇ、と言う感じ。たぶん二度と買わない。公式ページで飲んだ感想の投票結果を載せているのだが、現時点(29日早朝)では・・・

  • けっこうイケル。 19.1%
  • ハマリそう。 12.8%
  • こんな味はじめて! 32.4%
  • 友達にも教えたい 24.3%
  • かなりキテル! 11.0%
 どうやら僕の感想は少数派って訳でも無いようだ。しかし、こんなの掲載してて大丈夫なんだろうか?。

 Web界ではすっかり有名な「ボウリング・フォー・コロンバイン」の捏造疑惑について(3/26,27,28)。個人的には「ま、そのぐらいの作り込みは当然あるでしょ」って感じ。この手のドキュメンタリーに純粋な事実関係のみの表現ってのはあり得ないと思ってるから、僕は。どうやったって作り手の作為は入っちゃうんだよ。とどのつまり、マイケル・ムーアって人は「恐怖を煽る過剰な情報供給がアメリカ人を攻撃的にしている」って方程式を見付けちゃったのだ。それが嬉しくて、誰かに伝えたくって、この映画を作っちゃったんだろうと。これはこれで意味があると思うけどね。

 夕方から庭の草むしり。隅っこの方に奇妙なキノコが生えているのを発見。面白そうなので敢えてそのままにしておいた。ある日、気が付くと庭中キノコだらけになってたりするのだろうか?。楽しみである。

1653/27/06/2003
 映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」を観に行く。米国コロンバイン高校銃乱射事件を入り口にアメリカ銃社会を斬っていく長編ドキュメンタリーである。シリアスなテーマながら必要以上にシリアスにならず、時折ギャグっぽい表現も交えながら、シンプルに「なぜ?」を追求していく。実際、ドキュメンタリーにしては脚色が多すぎるとか、事実と違う点も幾つか指摘されているようだが、何もかも発達しすぎた現代社会に対して「なんかおかしいぞ?」って思いは、誰しもが多かれ少なかれ持ってるんじゃないだろうか。この作品においても、明確な答えは出せないまま終わってしまうのだが、幾つかのヒントは提示てきていたように思う。

 エンディングではNRA会長のチャールトン・ヘストンにアポ無し取材を敢行するのだが、この部分はちょっと気に入らなかった。「6才の子供が銃で殺されました。どう思います?」って質問はちょいとズルいような気がする。ここまでは結構、冷静な視点で「なぜ?」を追求していたのに、最後の最後でお涙頂戴でまとめてしまったのはとても残念だ。幕引きのインパクトとして欲しかったのかも知れないけれど。そういう言い方をし始めたらキリがないんだよねえ。残酷なようだけど・・・。

 あと、印象深かったのは、この作品の中の「ギャグっぽい表現」について場内はそれなりに笑いが起きていたことだ。もちろん映像的には洒落っ気たっぷりだし、ブラック・ジョークには違いないんだろうけど、土台の問題点があまりにも巨大過ぎて、僕はちっとも笑えなかったよ。この映画、ちゃんと理解されているのかしら?。★★★☆++。

1652/26/06/2003
 まだまだ風邪モード。頭はフラフラするけれど仕事ができない程じゃない、っていう「治りかけ」の状態ってのも結構ツライのだ。

 新製品のアイデア。これと言って大きな進展は無かったのだが、何かを閃きそうな予感めいたものを少し感じるようになってきた。 もうちょっとでピカッと光りそうなんだけど、体調の悪さと割り込み作業に阻まれてあえなく思考中断。明日はもう少しじっくりと考えられるかなぁ。

 仕事帰りに飲みに誘われたのだが、体調もこんな感じなので一旦は断った。しかし、このまま帰って一人で食事するのも悔しかったので、1時間ほど遅れつつも気合いで参加。仕事仲間なので話題はどうしても会社の話になる。曰く「ウチの会社はココがダメだ!」とか「ウチの上司はココがダメだ!」とか。数年前まではそういう話題にもそれなりに参加できていたのだが、最近はそれ程でも無かったりする。ジョークのネタとして盛り上がってるうちは良いんだけど、もうその手の話は喋り尽くしたしたと言うか、考えが固まったと言うか、結論としては「個人レベルからやってくしかない」になるんだよねえ。気持ちは十二分に分かるんだけど、あんまりイジメちゃ可愛そうだしね。僕もすっかり大人になっちゃった(苦笑)。

1651/25/06/2003
 病み上がり。あんまり上がり切っていないのだが、ともかく出社。頭フラフラ、足ガクガク。それでも確実に峠は越えていて、回復モードに突入しつつある。やっぱ、どんなに頑張っても落ち着くまでに3日はかかるんだなと。

 そんな状態でまともに思考が働く訳も無く、今日も新製品のアイデアは閃かなかった。今までとは全然違うアプローチの中に、何か斬新なアイデアが潜んでいないかと思いを巡らせるのだが、どれもこれも今ひとつシックリ来ない。う〜ん、弱った。 もうとっくに基本的な仕様は固まってて然るべき時期なのだが、まだまだ煮詰まりきっていない感じ。あっと驚くような斬新なパラダイムシフトが必要だ。困った。

 今日のヒラメキ。My Little Loverの楽曲群で描かれている女性像のイメージは、小坂明子の名曲「あなた」で表現されているイメージに近いような気がする。

 今日のAir Guitar。

  • 四人囃子 / 一触即発
  • The Police / Synchronicity II
  • Led Zeppelin / Since I've Been Loving You
1650/24/06/2003
 ってな訳でちっとも治ってない(涙)。機能に引き続き、本日も休業。平日に何もせず、ポツ〜ンと一人で過ごしていると、得も言われぬ「置き去りにされた感」があるよねえ。とにかく熱を下げなきゃどーにもならん。

 AppleのWWDC 2003 San Franciscoにて様々な新機能が発表された。開発者向けのイベントっつーことで、吃驚仰天する程の内容は無かったのだが、次期Mac OS XのPantherに実装される新機能の中には、ちょっと注目しておきたいモノが幾つかあった。

 Exposéはデスクトップ上に開かれた複数のウィンドウから、任意のウィンドウを最前列に持ってくるためのFinderの新機能である。文章で説明すると大したこと無いのだが、注目すべきはその実装方法。カーソルとデスクトップの四隅の何れかに持っていくと、開かれている全ウィンドウがちょうど良い具合に縮小表示され、アクティブにしたいウィンドウを簡単に選択できるのだ。丁度、机の上に並べた写真の中から一枚を選び出すような感覚。 もちろんWindowsでも「任意のウィンドウをアクティブにする」操作は可能だが、アプリケーション名でもウィンドウ名でも無くウィンドウの内容(プレビュー)を一望しながら選択できる、ってのがキモ。ああ、こういう解があったか!って感じ。発想は目新しくも無いが、実装方法がユニーク且つ機能的だと思う。

 Fast User Switchingは、複数のユーザが同時にOSにログオンでき、ログオフ無しでデスクトップを切り替えられる機能。これもWindows XPでは既に実装されているのだが、こちらも実装方法がAppleらしい。デスクトップを切り替えるという概念はWindows XPと全く同じなのだが、切り替え操作を実行すると新宿コマ劇場よろしくデスクトップ画面がグルーっと回転するのだ。これ以上に「切り替わった」という状態を明確に表現する方法は無いだろう(笑)。見た目が楽しいのはもちろんの事、その意義がキチンと存在しているのが秀逸である。

 この2つの機能を見て思ったことは2つ。1つ目は「既存機能(概念)の新しい実装方法」。多くのOSはデスクトップ(机上)のメタファーとして構築されていて、そこに必要とされる概念なり機能なりは殆ど出尽くした感がある。WindowsのExplorerやMacのFinderなどはその登場以来、基本的なアプローチは全くと言って良いほど変化が無いのが現状だ。ここで必要になってくるのは、更なる新機能を並べ立てることでは無くて、これまでに蓄積された機能を如何に整理し、如何に実装していくかであろう。この視点はあらゆるアプリケーションに於いて重要なファクターになってくると思う。要はバランスだ。

 2つ目は「3Dインターフェィスへの布石」だ。Exposéは2Dによる擬似的な遠近感の表現、Fast User Switchingは回転による3D的なアプローチが見え隠れする。その昔、次期Windowsにて3Dデスクトップ構想(プロジェクト名は失念)があったように記憶しているのだが、それは単純にウィンドウを3Dにしただけの非常に短絡的な代物で、最大の問題点は「使いやすくなってないじゃん!」という事であった。望むと望まざるに関わらず、デスクトップ環境の3D化への流れは進んでいくことになるだろうと思うのだが、ただ単に3Dにすれば良いって話じゃ無いことは明らかな訳で、今回のAppleの2つの新機能はその始まりの始まりを見せてくれたような気がする。

 個人的なトピックとしてはPower Mac G5に注目。なんとまあ随分シンプルな筐体デザインになったねえ、という感想はさておき、いよいよマシンの買い換えを本格的に検討する時期になってきたようだ。さて・・・。

1649/23/06/2003
 案の定、風邪の症状が進んでしまったのでお休み。

 下手に薬で治そうなんて思ってはいけない。寝る。ひたすら寝る。そして布団にくるまって汗をかく。ひたすら汗をかく。ビショビショのずぶ濡れになったら、テキパキと着替える。そしてまた寝る。汗をかく。これの繰り返し。

 フラフラになってきたら、水分を補給する。牛乳を飲む。オレンジ・ジュースを飲む。トマト・ジュースを飲む。ヨーグルトを食べる。アイスを食べる。水をガブガブ飲む。そしてまた寝る。汗をかく。水分を補給する。このシーケンスを繰り返せるだけ繰り返す。

 栄養もちゃんと補給すべし。暖かくて消化の良い物が望ましい。今回、選んだのはレトルトのカルビ・クッパ。調理が簡単、ご飯が食べられる、辛さが食を進める、などのメリットがあることに気が付いた。これは良い。食う。ひたすら食う。フルーツの買い置きが無かったのでトマトで間に合わせる。これもガンガン食う。

 食ったら寝る。そしてまた汗をかく。ビショビショの衣類を洗濯する。ビショビショになった布団も取り替える。洗濯機をフル回転させ、布団乾燥機をフル回転させ、自分の新陳代謝をフル回転させる。延々とこれを繰り返す。

 あとは神のみぞ知る。明日の朝、少しでも回復していたらお慰みだ。

1648/22/06/2003
 夏風邪ひいた。鼻が痛い・・・ふぎゅ〜ぅ。

 ディズニー長編アニメ最新作「トレジャー・プラネット」。 見るからにあまり面白そうじゃ無いのはさておき、もう明らかに「21エモン」だろうと。いくらなんでもこれはちょっと・・・まさか芋掘ったりしないよね?。

 あぁぁぁぁぁ、もうダメだ。鼻ジュルジュル。辛すぎる。寝よ。

1647/20/06/2003
 確かに「マトリックス レボリューションズ」の存在を知らないで「マトリックス リローデッド」を観たら、そりゃ頭の中は???になるだろうて。まだ観てないけど何となく想像は付く。でも、そういう意識で観ている人がいたってのは想像付かなかった。ひょっとして、意外とある話?。

 それにしても、この年になって駅ではぐれるとは思わなかった。幾つになっても、すんごい寂しいものなんだねえ。皆さん、無事に帰宅できたかな?。

1646/19/06/2003
 ボーナスが出たらしいのだが、バタバタしていたので、明細書の封も切らずに机上に置きっぱなしで帰ってきてしまった。隣の席の後輩は開口一番「入社以来、一番低い金額」とこぼしていたが・・・う〜ん、そうなんだろうねえとしか言いようがない。正直、ボーナスってのは僕にとってあまり大きなトピックでは無いのであった。ボーナス出たらアレを買おうとか、ボーナス払いでどうのこうのとか、そういう感覚が全く無いのだ。今月は給料が2回貰えるんだ〜ぐらいの意識。もっと言えば、前回のボーナスの金額を覚えていないので、上がったか下がったすら分からないんだよねえ。怒られちゃいそうだな。誰に怒られるんだろう。

 お金の問題だけじゃなくて、これまでの仕事の評価って側面もあるのだろうけれど、必ずしも頑張ったから金額が上がる訳でも、頑張らなかったから下がるとかって訳でも無いし、そもそも評価する側の人間を評価していないので、やっぱりどーでも良いのだ。 貰えるモノは貰っておきます、ってなレベル以上でも以下でも無い。いわゆるひとつのオマケみたいなもんだ。支払う側からしたら支払い甲斐の無い社員だろうな、きっと(苦笑)。でも、自分の携わってる仕事の具合と、給料やボーナスの金額って、殆ど関連性を見いだせないんだけどなあ。

 まあ、それでも巷はボーナス商戦とかで賑わってることだし、折角だから何か自分にご褒美でもあげようかなあ、という気持ちにはちょっとなるかも。デジカメでも買うか?。

1645/18/06/2003
 うっかり朝寝坊。気付いた時点で、もうどうしようも無いとは言え、だらしねえなあ・・・って感じの自分にガックリする。反省。

 全く情報が入ってこない状況よりも、断片的な情報しか入ってこない状況の方がストレスが溜まったりするもんだ。一報を耳にしたときには「ああ、やっぱりな」と思ったものの、どこまで信憑性があるのかもハッキリしない中途半端な情報だし、そんなモノに無意識のうちに感情を動かされていたりして、モヤモヤした不安感みたいなものだけが残ったりする。どっちでも良いんだけど、結果的に振り回されてるってのがヤなんだよなあ。ツッ込むならツッ込むなら、無視するなら無視する、という態度を明確にできれば良いんだけどねえ。結局、小心者ってことかなと。どうなることやら。

 会社帰りに後輩と飲みに行く(頑なに飲まないのだけれど)。今や一番年齢の近い後輩なのだけれど、それでも結構な年齢差があったり・・・。会社ではゆっくりと話す機会が余り無いので、こういう場は普段の本音が垣間見えてなかなか興味深い。仕事に対する「文化祭的なノリ(全員が一つの目標に向かって進む)」ってのは確かに高揚感みたいなモノがあって盛り上がるよねえ。方向さえ間違わなければ最大の効果が期待できるやり方だとは思う。正に理想的。でも、それを職場に求めるのはかなり難しいものがあるよねえ。残念ながら。でも、そういう中でモチベーションを如何に維持するかというのは大きな課題ではある。僕がもうちょっと先輩らしく振る舞えれば良いんだろうけど、リーダーシップとかそういうの無いからなあ(苦笑)。とほほ。

 こないだまで担当して貰ってた美容師さんからメール。阿佐ヶ谷に新しい店を出したそうな。阿佐ヶ谷かぁ・・・う〜ん。

1644/16/06/2003
 期せずして、今日も4時間強のマラソン会議。ふだんあまり喋らない生活を送っているせいか、時間が経つに連れてどんどん声が出にくくなってくるのだ。最後には咳き込みながらの打ち合わせになってしまった。う〜ん。少しずつ仕様は決まって来ているのだが、なんつーかこう「ピタッ!」と来るものを未だ感じていないのも事実。見た目の派手さとかじゃなくて、シンプルだけどキラリと光る何かが欲しいんだよねえ。スケジュールだけは確実に迫ってきてる訳で、正直言って少し焦っている。閃け!頭脳よ!

 部屋で一人でZepを聴きながらJimmy Pageに成りきってノリノリでギターを弾く真似をしている、と友人に話したらやっぱり爆笑されてしまった。やっぱり他人には理解されない悦楽なんだと実感。しかしながら、そういう彼はウォークマンを聴きながら尾崎豊になりきった経験があるはずだ、と勝手に推測する(苦笑)。ま、ヒロイズムに対する憧れみたいなモンなのは間違いないのだろうけれど、アーチストのパーソナルな部分に自分を重ねるのか、演奏者としてのサウンド空間に酔いしれているかの違いはあるような気がする。

 ちなみに「ギターを弾く真似」ってのは英語でAir Guitarと言って、世界大会まで開催されているのであった(ホントに世界規模だったりする)。大会の映像を観ると・・・なんだ、世界中に仲間がいるじゃないか!(笑)。元Newtonチームのチーフであり、初期のFinderやResEditのプログラマであるSteve CappsなんかはJaminatorというギターの形をした「ギターを弾く真似」をするための装置まで開発している(もはや入手は困難か)。縦横無尽にカッコ良いギターフレーズを弾きまくりたい、という憧れってやっぱあるのよ(元キーボーディスト談)。

1643/15/06/2003
 掃除、洗濯などのテキパキとこなし、サロン・ミュージックを聴きながら優雅に午後のお茶を嗜む、というアロエ系独身OLのような休日。このまま行くと「ゴダールってさぁ・・・」とか「アニエスのカットソーがさぁ・・・」とか言い出しそうな自分が怖い。そう言えばオリーブが休刊になるそうで。ちなみに僕はBEAMSよりはSHIPSって感じかな(苦笑)。

 気を取り直してLed Zeppelinを聴きまくってる訳なのだが、今更に気が付いたのはZepってボーカルのハモリが全くと言って良い程に無いんだよねえ。声を出してるのはRobert Plantだけ。ベース、ドラム、ギター、そしてボーカル。あのダイナミズムに溢れたサウンド空間が(基本的には)その4つの音だけで構成されてるのだ。スタイル自体はとてもシンプルなんだけど、他のバンドと圧倒的に違うのは、各パート毎の表現能力が恐ろしく高いことだ。ギターならギターの範囲内で、ボーカルならボーカルの範囲内で、その縦横無尽なサウンドが竜巻のように立ち上がり、それが合体したときに壮絶なパワーが生み出されるのだ。最高の戦闘能力を兼ね備えた「ロックバンド」とでも言えば良いのだろうか。4人編成のバンドというフォーマットでどこまでできるか、の究極の形がLed Zeppelinだったのかも知れない。だんだんと渋谷陽一みたいになってきた(苦笑)。

 夕方にレンタルビデオ屋に行ったのだが、とうとう観たい映画が殆ど無くなってしまった事に気が付いた。観てない映画は沢山ある。観とかなくちゃな、と思う映画も沢山ある。でも、無条件に観たいと思う映画、例えばその作品のタイトルは知っていてずっと興味はあったんだけど未だちゃんと観たことはない、みたいな作品をついに今日は見付けられなかった。残っているのは大昔の普及の名作系、隠れた名作になりそこなった隠れた作品、それなりに楽しいであろうハリウッド大作、いわゆるひとつのゴダール系(笑)、ニューウェーブ気取りの邦画、さてどうしよう。

 良く考えてみると、僕にとっての音楽はとっくにそんな状況なのであった。それなりに新作にも目を向けてはいるものの、昔のような熱狂はそこには無い。最後に盛り上がったのはフリッパーズ・ギターだったかな?。もう10年ぐらい前の話だ。本当に聴く物が無くなったらJazz(=底なし沼)に足を踏み入れるしか無いよな、と思っていたのだが、未だZepがどうしたとか騒いでいるんだから、映画の方もそれなりに何とかなっちゃうのかも知れない。まあ、しばらく静観ってことで。

 僕が唯一「これだけは人に負けない」と思っているのは、音楽を楽しむ能力である。これは僕が楽しむ、楽しめるって事なので、人と比べて勝ち負けなんてあり得ないのだが、例えば僕が「お酒が飲めなくて人生を損してるよ」って言われるのと同じように、「あなたは音楽を楽しめなくて人生を損しているよ」と言い返せる程の自信を持っている。もちろん、多くの人はそれなりに音楽を楽しんではいるんだろうけど、悪いけど僕はもっともっと楽しんでいる。最高の音楽に接しているときに、僕が得ている悦楽というのは、もう本当に筆舌に尽くし難いものがあるのだ。僕がその悦楽に浸っているときに精神だけ入れ替わる、ってなことでもしない限りこの感覚はどう説明しても伝わらないだろう。僕はこのドラッグを楽しむ能力を得られて幸せだと思う。映画についても、この域に達するようになれば良いんだけどなあ。まだちょっと足りない感じ。

1642/14/06/2003
 特に予定も無かったので、髪を染めてきた。今までの担当者さんは退職されてしまったので今回は新しい人を紹介された。何とも言えず物腰のやわらかい男性。僕よりチョイ年上か?。

 映画「デビッド・バーンのトゥルー・ストーリー」を観る。架空の町、テキサス州バージルの人々をユニーク且つコミカルに描いた作品である。David Byrneは言わずと知れたTalking Headsのメンバー。一応、ストーリーらしき物はあるのだけれど、何かを言いたいって感じじゃなく、デザイン・スクールの出身って事で、それっぽい映画かなとは思った。全体的なトーンはミュージック・ビデオの雰囲気に近い。最初、何が言いたいのかさっぱり分からなくて悶々としていたのだが、途中でこれはDavid Byrne版の「マジカル・ミステリー・ツアー」なのかも!と感じてからは、それなりに淡々と観続けることができた。いわゆるひとつのナンセンス。いわゆるひとつのフィルム・アート。ああなるほど、という感じ。悪くはない。★★☆☆☆++

1641/13/06/2003
 会社の新人歓迎会に出席。今年の新人君はど〜も頼りない感じなのだが、良く考えたら10歳も年下なのだ。頼りなくて当然なのかも知れないし、僕もそうだったのかも知れない。それにしても・・・大丈夫なんだろうか?(笑)。なんつーか、この手の集まりはあまり得意じゃ無いのだが、今回はそれなりに楽しかったような気がする。やっぱねえ、自分で楽しもうって努力しないと楽しくはならないんだよな。人と話をしてみてなんぼだ。

 勢いで2次会にも出席。部長にガッチリと捕まってしまい、延々と話し込むことに。僕の仕事への姿勢に対して部長曰く「もっと貪欲になれ!もっとギラギラしろ!」との事。あ〜、それは僕の中に全然無い物だなあ・・・とシミジミしてしまった。地位とか名誉とかお金とかに興味が無い人は、何に対して貪欲になれば良いのだろう。フロンティア・スピリット?(笑)。ひとつハッキリしたのは、うちの部長はトンデモないエロ親父だという事。これは本人が自ら名言していたので、こうやって堂々と書くことができる。面白い人だねえ。

1640/11/06/2003
 Led Zeppelinの代表曲でもある「天国への階段」のあまりにも有名な一説、「To be a rock, and not to roll(礎となるために、そして揺らぐことなく)」。しかしながら「lV」も昨日のライブ盤も、歌詞カードには「To be a rock, and not you own(石になる、自分でなくなる)」って記述になってる・・・何故?。単に記載ミスなのか、訳あって本当の歌詞を隠しているのか、ひょとして公然の秘密だったりする?。
1639/11/06/2003
 Led Zeppelinのライブ盤「How The West Was」が到着。1972年の全米ツアー音源から選ばれた3枚組全18曲、2時間半という大盤振る舞いである。72年と言えば最高傑作との呼び声が高い「|V」が発表された翌年。つまりZepの絶頂期とも言える時期である。悪い訳が無い。良い。ひたすら良い。カッコ良い。「Dazed And Confused」なんか25分以上もある。凄まじい。そして、当たり前の事だが、星の数ほど出回っているどのブートレグよりも格段に音が良い。ひたすら良い。これが20年以上も前の音源なのだろうか。素晴らしい。後期のライブ音源も是非。

 映画「プレッジ」を観る。定年を6時間後に迎えた刑事が、それを撤回して少女惨殺事件の捜査にあたる・・・という物語。主演はジャックニ・コルソン。監督はショーン・ペン。犯人は一体誰なのか、という安易な展開を用意しない。犯人を追うというのは、あくまでサブプロットなのだろう。犯人は一体誰なのか?という安易な展開が用意されていないのは、犯人探しはあくまでもサブストーリーだからであろう。この作品で描かれるのは、自分をコントロールできなくなった老刑事の悲哀と、その皮肉な運命である。結局、明確な結論は描かれることなく終幕する。それにしても、ニコルソンの怪優振りはさすがだ。可愛らしい女の子に微笑みながら話しかける。パッ見はどうって事のないシーンだが、その奥に潜むのは誠実さか狂気か?・・・・妄想の世界に入り込んでいるのに本人は全く気が付いていない、ってな演技をさせたら天下一品である。躍動感は無いけれど後からズシリと来る、叙情詩のように淡々とした、そしてちゃんと引力を持った作品であった。★★★☆☆。

1638/10/06/2003
 午後からの製品企画会議は7時間ぶっ通し、喋りっぱなし、頭フル回転でもうクタクタ。それでも、ここに来てやっと製品のイメージが(朧気ながら)見えてきたような気がする。シンプル・イズ・ビューティフルってのは斯くも難しい。ライフ・イズ・ビューティフルはもっと難しいのだけれど。

 だいぶ前のコラムにて、映画「タイタニック」は未だハリウッドが「映画史に名を刻む超大作」を輩出できる事を既成事実化するための策であった、という可能性を述べた。この策は取りあえずの大成功を納め、「大きいことは良いことだ」的な大作至上主義はまだ有効であることを証明したかに見えた。ところが、同じ手法(アメリカの悲劇+愛と感動+莫大な制作費)で制作された映画「パール・ハーバー」は、その前評判の割にはパッとしなかった。僕はココに、旧態依然としたハリウッド大作主義の終焉を見たと思っている。

 そもそも映画とは「非日常を疑似体験」する装置みたいなものである。「風と共に去りぬ」では独立戦争を、「80日間世界一周」では世界旅行を、「地上最大の作戦」ではノルマンディー上陸作戦を、それぞれ疑似体験できたのである。見たことの無い世界を見ることができる。これが映画の最大の魅力であり、見たことの無い映像を作り出すために莫大な予算を投じ、巨大なセットを作り、大勢のエキストラを雇い、世界中で撮影を敢行したのだ。

 そのうちに、じっさいにそこにあるものを撮影する(実写)だけではパワー不足になり、SFXを駆使して現実にはあり得ない世界まで作り出すようになった。その期待に応えるべく制作された「実写メイン+SFX」の究極形が「タイタニック」であり「パールハーバー」であった。前者は大成功。後者は泣かず飛ばず。これをどう見るか。ハリウッドが総力を上げて作成した実写メインの非日常世界はたった1作で飽きられてしまったのだ。

 そして何が起こったか。実写とSFXの比率が逆転したのだ。「ジュラシック・パーク」や「マトリックス」は実写部分がオマケであるかのごとく、SFX映像がメインになっているのは言うまでもない。大ヒットした「トイストーリー」に至っては全編がCG、全てが作り物の世界である。映画としてクオリティーの高い作品は今後も輩出されるだろうが、もはや実写がメインの超大作が登場する可能性は殆ど無いだろう。映画ならではの圧倒的な映像、という概念が実写メインでは成立しない時代に突入しているのだ。

 今後、実写メインで超大作を撮るならば、例えば戦争映画なんかだったら、ひとつの国を壊滅させるぐらいの規模が必要なのかもしれない。「地獄の黙示録」を監督したフランシス・フォード・コッポラはベトナム戦争を映像を再現するためにフィリピンの海岸にナパーム弾を大量に投下し、海岸一帯をほぼ壊滅状態にした。そのぐらいの事はもうやっちゃってるのである。9.11に世界中がテレビに釘付けになったのは、今までに見たことも無かった「実写メイン」の映像だったからに他ならない。次にテレビに釘付けになるのは何が起こった時だろう。

1637/07/06/2003
 午前中からZeppelinを聴きながらテッテー的に風呂掃除を敢行。だいぶ気温が高くなってきたので水仕事もそんなに悪くない感じ。でも腰が・・・。

 夕方からgargleCircleのライブへ@高円寺ShowBoat。gCのデビュー戦を目撃した数少ない者の一人(笑)として、久しぶりに観るステージはどうしても前回との比較に成らざるを得ない。で、どうだったかと言うと、これが格段に良くなってるのだ。いや、「良くなってる」ってのはちとイメージと違うな。敢えて言うなら「面白くなってる」って方が的を得ているかも。そう、面白かったのだ。

 前回のライブの時、僕にはThe Flaming Lipsというボキャブラリが無くて「鬱が抜けた初期PinkFloydの21世紀型」というヘンテコな比喩を用いたのだが、たぶんそれはバンドとしてのスタイルと言うか「こういう音が出したい」という思惑と、実際に出ている音とのギャップみたいなものが(たぶん)あって、そこの狭間で生み出された浮遊感みたいなイメージからPinkFloydという表現に辿り着いたのだ(ろうと思う)。我ながら意味が良く分からない例えだ(苦笑)。

今回のライブで一番に思ったのは(これも「たぶん」なのだが)「こういう音が出したい」って思惑と実際に出ている音がかなり近づいてきてるんじゃないか、って事である。今回、思い描いたのはJellyfish+Buffalo Daughterだ。なんつーか、キャッチコピーを付けるならば「音楽のおもちゃ箱」。そして舞台に立っているのは「おもちゃ工場の工員さん」って感じだ。

 1曲ごとに、その曲の面白さのキモみたいな部分が違っていて、どこに面白味があるのかってことがちゃんと伝わってくる、提示されている、ってのを強く感じることができた。月並みな言い方をすれば「バンドらしさ」ってところだろうか。これが面白いのだ。音楽が面白かったのだ。それがちゃんと理解できたことが嬉しい。事実、次が最後の曲ですと告げられたときは、もう?と思ったのである。インストのみの曲なんかもあって、緩急のバランスが取れた、飽きさせないステージであった。いいねえ。次はFUJI ROCK FESですな(笑)。

 ライブ終了後、大急ぎで大学時代のサークルの飲み会へ直行@下高井戸。駆けつけたまでは良かったのだが、現役とOBのパイプ役(だとこの時は思っていた・・・)の先輩がまだ到着していない。見知らぬ若人の集団の中に飛び込む勇気などある訳もなく、先輩が到着するまで待つことに。30分後、ようやく先輩が到着。意気揚々と会場に乗り込んでみたものの、その先輩も現役と強い繋がりがある訳じゃないらしく、会場に入りかけて周囲を見回し「知ってる人が誰もいない」且つ「現役からのリアクションは全くなし」という状況に気が付くや否やそのまま撤収(苦笑)。結局、その日に集まってきたOBのメンツだけが別の居酒屋で合流という「あれれ?」な展開となった。

 一時はどうなることかと思ったが、何気にそれなりの人数が集まったので、それなりの飲み会にはなった。みんな、あんまり変わってないのねえ(笑)。まだまだ未確定ながらOBライブの出演バンドも数が揃いつつあるようだ。某先輩からキーボードの貸し出し&音作りの依頼が・・・。たぶん、僕の楽器だけはライブに参加します(苦笑)。

1636/06/06/2003
 ふと思ったこと(その1)。沢山の荷物を抱えた人が向こうから歩いてきたとする。荷物に阻まれて前がちゃんと見えていないのか、フラフラ・ヨロヨロと安定感の無い歩みに「なんか危なっかしいなあ」「何事もなければ良いんだけどなあ」と思う。そんなこんなで僕との距離は数メートル、数十センチと少ずつ縮まって行き、今正にすれ違うかというタイミングでその人がヨロっとバランスを崩してしまう。「あっ、危ないっ!」と言うが早いか、僕は崩れ落ちそうになった荷物を受け止めるべく、パッと反射的に手を出してしまう。今の僕と仕事の関係はこんな感じだ。どうしてこんなに仕事を頑張っちゃうんだろう?と自分でも不思議に思うのだが、頑張ってるんじゃないのだ。反射的に手が出ちゃってるだけなのだ。別に嬉しくも無いし、悲しくも無い。今となってはどーでも良いことだ。

 ふと思ったこと(その2)。今年でテレビ放送50周年だか何だかで、NHK BSで昔の番組を丸ごと再放送している枠がある。 こないだ見たのは「連想ゲーム」だ。10年以上前に放送されていたクイズ番組で、あるキーワードに対して、キャプテンが連想する言葉をヒントとして与え、回答者が元の言葉を答えるという、正に「連想」をそのままゲームにしちゃった、TV史上最も地味なクイズ番組であった。で、たまたま再放送を見ちゃった訳なんだが、改めて観てみるとこれが妙に面白いのだ。軽く釘付けになっていた自分に気が付いて少しビックリしてしまった。どうしてこんなにハマったのだろう・・・と自分なりに振り返って考えてみると、ある一つの結論に達したのだ。この世は多かれ少なかれ「連想ゲーム」みたいなもんなのだ。

 自分の思っていることを相手に伝えるとき、言葉や身振り、時には文章なり図解なりを利用して、お互いが抱くイメージをできるだけ近づけようとする。「リンゴ」「赤い」「丸い」「大きい」「ツヤツヤしてる」「美味しそう」。ヒントを重ねるにつれ、イメージの輪郭が徐々に膨らんでいき、完全に一致しないまでも概ねの部分でイメージが共有できるまで、このヒントは次々と与えられる。考えてみれば、この行為は日々の生活の中で当たり前のように繰り返している事だ。「コーヒー」「一つ」「ホットで」「食後に」。「環境は?」「規模は?」「予算は?」「納期は?」。「男性」「会社員」「33歳」「独身」。

 これは紛れもなくコミュニケーションそのものである。そして「連想ゲーム」は日々繰り返される、繰り返さなくてはならないコミュニケーションの縮図、と言っては大げさだが、少なくともコミュニケーションが成立する過程を捉えているのは間違いない。僕が面白いと感じたのはそこなのだろうと思う。そして、少ないヒントでイメージを共有できる間柄の事を「気の合う仲」とか「相性ピッタリ」とか言うのであろう。それはたぶん僕が最も大事にしている感覚であり、「言わなくても分かり合える」ってのとは根本的に違うものなんだと思う。なぜなら、前者は優れたコミュニケーションであり、後者はコミュニケーションでは無いからだ。そう言えば、ここ最近すっかりコミュニケーションが希薄になってしまった。

1635/05/06/2003
 新しい一年の始まりにしては幸先が悪い。昨日は体調不良でダウン。今日は顧客先で新製品の説明を行うも、鋭すぎる指摘の連打を浴びてコテンパンにやっつけられる。既存製品のサポート窓口はまともな回答ができてない。某顧客から機能追加の要求があったのだが、その連絡が上手く伝わって来てない上に、機能追加の為の技術的な可否が不明。6年前に納品したモジュールの仕様書が見付からない&もちろん仕様なんか覚えちゃいない。新製品の構想はさっぱりまとまらない。なんか気力が殺がれるねえ。疲れた。
1634/03/06/2003
 ゾロ目に到達。

 RAS Conference 2003 Japanに参加(@東京国際フォーラム)。情報セキュリティ業界の有識者が、最先端技術や将来の展望を語るというセミナーである。純粋にお仕事の一環なので、正直あまり期待していなかった(眠っちゃうかも・・・)のだが、なかなかどうして、それなりに面白いセッションが幾つかあった。

 オープニング・キーノートは元 ホワイトハウス サイバースペースセキュリティ担当特別補佐官 のリチャード・クラーク氏。最近の3代の大統領で上級ホワイトハウス顧問を努めていたセキュリティー界の超大物。面白かったのはCODERED発生時のエピソード。「被害が報告された直後、このウィルスの詳細を大急ぎで調査させ、すぐに良いニュースと悪いニュースが届けられた。良いニュースは、ホワイトハウスにDos攻撃を行うウィルスだと分かったこと。悪いニュースは、攻撃が開始されるまで4時間しか無かったことだ(苦笑)」。その後、全米のISPに電話をかけまくり、攻撃対象のアドレスをブラックホール化してもらうことで何とか乗り切ったという。武勇伝って感じ。

 続いては有名な坂村・TRON・健教授によるeTRONのお話。「僕はユビキタスの概念を20年前から論文で発表していた(自慢)」とか「新しい研究所の名称を"どこでもコンピュータ研究所"にしようとしたが却下された(本気)」などの発言が次々と飛び出してきて率直に楽しめる講演だった。この人、単純に自分が面白がってるだけなんだねえ(笑)。セキュリティーという観点から見ると内容は薄かったけど・・・人寄せパンダ?。その他にもNTTデータの副社長 とか、プロトン・ワールド社のクリプトグラファー(笑)のジョアン・デーメン氏(AESを作った人)とか、その筋の専門家が多く参加している。カンファレンスは明日も続く。

 セッションの後、同行していた先輩とお祝いを兼ねた夕食。ちょっと奢って貰った。(^_^)

1633/01/06/2003
 映画「バーバー」を観る。1949年、アメリカの片田舎サンタローザで床屋を営む無口な男エド・クレインは平凡な毎日を淡々と送っていた。そんなある日、見知らぬ客が理髪店を訪れる。彼は水を使わない「ドライクリーニング」をビジネスにするための資金を求めてこの街にやって来たのだった。平凡な日常から脱却したいエドは必要な資金を得るために、妻の不倫相手である男を恐喝することを思いつく。最初は思い通りに事が運んだかに見えたのだが、やがて事態は予想もしない方向へと転がり始める・・・という物語。

 監督・脚本は映画「ファーゴ」のコーエン兄弟。主演は名優Billy Bob Thornton。全体的に物静かなトーンの作品において、無口で冴えないクールな男を好演している。ストーリーは後半を過ぎた辺りから、どんどんヘンテコになっていくのだが、現状に甘んじていたくは無いのだが何をどうすれば良いのか分からない、という微妙で痛々しい心理状況が上手く描写されていて、グイグイと物語に引き込まれていく。なんつーの、こう「時代から取り残されている」感とでも言うのかな。仕事もある、家もある、毎日の食事にもありつける、それで?って感覚。なんとなくの人生。そんなボンヤリとした不安感が落ち着いた表現で綴られていく様は得も言われぬ説得力がある。しかし、それを単にシリアスで終わらせない独特のユーモアが程良くブレンドされているのが、これまた良いのだ。これ程までに大きな展開があった人生なのに、後に残るのはやっぱり淡々とした終演だったという・・・原題は「The Man Who Wasn't There(存在しなかった男)」。このタイトル・・・染みるねえ。コーエン兄弟にハズレ無し(2003年現在)。★★★★☆

 ちょいと補足。映画評とか特典映像のインタビューなどで「この作品はモノクロ映像」という表現が多々出てくる。しか〜し、このDVDに収録されているのは、どこからどう観てもカラー映像なのだ。これはどういうことなのだろう・・・。

1632/31/05/2003
 コラム「音楽配信サービスのマントラ」を掲載。
1631/30/05/2003
 会社の新人研修で、担当している製品の説明を行った。実際には同じチームの後輩に説明を担当してもらい、僕は「何かあったときに助け船を出す」という役割。で、特に何も無かったのでボーッと説明を聞いていただけであった。新人さん達は、僕が何しに来ていたのかさっぱり分からなかっただろうねえ(苦笑)。後輩はかなり緊張していたらしく、予定より20分も早く説明が終わってしまった。それを見た営業の部長さんは、製品のエピソードなんかをアドリブで繋いで、見事20分を乗り切ってしまった(笑)。ただただ、凄いとしか言いようがない。新人は来週から各部署に配属される予定。多くは望まないけど、頼むから一般常識のある奴が来てくれぇ・・・。

 部門のメーリングリストで「社内教育のための書籍を購入しました。該当者はご参照ください」という通知が来た。書籍の一覧と、その該当者が記されていたのだが、「若手リーダーの育成」の項に僕の名前は無かった・・・どうやら僕はもう若手では無いらしい。あら〜(苦笑)。

1630/29/05/2003
 AmazonからLed Zeppelinが到着。と言っても例のライブ盤では無く、未入手だったアルバム群である。  今回の再発は紙ジャケット仕様。|||の回転ジャケットやPhysicalの小窓ジャケットまでミニサイズで再現されているのが可笑しい。これでCodaとThe Song Remains The Same以外は揃ったことになる。忘れてた訳じゃなく、あえて2枚を残したのだ。

  The BeatlesはYellow Submarineを残してあるし、David BowieもPink FloydもJourneyも何枚かを敢えて残してある。全部揃ってしまうと、何となくそれで終わってしまいそうな気がするのだ。まだ全部は聴いていないぞ、という余地を残しておくことで、気分的には現在進行形であるという状況に自分を置いておきたいのだ。我ながらアホな行動だとは思うが、未だに継続中である。

 せっかく購入したCD群だが、Macのディスク容量がいっぱいなので、仕方なくCDプレイヤーで聴いている。順序が逆なのだが、iPodの登場はそれ程にまで僕の音楽の接し方をシフトさせたのだ。どうしてCDケースからCDを取り出して、CDプレイヤーに入れるなんて面倒な事をせにゃならんのだ、とさえ思う今日この頃である。

 iTunesが4.0.1にアップデート。4.0ではiTunesのライブラリをネットワーク越しに共有できる(聴くのみ)という機能が追加されていた。あまり注目されなかったのだが、僕はこの機能のことを知って吃驚仰天したのだ。ファイル交換やCD-Rへの不正コピーの問題なんか吹っ飛んでしまうような、「音楽の接し方」の概念を根本から覆すとんでもないパラダイムシフトになるんじゃないか、と思ったのだ。Appleはレコード会社の意識をMusic Storeに集めさせておいて、この機能をこっそりと(でもわざと)仕込んだんじゃないか、と勘ぐったぐらいである。今回のアップデートでは同一サブネット上のマシンに共有範囲が制限された模様。実際は「こっそり」じゃなくて「うっかり」だったのかも知れない。そもそも、法律的にはどうだったんだろう?。

 それにしてもJimmy Pageのギター・プレイはギターという楽器の快楽の究極と言うか、カッコ良さの完成型と言うか、これ以上に美味しくするのは無理なんじゃないだろうか、って感じの旨みがある。Jeff Beckのようなカッチリとした演奏はまるで下手なのだが、荒っぽいリフレインから紬だされるサウンドは非常に「ロック的」である。シャドー・ギター冥利に尽きる。プレステの「ギター・フリーク」でLed Zeppelin版が出たら1万円でも買うんだけどなぁ。

1629/27/05/2003
 偉大なる冒険野郎に敬意を表して「エベレスト山頂からの眺望:360度」(要QuickTime)。それにしても70歳かぁ。スゲー。

 トラブル報告が相次いで、赤塚不二夫のキャラクターのようにバタバタした一日だった。どれも致命的な不具合では無かったものの、急を要する案件ばかりだったので、次から次へと重要な決定を下さなければならなかった。修正版のはずが、中身が空っぽの物を提出しそうになったりして、ヒヤヒヤの間一髪だったり・・・。こういう時こそ冷静にならなくちゃねえ。なんとか無事に乗り切った模様。ふぅ。

 考えてみれば、どれも異常系シーケンスにおける実装漏れであった。自分が開発した物なら自分が注意すれば良いだけの話なのだが、他のメンバーに作成を依頼した物については、どうやって品質を確保すれば良いのか未だに模索中だ。僕がやればものの30分作れそうな物でも、負荷の分散という名目で作業を割り振らなければならない状況がある。概要を説明し、仕様書のレビューをし、テスト項目のレビューをし、それでもまだ漏れがあるのだ。誰が悪いという問題では無く、それは慣れの問題だったり、開発上の「常識」みたいな物の捉え方の違いだったりする。そんな細かい所まで指示は出せないよぉ、って奴である。一人でやった方が時間的にも品質的にも間違いなく高いレベルを確保できるのだが、それでは仕事に・・・いや会社にならないというジレンマ。バグの発生しにくいコーディング方法とかテストするときのコツみたいな物を修得するには、たくさん場数を踏んで、たくさん痛い目にあってもらうしか無いんだろうね。指示を出す立場ってのは難しい。

1628/26/05/2003
 夕方の地震は結構大きかった。揺れが大きいことよりも、その持続時間が長かった事の方が僕は怖かった。 どこで刷り込まれたのか分からないのだが、小さい揺れ -> いつもの地震 -> 突如、巨大地震に!、という 流れが頭を過ぎってしまう。ビルの8Fだったからか、揺れ幅も大きく感じられて、 殊更に恐怖心を煽っている。地震そのものが怖いんじゃなくて、地震によって喚起される パニックのイメージが怖いのだ。

 パニック映画の傑作と言えば、ビル火事の「タワーリング・インフェルノ」だろうか。僕が一番最初に好きになった作品だ。1970年代、アメリカではパニック映画がブームであった。「タワー・・・」の他にも「ポセイドン・アドベンチャー」「ジョーズ」「大空港」などの優秀な作品も数多い。

しかしながら、ヒット狙いの安直なパニック映画が量産されたことも確かだ。蜘蛛の大群が街を襲う「タランチュラ」、蜂の大群が街を襲う「スゥオーム」。タイトルは忘れてしまったが、スライム状の謎の生命体が街を襲うという「?」な作品もあった。そしていつしか「パニック映画=B級っぽい」というイメージが浸透してしまったのだ。最近でも、大津波「パーフェクト・ストーム」、大竜巻「ツイスター」、巨大隕石「ディープ・インパクト」、火山噴火「ボルケーノ」、巨大客船の沈没「タイタニック」、疫病「アウトブレイク」などなどなど、相変わらずパニック映画というジャンルは存在しているものの、どーも安っぽさが否めないのである・

 ここ最近のSARSの騒ぎを見るに付け、僕は映画「復活の日」を思い出してしまう。1982年、東西冷戦時代の東独で生物化学兵器として開発されたウィルスを搭載した小型機が冬のアルプス山中に墜落する。やがて春を迎え、爆発的な勢いで世界各地を襲い始めた菌の前に、人類はなすすべも無く滅亡していく。南極に一万人たらずの人々を残して・・・ってストーリー。このウィルスに感染した初期状態は風邪の症状に良く似ていて、映画の中では「イタリア風邪」として報道されるのだ。病院は野戦病院と化し、街では暴動が起き、成す術を無くした若者はディスコで踊りまくる、という凄まじいパニックの風景である。ここまではかなり見応えがある。

 物語は奇跡的に生き残った南極の観測隊員を軸に進められるのだが、中盤辺りからどうも展開がおかしくなってきて、最後のオチに至っては思わず「え〜っ、そりゃないでしょ!」と声を上げてしまった程である。興行的には大成功を納め、名作と誉れ高い作品らしいのだが、僕にはどうも馴染めなかったのだ。今にして思えば「パニック映画=B級っぽい」というイメージが頭の中に残っていたからかも知れない。もう一度、見直してみようかなぁ。

 聞くところによると「パニック映画」という言葉は日本発のものらしい。豆知識。

1627/25/05/2003
 PowerMateの黒モデルが出てるぅ!。

 昨日は眠れなかったので、何となく「朝まで生テレビ」を朝まで生で観てしまった。テーマは有事関連だったのかな?。ピース何ちゃらとかいう平和団体(NPO?)の代表だか何だかがパネラーとして出席してて、この人の発言というか思考というか、もうどうしようもないぐらいに酷かったのだ。何かっつーと「罪の無い人々が死んでいるんですよ!」とか「戦争は法律違反じゃないですか!」とか、もう最悪。こういうヌルい人が大真面目に「平和!」って声高にしてる現実を見ると気が遠くなってしまう。ボランティアの胡散臭さみたいなことを考えたことすら無いんだろうねえ。こないだの戦争の時に、どうして僕は「戦争反対」という意志表示をするのに躊躇したのかが、何となく分かった気がする。ちなみに、周囲の有識者達はその人をコテンパンにやっつけてたけどね。有識者って必要なんだわ(笑)。

 掃除して、洗濯して、DVD返却&レンタルして、クリーニング屋にYシャツを出して、スーパーで一週間分の食料を買い込んで、夕食作って、テレビ観て、本読んで、実家に電話して、休日おしまい。

 映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」ってバウスシアターでも上映してるんだねえ。さすがミニシアターの雄だ。でもBAUS2って確か100席位しか無かったはず。だから整理券なのかしら?。とほほ。

1626/24/05/2003
 眠りすぎて土曜日を棒に振ってしまった。

 映画「ヒューマンネイチュア」を観る。異常に毛深い体質の女性とマナーに異常な関心を示す博士。二人が森にデートに出かけたところ、自分を猿だと思い込んでいる男に出会う。博士は研究対象として彼を人間として再教育しようと連れ帰るのだが・・・という物語。映画「マルコヴィッチの穴」で注目を集めたスパイク・ジョーンズ&チャーリー・カウフマンによるヘンテコ映画の第2弾である。監督はビョークのビデオクリップなどを手がける新鋭ミシェル・ゴンドリー。主演は映画「ショーシャンクの空に」のティム・ロビンス。こんな映画でもちゃんとこなすんだよねえ。面白い俳優さんだ。内容は・・・う〜ん、一風変わったコメディって感じではあるんだけど、映画の前半と後半で雰囲気がかなり変わってしまって、その変化に戸惑っちゃうと言うか。風刺的な要素が消化しきれてないところもあって、中途半端になっちゃってる気はする。作品のテーマである「人間の本能」ってところはよく分かったけどね。極論だとは思うけど、当たってるんじゃないかしら(苦笑)。

 そう言えば昔、「北京原人」っていう駄作であることが観なくても分かる映画があったよねえ。いろんな批評を読むに付け、本当に酷かったらしいのだが・・・(苦笑)。観てないので想像でしかないのだが、この「北京原人」と「アルジャーノンに花束を」を足して、ちょいと下ネタの味付けをしたら「ヒューマンネイチュア」になるような気がする。なんだそれは(笑)。まあ、★★☆☆☆ってところか。

 眠り過ぎたので、たぶん今夜は眠れないだろう。いろいろやらなくちゃいけないことはあるんだけど、たぶん何もしないと思う。最近の週末はこんなのばかりだなあ。午前3時からテレ朝で放送される「いま蘇る!四人囃子厚生年金ライブ完全版」を観なくちゃ。

1625/23/05/2003
 残業組が集まって仕事帰りに飲みに行った(飲まないけど)。なんかこういうのも久しぶりだ。最近はあんまり会社の人間とアフターを共にすることも少なくなった。僕もすっかり中堅になってしまったので、後輩を引き連れて「飲みに行くぜぇ!」ってやれれば良いのだが、時間的に何となく使ってしまうものあるし、そもそも飲めない人間が何を言うのだ、という感じもする。柄じゃないんだろうな。先輩ってのも難しいもんだ。大物にはなれないねえ。

 ってな訳ですっかり午前様である。借りているDVDを観ないまま返却する可能性大だ。はぁ。

1624/22/05/2003
 いよいよ時間の流れが速くなってきた。子供の頃は一日が本当に長く感じたものだ。遊んでいた時間は学校が終わってから夕暮れまでだから、ほんの数時間のはずなのに、感覚的には延々と遊び回っていたような記憶がある。そのうちに、勉強している時間は長く感じて、遊んでいる時間は速く感じるようになり、その延長で平日は長く感じて休日は短く感じるようになる。社会人になると平日休日を問わず、一日があっという間に過ぎていくように思えた。そして今日、朝から幾つかの会議をこなした後、ちょっとした雑務を片づけながら、ふと時計を見るともう夜だったのだ。なんなのだこれは。もうどうしようも無いぐらいに時間の経つのが速い。この先、どんどん速くなってくのだろうか。猛スピードで歳を取っていく。本気で恐ろしい。

 Windowsメモ。InstallShieldで作ったインストーラからバッチファイルを起動すると、いつの間にかカレント位置が変わってしまい、バッチの中で相対パスが使えなくなってしまう件。インストーラから直接バッチを起動するのではなく「バッチを起動する小さいプログラム」を作り、これを起動するようにした。プログラムでは強制的にカレント位置を設定するようにし、インストーラ -> プログラム -> バッチファイルという流れで動かしたら何とか相対パスが使えるようになった。処理の最後にはカレント位置を元に戻すのを忘れずに。小手先だが、これでも問題は無いだろう。

 スパム・メールに悲鳴をあげている人も多いだろうが、僕は物理的なスパムの方に悲鳴をあげたい。郵便受けを2〜3日放っておくと、あっという間に山のようなチラシで溢れてしまう。これってこの近辺の全ての郵便受けがそうなんだよね?。もの凄い量だと思わない?。エコロジストを気取るつもりは毛頭ないのだが、気が遠くなるほどに資源の無駄である。やめろとは言わないが(法律を作ったとしても完全に無くすことはもはや不可能だろう)、何か暗黙のルールみたいなものがあれば少しはマシになるんじゃないだろうか。チラシの大きさは名刺サイズやハガキ大に統一し、裏面は白紙にするとか。少なくともメモ用紙には使えるよね。こうすれば暫くは部屋に置かれることになるから、目に触れる機会も増えて良いかなと思うんだけど・・・。誰の目に触れることもなく、即ゴミ箱に直行する紙を作り続けるぐらいだったら、スパム・メールの方がずっとマシだよ。

 auの携帯電話。Eメールでは全くと言って良いほどスパムはこないのだが、独自企画のCメールってので頻繁にスパムが届くのは何故なんだろう。ちなみにCメールのフィルタリング機能は無い模様。なんとかしてくれ〜。

1623/21/05/2003
 と言う訳で広島出張、日帰りコース(その3)。やっぱ疲れるんだわ。打ち合わせ自体はスムーズに進んだのだが、また仕事が増えてしまった。むむむ。

 どこかの誰かが「IT化が進んでも仕事はちっとも楽にならず、どんどん忙しくなっていく」ってな事を言っていた。要は携帯電話やモバイル機器が発達したおかげで、いつでもどこでも仕事に追い回されるという話だ。最初に聞いたときには「まあ、そうかも知れないね」と思っただけだったのだが、実際に体験する立場になってみると、その意味の深さを感じざるを得ない。技術の進化は何でもそうなのだろう。自動車を最初に作った人は、渋滞ん10kmなんて未来を微塵も想像しなかったはずだ。これを思うと何とも言えない気分になる。

 技術の進化に伴う弊害みたいなものから身を守る・・・と言うか自分の人生のペースを保つためには、自分でコントロールするしかないんじゃないだろうか。携帯電話は必ず繋がる訳では無いし、繋がっても必ず出るとも限らない。メールもいつ見るか分からない、下手したら届かない事だってあり得る、というのが前提のはずなんだけど、その辺りを誤解している人のなんと多いことか。コンタクトが取れてラッキー、ぐらいに考えなきゃ本当はダメなのだ。だから、電話に出ないとかメールに返事が無いとかで文句を言われても困る。少なくとも僕はそういうスタンスだし、そう有りたいと思っている。

 電話やメールはあくまでも補足的な手段であり、そこを経由することで多くの情報が欠落することも忘れてはならない。こんな不安定なルートで「こっちの思っていることのすべてを察せ」と言われてもそれは無理と言うものだ。どんな声で、どんな表情で、どんな身振りで、どんなテンポで、という要素は想像しているよりも遙かに大切な情報である。どうしても伝えたいことがあるのなら、相手と面と向かって話すべきだ。これすら完全では無いけれど、これ以上に確度の高い手段は無いんだからね。

 何を書いてるのだろう。もう寝よ。

1622/20/05/2003
 Windowsメモ。「プログラムから起動したバッチファイル」では無く、「InstallShieldで作ったセットアップ・プログラムから起動したバッチファイル」というのが正解のようだ。あくまでも推測なのだが、InstallShieldで作ったプログラム(例:Setup.exe)は実質的な処理(ファイルコピーとか)を行う別プロセスを起動するみたいなのだ。そのプロセスの実体はSetup.exeとは別の場所にあり、カレント位置はそこになってしまう。なのでバッチファイルでの相対パス指定は使えなくなるのだろう。良く考えてみると、InstallShieldのスクリプトではバッチファイルをフルパスで指定していたので、起動だけはちゃんとされるのだ。念のため、バッチファイルを起動するプログラムを自作してみたのだが、相対パスでもちゃんと認識してくれる。なんともはや。

 明日は出張。実質的な仕事の時間よりも移動時間の方が長い日になる模様。

1621/19/05/2003
 Windowsメモ。プログラムから起動したバッチファイルでは命令に相対パスを使用できない。なぜ?。
1620/18/05/2003
 ここ最近、Macの挙動が妙だったので、久々にクリーン・インストールする。諸々の設定やアプリのインストールも込みで1時間強で終わっちゃうのが良いよね。今まで気が付かなかったのだが、ADSLはモデムに通信設定を保存しているから、再インストール直後でもすぐに繋がるのねえ。こりゃ便利だわ。Macの大きな魅力の一つは、なんとなくイジっているとそれなりに動いちゃうことだ。ディスプレイにしろプリンタにしろネットワークにしろ、それが最適な設定では無いかも知れないんだけれど、取りあえず繋がるってのは立派だと思う。Windowsだと設定の方法が分からないと永久に繋がらないような気がするもんねえ。OSを入れ直したら、何となくキビキビ動くようになった気がして、気分が良い。
1619/15/05/2003
 ルーカス監督、アニメーション部門を設立へ。Lucas Film Animationはアニメーション映画を製作するILMの子会社となる模様。言うまでもないが、この動きの背景には「トイ・ストーリー」などのフルCGアニメーション作品で大成功を収めているPixarの躍進が影響しているのは間違いない。

 そもそもPixarは、Lucas Filmの一部門であった。「スター・ウォーズ ジェダイの復讐」の製作が終盤に差し掛かった頃、ジョージ・ルーカスとその妻のマルシア・ルーカスは離婚の危機にあった。マルシアは「タクシードライバー」や「アメリカン・グラフィティー」などを担当した優秀なフィルム・エディターであり、「スター・ウォーズ」シリーズではジョージとの二人三脚で大きな成功を手に入れていた。

 しかしながら、ビジネス・パートナーとしての関係は、いつしか夫婦の中を硬直化させていった。カリフォルニア州の法律では資産を半分ずつに分けることになっているのだが、ジョージは彼の帝国とも言えるLucas Film、ILM、Skywalker Soundなどを手放したくなかった。よって、至急に金が必要になったのである。

 当時、成功を収めていたルーカス帝国において唯一、利益を上げていないグループがあった。それがコンピュータ・グラフィックスの映像を研究しているチームであった。ルーカスはこの部門のみを売りに出し、それを買い取ったのはご存知AppleのCEO(当時はNextのCEO)、スティーブ・ジョブスである。これが1986年の2月、1000万ドルの買い物であった。

 当初は全く利益を生み出せず「スティーブ唯一の趣味」とまで揶揄されたPixarであったが、時代の流れと共にコンピューターの性能は劇的に向上し、かつては夢であった全編フルCGアニメーションが現実の物となった。そして「トイ・ストーリー」の大成功と共にジョブスは一躍、時代のヒーローに返り咲いたのである。今やアニメーション映画の帝王はDisneyでは無くPixarなのだ。ジョージ・ルーカスはPixarの成功をどんな思いで見ていたのだろう。

 それはそうと「何故、今更にアニメーション部門?」という印象はある。「スター・ウォーズ エピソード2」に至っては、役者が登場するという部分を除けば、その殆どが既にCGなのだ。DVD特典のメイキングを観ると良く分かるのだが、役者はあくまでも映像の素材の一部であり、実質的には「フルCGアニメーション」ならぬ「95%はCGアニメーション」といった趣ですらある。個人的には、そのデジタルな割り切り方に戸惑いを覚えた程なのだ。「これは実写映画と呼べるのか?」と。何がやりたいんだろう?

1618/12/05/2003
 試聴。よくよく考えてみれば、CDってのは商品の内容を殆ど知ることなく購入する物なのだ。最近のメガストアには試聴コーナーはあるにはあるけど、それはあくまでも買い物のついでなのであって、試聴して何か良い物があったら買うというスタンスでわざわざCD屋に出向く人は少ないんじゃないだろうか?。「ジャケ買い」なんて言葉が生まれて来ること自体、商品としての特殊性をCD(などの音楽を収録した媒体全般)は持っている訳だ。

 その昔、ラジオがメディアの主役だった頃、ラジオは「試聴」としての役割を担っていたように思う。グレン・ミラーもエルビスも、ラジオで「試聴」した人々が挙ってレコード屋に向かった結果であることは言うまでも無い。音楽という形の無い物は、人々の耳に届いてなんぼ、なのだ。

 僕が中学生の頃ぐらいまでは、FMラジオで「最新アルバム全曲を一挙放送」みたいなプログラムがかなりあったように記憶している。アルバムのA面一曲目からB面の最後の曲まで、ノンストップで一気に放送するのだ。今では、一曲フルコーラス放送されることは希であり、イントロにはDJの語りが(恐らく作為的に)被さるのだから、「アルバム全曲」ってのはかなりの大判振る舞いではあった。

 ラジオがそんな状態になったことで、「試聴」としての価値は格段に下がってしまったように思う。そしてテレビの時代が到来。人々の耳に入るのはドラマやCMとタイアップした選ばれた音楽が殆どとなり、一部のミリオンセラー以外全滅という異様な状況に至ることになる。そして今度はその揺り返しがラジオに波及して、一部のミリオンセラーがヘビーロテーションになる。人々はさらに極々決められた音楽ばかりを耳にすることになり、格差は更に広がっていく。超悪循環。

 昔のラジオは信頼のおけるDJがいて、DJが認めた良質な音楽を人々に届けていた、っていう流れがあったんじゃないだろうか?。特に音楽に思い入れのない一般の人々は、聴いたことも無い得体の知れないCDなんて買わないよね。多くは、音楽をテレビやラジオで耳にして、これいい曲だなぁと思って初めてレコード屋に向かうのである。そういう健全な形での「試聴」が困難になってきた状況と、レコードが売れなくなってきた状況とはリンクしていないだろうか?。この辺は自分でもあまり整理できてないのだが、ヒットを作り出そうとするレコード会社の思惑に、人々は嫌気が差しているのだろうと思う。そんな中「どこそこで静かなブームとなっている新人アートストの誰々」みたいなわざとらしい、押し付けがましい表現を耳にするたびに、僕はゲンナリするのである。

 iTunes Music Storeの1曲に付き30秒の試聴が可能というシステムは、そんな状況に何か変化をもたらしてくれるだろうか?。今はまだ分からない。

1617/11/05/2003
 曇天。草むしり。てんとう虫。静けさ。ひとり。

 夜中に何気なく「NHKアーカイブズ」を観ていたら「ボブ・ディランがやって来た」(1978年製作)を放送していた。番組の趣旨はBob Dylan来日を通して、その影響を受けた人々が各々の人生観を語るという物。武道館でのコンサートの様子(ほんのちょっとだけど)など、期せずして貴重な映像を目の当たりにしてしまったのだが、それ以上に驚いたのは会場に姿を見せた面子。岡林信康、井上陽水あたりは順当なんだろうけど、美空ひばりが来てたってのはどう解釈すれば良いのだろう?。

 たぶん・・・なんだけど、アメリカ人にとってBob Dylanとは、絶対に譲れないアメリカ的な精神の象徴と言うか、「アメリカにはBob Dylanがいるんだ」ってのが、ある種の拠り所になっているような気がする。先日、発表されたApple社のiTunes Music Storeにおいても、U2やEminemと並んでBob Dylanがラインナップされていることが殊更に強調されていた。Steve Jobs氏がDylanのファンであるという事実を差し引いても、ラインナップにDylanがあると無いとでは、その受け止められ方は(少なくともアメリカ人にとっては)大きく違っていたのかも知れない。

 面白いのは、今のところiTunes Music StoreにはThe Beatles、The Rolling Stones、Led Zeppelinの楽曲はラインナップされていないと言うことだ。この3つは全てイギリスのバンドである。もちろん当初はアメリカ国内のみでのサービス展開という事もあるだろうし、The Beatlesなんかは版権問題が一筋縄では行かないんだろうけど「The Beatlesは無くても良いけどBob Dylanが無いなんてあり得ない」的な発想があるのかも知れない。真偽のほどは良く分からないが。

 あ、最近観た映画をメモっておこう。「MIB2」★★☆☆☆。「フォロウィング」★★★☆☆。「アザーズ」★★☆☆☆。

1616/10/05/2003
 ってな訳で休日出勤。まぁ、作業量はそんなに多くないから別にどうってことは無い。それよりも、結果的に僕のせいでいろんな人に迷惑をかけた形になっちゃったので、そっちの方が申し訳ないと言うか・・・。どこかで埋め合わせしますので。

 おかげさまで、今日の予定は全部パーになっちゃった。なんつーか、僕ってのは何もできない奴なんだなあと。それが不可抗力であったにせよ、だ。どんどん時間だけが過ぎていく。もう、こういうのにも慣れちゃったけどね。

1615/09/05/2003
 休日出勤の可能性大。不具合って程の不具合では無いし、使用上の注意としてドキュメントにもちゃんと記載してある。そもそも想定外の使い方をしてるんだから、それで発生した現象をどうこう言われてもねえ。いや、その部分を改造するのは簡単なんだけど、そういう問題じゃなくて「こんな使い方をしてみました」「思った通りに動かない」「だからアンタが悪い」「すぐ直さんかいコラ」みたいな流れがねえ・・・お偉いさんに直電するか、普通?。なんでこんなことで僕が気まずい状態に置かれなきゃならんのだ?。はぁ。一気に気持ちが凹になったよ。

 Led Zeppelinのプロモ写真ってThe Beatlesのプロモ写真に似ている。解散間近になると草むらで写真を撮りたくなるのだろうか?。

1614/07/05/2003
 え〜と・・・読めません(苦笑)。ジャスミン茶。茶葉が栗ぐらいの丸っこい玉になっていて、お湯を注ぐと少しずつ解れてくるのだ。ほほ〜。確かに白いカップの方が楽しめるね。普段はコーヒー党なんだけど、同じ「ホッとする」でもお茶の場合は何となくニュアンスが違うよね。時間がゆっくりと流れる、とでも言うような。ホッ。とっても美味しいです。どうもありがとう。

 GRAND CRUと言えば、こんなCDを持ってる。ドイツのジャス・レーベルMPS音源の中から、カフェのBGMに合うようなソフト・ジャズを集めたオムニバス盤。鉛筆を使って文章を書いたり、スケッチを描いたり、サイコロの代わりに使ったりするように、午後のお茶を楽しむように、音楽を楽しむってのもアリだと思う。音楽との接し方にもいろんなバリエーションがあって構わないはずだ。もちろん、そればっかりでもダメだけど、こういうアプローチじゃなきゃ出会わなかったかも知れないしね。キッカケは何でもいいのだ。

 フロント・ページのギタリストはLed ZeppelinのJimmy Page。「ポップス」という領域から一歩踏み出した「ロック」というスタイルが確立される過程において、この人が残した功績は計り知れない。そして、その布石は伝説的なギターのリフと共に「ハードロック」という方法論へと進化を遂げて行ったのだ。そんな御大も今ではすっかりドラえもん状態なのだが、白いドラゴン・スーツを纏っていた頃のペイジはやっぱりカッコ良い。後のミュージシャンに与えた影響という意味ではThe Beatlesに引けを取らないと思う。Zepの未発表ライブ盤が待ち遠しい今日この頃。

1613/05/05/2003
 連休最終日。お昼過ぎまで眠りこける。昼食にそうめんを食した後、解散。皆さんお疲れさまでした。今度はちゃんとイカ釣りしましょうね(笑)。

 YMOの旧譜再発のキャンペーン企画の「YMO読本」が到着。本来は各アルバムに分割掲載している細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏のインタビューを1冊に集約した物である。特にビックリするような新発見は無かったのだが、これまではYMOを語ることに対して微妙に距離を置いていた坂本氏が、割りに突っ込んだ部分にまで言及している点が面白い。各メンバー間の確執みたいなものが少しずつ解けてきたってことだろう。

 面白かったのはアルバム「増殖」に収録されている「ナイス・エイジ」についての言及だ。 感想の部分で福井ミカ(サディスティック・ミカ・バンド)の語りが入っていて、 その一説に「彼は花のように姿を表します(He's comin up like a flower)」ってのがあるのだが、 このフレーズは後のポール・マッカートニーの作品「Coming Up」にほぼそのまま登場するのだ。 この作品が発表されたのはポールが大麻不法所持で逮捕された(つまり来日していた)後であり、 「Coming Up」はポールがテクノに走った最初の(そして最後の)作品でもある。 YMOとポール、そしてミカ。この因果関係がずーっと謎であった。

 その謎の一部が、この「YMO読本」によって明らかになった。まず、ポールはクリス・トーマスを通してYMOに興味を示していて、来日時にはミカ&クリス・トーマス夫妻が同行していた。何事も無ければアルファに遊びに来るという話もあったらしい。が、大麻不法所持で逮捕されてしまう。ミカは拘留中のポールにメッセージを宛てる。その一説が「22番は今日で1週間たってしまった。彼は花のように姿を表します」(22番は拘留中のポールに付けられた番号)。これは、ポールの次のシングル「Coming Up」をミカが知っていて、それを引っかけたものであった。YMOは「ナイス・エイジ」を制作中。細野氏の提案でたまたまスタジオに遊びに来ていたミカに何か喋ってもらおうという事になり、例のフレーズが挿入された・・・ということらしい。なるほど。長年の謎がこれでスッキリした(笑)。

 そんなこんなで長い連休もおしまい。ひとつ分かったことは、一人だけ休みでもあまり意味が無いってことだ。半分は風邪で寝込んでたしね。連休明け最初の仕事は障害対応。盛り上がらないよね。

1612/04/05/2003
 友人に誘われて三崎へイカ釣りへ。連休9日目にしてやっと休日らしいイベントではある。割と朝早くから出かけたのだが、当たり前のように渋滞に巻き込まれることに。まあ、渋滞もイベントの一環ということで・・・。到着した後、友人お勧めの店(店名は失念)で昼食。待望のマグロ丼に舌鼓を打つ。当たり前のように美味しい。その後、その夜の宴会に備えて買い出しを済ませると、もう帰らなくちゃいけない時間になっていた。結局、イカ釣りでは無く、三崎まで4時間もかけて行って、マグロ丼を食し、新鮮な食材を買い、そのまま東京に戻ってくる、という何とも贅沢なお出かけになってしまった。そうなっちゃった事が妙に楽しかったんだけどね(笑)。その夜、友人宅でカツオの叩きを食しながらの宴会。これがまた美味しいんだわ。いつもの通り、酒飲みメンバーは潰れてしまい、そのまま就寝。
1611/03/05/2003
 母親の強い希望により六本木ヒルズへ。事前情報から判断するだけで、どう考えても僕とは関係の無いフィールドだとは思っていたのだが、ここまでかけ離れているとは思わなかった・・・というのが率直な感想。どこがダメかって話を延々と列挙しても良いのだが、面倒なので省略。物凄い人混みの中を歩き疲れた後、母親が漏らした言葉「ここは普通の人が来るところじゃ無いねえ」がその全てを物語っていると思う。まあ、二度と行くことは無いだろう。やっぱり六本木って場所は好きになれない。
1610/01/05/2003
 今日は仕事の日。連休中とは言え、自宅から顧客先への直行直帰だったので、別に気にはならない。ちゃんとした連休になってるだけでもマシな方なのであろう。実際、こんな事でもなければ外に出る用事も無いしねえ。プチ引き籠もり状態。それにしても、なんで部長は僕の携帯番号を知っていたのだろう?。個人の持ち物だから、出なくても文句は言わないで下さいよ。

 京王線の駅に行ったら、ホームの灰皿が全て撤去されていた。なんでも、健康増進法ってのがこの1日から実施になったそうで「公共施設に於いては受動喫煙を防止する措置」を講じなくちゃならんそうな。案の定、実際の「防止する措置」のやり方については何の定義も無く、それぞれの公共機関にお任せ状態である。要は「なんかやれ」って事ですな。で、手っ取り早いのは喫煙所そのものを撤去することに決まってる訳で、「別に撤去しろとは言ってない」という正論がまかり通るようになってるという、なんともCCCD的な、なんともありがたい法律である。筒井康隆の短編「最後の喫煙者」を思い出すなあ。国会の頂上部屋にでも立て籠もってみますか?。

宗教とか正義とか善とかいう大義名分がある時ほど人間の残虐行為がエスカレートする時はないのだ。
筒井康隆「最後の喫煙者」より

 たまたま乗り合わせた京王線で小学生(?)の遠足の団体に遭遇した。遠足かぁ、懐かしいなあ。楽しそうだなあ。どこに行くんだろうねえ。今思い起こせば、そんなに大した事じゃ無いんだよな、遠足って。みんなでちょっと遠出して、お弁当を食べて、帰ってくるだけなんだもの。でも、楽しかったんだよなあ。なんであんなに楽しかったんだろう。その昔、えらい山奥まで遠足に行ったことがあって、そこの地元のローカル線に乗ったんだけど、他のお客は全然いなくって、その車両は遠足ご一行様の貸し切り状態になったのだ。そして、みんなでピンクレディーの「UFO」を歌ったのだ。田舎のローカル線に揺られながら「UFO」を歌うの図。これが僕の「遠足」の想い出。変なの(笑)。

 UFOと言えば、映画「サイン」を観た。主演はメル・ギブソン。監督、製作、脚本は「シックスセンス」で名をあげたM・ナイト・シャマラン。脚本料が史上最高の1000万ドルってのが話題になったっけね。で、肝心の内容なのだが・・・え〜と、これはかなりヒドイね。何なのでしょう、これは?。莫大な予算をかけたB級映画とでも言えば良いんだろうか?。あまりにヒドイのでいろいろと当時の記事を振り返ってみたのだが、やれ「B級映画のモチーフをA級映画のアプローチで作る」とか「基本はヒューマン・ドラマだ」とか・・・どこがやねん!。「奇蹟」とか「神様の思し召し」的なテーマも気に入らない。神様は僕等の事なんか見ちゃいないよ。2時間損した。★☆☆☆☆。

1609/30/04/2003
 先日、行われたAppleによるSpecial Music Eventの映像をじっくりと鑑賞(全部で1時間以上もある)。改めて言うまでも無いのだが、Steve Jobsって人はプレゼンの天才だね。良いか悪いかは別にして、企業のトップでこういうセンスを持ち合わせている人物ってのは他にはいないんじゃなかろうか。

 発表の全貌を具に観察して思ったのは「使い勝手」という部分に最新の注意が払われているという事だ。最初は気が付かなかったのだが、iTunes Music Storeってのは使い勝手という側面から見た場合「合法的なファイル交換サービス」みたいな感じになっているのだ。膨大な楽曲リストの中から欲しいコンテンツを素早く検索し、それを列挙することができる。例えば曲名で「Yesterday」を検索すれば、The Beatlesはもちろんのこと、Paulのソロ録音や他のアートストのカバーまでを一覧で表示することができる。それをまとめて購入し、CDに焼けば「Yesterday-Best」みたいな物が簡単に作れるのだ。これと同じ事を物理CD(Steve Jobs談)とかAmazon.comでやろうとしたらどれだけ手間がかかるだろうか。この例を見ただけでも、デジタル化によるメリットの基本中の基本とも言える「検索」っていう部分を最大限に利用しているのが分かる。これまでの使い勝手からレベル・ダウンしていないのはもちろんの事、新しい楽しみ方をキチンと提案できている点が素晴らしい。

 実際、新製品とか新サービスが登場した際、とんでもなく目新しい機能にビックリするってことはここ最近では殆ど無くなってしまったように思う。単独の機能開発としてはとっくに頭打ち状態になってる訳で、あとはそれらをどう組み合わせ、どう活用していくかがキーなのだ。要は「バランス」の問題。今回のAppleの新サービスもビックリするような新機能は一つも無いのだけれど、音楽を「売る側」と「買う側」のニーズに対するバランスが絶妙なのである。ここ最近のAppleが提唱している「デジタル・ハブ」という概念。パソコンをデジタル家電なんかをコントロールするためのハブと位置付けたコンセプトなのだが、物理的なデバイスだけじゃなくて、「売る側」と「買う側」を繋ぐハブって考え方もあるってことなんだろうね。なるほど。

 プレゼンテーションでは、このサービスのCMも披露されたのだが、元ピッピーっぽいオッサンがiPodを聴きながらThe WhoのMy Generationを歌っているのが、妙にリアルで面白かった。でも、音楽の最もベーシックな楽しみ方ってこんな感じだよね?(笑)。

1608/29/04/2003
 Appleによる「28日のサプライズ」はiTunes Music Storeであった。

 なるほど、噂にあったようなビックリ企画では無かったが、少なくとも今まで登場した音楽配信サービスの中では比較的にマシなものに仕上がっているような気がする。結局、技術的にどんなに優れていても、これまでの利用形態よりも何かしら便利になっていなければ、そんなシステムは誰も使わない訳で、そういう意味では「CD購入 -> リッピング -> MP3化 -> iTunesに登録 -> iPod転送」という流れから「オンライン購入 -> iTunesに登録 -> iPod転送」というよりシンプルな流れになるのは、理屈として辻褄は合っているんじゃないだろうか。要はリッピングする手間が省けるっつーことね。個人使用に限ってはCDにバックアップも取れる模様。なるほど。

 音楽コンテンツをデジタルで取り扱いたい(例:iPodで聴きたい)ユーザがこれまでに抱いていた最大の懸念は「少数の違法ユーザのせいで真面目なユーザまで規制される」という不公平感と「オンラインで配信される楽曲はバックアップが取れない(もしくはかなり制限される)」という使い勝手の悪さだったと思う。前者はもちろんCCCDに対する直感的な反発であり、後者はこれまでに幾つも存在していた大手レコード会社主導の音楽配信サービスに対する不満である。CCCDは論外としても、これまでに登場した音楽配信サービスは「こんなシステムで商売ができると本気で思っているのか?」とその見識を疑ってしまうような腐ったものばかりで、これまでに「試しに使ってみよう」なんて気持ちには一度もならなかった。そもそも、それらのコンテンツ・リストには僕の欲しいコンテンツは含まれてなかったので、僕には「誰も本気で音楽配信なんかやろうとしてないんだな」という風に見えていたのだ。

 結局、Appleがこの新しいサービスが実現できたのは「iPod人気 -> iTunesの普及」という流れによって専用のクライアント・ソフト(iTunes)を使わせることに成功したってのが大きいだろう。専用ソフトを経由させて目的に特化させることで「簡単に購入」とか「著作権の保護」とか「バックアップ可能」が初めて実現できたのだと思う。単純なWeb経由じゃこうは行かないのだ。それをやろうとしたのが、制限だらけで使い勝手の悪いこれまでのシステムだったとも言える。課金方法や著作権の事を考えればどうしても制限は出てしまうのだが、それをどうやってシステムに組み込むかというアプローチ方法が違うのだ。時として「これしかできない」は「なんでもできる」を上回る場合があるってことね。

 取りあえず、誰にも(レコード会社にも)文句を言われることなく音楽コンテンツをデジタルで(まともに)取り扱うことが可能なルートが制定されたのは喜ばしいことだ。問題は日本でのサービス提供が(今のところ)未定ってことである。新譜はどうでも良いから、少なくとも旧譜が簡単に入手できるようなルートだけでもキチンと整備して欲しいと切に願う。

1607/28/04/2003
 治りかけてると思ったら、そうでも無いみたい・・・中途半端な状態が続く。

 連休明けに某顧客向けの導入作業があるので、その準備と言うか調整なんかで、休日そっちのけで上司や担当者などと連絡のやりとりをしなくちゃならない。洗顔してるときに電話、窓を拭いているときに電話、これじゃちっとも心が休まらないよ。逆に神経がピリピリしちゃって、これなら出社してた方がマシだったかもね。はぁ。

1606/27/04/2003
 ずーっと眠りこけてたので頭がボーッとしている。こうなると風邪なのか何なのか分からん状態ではある。ホントはクスリとかで変に症状を押さえるんじゃなくて、しっかりと風邪をひきたかったのだが、今回も対処療法って事になっちゃいそうだ。風邪薬だろうが何だろうが、ドラッグを体に入れるってのに抵抗があるんだよねえ。こんなことを繰り返してたら、いつかきっと大きなしっぺ返しを食らうと思うのだが・・・。

 熱でボーッとした頭のまま、DVD「ザ・ビートルズ アンソロジー7&8」を観る。「マジカル・ミステリー・ツアー」とか映画「レット・イット・ビー」の絡みで、比較的に映像が残っている方ではあるのだが、まともな演奏シーンはやっぱり少ないのであった。テレビに出ない、ライブをしない、そもそも4人揃っての活動が少ない時期なのだから、当たり前っちゃー当たり前なのである。

 そんな中でも後期ビートルズのライブ映像で突出しているのはプロモの「レボリューション」と、アップル社屋上でのいわゆる「ルーフ・トップ・コンサート」だ。

 「レボリューション」については発表されたシングル、アルバムを含めても、このライブ・テイクこそが最も迫力があって一番カッコ良い。レコードには無いポールとジョージのコーラス(パッ!シュワッ!)が好きなんだけどねえ・・・どうしてレコードではカットされちゃったんだろう。

 屋上ライブは、誰がなんと言おうとビートルズ史上、最も素晴らしいライブ演奏だったと勝手に断言する。確かに演奏自体には荒い部分もあるし、メンバーの関係も微妙な時期ではあるのだが、そんな諸々の事情を吹き飛ばすに十分な「ライブならではの楽しさ」がガンガンに伝わってくる。なによりも、メンバー本人が演奏を楽しんでいる雰囲気がとても感じられるのだ。この姿を見るに付け、解散直前にポールが「原点に返ろう、コンサートをやろう」と提案したのは、方向性としては間違っていなかったのだと思う。ただ、そのタイミングが悪かった、遅すぎた、ってのはあるのだろうけどね。

 どんなに近い存在でも、そのときのタイミングによって意思の疎通が上手くできなくなるってことはあるのだ。存在が近ければ近いほど、上手く伝わらない時のストレスと言うか失望感みたいなものは大きくなる。もうこれは仕方の無いことだろう。誰のせいでもない。そういう運命だったのだ。ビートルズからの脱退を最初に公に表明したのは、ビートルズの解散を最後まで食い止めようとしていたポールであり、ポール脱退の報を聞いて一番激怒したのは、メンバーに対して最初に脱退の意思を表明したジョンだったのだ。そういうもんである。

1605/25/04/2003
 やっと終わった。なんとか乗り切ったぞ。さあ、これからゆっくりと風邪をひこう。たっぷりと寝込もう。安心して病人になろう。おやすみなさい。
1604/24/04/2003
 ガッカリ(その1)。某外資系企業へ打ち合わせへ。最も規模が小さくて、最も効率的な仕様提案をしたつもりだったのだが、想定外(且つ致命的)な別の用件があることを現場で聞かされあえなく撃沈。ものすご〜く面倒(且つ危うい)な仕様になってしまった。ガーン。

 ガッカリ(その2)。その後、ウチの会社と提携している某ソフトハウスへ。明らかに挙動の怪しいソフトウェアの動きに対して、こちらは「そういう仕様だったから」、あちらは「これは折り込み済みのはず」という見解。参加者は開発者のみだったので、場の雰囲気は和やかムードだったのだが、今後の営業サイドでの攻防(要はお金の話ね)でスッタモンダするのは想像に難くない。はぁ。

 ガッカリ(その3)。昨日の電子書籍端末「ΣBook」。最大の課題であるコンテンツについては、取りあえず10DaysBookの物が適用される模様。あれ?、この電子書籍って文字コード・ベースの表示を諦めた「丸ごと画像にしちゃえ!」仕様だったはず・・・ってことは単純なテキスト・ファイルの表示はできない可能性が高い。PDFなんか絶対に無理っぽい。つまり「予め決められた本屋」でしか買えない「予め決められた本」しか読めないってことだ。こりゃダメだわ。おまけに端末の販売価格は3万円!。ガーン。

 ガッカリ(その4)。新しいsigmarion。ダサい。ダサ過ぎる。どうすればこんなにダサく作れるのだ?。今となっては貴重なキーボード付き端末なのに・・・ドコモの端末なんか死んでも購入しないつもりなのだが、実はほんのちょっとだけ期待していた僕がバカだった。ガーン。

 ガッカリ(その5)。大型連休のうち、いくつかは出社することが決定。ガーン。

1603/23/04/2003
 風邪モード継続中。

 「撮影横行、カメラ付き携帯に悩む美術館」。何でもそうなのだが、手軽にその事が「できる」っていう状態と「やって良い」という状況が混同されがちのように思う。こないだの出張の時、飛行機の中で携帯メールを平気でやってるイケイケ女がいて、スチュワーデスさんに注意されてたっけ。映画館でもコンサート会場でも、あれほど口酸っぱく「携帯の電源をお切り下さい」と通知しているのに、一向に着信音が無くならないのは何故なんだろう?。根本的に何かが欠けてるような気がする。個人的には「できる」と「やって良い」を区別できない人は速攻で摘み出して欲しいと思う。

 松下、今秋から電子書籍事業に参入。ついに来たか!という感じ。この記事だけを見ると、以前に僕がコラム「電子書籍を考える」で期待した電子書籍の形(専用端末+電子キオスク)に近いような気もしないでも無い。技術的なハードルはそんなに高くないはずなんで、あとはやっぱりコンテンツの充実が命だろうね。データのフォーマットは?、値段は?、ダウンロード方法は?、など疑問は尽きないのではあるが、一番気になるのは専用端末の名称「シグマブック」か。まさかこのプロジェクトって「シグマ計画」とか言わないよね?。縁起悪いなあ(苦笑)。

 ロンドンの夜(from 国際宇宙ステーション)。夜の地球を宇宙から眺めると、都市の明かりとか山火事とかがちゃんと確認できるんだよね。つい最近まで、夜の地球を捉えた写真ってのは極々限られたものしか存在しなかった。それは、人工衛星などの多くは太陽電池で駆動しているからだ。夜の部分を飛行できないんだから、夜の写真が撮れないのは当たり前。気象衛星も偵察衛星も昼の地球が撮影できれば良いので、別に困らなかったと言う訳だ。この光の中に何百万、何千万のも人々が存在すると思うと、ちょっとロマンチックな気分になるねえ。そんな宇宙の片隅に、小さく生きている僕の存在ってのも、気が遠くなるぐらいにチッポケなんだなあと思う。ちなみにAstronomy Picture of the Dayは日替わりで宇宙の写真が拝めます。

 連休までもうチョイだ。あと2日、なんとか乗り切らねば・・・。

1602/22/04/2003
 蛙をジーッと見ていたら、風邪をひいてしまいました。なのでもう寝ます。おやすみなさい。
1601/19/04/2003
 充電中。動けません。動きません。

 昨日の出張の移動中にSIGHTを熟読。今月号は手塚治虫の特集。「何故、手塚治虫はアトムが嫌いだったのか?」をメインテーマに渋谷陽一氏による本人インタビュー(1984年)を初め、押井守、江口寿史、山本直樹、小松左京らの証言を元に、手塚氏の本質を再検証するという内容であった。

 アトムの誕生日を迎えた事もあり、再評価の機運が高まっている今日この頃だが、必要以上に繰り返される「愛と平和のヒューマニスト」的な手塚氏の持ち上げられ方に違和感を感じている人も多いはずだ。貴重な本人インタビュー(手塚氏は自分自身を語るのが嫌いだったらしい)では、ヒューマニストとして語られる状況に明らかな違和感を訴えているのが興味深い。巨人でありながら、かなりアナーキーな人なのよねえ。

 渋谷陽一氏がジョン・レノンを例に出して手塚治虫を語っているところにも妙に納得。もちろんキーワードは「愛と平和」。それも、誤解されたマス・イメージによる偶像化という視点でのものだ。世間的に都合の良い部分だけが勝手にクローズ・アップされてしまい、その呪縛との戦いが活動のモチベーションにもなっていた(のであろう)、という解釈が様々な視点から検証されていて、なかなか読み応えがある。宮崎駿氏との比較(全部自分でやらなきゃ気が済まないタイプ)も面白い。

 昔、TBSの「テレビ探偵団」に手塚氏がゲスト出演した際、「僕は平和とかエコロジーとか全く考えていない。僕はロマンが好きなのだ」と明言していたことを思い出す。あまりにハッキリと言い切ったので、司会の三宅裕二らはポカーンとした表情を浮かべていたのだが、僕はこの言葉を聞いて「あぁ、そういうことか!」と妙に納得した記憶がある。そういうことなのである(笑)。ポピュラーな部分とトンがった部分が同居しているというある種の異常な状態、甘いチョコレートでコーティングされた劇薬、って感じが手塚氏の最大の魅力なのだと思う。

 つーことで、新作のTVアニメ「ASTRO BOY 鉄腕アトム」はきっと甘いチョコレートの部分だけなんだろうねえ。手塚氏は天国で何を思うのだろう・・・。

1600/18/04/2003
 広島へ出張。同行する営業さんは前日からの別件で先に広島入りしていたので、当日は現地集合なのであった。つい数年前まで新幹線の乗車券、特急券、指定券の区別も付かなかった僕なのだが、ふと気が付くと都バスにでも乗るような感覚で飛行機を利用している自分がいたりする。なんつーの、地方への移動をも10分単位でスケジューリングするようになったと言うか、移動距離に対する感覚が麻痺してきたと言うか・・・慣れとは恐ろしい。CMなんかで「日本中を分単位で飛び回る有能ビジネスマン」みたいな描かれ方を良く見かけるけれど、要は手続きと移動距離が違うだけ。移動時間がかかる分、内容は薄いのねん。な〜んだ。

 状況によっては一泊の可能性もあったのだが、なんとか最終便で東京へ。ところが、某顧客への導入時にトラブル発生との緊急の連絡があり、そのまま会社へトンボ返りと相成る。

 今期に入ってトラブルが相次いでいるのだが、その発生元はいつも同じ部分。僕の担当分では無いので、戻ったところでどうしようもないのだけれど(実際、戻ってこいという指示も無かったし)、開発メンバーの一員として、状況を見届けない訳には行かなかった。つーか、このまま帰っても心配でゆっくり眠れないっつーのね。

 会社に戻って深夜の緊急ミーティング。トラブルの状況は非常に切迫していて、商談自体が丸ごと吹っ飛ぶ可能性も高かったのだが、極限ギリギリの交渉の末になんとか首の皮一枚で繋がった。普通なら絶対にあり得ない超ウルトラC的な着地点であった。これで一安心・・・では決して無いのだが、まだ辛うじて火は消えていないという感じ。ギリギリの状況であることは変わりはない。さて、どうする?。

 ここ最近、開発サイドと営業サイドの中間地点に立たされることが多くて、どっちの立場も理解できる僕としては、精神的にも肉体的にもかなり辛い状況ではある。頑張ってない奴なんか一人もいないんだけど、それでも上手く行かない事だってあるんだよね。もうこれは仕方ない。あとは可能な範囲の中でベストを尽くしていくしかないのだ。なんとかしましょ。

 長い一日だった。電池切れ。はぁ。

1599/16/04/2003
 会社の歓送迎会に出席。歓迎するのは近所の部門から移動になった3名の強力なメンバー。ここの部署に欠けていた分野をカバーするような人選で、ウチの会社では珍しい「ちゃんと目的が見える」配置転換ではあると思う。うまく相互作用できれば面白くなるかもね。ちょっと楽しみ。

 送迎するのは僕の可愛い妹分(と僕は勝手に思っている)である後輩。彼女とは彼女の新人研修(僕=講師)の頃からの付き合いだから、もう何年になるのだろう。寿退社ということで、それはもう両手離しで嬉しいことなのだが、寂しいと言うか何と言うか、一言では言い表せないような感じでもある。振り返ってみれば、ずーっとお世話になりっぱなしだったような気がする。ちょっと思い返しただけでも、いろんな記憶が蘇って来るもんね。

 その昔、自分の仕事に疑問を感じて腐っていた時期があったのだが、そのときに彼女から貰った言葉は今でも心の中にしっかりと刻み込まれている。もう本人は覚えていないかも知れないけれど、僕にとってはズシンと重みのある、心を打つ言葉だったのだ。まだまだ未熟者ではあるんだけれど、それでも今の僕が何とか形になっているのは、その言葉に応えていきたい、恥ずかしい姿は見せられない、という思いがあったからだ。あれは僕にとって大きな転機だったと思う。感謝。

 なんだかうまく言葉にならないのだが、とにかく彼女には幸せになって欲しいと心から思う。きっと本当に妹がいたとしたら、こんな気持ちになるんだろうね。いつまでも元気で、いつまでもお幸せに。ありがとう。

1598/15/04/2003
 相変わらずデジカメを物色中。現在までの候補は以下の4機種。  キーワードは「小さい」「マクロ撮影」「それなりの機能」「Macでも使える」の3つ。派手な使い方はしないと思うんだけど、常に持ち歩けるような軽快なカメラが欲しいのだ。個人的にはCyber-shotが頭一つリードしていたのだが、USB経由で充電できないのが最大の欠点。そんな中、カードサイズ・デジカメを追求するCASIOが光学3倍ズーム付きを投入してきた。う〜む、悩み所。それにしても、なんでデジカメのボディは銀色が多いの?

 SONYと言えば、こないだ新しいCLIEを実際に触ってきたのだが、これが信じられないぐらいにゴツイかった。重いデカイは当たり前。フタを開けようとするだけでも「ヨッコイショ」って感じなのだ。確かに機能は凄いんだけどPDAとしての機動性はかなり乏しいねえ。これをカバンに入れて持ち歩こうとは思わないよ。Palm互換機だってことをまるで感じさせない(苦笑)。何がやりたいんだろう?。

 ついでにSony Ericssonの新しい携帯電話A1301Sも見てきた。ソニエリ携帯にカメラが付くのをずーっと待っていたのだが、結論から言えば僕はこの機種への乗り換えはしないことにした。機能的なバランスはまあまあなのだが、とにかく持った感じがやたらと安っぽいのだ。どこをどうすればこんなにチープな感じになるのだろう。ボディも中途半端に太っちょ。何がやりたいんだろう?。

1597/14/04/2003
 AppleがUniversal Musicを買収?。ホントだったらスゲー話だが、俄には信じがたい噂ではある。IT企業とメディア企業の合併(買収)ってのは一時期「夢の共演」的に脚光を浴びたのだが、結局は「合併してみました・・・それで?」って感じになっちゃうのよねえ。そんな中、弱小パソコン・メーカーのAppleに勝算があるとはやっぱり思えない。まあ確かに「誰か沈滞する音楽デジタル配信に風穴をあけてくれ!」とは思うけどね。

 以下、巨大メディア・グループに関するメモ。

  • AOL Time Warner:America Online(internet), Time(book), People(book), Fortune(book), New Line Cinema(movie), Cartoon Network(tv), CNN(tv), Warner Bros(movie), Warner Music(music), The Atlantic Recording(music), Elektra(music)
  • Disney: ESPN(tv), ABC(tv), Disney Channel(tv), infoseek(internet), Miramax(movie), Touch Stone(movie), MGM(movie), Disney Land(park)
  • VIACOM:CBS(tv), MTV(tv), Block Buster(video), Paramaunt(movie)
  • News Corporation:20th Century Fox(movie), Fox Television(tv), Sun(paper)
  • Vivendi Universal:Universal(movie), Universal Music(music), Porygram(music), MCA(music), Geffen(music), A&M(music), Motown(music), Polydor(music),Universal Studios(park), MP3.com(internet)
1596/13/04/2003
 髪切った。あんまり気にしていなかったのだが、前回髪を切ったのは1月だったらしい。そりゃウザったく感じる訳だよ。スッキリサッパリ。

 引き続きDVD「ザ・ビートルズ アンソロジー5&6」を観る。伝説のシェア・スタジアム以降、ビートルズのサウンドは少しずつ変化を見せ始める。次第にアーチスティックになるビートルと、相変わらずアイドルであることを求められる状況のギャップに苦しむ日々。

 東京公演は丁度この頃なのだが、こうやって見るとあの時点でのビートルズがアイドル的にコンサートを演っていること自体、とてもチグハグな状況だったのが分かる。結果的に、世界的にも貴重な「カラー映像によるステージの記録」にはなったのだが、その演奏は覇気がなく、なおざりな感じではある。ちなみに未だビデオ化されていない7月1日(昼の公演)の様子が収録されている。

 本DVDの目玉は悪夢のフィリピン公演の映像か。残念ながら音声は収録されていないが、小さいステージの回りに群がる20万人もの観客の姿はかなり異様である。メンバーの全員がフィリピンでの出来事をボロクソに言っているのが可笑しい。

 そして1966年8月29日、サンフランシスコのキャンドルスティック・パークでのライブが最後となり、音楽的なフラストレーションが溜まっていたビートルズはスタジオ・ワークにのめり込むことになる。 その結果、アルバム「ラバー・ソウル」や「リボルバー」が生み出される訳なのだが、問題はこの頃の映像が殆ど残されていないことだ。インタビューやイメージ映像でやっと繋いでいるという感じ。無い物は無いのよねえ。

 そしていよいよサージェント・ペパーに突入。「Strawberry Fields Forever 」や「Penny Lane」の公式プロモはあるものの、実はこの辺りも映像はあんまり無いのであった。Strawberryプロモのメイキング映像には仰天したけどね。最後はメンバー全員でのプライベートなギリシャ旅行の映像がたっぷりと堪能できる。もちろん初公開映像。島をひとつ買い取る計画だったとか・・・。さあ、いよいよ映像ソースが無くなってきたぞぉ(笑)。

1595/12/04/2003
 DVD「ザ・ビートルズ アンソロジー3&4」を観る。アメリカ上陸以後の世界的なビートルズ旋風とワールド・ツアーについてのドキュメントである。恐らく世界初公開であろう香港公演の模様など、初期ビートルズのステージの模様がこれでもかという程に堪能できる。「こんなにあったのねえ」という思いと同時に、ビートルズなんだから何かしら映像を記録するのは当たり前だよな、って思いと、じゃあ何で今まで公開されなかったんだろう、という思いが複雑に絡み合う。たぶん版権の問題なのであろう(ビートルズの映像は世界的にも例が無い程にテレビでの放映が厳重に管理されている)。メルボルン公演なんて信じがたい程に映像も音もクオリティーが高い。あるところにはあるんじゃん!ってのが率直な感想。

 米国初公演のワシントンでのステージは、初期ビートルズの映像の中でも比較的メジャーなものである。テレビなどで特集が組まれる場合なんかには、必ずと言って良いほどワシントン公演の映像がフューチャーされるくらいだ。しかしそこはアンソロジー、ただでは転ばない。このDVDでは少なくとも4つのソースから映像が編集されている。

  1. 公式の映像(これがもっとも有名)
  2. ビートルズ側による記録映像(The First U.S. Visitからの抜粋)
  3. 観客が収録したと思われる8mm映像(カラー!)
  4. 公式の映像(別バージョン?)
 3.は8mm(たぶん)って事もあり、映像はかなり荒いのだが、この時代は他の公演も含めてカラー映像は全く残されていないので、その貴重度はかなり高い。問題は4.だ。明らかに1.とソースは同じなのだが、映像のシャープネスと言うか光の加減と言うか、これまでに観てきたものとは比べ物にならない極上のクオリティーである。公演直前のインタビューでジョージが「好きな食べ物はジェリー・ビーンズ」と答えてしまったがために、ステージではジェリー・ビーンズがバンバン投げ込まれるというハプニングがあったのだが、この映像では空中を飛ぶジェリー・ビーンズがはっきりと確認できる(笑)。このソースだったら単独でビデオ化(DVD化)されても良いんじゃないかしら。ビートルズ本人もかなりノリノリだしねえ。
1594/11/04/2003
 トラブルの内、幾つかについては当面の回避策が見付かった。ちょっとだけ光が見えてきたか?

 トラブル対応と並行して新製品の企画会議。これまでに話し合ってきた製品の概要から、具体的なモジュール仕様を煮詰める・・・はずだったのだが、ここに来て技術的にクリアできない問題が発覚。うそ〜ん!(涙)。想定される全シーケンスに穴が無いかを考慮し、穴がある場合にはその正当な理由と問題を回避する代替案を出さなければならない。また、今後の拡張性についても盛り込んだ内容にする必要もある。これら全てを考慮した仕様を策定する場合、そのベースとなる部分の仕様が全ての基準となる。

下位モジュールの小さな仕様変更ってのは、その基準が変わってしまうということだ。変更になる部分は小さくても、それを元に構築される上位モジュールにとっては大きな仕様変更なのだ。製品のコンセプトすら左右しかねない大きな動き。「この時点で判明したんだからまだ良かったじゃない」ってのは確かにそうなのだが、既にここに至るまでに膨大な思考時間を投入してるんだよねえ。まあ、仕方ないことなんだが・・・また最初から練り直すとするか。とほほ。

 午後になって突然「定時以降に緊急会議を開く」と上司から通達。先日の会議で当人が提示した企画が事実上拒否されたことが気に入らなかったらしく、それを覆すための意見主張をしたかったらしい。この上司の異議申し立てっぽい主張はいつもの事なので「あぁ、また始まったよ〜っ」ってな感じではあるのだが、更にその上の上司は「新たな材料が出ない限り、会議の必要は無い」と譲らず、その間に立たされた開発メンバーは、打ち合わせをやるのかやらないのかの間でずーっと待ち状態となる。結局、21:30まで待たされて、やっと会議の中止が決定されたのであった。意見は人それぞれであり、それを主張するのは一向に構わないのだが、必要も無いのに他人を拘束するような愚行は謹んで貰いたい。自由人にも程があるってね。

1593/10/04/2003
 今期に入ってから、なぜか急にトラブル報告が相次いでいる。僕の担当分じゃないので直接的な負担は少ないのだが、開発メンバーの一員としてはやはり気が重い。担当者のプレッシャーは物凄いだろうなあ。なんとも。

 んで僕の方は新製品の企画と言うか、事実上の設計段階。具体的に設計してみて初めて分かる仕様漏れやら矛盾点なんかが次々と露呈してくる。この段階でもやはり斬新なアイデアが必要となってくるのだが、問題をひとつ解決すると次の問題が・・・的な悲しいスパイラルになりつつある。こっちも気が重い。つーか、なんで僕が設計してるんだろう・・・。なんとも。

 マイケル・ムーア著「アホでマヌケなアメリカ白人」を読了。この著者は映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」でオスカーを受賞した監督でもある。プロフィールによると、アメリアではそれなりに有名なTVプロデューサー兼映画監督で、風刺と笑いを武器にした反骨ジャーナリスト(笑)との記載もある。内容はギャグ満載のブッシュ批判なのだが、それなりに説得力のあるデータも多数盛り込まれていて、なかなか面白かった。要は「金持ちのところに金は集まり、貧乏人は相も変わらず貧乏」的な世の中の矛盾を追求しているのだが、その矛盾がかなりどうしようもないところまで来ちゃってるんじゃないの?ってことだ。国レベルの大企業病みたいなやつね。それは正にその通りだとは思うんだけれど、だからどうしろっていうの?という思いもある。真面目にやってる人間がバカを見る世の中なのは百も承知。個人的にはそういうバカでも構わないと思ってるしね。でも、ムーア氏の持つエネルギーみたいなものは買ってあげたい気もする。例のオスカー授賞式での歴史的なスピーチもエネルギッシュだったしね。なかなかオモロイ人だ。

1592/09/04/2003
 DVD「ザ・ビートルズ アンソロジー1&2」を観る(やっとだ!)。各メンバーの誕生(!)からアメリカ上陸までの記録である。全編を通して言えることだが、(1)見たことの無い映像が盛りだくさん、(2)見慣れた映像は品質が大幅に向上している、ってのがアンソロジーの基本方針。面白いのはビートルズが影響を受けた音楽についても、そのアーチストの映像を収録していることだ。エルビスやバディー・ホリーなんかはもちろん、コースターズやシャドーズの動く映像なんて観たこと無かったもんなあ。こっちはこっちで面白かった。

 もう何度も書いているのだが、ビートルズはデビュー直後から既に完成されていたバンドだったんだなあ、と改めて思う。つーか、デビュー直前のライブハウスでの演奏も収録されているのだが、もうこの時点で完璧にビートルズが出来上がってるって感じなのだ。バンドとしてのスタイルと言い換えても良いかも知れない。もちろん時代を追うごとに成長しては行くのだが、そのベーシックな部分は固まっていたのだ。リバプール時代からハンブルグ巡業、そしてデビューまで。どういう過程を経てバンドとしてのスタイルが固まっていったかが分かって興味深い。

 この時代の最も重要なキーワードは「ライブバンド」としてのビートルズの存在だ。今回、改めて認識したのはギタリストとしてのジョージの力量である。ギター・プレイヤーとしてのジョージの存在は軽視されがちなのだが、スウェーデンのTV番組「ドロップ・イン」での演奏などではドライブ感溢れるギター・プレイを披露している。これが、めちゃカッコ良いのだ!。以前、キース・リチャーズがインタビューで「俺のギター・ヒーローはジョージ・ハリスンだった」と語っていたのを聞いた時には「ん?」だったのだが、当時の映像を観て若い頃のキースがジョージに憧れた気持ちが少し理解できたような気がした。

 当時の映像を振り返りながらメンバー達がそれぞれの思いでを語る、という構成なのだが、その内容はこれまでに公になっているエピソードが殆どで、正直あまり珍しくはない。やっぱ目玉は映像なのだ。当時のビートルズがどういう存在で、どういう捉えられ方をしていて、どのぐらいインパクトがあったのか。どんな文献やインタビューや音源よりも、実際の映像が持つ説得力には敵わない。一目瞭然とはこの事だね。いや〜2時間半があっと言う間だったよ(笑)。

 DVD残りあと4枚。まだまだ先は長そうだ・・・。

1591/08/04/2003
 一日中ずーっと眠いって日はたまにあるのだが、一日中ずーっと頭が痛いという日は僕の中では珍しかったりする。風邪じゃないみたいなんだけどねえ・・・基本的にあんまり頭痛にならない人なので、対処法が良く分からないのだ。あぁぁぁ。

 新製品の企画会議。いよいよと言うかやっぱりと言うか、企画段階のストーリーが一人歩きをして、関係者の間で認識の差異が出始めている。どうしてこの機能は最初のリリースで入らないんだ!とか、この仕様でOKって誰が決めたんだ!とか、Windows NTは対応しないなんて聞いてない!、とか。悪いけど、その機能が入るなんで一言も言ってないし、仕様のOKは正式な打ち合わせの席で出たものだし、これまでの説明資料にはNTのNの字すら記載されていない。グランドデザインを検討している最中なので、各人が頭の中でイメージしている完成型はそれぞれ微妙に異なってくるのは、ある意味では仕方ないことだ。僕の中にも僕のイメージする完成型があるものね。「俺はそんなこと聞いてない!」って息を荒げてる人もいるのだが、そりゃそうさ、あなたは検討チームのメンバーじゃないし、優れたアイデアを出している訳でも無いし、そもそもあなたの頭の中にあるイメージは完全にピンボケなのだから。まあ良い。そういう雑音を全部無視して、グウの音も出ないような完璧なバランスを持った仕様を作ってやるだけだ。今までもそうやってきたしね。たまにはこっちが驚くような斬新なアイデアを持ってこいってば。

 この世の中はアホな冗談みたいだ、と言い切る君の存在が冗談みたいだよ。そういう発想は中学生ぐらいで卒業してこいってば。「できるけどやらない」ってのと「できない」ってのは全然違うんだぜ。空気が読めない奴は、無意味に声がでかい奴よりも質が悪い。

 あぁ、頭が痛い(肉体的にも)。

1590/07/04/2003
 (誤)STIX
 (正)STYX

 「ロボット」という言葉に切なさみたいなものを感じてしまうのは何故だろう。この言葉はチェコの作家、カレル・チャペックが1920年に著した戯曲「R.U.R」に登場したのがその始まり。チェコ語で労働を表すrobotaを捩って考え出したのであった。人間の代わりに過酷な労働を強いられたロボット達は一斉に反乱を起こして人類を抹殺してしまう。ついにはロボット生産技術を知る人間までが絶滅し、残されたロボットたちは自分たちの寿命がついえるのを待つだけであった・・・ってのが「R.U.R」の大ざっぱなあらすじ。「ロボット」は誕生した直後から特有の切なさが含まれていたのだ。

 2001年宇宙の旅。コンピュータのHAL9000は木星探査が無事に遂行されるようインプットされていた。HALの不調に気が付いた乗組員はコンピュータの機能を停止させようとするが、任務の遂行を優先したHALは飛行士を宇宙の闇に葬り去ってしまう。世界初の「ロボットによる殺人」であった。

 鉄腕アトム。天馬博士は自動車事故で死んでしまった息子「飛雄(トビオ)」に似せてロボット「トビオ」を作り上げる。身近において教育し、人間らしさを学習させるが、 何年経ってもトビオロボットが成長しないことにやがて苛立ち 「本物の飛雄と違う!」とロボットをサーカス団に売り渡してしまう。この「トビオ」ロボットが鉄腕アトムである。

 スピルバーグ世紀の大駄作「A.I.」。人間の子供の代わりになると思った子供型ロボットが、 実際には人間と違うことに幻滅され、森の奥へ捨てられる・・・現代版のピノキオとも言われるが、ロボットという側面で見れば正にアトムそのものだ。いや、アトムと言うよりも、ロボットという概念が誕生してから今日まで脈々と受け継がれてきている、ロボットが生まれながらにして持ちうる「切なさ」そのものである。

 昔、アーサー・C・クラークが「いつか、ロボットが人類に反乱する日が来ると思いますか」との問いにこう答えた。「そんなことはおこらないでしょう。万が一、人類とロボットが戦争を始めるとしたら、どちらが先にけしかけるか、私には分かっています」。今日はアトムの誕生日である。

1589/06/04/2003
 高校時代の友人が来訪。Bamboo Gardenの次の企画を練る。最初に提案した「ライトセーバを作ろう!」という企画は諸事情により却下。その後、いろいろとネタを模索する日々が続いていたのだが、ある日こんなサイトを発見!。楽器・・・とまでは行かないが「電気で音を出す」というコンセプトはどうだろうか?。このアイデアが閃いた時、真っ先に僕の頭に浮かんだのはテルミンである。よし、テルミンを作ろう!・・・ところが相棒のハード屋の食い付きは今ひとつ。こちらが予測していたよりもテルミンの製作は難しいらしい。面白そうだったんだけどねえ(苦笑)。

 しかし、コンセプト的にはこれがひとつの取っ掛かりとなった。次に思い付いたのがボコーダーを作るという案。YMOのTechnopolis(トキオ!)、STIXのMr.Robot(ドモアリガトミスターロボット!)などでロボット的な声を作るアレだ。ボコーダーの仕組みに関する情報を求めてWeb上をあちこち彷徨い、なんとかできるんじゃないの?という結論に達した。

次の企画は「ボコーダーを作ろう」に大決定!。

 具体的にどう進めていくかは今後の検討課題だが、つい先日にKORGが発表したmicro KORGを彷彿とさせるような物にしたい。「マイク付き」ってところがミソ(笑)。個人的にはかなり乗り気である。わははははは。

1588/05/04/2003
 せっかくの休日なのに、すっかり眠りこけてしまった。なんだか知らんが、放っておくといつまででも眠ってしまうんだよねえ。普通だと「いつもの習慣で朝7:00に目が覚めてしまうんだよ」みたいな感じになるんじゃないかと思うんだけど、そういうのは全然無いなあ(苦笑)。そんなに疲れてるって訳でも無いはずなんだけど・・・

 2003年4月7日ってのは鉄腕アトムの誕生日なんだけど、それに合わせるようにTVアニメ「ASTRO BOY 鉄腕アトム」の放映が開始される。寝起きにテレビを付けたら宣伝番組をやっていて、何となく観てしまったのだが、その中で「今度のアトムは世界標準です!」って事を妙に力説していた。世界標準って何?と思ったのだが、要は

  • アトムは人間(悪者)を攻撃しない
  • アトムはロボットとしか戦わない
  • 人が死ぬシーンは含まない
  • 飲酒のシーンは含まない
  • 喫煙のシーンは含まない
ってことのようだ。本シリーズはアメリカでの放映が既に決定していて、あっち方面の様々な規制にクリアしていますよ、ってことが言いたかったらしい。あと、明言はされていなかったが、どうやらお尻から出る機関銃も本シリーズの設定からは除外されている模様。アトムのキュートな側面を象徴、且つ攻撃力の要でもある「おしりからマシンガン」が登場しないってのは、ちと寂しい。それにしても、なんでダメだったんだろう。セクシーだからか?(苦笑)。この手の規制ウンウンに関しては今更どうこう思わないけど、作品の雰囲気が変わってしまうのは必至だろうねえ。手塚氏はどう思うんだろう。
1587/03/04/2003
 桜は今日辺りが見頃ではないかと。

 またまた会議漬けの一日。新製品の機能を実装するためのアイデアをいろいろと考えている日々なのだが、同じ目的を達成するためでもアプローチの仕方には多種多様なバリエーションがある。ユーザが望むのは「こういうことをしたい」という漠然としたイメージであることが多いので、それを実現するために必要な「最小限の工数」で「最大限の効果」をもたらす実装方法を慎重に選ばなければならない。選択の基準となる要素もたくさんある。シンプルであること、使いやすいこと、安定して動作すること、レスポンスが速いこと、メンテナンスが容易であること、拡張性に富んでいること・・・などなどなど。まじめに実装すると膨大な労力が必要となる機能でも、ちょっとしたアイデアであっさりと実現できてしまう場合もある。逆に大したこと無い機能でも、いざ実装してみるとエラく複雑化してしまう場合もある。そうやってあらゆるパターンを吟味し、絶妙のバランスのところに着地するってのが、ソフト開発で最も難しいことであり、最も達成感を味わえる部分でもある。

 それにしても、ずーっと何かを考え続けてる状態ってのは、なんと体力を消耗することか。いろいろ考えなければらないことがいっぱいあるのだが、あり過ぎて少しずつ忘れてような気がする。忘却の彼方に去ってしまった事が重要な事でないことを祈るのみ(苦笑)。

1586/02/04/2003
 今日もまた新製品の為の企画会議。営業さんなど多くの関係者も出席し、これまでに検討してきた企画の概要を説明することと相成った。人数が多い会議の難点は議事内容の意識合わせが難しくなることだ。いや、ほとんどの人は打ち合わせの礼儀と言うか暗黙のルールみたいなものを持ち合わせているのだが、そうでない人間が一人でも潜り込んでいると、会議なんてものはあっと言う間に紛糾してしまう。人の話を聞かない、論点を理解していない、その場で話すべきで無いことを平気な顔をして話す、激しい思いこみ、根本的に口のきき方を知らない、ディベート気取り・・・なんかもうウンザリである。

 そんなウンザリさせられる対象が一人ならまだなんとか軌道修正のしようもあるのだが、たまたま二人揃っちゃった場合なんかには、延々と己の主張を垂れ流し続けて白熱した議論「っぽさ」に自己陶酔していたりする。そして、そういう論議はほぼ間違いなく見当違いの内容であり、何の結論も導き出されず、無駄な時間が費やされるだけで終わるのだ。

 そんな中でも、こちらのイメージしていることを出席者の全員に正確に伝えなければならない。この作業は困難を極める。正直、プレッシャーさえ感じる(汗)。ところがそんなことはお構いなしに、助けにならない助け船を勝手に出してきたりして、もう勘弁してくれって感じ。「要するに・・・」という出だしで始まる意見主張がまるで要されてないってことにどうして気が付かないんだろう?。不思議で仕方ない。

 何にも知らないクセして偉そうなことを言うな!ってのは単なる傲慢なんだろうけど、少なくとも自分の主張を疑うスタンスを持てない人とは会話をしたくない。何のリスクも背負わず、批判ばかりして代案を出さない奴は喋るな!。そういうのを口だけ番長と言うのだよ。

 とても疲れる。ピリピリする。落ち着かない。あ〜あ、もう寝よ。

1585/01/04/2003
 今日から会社のフレックス制度が暫定的に廃止になった。なんでも、フレックス制度の乱用が目に余る状態になっていたらしく、会社としてはこのまま放っておけないと判断したらしい。「暫定的」ってのは、とりあえず2ヶ月の猶予期間を儲けて、その間に改善が見られない場合には本格的に廃止するって意味らしい。話の辻褄は合っている。いや、合っているように見えるだけだろう。個人的な推測はこうだ。実はフレックス制度の廃止は内々では既に決定事項なのだが、いきなり廃止にすると組合やら社員からそれ相応の反発があるはずだ。その対策として「猶予期間」という玉虫色の条件を提示し、結果がどうあれ「改善は見られなかった。よって廃止する」というお墨付きを得る、という計画なのであろう。

 これはあくまでも個人的な推測に過ぎないのだが、全くもって根拠が無いって訳でもない。今年の夏頃、経費節減の一環として会社の引っ越しを行うのだが、その候補地に関する社員アンケートが実施されたのは引っ越し先が内定した後であった。僕のところにまで「****に引っ越すことに決まったらしいよ」という話が回ってくる程に周知の事実になっていたにも係わらず、白々しく「社員アンケート」なのだ。どう考えても「社員の意見を募りましたよ」っていうアリバイ作りみたいなもんでしかないよねえ。事実、引っ越しの日取りまで決定された今日になっても、そのアンケートの結果は公表されていないし、もちろん引っ越し先は「****」のままである。

 で、フレックス廃止。風の噂でこんな話が聞こえてきている。昨今の不況の影響もあって会社の状態は必ずしも良くない、これでは株主に面目が立たない、目に見える形での改善策を発表したい、何か妙案は無いか?、だったらフレックス制度を廃止してはどうでしょう?・・・役員の一人によるパッと出の思い付きだったらしい。とにかく株主に説明するために「ココをこう変えました」ってお題目が必要だったのだろう。効果のあるなしは別にして、である。

 少なくとも僕の範疇ではフレックス制度によって顧客に迷惑をかけたことも、仕事に悪影響を及ぼしたことも無いと思っている。必要があれば出社時刻を自主的に早めているからだ。実際、出社時刻を早くしたところで退社時刻が早くなる訳が無く、結局あおりを食うのは現場の人間なのだ。何がしたいんだろう?。そもそもコアタイムが10:00〜15:00なんてフレックス制度にどれほどの意味があったのかさえ疑問。そんなのみんな10:00に出社するに決まってるじゃん!。どうせバブリーな時期に「今流行のフレックス制度を導入しましょう」ってな感じだったんだろうねえ。

 まあ、会社員でいるうちは会社の命令には従うつもりだけど、発想の貧困さというか時代遅れというか「如何にも大企業が考えそうな改革案」ってところに激しく幻滅する。大企業病ってやつかしら?。マジやばいって。

1584/31/03/2003
 注文していた品が遂に到着〜っ!。箱の中身はコレ。なにせDVD5枚組、11時間以上の超大作である。しばらくはビデオ屋に通うことも無かろうて。ボーナス・ディスクには再結成時のFAB3の姿が初めて収録されている。再結成時は3人での音楽製作に少し疑問を感じたりもしたけれど、今になって思えばあの時に集まっていて良かったのだと思う。もはやそれすら実現不可能になってしまったものね。デビュー曲が「Love Me Do」、ラストシングルが「Real Love」。Loveに始まってLoveで終わるのだ。
1583/30/03/2003
 「世界にひとつだけの花」(どこが反戦ソングなんだ?)。米Clear Channel Communications社による放送禁止曲リスト

 普段は古い音楽(60〜80年代)の音楽ばかりを聴いているのだが、それもこれもリアルタイムで接する音楽にピンと来る事があまり無いからだ。いつからか、巷に垂れ流される音楽はスタイリッシュ(死語?)な似非ソウル系、古くさいロック・フォーマットの焼き直しみたいなモノばかりになってしまった。少なくとも僕が感じる範囲ではクリエイティブな思想や音楽に対する愛情が注ぎ込まれている作品はめっきり少なくなったように思う。大量生産、大量消費、要は舌触りの良いだけの音楽、便利な道具としての音楽。

 かつてJourneyやTOTO、Bostonなどの音楽は「産業ロック」と呼ばれ、売れ線で内容の無い商業主義にどっぷり浸かった音楽と非難されたが、少なくともそこには工業製品として均整の取れた美しさ、音楽の性能みたいなモノを追求しようという志があったように思う。僕からすればThe Carpentersだって立派な産業ロックなのだ。もちろん良い意味で、である。なんか上手く説明できないけど、音楽に向き合う切羽詰まった感じがここ最近の音楽にはちっとも感じられないのだ。悲しい事に。

 しかしながら、最近のアーチストの作品の全部が全部そうだって訳でも無い。Buffalo Daughterは女性2人、男性1人の変則ユニット。ミニマルなリズムやムーグ・シンセなどのテクノポップ風なアプローチとパンクやプログレなどの雰囲気を良い具合にミックスさせたサウンドがとてもユニークである。とにかく音に対するアイデアが斬新で楽しいのだが、実はメロディアスでしっかりしたポップセンスも兼ね備えているという、なかなか侮れない実力派なのである。新作の"I"もなかなかの好盤。

 「東洋のテクノ・ゴッド」ことKEN ISHIIも同じフィールドにいる他のアートストとは一線を画したサウンドを出している。彼のサウンドを一言で表現するならとても静かで(しかしアンビエントとはまた違う)、シンプルで、そしてシュール感じなのだが、ここ数年は作品毎にサウンドのカラーを意図的に変化させていて、未だにエレクトロニック・ミュージックの探求を続けているようだ。90年代以降、テクノ(not テクノポップ)と称する音楽が大量に放出されたが、僕の琴線に触れたのはKEN ISHIIだけだったような気がする。たぶん知らないだけで他にもいるんだろうけど。

 Stock Hausen & Walkmanは某ラジオ番組でその存在を知り、即CDを買いに走ったという最近では希なグループである。言葉で表現するのは難しいのだが、実験音響に近いようなコラージュ・ミュージックとでも言えばよいだろうか。細野晴臣が即興で作っちゃったって感じ、もしくはサウンドは全然違うけどアプローチは暴力温泉芸者に近いのかも知れない。音楽の既成概念に縛られることなく、それでいて聴いていて楽しいサウンド(ノイズ)を発信し続けている(ようだ)。(ようだ)と書いたのは、国内で彼らの作品を入手するのはちょっと難しくて、未だに「Organ Transplants Vol. 2」しか保有できていないのである。困った。

1582/29/03/2003
 ゆっくりと眠るという目標は達成できたのだが、食事の方は・・・な土曜日。つーか、寝過ぎ。たっぷり寝て、ちょっと起きて、また寝て、の繰り返し。物凄くバリエーションに富んだ夢をたくさん見たような気がするのだが、残念なことに一つも覚えていないんだな、これが。夢が録画できる機械とかって作れないのかしら?

 という訳で貴重な休日の1日を棒に振ってしまったのだが、そもそも特に予定があった訳でも無いので、別にどうでも良いっちゃ良いのだ。問題は、今夜は絶対に眠れないだろうなと言うことだ。何して過ごすかな・・・

1581/28/03/2003
 再び機上の人。青森出張日帰りコースの巻き、である。東京の気温が16度、青森が2度。その差14度。冷蔵室と冷凍室ぐらいの温度差か?。顧客先にはタクシー移動なのだが、運転手さん(津軽弁)の喋り言葉が30%ぐらいしか理解できないのよねえ(苦笑)。運動量とか拘束時間はいつもとあまり変わらないのだけれど、気分的に移動距離分の疲労感を感じてしまうのはなぜだろうか?。

 気のせいか今週はあっと言う間に過ぎてしまったという感じ。充実していたと言うことかも知れないけれど、種蒔き(企画検討)とか後始末(障害対応)が多かったので、あまり達成感は無いなあ。明日はゆ〜っくりと眠って、ちゃんとした食事を取らなくちゃな。さ、寝よ寝よ。

1580/27/03/2003
 次期製品の企画検討が着々と進んでいる。小さいアイデアが少ずつまとまり始めていて、朧気ながらも完成型のイメージが見えてきたような気がする。製品開発の最も楽しい一場面であり、最も悩ましい時期でもある。あともう一ひねり欲しいんだけどなあ。ひらめけ、頭脳よ!(笑)。

 明日は再び北へ飛ぶ。もう雪は少なくなってきただろうか。もうすぐ3月も終わりだ。

1579/26/03/2003
 CCCDアンインストーラダウンロードのご案内。えっ、CCCDをパソコンで再生するだけでレジストリがいじられちゃうのか?。なにそれ。論外。

 「誤爆」。良く分からないのだけれど、じゃあ正しい爆撃ってなんぞや?という疑問が沸きつつ、誤爆じゃない爆撃なんてものは無いんじゃないの?とも思いつつ、そもそも「誤爆」って言葉に意味があるのかしら?なんてことを考えたりもする。

 かなり昔に友人が「セブンイレブンの漬け物は美味い」的なことを言っていたのを聞いて、どうしようもなく違和感を感じたことがある。コンビニで売っている漬け物の味にランク付けすることに意味があるのか?、あんた、そもそもスタートが間違ってないか?とね。今、僕が感じている違和感もそれに近いような気がする。

 それにしてもだ、最新の技術を駆使することで「被害を最小限に留めるよう努力している」って発言も意味が良く分からんよなあ。最小限は「爆撃しないこと」に決まってるじゃんね。一方、ジュネーブ条約違反って批判も何かが違うような気がする。爆撃に関する条約をを作ってどうするね?。どう考えてもスタートが変なんだよな。なんなのこれ?。

 まあ「これが戦争だ」なんて言われちゃあね。ここがスタートか・・・。

1578/25/03/2003
 Amazon.comからCD到着。  とうとうavexのCDを購入する羽目になってしまった(Sketch Show、フォークル)。幸か不幸か日本の音楽業界においては比較的に体力のあるレコード会社な訳で、今や元YMOによるユニットの新作や60年代のフォーク・バンドの音源を取り扱う「受け皿」的な役割を担いつつある。去年だったか、某大手レコード会社が演歌部門から撤退し、山本譲二、石川さゆり、谷村新司、南こうせつなどが事実上のリストラを言い渡される出来事があった。レコード不況が取り沙汰される昨今、背に腹は代えられないのだろうが「セールスが期待できない元代表選手」の作品は存亡の危機にあると言っても過言じゃないだろう。レコード会社が版権を保持している場合、アーチストの意思では再発すらできないという状況は今に始まったことではないのだけれどね。

 avexの場合、音楽的なバリエーションの拡大、経営戦略の一環と言ってしまえばそれまでだが、どういう理由であれディストリビュートされなければ聴くことすら許されない訳で、気に入らないけど従うしかないと言う複雑な心境。ま、癪に障るってやつだな。取りあえず、どちらもCCCDでは無かった事がせめてもの救いではある。

 ついでにDVD「best of bowie」も購入。David BowieのPV集+αである。以前に発売されたビデオ版のPV集も持っているのだが、こちらはTV出演時の映像や比較的に最近のPVまでフルに収録されているので、買い直しを決意させるに十分な内容だと思う。問題はCDもDVDも、いつ観たり聴いたりするかだ。iPod用のHDDは既に満杯、DVDは2時間もあるので週末までは観れないかな・・・。どうしてこんなに時間が無いのだろう。

 三鷹市は祝賀ムード一色。はて?

1577/24/03/2003
 オスカー授賞式。ゲバ評通り、「シカゴ」が6部門を制覇。そこに食い込んだのが「戦場のピアニスト」で監督賞のロマン・ポランスキー、主演男優賞エイドリアン・ブロディであった(ブロディは初ノミネート初受賞という快挙!)。音響編集賞、視覚効果賞の2部門を「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」が制したのも興味深い。現状のテクノロジーでやれることの頂点、と考えて良いだろう。今年の受賞結果を一言で表現するならば「無難にバラけた」って感じだろうか。

 「千と千尋の神隠し」は無事に長編アニメ部門を受賞。配給元のディズニーが広告宣伝を縮小した(見放した)などの不安要素もなんのその、それを補って余る程の評価であったと言うことだろう。要は「ぶっちぎり」ってことね。日本の長編作品がオスカーを獲ったのは黒沢明監督の「羅生門」と稲垣浩監督の「宮本武蔵」の過去2回。但し、どちらも外国語映画部門での受賞であり、真っ向から勝負しての受賞は「千と・・・」が初なのである。ジャパニメーションの躍進!・・・なんて言い方をすると宮崎駿氏は気分を害するのだろうか(苦笑)。

 それにしてもだ、こんなご時世でのオスカー授賞式は心境的に微妙なものがある。長編ドキュメンタリー映画賞を獲得した「ボウリング・フォー・コロンバイン」のマイケル・ムーア監督は、関係者全員をステージに上げてブッシュ大統領をボロくそに批判したそうな。会場は賞賛とブーイングが入り乱れたという・・・これが現実。つい先日、皮肉にも世界初の戦場最前線から生中継が実現したばかりではなかったか。究極のドキュメンタリー。

1576/23/03/2003
 映画「007 ダイ・アナザー・デイ」を観に行く。21世紀最初の007はシリーズ20作目&40周年、主題歌はマドンナ、ボンド・ガールはハル・ベリー、悪役は北朝鮮(正式に抗議あり)、と何かと話題の多い作品となった。ジェームズ・ボンドの人となりは相変わらずカッコ良いのだが、ストーリーの規模と言うかアクションと言うか、シリーズを重ねる毎に大規模になってきて、本作ではもう行くところまで行ってしまったって感じ。この次はどうするんだろうねえ。宇宙人の襲来とかってぐらいじゃないと追い付かないような・・・(笑)。心配していた映画内のタイアップ広告も気になる程では無くてホッ。代わりに気になったのは毎度お馴染みの秘密兵器。これまでは、やろうと思えばできなくもないかな?って感じの武器だったのだが、遂に禁断の一線を越えてしまったようだ。新ボンド・カーは光学迷彩のアストン・マーチンであった。スイッチひとつで姿が消える・・・わはははは。ちょっとコメディー入ってます。もはやスパイ映画ってよりは映画界の一大イベントって感じではある。良いんじゃないの(笑)。★★★☆☆。

 この映画、吉祥寺のバウスシアターで観たのだが、ちゃんと整理券を配ったり、チラシが充実していたり、コーヒーが美味しかったりで、映画ファンのことをキチンと考えてくれている映画館だなあと思う。決して立派な設備では無いのだけれど、ホントちょっとした心遣いが嬉しいのだ。設備だけやたらと豪華なくせに、客を狭い通路に平気で1時間以上も並ばせるどこかの映画館とは大違いだ。シネコンが流行っているのは設備が良いからでは無いんだぜ!。小さい子供がいる家族連れだったりしたら他に選択の予知は無いだろうしね。

 iPodのアップデータ。このバッテリーの問題は以前から薄々感じてはいたのだ。たっぷり充電したはずなのに、あらもう電池切れ・・・みたいな。ソフトの書き換えだけで何とかなっちゃうんだ。スゲー。しかし最大の問題は、遂にアップデータですらもMac OS 9をサポートしなくなっちゃった、ってことだ(涙)。いよいよ居場所が無くなってきたぞ。

1575/22/03/2003
 深夜(と言うか早朝)に映画「ALI」を観る。 22才で世界チャンピオンとなったモハメド・アリの人生のワンシーンを描いた作品である。主演ウィル・スミス。監督は「インサイダー」などのマイケル・マン。この人の作品テーマは「男の生き様」みたいなものが多い。モハメド・アリの映画、と聞けば「ヒーローの栄光と挫折、そして復活」みたいな劇的な内容を想像してしまうのだが、この作品ではアリの宗教活動への傾倒振り、親友のマルコムXの暗殺、徴兵拒否と裁判、金にまみれた復活戦、などを通してアリという人物像、アリ哲学みたいなものを、賞賛するでも批判するでもなく、淡々と描いている。それはそれで興味深いテーマなのだが、如何せん地味と言うか抽象的な演出になってしまった感はある。ちょっと物足りない。映画としてはそれなりなんだけどね。★★☆☆☆

 朝、ちょっと早起きして実家に戻る。すぐに戻ってきて、そのまま映画「レッド・ドラゴン」を観に行く。「羊たちの沈黙」「ハンニバル」に続く、レクター博士もの第三弾。このシリーズ、実はそんなに好きな訳ではなくて、劇場で観るのは今回が初めてなのだ。わざわざ劇場に出向いたのは他でもない、アンソニー・ホプキンスとエドワード・ノートンの「職人役者対決」が観たかったからだ。この二人、なんとなく共通する部分があるような気がする。「羊たち・・・」以前、ハンニバル・レクターという怪物が如何にして誕生したか、って話なのだが、メインとなるストーリーは別にあって、レクター博士自身はあまり絡んでこないのだ。肝心の「職人役者対決」のシーンが思いの外に少なかったのが残念。ちょっと物足りない。映画としてはそれなりなんだけどね。★★☆☆☆

 FlashによるI Feel Fine。悪くない。

1574/21/03/2003
 業務連絡。軽音楽部のOBライブをやりましょう、って企画がマルから出てます。まだ具体的には何も決まってないのだけれど、8/24(日)ではどうかという話も出てる模様。軽音OBでこのページを見ている人がどれだけいるのか分からないけれど、取りあえずは伝言ゲーム形式で関係者に伝えて下さい。あと、ご意見ご要望があれば連絡下され。

 結局、21世紀になっても戦争はあるのよねえ。誤解を恐れずに言わせて貰えば「古くさいなあ」という感じ。日本の外交を腰抜けだと言うのは簡単だけれど、戦争放棄=軍備を持たない=攻められたら終わり=強い仲間(国)にヘイコラ、という流れは、現状の日本の立場からすると他に選択枠が無いってのも分からないでもない。自分の所にミサイルが飛んできたら、それでもみんな「戦争反対」とか言い続けられるのかしら?。もちろん戦争に賛成な訳ではないけどね。今のところ、日本は限りなくアメリカなのだ。残念ながら。

 一方、指導者への支持率が100%って国がまともな状態では無いのも事実。今の絶望的な状況化で想定しうる最善の流れは、他国による強制的な民主化では無くて、自国民による自然発生的なクーデターであろう。どうせだったら自分自身の手で国を変えて欲しい。正念場ってのは正にこの事だ。

1573/19/03/2003
 オスカー直前の大量広告の状況。ゲバ評ではぶっちぎり状態の「千と千尋の神隠し」が受賞しない(できない)可能性ってのは大いにあり得るね。宮崎駿氏が授賞式に出席しないのは、映画「産業」には興味が無いってのもあるのかも知れない。新作の準備でマジに忙しいんだろうけど。

 閑話休題。Mac版のATOKで早まって「いそがしいん」で変換をかけたら「ISOが死因」と出た。ナイス(苦笑)。

 担当プロジェクトの打ち上げ(その2)に参加。今回は部長、課長クラスの方々による集まりだ。参加メンバーの中で僕が唯一の30代前半。正直、行く前はあまり乗り気では無かったのだが、いざ始まってみると意外に居心地が良かったのが不思議。なんでだろ〜といろいろ考えてみたのだが、久しぶりに「後輩」という立ち位置に専念できたのが理由のひとつだったような気がする。そうそう、後輩でいるって楽なんだよねえ。それと同時に、僕はまだまだ先輩の器じゃないってことなんだろうな。親分肌ならぬ子分肌。どう考えても大物にはなれないような気がする。なろうとも思わないけど。

 あと思い当たるのが、興味の無い話題でも積極的に会話に参加するってのは、それだけで心理的に安定させられる何かが含まれているってことだ。普段は必要の無い会話に参加するのが苦手なタイプなのだが、相手の思っていることを聞いて、それに対して声を出して反応するという行為によって、会話の内容だけじゃなく、それ以上の何かが自分の中に入ってき来ている、って気がした。なんだろ。会話って大事なんだねえ。今更ながら。

 そう言えば父親が言ってたっけ。「人と会って、話してみてなんぼや。会話しないと何も始まらん」ってね。

1572/18/03/2003
 夕食に鶏カシュー炒めを作って、食べ終わった後にカシュー・ナッツを入れ忘れていた事に気が付く、って経験はこれで何度目だろうか?。ナッツだけポリポリ食べるのはかなり寂しい・・・(苦笑)。

 「米アカデミー賞は金次第」。そんじょそこらの俳優の発言なら気にも留めないのだが、オスカー候補になること10回(うち2回受賞)の強者、メリル・ストリープの発言となれば耳を傾けない訳にはいかない。オスカーの選考は米映画科学アカデミーの会員およそ約6000名の投票によって決定され、結果は授賞式当日まで厳重に保管される。なので審査員を接待してウンヌンという露骨な取引はほぼ不可能なのだが、その一方でオスカーのシーズンになると米国の多くのメディアを通じて膨大な量の映画宣伝広告が展開されるという事実がある。アカデミー会員の全員が全ての映画を観ている訳もなく、多くの浮動票が宣伝広告によって左右されている可能性は否めない。事実、ここ数年に多くのオスカーを獲得しているMIRAMAXなどはシーズン中に莫大な広告費を投じていることが話題(問題)になった程である。

 つい数年前までグラミー賞も同じ様な選考方法だったのだが、投票権を持つ会員の平均年齢が高いことからか、特に目立った活動をしていなかったメタリカが連続受賞するという現象が起こったりもした。「へびぃ〜めたる?。ワシは良く知らんのじゃがメタリカってバンドは有名らしいな」って感じだ。この結果を踏まえ、今では幅広い層を網羅する20数名の選考委員によって賞を決定する方式に変更されている。個人的には、売れてなくてもクオリティーの高い作品やアーチストが評価されるようになったと思うのだが、どうだろうか?。完璧な評価などあり得ないのは承知しているが、少なくとも「こんなのが受賞作なの?」ってことにならぬよう祈るばかりである。

 TVドラマ「僕の生きる道」の最終回。多少、陳腐な場面もあったものの、なかなか良いドラマであった。最後の最後で押し付けがましい人間ドラマになってしまうんじゃないだろうか、と危惧していたのだが「音楽が心を繋ぐ」というシンプルなキーワードによって、それなりに気持ちの良い場所に着陸できていたように思う。胸にグッと来る感じではなく、穏やかにホロリとさせられる感じ。大した人生じゃ無くても構わないから、最後には愛おしいと思えるような人生でありたい。

1571/17/03/2003
 とうとうiTunes用の外付けHD(40GB)が満タンになってしまった。総勢168アーティスト、650アルバム、8102曲。これでも全てのCDをMP3化した訳じゃなくて、Classic系、Jazz系、サントラ系、オムニバス系なんかは殆ど手付かずだし、大量のブートレグや絶対に聴かないであろうゴミCD(処分しろって話もある)など、およそ三分の一が残ったまま。最初から全部は取り込めないってのは分かっていたのだが、これから購入するCDも取り込めないってのは計算してなかった(苦笑)。どしよ。

 そもそも、我が愛しのMacも限界が近づいている。HDの容量はもちろんのこと、巷のソフトが要求するスペックが満たせないことが多くなってきた。PCだったらとっくに買い換えの時期を過ぎているのだが、Macはそれなりに使えてしまうというところが悩みの種でもある。う〜ん・・・と唸りながらApple Storeを眺める。う〜ん。どう考えてもiMacの方がお買い得なんだよなあ。う〜ん。

 そう言えば我が愛しのHP200LXもとっくに限界を過ぎているのだ。PDAの高機能化は日進月歩なれども、HP200LXのシンプルさ、快適さに見合う逸品は未だ登場していない。そもそも、PDAでメールやWebなどをやる気は更々無くって、

  • 分かりやすいスケジューラ(リマインダー機能付き)
  • すぐに呼び出せる住所録
  • 普通のメモ帳並に使えるメモ機能
  • 英和・和英辞書
  • 電卓(HEX電卓)
  • それなりに入力できるキーボード
  • スタミナのあるバッテリー
ってな機能が揃えばそれで良いのだ。カラー液晶?、音楽再生?、デジカメ?、そんな機能はいらんのだ。Pocket PC関連の端末は動作速度、駆動時間の点で話にならない。Palm系はCLIEも含めてキーボード入力が無い、あってもショボ過ぎるのでこれまたNG。VAIO Uは携帯端末としてはトゥーマッチ過ぎる(Winows XPじゃあねえ)。ZaurusのSL-C700はちょっとグラッと来たが、その佇まいと言うか姿がどうもパッとしない。たぶん、一番希望に近いのはPSION 5mx Proなんだろうけど、極端な品薄状態がずーっと続いていて未だ現物を目にしたことすらない。なんかこうスパっとツボにはまるようなPDAはないもんかねえ。
1570/16/03/2003
 ボンヤリと過ごす休日。注文していたコンタクトを受け取りに行って、パンツを2本買って、DVDをレンタルして、夕食のおかずを買って、あとは別に何にも無い。

 映画「ビューティフル・マインド」を観る。数学の天才であるジョンは政府の役人から軍事的暗号解読の任務を秘密裏に依頼される。解読に没頭する日々を送るうちに次第に日常に変化が訪れていく・・・。実在する数学者ジョン・ナッシュがノーベル賞に輝くまでの半生を綴った作品。オスカー作品賞、監督賞、助演女優賞、脚本賞を受賞。周囲の理解を得られない天才の苦悩、っていうテーマの作品はとても興味があるし、これまでにも名作を呼ばれた作品が多い。「アルジャーノンに花束を」や「シャイン」、「デッドゾーン」なんかも入るかな?。しかしこの作品、正直言って「これがオスカーなの?」って感じではある。もっと言えば「これがオスカーじゃ困るなあ」って感じもある。これは夫婦愛の話なのか?それとも苦悩する天才数学者の話なのか?という焦点が絞りきれていないし、根底に流れるテーマが今ひとつはっきりしない。実話を元にしているってのと、視点が変わっているという点を除けば、普通に面白い作品に過ぎないんじゃないだろうか。ちょっとネタバレだが、天才数学者であるってことは作品のテーマにあまり関係ないような気もする。但しジェニファー・コネリーの存在感は別格。この作品における彼女の演技は素晴らしい。デビッド・ボウイと共演してた「ラビリンス〜魔王の迷宮」が懐かしいねえ。★★★☆☆

 リメイク・ブームの中、今度は「七人の侍」がハリウッドでリメイク決定。映画化権、リメイク権の買い漁り(買い漁られ)状態なのだが、これは日本だけの現象なのだろうか?。つい先日、同じく黒沢作品の「生きる」のリメイクが発表されたばかりで、これは上手くローカライズすれば面白くなりそうだなあ(主演はトム・ハンクスあたりで)と思ったのだが、「七人の侍」は果たしてどうか?。「荒野の七人」の例を持ち出すまでもなく、複数の主人公による正義の味方ストーリーの王道になっちゃってるので、意外にフツーの作品になっちゃいそうな気もする。ところで、どうやってローカライズするんだろう。西部劇にしちゃったら意味無いもんねえ。

1569/15/03/2003
 大抵のマンションには住人による理事会みたいなものがあって、僕の住むマンションもその例外ではない。そして、その役員ってのは住人が持ち回りでやるのが常であり、これについてもウチのマンションでも同じである。そんでもって、今年は僕の番なのである。はぁ〜っ。なんかねぇ、こういうの苦手なんだよね。別に近隣の人々と仲良くしたくない、って訳じゃないんだけど、億劫というか面倒というか・・・何とも微妙な心境。で、今日は臨時総会だったのだ。議題は管理費の値上げについて。このままの管理費では数年後に赤字になってしまう、というのがそもそもの発端。つーか、最初の値付けがどう考えても安すぎたのだ。誰が決めたの?。管理費値上げは去年のウチに通達は出ていて、今日はその決議だけだったんだけどね。ご近所付き合いの距離感って難しい。住人の中で一番若いってのもあるんだけど。

 そいでもって今日出た新たな議題が「ピアノの騒音問題」。これまた微妙だ。とある人から「平日は午後7時まで、休日は演奏しないで欲しい」とのクレームが来たそうな。個人的にはうるさいと感じたことは一度も無いのだが(つーか奇跡的に静かなマンションだと思う)ライフスタイルは人それぞれなので、常識の範囲ってのを押し付ける訳にはいかない。クレームを付けられた側からは「理事会で何らかのガイドラインを作って欲しい」との意見があったのだが、これまた「どこまでが騒音か」を決めるのは難しい。究極的には音を出す時間と音量(デシベル?)まで決める羽目になっちゃうもんね。マンションの規約には「近隣に迷惑のかからないように」的な曖昧な表記があるのみ。これまた微妙。どうなることやら・・・

 僕が視聴する数少ないTV番組「美の巨人たち」。今週は横山大観スペシャルである。個人的には「歴史上の凄い人」的にしか知らなかったのだが、今回の作品である「生々流転」を見てちょっとしたショックを受けた。天から舞い降りた雨水が再び竜巻となって空に帰るまでの水の一生を描きながら、輪廻転生の思想を具現化した、全長40メートルを越える壮大な絵巻物である。大観という人は日本画の伝統を守りつつ、西洋画の斬新な手法に対抗しうる独特のタッチを追求し続けた、かなりの異端児だったのである。そういう意味ではグレン・クールドやピアソラに近いのかも知れない。この作品の持つ重厚な世界観とドラマチックな展開、そしてその奥に潜む壮大なコンセプトは、もはや絵画と言うより映画に近いと感じた。絵を見てこんなことを思ったのは初めてだ。これはスゲーよ。世の中には僕の知らない素晴らしい作品がまだまだあるのだねえ。

1568/14/03/2003
 Forbs誌が発表した世界海賊版普及度地図。なんとなくそれっぽい結果にはなっているけれど、どこまで本当なのかは不明。やっぱ中国とかは凄いな(苦笑)。

 六代目三遊亭円生師匠の秘蔵テープ発見。少し前に、立川談志師匠が石原都知事に「古典落語のアーカイブ化」を要望していたのを思い出す。音楽にも言えることなんだけど、絵画や彫刻などのあからさまな「芸術作品」では無い、庶民的な「エンターティメント」のコンテンツに関しては、その資料的な価値ってのは思いの外なおざりにされているように思う。例えば漫画の原稿とかって国レベルでは何の保存活動も行ってないよね。長谷川町子とか手塚治虫レベルだったら、遺族なり民間レベルで手厚く保護されているんだろうけど、あくまでもそれはボランティア的な活動であって「国レベルでの文化の保護」では無い。こういう「庶民に愛された文化」こそ、時代を超えて継承されて欲しいと思うのは僕だけだろうか。古典と呼ばれる落語でさえも、まともなアーカイブ化はなされていないのが実状である。

 しかしこの円生って人、どのぐらい凄い人なのか落語に疎い僕にはさっぱりなのだが、落語会における自らの活動の意味(自分の資料的な価値)みたいなものをリアルタイムで理解していたんじゃないだろうか。それってスゲーことだと思う。当時はただの変わり者(記録マニア)としか思われなかったんだろうけどね。

1567/13/03/2003
 大学時代の友人が参加するバンドMolcaのライブに行く(@吉祥寺 MANDA-LA2)。かねてから噂は耳にしていたのだが、実際に見に行くのは今回が初めて。バンド名の枕詞に「多民族風味楽団」と付くだけのことはあって、普段はあまり目にすることの無いたくさんの民族楽器を駆使した「(良い意味で)なんちゃって民族音楽」を演奏するユニットである。

 実はちょっと懸念していたことがあって、民族楽器を使うバンドってのは得てして「珍しい楽器を使う」こと自体が目的になってしまい、肝心の音楽がおざなりになってるケースが多い。楽器の存在感に音楽が負けちゃうのだ。最初は音色が物珍しくて面白いのだが、時間が経つに連れ飽きてしまう。紀行番組のBGMみたいな当たり障りのない「異国っぽいだけ」の音楽になりやすい。もし、そういうのだったらどうしよう・・・という懸念だ。

 しかし、そんな心配は一曲目で見事に払拭された。もちろん民族楽器の音色は珍しく、それ自体とても興味深かったのだが、それはあくまでサウンドの素材であって、「音楽」がちゃんと楽しかったのだ。無国籍というか多国籍というか、***風ってのはベースとしてあるんだけど、よ〜く聴いていると・・・変なのだ(笑)。あり得ない楽器の組み合わせとかコード進行とか、一筋縄では解釈できない、正に「多民族風味」な音楽。これが面白いのだ。各人の演奏能力もさることながら、それらが融合して生み出される得も言われぬ独特の雰囲気が素直に気持ちよく感じる。実際「中近東風の・・・」として紹介された曲を聴いて、僕が感じたのはスパニッシュな臭いだったりする、そういう多面的な要素を兼ね備えた音楽であった。曲の展開やアレンジもかなり練り込まれていて、同じフレーズの繰り返しやソロ・パートなどが多く含まれているにも係わらず、聴き手として退屈する時間は殆ど無かった。バンドとしての方向性やスタイルが確立されている証拠だろう。

 細かいトラブルはあったものの、大筋を外れるような致命的な物では無くて、逆に即席のセッションが始まったりして、却ってバンドの柔軟性を垣間見れて良かったかも、とも思う。メンバーのうち、友人だけが比較的にロック的な楽器(ベース)を担当していたのだが、実はこの要素ってとても重要で、このバンドの大事なアクセントになっている。キャラクター的にもアクセントになっていたようだけど(笑)。久しぶりに豊かな音楽を体験したような気がする。みなさん、お疲れさまでした<(_ _)>。

1566/12/03/2003
 青森へ日帰り出張。空港から直で顧客先に向かい、帰りはそのまま空港へ。滞在およそ3時間でとんぼ返りの強行軍であった。某銀行に導入したシステムの挙動が怪しいって事で、実際に現場で情報収集をって感じだったのだけど、怪しいのは間違いないが原因がさっぱり分からない、と言うことが分かっただけ(苦笑)。どうやって対応しようかねえ。かなりヤバい・・・。それにしても青森、飛行機だと1時間で行けちゃう。青森っぽさを感じる場面など無かったよ。まあ、雪はタップリと積もっていたけどね。

 2003年度のRock and Roll Hall of Fame(ロックの殿堂)にて The Policeが18年振りに再結成を果たした。演奏曲は「ロクサーヌ」「孤独のメッセージ」「見つめていたい」の3曲。物凄い勢いで80年代を駆け抜けていった先鋭的で確信犯的な3人の若者は、今ではすっかりオッサンになってしまいました(笑)。もう和解したのかしらん。

 Led Zeppelin の未発表ライヴ音源がCD/DVDで大量に蔵出しされる。夥しい数のライブを行ったにも係わらず、正式に発表されているライブ盤は たった1枚という状況自体がかなりバランスを欠いたものではあったのだ。 その空白を補うかの如く、これまた夥しい数のブートレグが発表されていることからも 「ライブあってのZep」という側面はかなり大きい。 Jimmy Page宅には膨大な未発表テープが所蔵されているというから、 これを機会にオフシャル・ブートレグのシリーズとして整理して貰いたい。 全米リリースは5月27日。

1565/11/03/2003
 仕事の打ち合わせでさがみ野へ。相鉄線だっけ?。初めて乗ったよ。横浜地区における京王線みたいなもんだろうか。時間が経つに連れ、車窓から臨む町並みが長閑になっていく。企画中の新製品のコンセプトの説明だったのだが、思いの外に好評であった。具体的な形にするまでにはまだまだ検討が必要だが、どうやら方向性は間違っていないようだ。誰かに認められたくってやってる訳じゃないけど、それでも認められるとやっぱり嬉しいもんだ。

 TV Guide誌とVH-1が選出した「100 greatest moments that rocked tv」。強引に訳すと「テレビを揺るがせた100のロック的な瞬間」とでも言えば良いのかな?。ロックの歴史をテレビという切り口で考察するってのは、今までありそで無かったアプローチのような気がする。言わずもがな、音楽とメディアとの関係ってのは切っても切れないものなのは間違いない。ただし、このランキングについては本気と冗談(?)が入り交じった楽しいものになっている。面白げなものをピックアップすると・・・

  • 88位:Frank Sinatra、グラミー功労賞の受賞スピーチを途中でカットされる(1994)
  • 86位:Kiss、素顔でMTVに登場 (1983)
  • 65位:Nirvana、MTVビデオ大賞のオープニングを(ヘッド・バンギングと共に)勤める(1992)
  • 34位:Eric Clapton、MTVアンプラグドに出演(1992)
  • 28位:AerosmithとRun-D.M.Cが共演。ロックとラップの出会い(1986)
  • 27位:The Monkees テレビに登場(1966)
  • 26位:Live-Aid開催。世界規模のチャリティー・コンサート、15億人が視聴(1985)
  • 24位:Elvis Presley、エド・サエリバン・ショーにて上半身だけ出演(1956)
  • 17位:The Who、TV番組出演時にギターを破壊(1967)
  • 4位:MTVが放送を開始(1981)
  • 3位:The Beatles、エド・サエリバン・ショー出演(1964)
  • 2位:Michael Jackson、モータウン25周年コンサートにてムーンウォークを初披露(1983)
 シナトラの件はテレビというメディアが内包しているえげつなさを、モンキーズは音楽業界の産業化(仕組まれたスター像)を、ライブ・エイドは「ロック=反体制」というイメージが成立しなくなった時代をそれぞれ象徴していると言える。ベスト10辺りになると、それこそ「事件」に近いよう出来事が並ぶ。今更ながらエド・サリバン・ショーってのは凄い番組だったんだなと改めて納得。メディアの王位がラジオからテレビに移った頃の記念碑的な番組なのであろう。

 一番可笑しかったのは1位に選ばれたのがロック・ミュージシャンでは無いってことだ。こちらがその時の勇姿。確かに「テレビを揺るがせたロック的な瞬間」ではあったかも。なかなか良いオチだ(苦笑)。

1564/10/03/2003
 仕事帰りにお手伝いで参加したプロジェクトの打ち上げに出席。打ち上げとは言う物の、予め準備してた訳じゃなくて思い付きで飲みに行っただけなのかも知れない(笑)。危うく失敗プロジェクトになりかねない状況ではあったが、後輩が見事な頑張りを見せて、取りあえずは無事に乗り切った。ご苦労様でした<(_ _)>。今回の件ではいろいろ思うところがあったらしく、軽いぶっちゃけトークは興味深いものがあった。そう言えば僕も数年前まで、どうしたらより良く仕事ができるかを真面目に考えていたっけ。「あの会議は時間の無駄だ」とかね。

 普段は大人しく見える後輩なのだが、考えていることは僕より過激だったりする。「憎らしい上司の配下に敢えて潜り込んでダメ出ししたい」って主張は面白かったねえ(笑)。僕のスタンスはちと違って「こりゃダメだと思った人は放っておいても勝手に潰れる」ってのが基本的な考え方。案の定、想像通りに事は進んでるでしょ。でも、どっちが質が悪いかって言ったら・・・僕の方だろうねえ。

 優秀な後輩はたくさんいて、ピンポイントでは負けてる部分もあるんだけど、総合的なバランス感覚ではまだ自分に分があると勝手に思っている。逆にそういう部分で「あぁ、コイツには敵わないな」と思ったら、その時はキッパリと辞めるつもり。そのぐらいのスタンスじゃなかったら、プレッシャーがキツくてやってけないもん。

 と言う訳で、別にぬるま湯に浸かっているつもりは全然無くて、今のペースを何とか保っていこうと必死なのだ。理想的なペースを保つためだったら、どんな努力も惜しまないつもり。僕にとってはこれが全てだよ。悪しからず(苦笑)。

1563/09/03/2003
 一日遅れで「裏切られたマイケル・ジャクソン〜未公開テープが語る真実」を観る。先日、日本でも放送された「Living WITH MICHAEL JACKSON 」への反論番組・・・と言うかその客観性に疑問を投げかける内容であった。マイケル側(と言っても本番組にはマイケルは参加していない)の主張は、数年前にオプラ・ウィンフリーが単独インタビューを行った際の内容とほぼ同じ。父親の躾は異様に厳しかった(しかし今では許している)、整形したのは鼻だけ(2回)、肌の色が白くなる病気である、などなどなど。結局、今のマイケルと同じ状況(世界で最も有名なスーパースター)に置かれている人が他にはいない訳で、そういう人間がどういう思考をするか、どういう行動を取るかと言うのは誰にも分からないのだ。一番興味深かった事は、マイケル本人が「たぶん自分は普通の人間とは思考が違うのだろう」という事を認識していることだ。もうそれで十分なのでは無いだろうか。

 自分の気持ちに正直であることが、時に「本当にこれで正しいのだろうか」という疑問に突き当たることがある。ハッキリと決断することなく、ただ何となくボンヤリとしていれば可もなく不可もなく、このままユルユルと行けるんじゃないだろうか。少しぐらい人に迷惑をかけたって、一番可愛いのは自分なんだから、このぐらい許されるよねえ、とか。そういう「ちょっとズルい自分」を少しは持っていた方が良いんじゃないかと思うのだが、やっぱできないんだよ、悲しいことに。もっと打算的な生き方ができれば、今よりずっと楽しい人生が送れるのかも知れないけれど、できないものはできないのだ。ひとつ嘘を付けば、その嘘を補うためにより多くの嘘を突き続けなければならない。それによって得られる物もあるのだろうけど、最後には全てが自分に降りかかってくるはずだ。それが僕の基本的な考え方。今の世の中じゃ通用しないのかも知れないけどね。でも僕はこのままで良いよ。こういうのが一人ぐらいいたって良いでしょ?。

1562/07/03/2003
 がむしゃらに頑張っている人を見ると、ついつい助けたくなってしまうのだ。なんつーの、自己利益の為なんじゃなくて責任感とかプライドとか、そういう次元で頑張れる人。心意気って奴だな。「寝食を忘れて一心不乱に打ち込んでいる姿」への憧れみたいなモノかも知れない。もちろん、その頑張りが明後日の方向に向いていたり、単にスローモーだから頑張らざるを得ないって言うんじゃダメなんだけど、本人の責任じゃ無いところで苦況に立たされちゃった人には、何とかやり遂げて欲しいと思うし、少しでも力になれたらと思う。本当に本当のギリギリのピークを過ぎると「失敗したって死にやしない」という境地に辿り着く。そうなったらもう恐いモノ無しだよ。あとちょっと、頑張れ〜っ!。

 例の対策会議はピリピリとした雰囲気の中、取りあえずの対応策が決定された。ピリピリしているのは、各自が各自の職務を本気で全うしようとしているからだ。だから、これはこれで良い(のだと思う)。本件の最大の問題は「不具合かどうかをハッキリさせられない」ということ。こちらの調査だけではどうしようもないのだ。とにかく情報が足りない。改善の目処が立たない中途半端な状況は、何とも言い難くムズムズするものだ。取りあえず来週の後半、北に向かうことが決定。寒そぉ〜。

 今週はバタバタしていてちょっと疲れた。全ての心配事を忘れて、緩やかで心地よい音楽に浸りながら、ノンビリと昼寝でもしたいなあ。そんな時間は一生やって来ないのかもね。取りあえず、夢の中だけでも日常のややこしさを忘れましょ。

 気が付けばThe Rolling Stonesが来日。「ミック節」ってなんだよ(苦笑)。

1561/06/03/2003
 僕の担当するソフトウェア製品にまたもや不具合が発覚!・・・え〜と、現状では不具合が発覚したと名言するには至ってはいないのだ。現場から不具合の現象だけが報告されていて、その原因の可能性を検討していく中で、幾つかの懸念事項が発覚したのである。なので不具合であることが確定した訳ではないし、その懸念事項が本当に懸念すべきものなのかの確証も得られていない。あくまで「可能性」の範疇なのだが、最悪のケースを想定した場合に致命的な欠陥と成りうる「可能性」があるという訳だ。今回も僕が開発した部分の問題では無いのだが、取りまとめの責任者になっているので早急に対処しなくちゃならん。原因も再現方法も分かっていないのに、どうやって対応すりゃいいのだ?。明日、営業さんを交えて対策会議を開く予定。そして来週のどこかで北へ向かわなければならない。はぁ〜。

 午前中、会社の新しい人事評価制度の説明会に出席。一言で言えば「能力に応じた公正な評価制度」なのだが、じゃあ今までは公正じゃ無かったのか?という問題はさておき、その「公正な評価」ってのは誰がやるのか?とか、「公正な評価」を行う人の評価は誰がやるの?とかって部分は予想通り曖昧なままであった。まあ、評価されようと思って仕事してる訳じゃないから別に良いんだけどね。ただ、能力の無い人にはキチンとそれなりの評価をお願いしたい。ウチの会社の問題はそこにあるんだから。

 ソニエリの逆襲。一気に4種類、それも客層に応じて機能とデザインにバリエーションを持たせた意欲作だ。どのメーカーの端末も似たり寄ったりのデザインで横並びにしている昨今、1つのメーカーからここまで個性の異なる端末を、同時に4つも発表するってのは異例なんじゃないだろうか。やっとSony+Ericssonの意味が出てきたって感じかな?。E子供向けの「T100」はシンプルで可愛いねえ。

 The DoorsやThe Beach Boysなど、元メンバーがバンド名の使用権を巡る裁判沙汰が続いている今日この頃なのだが、オリジナルメンバーはボーカルのAxl RoseだけになってしまったGuns n' Rosesとは別に、それ以外の元メンバー全員が集結した別のバンドが結成されるという摩訶不思議な状況になっている。なんなのかしら?

1560/05/03/2003
 イソップ童話「アリとキリギリス」。夏の間、遊びほうけているキリギリスと、冬のため一生懸命に蓄えを整えているアリ。冬になって蓄えのないキリギリスは暖かい家で冬を過ごすアリの姿を見て自分の怠慢に気が付かされる・・・自己責任についての教訓が含まれていると思うのだが、最近では「その時々を楽しく過ごしているキリギリスの生き方に共感を覚える」とか「困っているキリギリスを助けないアリは酷い奴だ」なんて意見を耳にしたりすることもある。人生なんて人それぞれなので誰がどう思おうと勝手なのだが、やるべきことをやりもしないで困ったときだけお助け頂戴などという発想など、どんな理由があるにせよ肯定されて良いはずがないのだ、と思う。もっと言えば、そんなキリギリスなど野垂れ死んでしまえば良いのだ、とも思う。真面目にやってるアリがバカを見るぐらいだったらね。

 人は多かれ少なかれ、他の人の力添えの上でその存在が成り立っている。しかし「力添え」ってのはあくまで補足的な物であって、それがメインであってはダメなのである。あくまでも自分で自分を精一杯に生かす姿勢があって初めて、その「力添え」を受け取る権利を得るのだ。いわゆる「社会のルール」ってのは、そういうものの延長線上にあるのだと思う。自分の責任を果たしていない、果たそうとしていない者に「力添え」を授けなきゃならん筋合いは無い。そしてその事に気が付いて無いアホな輩に、こっちから気付かせようなんて気も更々無い。精々、今を遊びほうけて過ごせば良いのだ。どのみち、自分から気が付かないと意味はないのだから。あとで泣き言を言っても、僕の蓄えなんか絶対に分けてあげないからね。

 それにしても、こんなこと思ってるのは僕だけなのかなあ。きっと人間が小さいんだろうな。ふぅ。

1559/04/03/2003
 ザ・ビートルズ・アンソロジー DVD BOX、3月31日世界同時発売!。もう予約したもんね〜だ(笑)。

 まだまだ勉強中ではあるのだが、HTMLにおけるCSS(Cascading Style Sheets)って設定できる項目がたくさんあって楽しい。これを使えば、1つのファイルを修正するだけで、ページ全体のデザインを簡単に変更できる。毎日ちょっとずつカスタマイズしてみているのだが、独自タグだけじゃなくて、既存のHTMLタグも置き換えられるってのが良いよね。上手い方法を考える人がいたもんだ。

 オブジェクトの意味だけをマークしておいて、オブジェクト単位でインターフェィスを簡単に変更できるって考え方は、見た目の印象が変わるだけじゃなくていろいろとメリットがありそう。XMLなんかはその代表例なんだろうけど、例えばテレビのリモコンとか車のメーター類とか、必要度に応じてレイアウトが切り替えられると便利だよね。機能が増え過ぎちゃって操作が複雑になってしまいがちな現代において、いろんな可能性を秘めた考え方なのかも知れない。

1558/03/03/2003
 ルパン三世がハリウッドで実写映画化へ。「ドラゴンボール」の実写映画化が発表されたのも記憶に新しいが、今度はいよいよルパンなのである。映画化権を獲得したのは「シンドラーのリスト」でプロデューサーを務めた大御所ジェラルド・R・モレン氏。僕等の世代にとっては特別な作品なだけに興味深いと同時に「キャスティングはどうなるのだ?」ってところが気になる・・・という訳でハリウッド版「ルパン三世(実写版)」のキャスティングを勝手に考えてみる。

 巷の噂ではルパン役にJim Carreyを推す声が多い。シリアスもオチャラケも演じられる役者なので、個人的には結構良いんじゃないかと思う。

 峰不二子役にはミステリアスな魅力という点でCatherine Zeta-Jonesを強力に推したい。ちなみにこの方の旦那様はご存知Michael Douglas。鼻につく金持ち役を演らせたら天下一品である。せかっくなので悪役としてゲスト出演を希望。

 次元大介、これは難しい。若い頃のJames Coburnだったら文句無しなんだけどなあ。最近はこういうアウトロー的な役者って少なくなったよね。よって保留。

 石川五右衛門は日本人が演るしか無いんじゃないだろうか?。個人的にはトヨエツあたりが適役かと。「また無駄な物を切ってしまった・・・」。結構イイんでないの?

 銭形警部にはGeorge Clooneyを大抜擢。なぜかって?。とにかく眼が似てるのだ。これを「銭形のとっつぁんのような眼」と言わずして何と表現するかね。いや〜ソックリ!。それだけなんだけどね(笑)。

 ついでと言っては何なんだが、エンドロールではLenny Kravitzに名曲「ワルサーP38」を熱唱してもらいましょう。かなりハマルと思う。絶対カッコいいぞぉ〜。

1557/02/03/2003
 猫による遠近法。にゃ〜ご!。

 今日はクリーニングと食料の買い出しをしたのみ。他にはな〜んにもしなかった。寒いからなのか何なのか良く分からないけれど、動きたくないっつーかやる気がないっつーか、部屋で静かに過ごしていたい気分。とにかく、何かに追い立てられるような時間の過ごし方から少しでも離れた位置に留まっていたい。ある種の引き籠もりだな、こりゃ。少し前までは、こういう状況に焦りみたいなものを感じていたけれど、今は別に・・・って感じ。休日なんだから素直に休んでりゃ良いんだけどね。どうせ明日になればまた時間に追われる生活が始まるのだから。気楽で良いのかも知れん。

 でも、なんか寂しい。ま、考えても仕方ないか。もう寝よ。

1557/01/03/2003
 映画「Matrix Reloaded」で登場する(であろう)携帯電話。あ〜あ、やっちゃった!って感じ(苦笑)。カッコわる〜っ。劇場などでは既に予告編がバンバン流されているのだが、どうも嫌な予感がする。飛んじゃったりしてるし・・・う〜ん。

 家事はウィーク・デーに少し済ませといたので、久しぶりに時間的な余裕たっぷりの休日。こういう日に限って雨が降ったりするのね(涙)。ビデオを借りに行くのは面倒だし、日中のテレビ番組もほぼ全滅状態だったので、AppleのMovie Trailersで予告編をじっくりと鑑賞。以下、気になった作品のメモ。

 Robota。まだあまり出来上がって無いみたいだが、レトロ・フューチャーっぽいロボットが登場するフルCGアニメーション(?)。色の使い方なんか雰囲気があって良い感じ。ロボットという存在がが潜在的に持っている哀しさみたいなものを感じさせる(公式サイト)。

 Winged Migration。鳥のドキュメンタリー作品。美しい映像にしばらく見とれてしまった。見落としがちだけど、質の高いドキュメンタリーって下手な映画よりもよっぽど見応えがあったりするもんだ。日本で公開されるのかな?。やっぱこれはスクリーンで観たいよね(公式サイト)。

 Anger Management。優しいけど癇癪持ちの男と変態セラピストが織りなすドタバタ喜劇(?)。怪優ジャックニコルソンの表情はいつ見ても狂気じみていてカッコいい。その秘密は焦点の合っていない目線とみた。天然記念物として保護して欲しい(公式サイト)。

 Standinging The Shadows of Motown。モータウン版「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」って感じかな?。かつての名演奏家の佇まいってそれだけでドラマチックだったりする。良い顔してるんだ、これが。ここ最近、音楽映画がちょっとしたブームになっている気がする(公式サイト)。

 NAQOYQATSI。映画「ソラリス」がコケちゃったスティーブン・ソダーバーグ製作の作品。予告編だけではどんな映画かさっぱり分からないが、相変わらず斬新な映像を追い求めているようだ。これもドキュメンタリーの要素が含まれているのかな?。音楽を担当しているのはPhilip Glass。Yo-Yo Maも参加している(公式サイト)。

1567/28/02/2003
 浜名湖花博。ちっとも待ち遠しくない未来像を並べるよりも、世界中の美しい花々を並べた方が価値があるように思えるのは気のせいだろうか?。マスコットキャラがなかなか良い感じ。名前を「のたねくん」と言う・・・げ、げ、げ、命名したのはこの人だったのか(苦笑)。

 例のソニエリの新しい端末が正式に発表された。auのA1300シリーズはエントリーモデルという位置づけなので、機能的にはこれで十分過ぎる程だ。着信メロにFM音源+PCM音源の40和音ってのは、もう完全にシンセサイザーだよねえ・・・今に始まった事じゃ無いけど。別売りの着せ替えパネルをよ〜く見ていると、カスタマイズパネルに透明のパネルがあるのが分かる(白じゃないよね?)。透明ってことは、ボディとの間に好きな画像や写真を挿入してくれってことだろう。カスタマイズ路線がふ復活(笑)。

 「未来世紀ブラジル」や「12モンキーズ」でお馴染みのテリー・ギリアム監督が「グリム兄弟」を映画化する模様。「本当は恐ろしいグリム童話」でもお馴染みなのだが、グリム童話のオリジナル・ストーリーにはブラックな要素が多い。「ハーメルンの笛吹き男」なんか影のあるファンタジーって感じで好きだなあ。あの雰囲気をテリー・ギリアムがどう料理するのか興味津々。

 テリー・ギリアム監督は2000年9月からジョニー・デップ主演で「The Man Who Killed Don Quixote」というドン・キホーテを下敷きにした映画を製作していた。がしかし、出演者の急病や予算オーバなどで暗唱に乗り上げていたのであった。二進も三進も行かなくなった挙げ句に思い付いたのが、現状までに撮影したフィルムと撮影風景をまとめたメイキングを製作すること。こっちを先に公開して資金を調達しようっていう前代未聞のウルトラCをやってのけたのだ。完成していない映画のメイキングっていったい・・・(笑)。あれ、新作に着手するってことは、こっちの映画はお蔵入りなのかしら?。風の噂によると映画「ハリーポッター」の企画段階で、監督にテリ−・ギリアムの名が挙がっていたそうな。なるほど、言われてみればナイスな人選かも。全然、違う映画になってただろうなあ。実現しなかったのはちょっと残念。見たいっ!。

1566/27/02/2003
 ソニエリの携帯に乗り換えてから約1年である。フロントのカバー部を独自にカスタマイズできるってのに嬉々としていた僕だったのが、これに続く機種を見る限りでは(着せ替え路線は踏襲しているものの)カスタマイズ路線は消滅してしまったようだ。端末のカバー部に絵や写真を挿入できるってのは発想が単純な割には他社には無い特徴だっただけに残念。

 とは言うものの、カバー部の取り替えやカスタマイズってのはそんなに頻繁にやるものでも無い、ってのがホントのところ。今、僕がカバー部に挿入している画像は試行錯誤を繰り返した末にやっと納得の行くデザインに仕上げたもの。今度、この画像を交換する機会が訪れるのは現状のものより完成度の高い魅力的なデザインが思い付いた時になるはずである。あれから1年、まだ思い付いていない(苦笑)。どうやら最初に飛び越えたハードルが高すぎたようだ。ま、考える時間が無いってのもあるんだけど・・・

 例のクラゲ携帯ではボディが光るというギミックと何十種類もの着せ替えカバーが用意されたが、僕の目にはあまり魅力的には映らなかった。デザインはさておき、今時の携帯なら当たり前の機能の多くが欠落していた、ってのがその最大の理由。デザイン的な主張は強く感じるし、それはとても大事なことなのだけれど、機能だけじゃダメなようにデザインだけでもやっぱダメなのだ。機能の充実は大前提、そして同じレベルでの+αとしてデザイン的な主張が融合することで大きな効果が生まれるのだ。「機能美」ってのはそういうニュアンスを含んでいるのだろうと思う。

 そんでもって、少し前にソニエリが発表した新機種。そそそ、こういうのだよ。機能は充実してるし、高級感をさりげなく残しつつ、生活の中に自然に溶け込んで行けそうな雰囲気を持ってるところが正に「機能美」って感じがするじゃない。デザイン的な主張はちゃんとあるんだけど、それが前に出過ぎて来ないっていうバランス感覚が絶妙である。これはちょっと買い換えたくなってきだぞ。

 例えばこっちのヘンテコな端末にはそういうバランス感覚みたいなものがまるで感じられない。なによこれ(苦笑)。携帯なんてもはや乗り換え需要しかないんだから「あ、そうそう、こういうのが欲しかったんだよね」とユーザに気付かせるような何かが必要なのだ。FOMAが全く普及しないのは機能的(今は使えない未来の機能なんていらないよね?)にもデザイン的にもダメだからである。という訳で2タコ。

1565/26/02/2003
 え〜と、「武力行使」ってのと「戦争」ってのは何が違うんでしょ?。素朴な疑問。

 取りあえず思うのは「政治手法としての戦争」ってカードを使うやり方ってスゲー古くないか?ってこと。世界的に戦争に対してもうちょっと拒否反応があるかと思っていたんだけど、案外そうでも無いみたいだよね。これには少しビックリさせられた。どっちが悪とかどっちが正義とかって議論はキリが無い、ってのはもうみんな知ってるんじゃなかったっけ?

 戦争反対を主張する方法がデモ行進するぐらいしか無いってのもちと悲しい。未だかつてデモ行進で戦争が回避された例は無いんだしね。それでもやらないよりはマシなんだろうか。ちょっと分からない。

 少なくとも、自分もしくは自分の愛する人々を傷つける存在ってのは、それがアメリカ人だろうが、イラク人だろうが、朝鮮人だろうが、もちろん日本人だろうが、自分にとっては全て悪なのだ。目の前の一人の人間を殺すのには躊躇するくせに、それが何百何千の単位になると麻痺しちゃうんだろうかねえ。ボタン一つでそれが実行できるって事に現実味を感じろ、って方が無理なのかも知れんが・・・。

 毎日の食事にありつけて、暖かい寝床があって、それなりに楽しめる何かがあれば、もうそれで良いじゃないのさ。他に何が欲しいって言うんだろう。理解不能。ケンカするなら店の外でやってください。

「死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!」

1564/25/02/2003
 マイケルの件。やっぱり悪意があった模様。そもそもインタビュアーがワンショットで物思いに耽っているシーンが数多く挿入されてるって時点で売名行為っぽさ全開ではあったんだよね。誰が主役やねん!っていう(苦笑)。

 取りあえずSimon & Garfunkelは無事に復活。まあ、新作を発表したりツアーに出たりってことは無いだろう。ソロとして確固たるキャリアを積んできたPaul Simonとしては余裕の再結成だったのでは?。

 ポール・マッカートニー貸し切りの巻き。真のビートルマニアなら誰しも夢想した経験があるんじゃないだろうか?。それを現実にやろうと思った側も凄いが、そのオファーを受けちゃうポールも凄い。リハーサル&チャリティーっていう合わせ技ではあるんだけどね。それにしても100万ドルかぁ・・・やっぱ桁が違うよな。何かのテレビで見た記憶があるのだが「レッドスネーク、カモ〜ン!」でお馴染みの東京コミックショーを営業として自宅に招く場合のギャラが約15万円だったような気がする。でも、どうせなら玉川カルテットとか早野凡平の方が良いかも。ホンジャマ〜。

 その昔、アパルトヘイトが問題になっていた頃にプロゴルファーの青木功がアフリカで開催されるトーナメントに参加しようとした際、政府だかどこからだか参加を見合わせるよう要請があったそうな。しかしそこは世界の青木。「ゴルフは仕事なんだ。僕はビジネスをしに行くんだ」の捨てゼリフを残して何の躊躇も無くアフリカへ向かったのであった。あれだけの実績がありながらゴルフを仕事として割り切っちゃってるところが賞金稼ぎっぽくてカッコ良いなあ、と幼心に思ったっけ。プレーする場があればどこへでも行く。変なプライドに執着しているよりはよっぽどプロっぽい姿勢だと思う。選民意識みたいなのってスゲー嫌い。

1563/24/02/2003
 体調ボロボロ・・・。

 話題になっていたマイケルジャクソンの真実を観たのだが、割と想像していた通りの内容であった。想像ってのは衝撃的な告白うんぬんでは無くて、これまでの報道のされ方から推測していた「こういう感じで演出されてんだろうなあ」という番組のスタンスについてのものだ。どうしても「奇人マイケル・ジャクソンの恐るべき私生活」をメインテーマにした番組を成立させたかった、という意図がバレバレなのである。例のジャーナリストには悪意が無かったとしても、彼には夢想家的な発想が全く理解できなかったのだろう。理解できないのは仕方ないにしてもそれを真っ向から否定しちゃうのはちょっと悲しいと思う。

 マイケルの生活や嗜好は明らかに一般の人々とは同じでは無い。はっきり言って常識を逸脱している部分も多い。それはほぼ間違いなく事実である。しかしそれはサルバドール・ダリや横山やすしが浮き世離れしていたのとそんなに変わらない話なんじゃないかと思う。ただし、マイケルの場合は財力が半端じゃないからその規模が凄いんだけどね。

 例えば、どんなに頑張っても一生のうちに使い切れないぐらいの莫大なお金が転がり込んできたらどうするかを考えてみたらどうだろうか?。家を買う、車を買う、旅行に行く、寄付をする、そのあとは?。最後には自分が好きな物、趣味的な物に辿り着くのではないだろうか?。ジョージ・ルーカスは広大な敷地に映画スタジオを建設し、デジタル映像の会社を設立し、音響技術の会社を設立し、自分の好みの映画を製作するための全ての環境を手に入れた。マイケルにとってのそれは遊園地であり、高価な美術品であり、顔の整形であり、自分の子供だったのであろう。どちらも常識を遙かに逸脱している。その規模が違うだけだ。

 僕が重視するのは、その結果として生み出される作品のクオリティーだけである。僕にとってのマイケルの問題は正にそこにあって、最新作の「Invincible」は正直言ってパッとしなかった。あの作品が売れなかったのは間違いなくクオリティーの問題である。それじゃ困るのだ。マイケル側は今回の報道に抗議するための番組を準備しているようだが、アーチストなら作品で答えを出して欲しい。

1562/23/02/2003
 心の底から100%リラックスしたり楽しんだりできる時間ってのは実はもうあり得ないんじゃないだろうか?。子供の頃の様に何か一つのことに没頭するような感覚に到達するには今の生活はあまりにも複雑すぎる。それとも年を追う毎に集中力が落ちているのだろうか。少なくとも一人じゃ無理なような気がする。

 Simon & Garfunkel再結成の可能性。不仲が解散の原因と囁かれて久しいが、一説によると代表曲である「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」がその大きな理由であったという。この作品はS&G最大のヒット曲でありながら、ボーカル・パートの殆どはArt Garfunkelの独唱であり、コンサートなどで演奏する際はPaul Simonは一端ステージから引っ込まなければならない。デュオで成立するはずだったS&Gが自分無しでも成立し、喝采を浴びている状況に自尊心を傷つけられてしまった、というのがこの説である。今ではグラミー賞を何度も受賞しているPaul Simonの方が格上だと誰しもが思うのだが、これまでに幾たびも再結成の噂が出ては消えしてきたのはPaul Simonが「明日に架ける橋」を演奏する(しているのを横で見ていなければならない)ことに大きな抵抗があったからだ、というのはそれなりに納得の行く理由付けではある。少なくともPaul側の気持ち一つってのは間違いなさそうだ。

 あまりテレビを観ない僕なのだが、その中でもTBS系列で放送されている「世界遺産」は取材先の選択基準が明確(UNESCO)、変なレポーターが登場しない、もちろんクイズも無し、記録に徹した映像、押さえられた演出、相応しいBGM、など比較的に安心して観ていられる数少ない番組である。がしかし、今日の放送を観ていて「記録に徹した映像」なのは間違いないのだが、映像の色調があまりにも鮮やか過ぎないか?ってことである。実物はホントにこんな綺麗な色なの?。SONYのデジカメは撮影した画像の色補正が強力なことで有名である。良く言えば色鮮やかに、悪く言えば発色が良すぎる傾向がある。ってことは「世界遺産」の映像も実際の色よりもより鮮やかに、美しく見えるように補正されてるんじゃないだろうか?と思ったわけだ。意図的な補正が行われていなくても、ソニー製のビデオ機器がそういう機構になっているとすれば結果的には同じだ。美しい物をより美しく、ってのはあるのだろうけれど、この手の記録的な要素の強いプログラムでもそうなんだろうか・・・あくまでも推測なのだが。

 その昔、写真(フィルム)の現像技術では実際の色に近づけるんじゃなくて人間の記憶の色に近づけるようにしている、ってのを知って軽い衝撃を受けた記憶がある。実際の色に近づける方が技術的には簡単なのだが、それだと殆どの人が「発色が良くない」とか「こんな色じゃなかった」と感じるのだそうな。SONYのデジカメも似たような理由からそういう機構になっているのだろう。多かれ少なかれ、人間の手による「演出」が介在しているのだ。これって写真やビデオだけの話ではないんだろうねえ。

1561/20/02/2003
 科学系乗務員の記章(エンタープライズ専用)をゲーーーーット!。ええ、まだやってますとも。

 The Beatlesの3人の映像DVD化ってのは、Anthologyの特典映像の事だったらしい。そそ、映像の存在はプロモで観て知っていたのだが、なぜかアンソロジーには含まれてなかったんだよねぇ。それにしてもDVD5枚組で11時間20分ってのは、どう考えてもコアなファン向けである。それはそれで良いのだけれど、新しくファンになった世代が気軽に観ることができるダイジェスト版も必要なんでないの。ここ最近、これから音楽を好きなっていであろう世代へのサポートがとても手薄な気がする。

 昔はレンタルCDを大いに活用していた僕なのだが、ある時期を境に洋楽の新作CDはレンタルがNG(一定期間をおいてレンタルを許可する)ってシステムに変わったのだ。思い起こしてみれば、洋楽の最新動向が分からなくなってきた(気にしなくなり始めた)のはアレが境目だったような・・・。それから5〜6年ぐらい経ってからであろうか。洋楽が売れなくなってきたって言われ始めたんだよね。これはCDレンタルでカセットにダビングしてた世代が洋楽を聴くって習慣が無くなっちゃって、そのまま音楽をあまり聴かない大人になっちゃったからではないだろうか?。ずっと気にかけているCCCDの問題(あえて問題と言い切ってみる)だが、これもカセットがMP3になっただけで話は同じような気がする。今から5〜6年後、どうなるか大体の想像は付くよね。もう既に人気アーチストの新作よりも一昔前のコンピレーションの方が圧倒的に売れているという事実もある訳だから。

1560/19/02/2003
 会社の協賛行事ってことで「東京湾ディナータイムクルーズ」ってのに参加してきた。竹柴客船ターミナルから豪華(?)な客船に乗って、豪華(?)な食事を楽しみながら、東京湾をノンビリと遊覧するという企画である。え〜、結構良い値段がするらしいのです。会社の協賛(親睦目的に費用の一部を負担してくれる)ってのが無ければちょっと行かないかなあ、という感じではある。食事の方も・・・あれはフランス料理なんだろうか・・・それなりの物は出てきたんだけど、正直なところ「え、これだけ?」って感じ。お上品なのは結構なんだけど、どこか嘘っぽい臭いがするのだ。ま、メインは船から望む東京湾の夜景なんだから別の構わないのだが、それも陸から離れてしまうと辺りは一面の夜の海な訳で・・・正直時間を持て余してしまった。そうそう、終わり間際にデッキに出てみたのだけれど、2月の夜なんだから寒いに決まってるんだな(笑)。贅沢と言えば贅沢なんだろうけど、一回行けば良いかな。少なくとも大勢で行く所では無かったのかも。貴重な経験にはなったからトータル的にはOKだけどね。

 ビートルズの収録テープ押収。 つい先日にイギリスとオランダでオープンリール・テープ500本が押収されたばかりだが、今度はシドニーでの摘発。The Beatles(White Album)〜Abbey Road期の音源らしいのだが、これがマスターテープなのかコピーなのかがハッキリ分かっていないらしい。どっちにしてもThe Beatlesクラスのアーチストでも、テープを持ち出されたりコピーされたりしてるってことだ。多くの音源が世界中に散らばっていると考えても良いだろう。個人的には、聴くに値するこの時期の未発表音源は殆ど揃えちゃってるので割とどうでも良いのだけれど。

 ポールが4月から欧州ツアーを開始。非公式ながら以前から予定は組まれているとは聞いていたので、これは別にああそうかって感じなのだが、問題は記事の後半。1994年のアンソロジー製作時の3人のビートルズの姿がDVDで発表される。Real Loveのプロモなどでもそのシーンの一部は観ることができたのだが、まとまった形で公開されるのはこれが初となる。興味の無い人には全く興味が無いのだが、ビートルズ解散後にポールとジョージが同じ画面に揃って登場したことは無いだけに、どのような距離感で接していたのかに興味がある。言うなれば最後の「動く」ビートルズの姿である。観てぇ〜っ!。

1559/18/02/2003
 ついにと言うかやっぱりと言うか、バンダイが携帯ゲーム機「ワンダースワン」から事実上の撤退を発表。モノクロ液晶画面に代表される当初のシンプルなコンセプトは「ワンダースワンカラー」の登場によって崩れ去り、続いて「ワンダークリスタル」ではTFT液晶を採用したが、圧倒的なシェアを誇るゲームボーイと同じ土俵で戦えるはずもなく、あえなく終了と相成った訳だ。結局、勝負する方向が全然間違っていたのだと思う。高機能で複雑化したゲーム機(ゲームソフト)に辟易している層は間違いなくあるんだから、シンプルなハード&ソフト路線で行けばまだ活路はあったろうに・・・「カラー」が出た時点でこりゃダメだと思ったけどね。

 久しぶりに吉祥寺ロンロン地下の食堂街に行ったら、いつの間にか一人でも入りやすい店が増えていた。新宿や渋谷に比べて食事ができる店の多い吉祥寺ではあるのだが、一人で気軽に入れる店は案外と少ない。下北沢並に一人暮らし人口が多い街だと思うんだけどなあ・・・なのでちょっぴり嬉しかったりする。今日はトンカツ和幸の系列の店で豚丼を食す。カツ丼じゃなくて豚丼。結構イケルるかも。夕食時なのに何故か空いているってのも良い(笑)。

 僕は言葉による意思の疎通をあまり信じてはいない。その人が思っていることやイメージしていることを伝える手法としての言葉はあまりにも頼り無いと思うからだ。それが証拠に「結局のところこの人は何が言いたいんだろう」と感じることが少なくない。人が言ってることが分からないんだから、僕の言ってることも正確に伝わっていないことも多々あるのだろう。いつも「この人には僕の言ってる事がどこまで伝わっているのだろう?」という疑念を抱いてしまう。

 かと言って言葉を使わない訳にはいかないので、できるだけ相手がイメージしやすい言葉を選ぶことを心掛けているつもりだ。例えば何かを決めるときには「この件はどう対応しましょう?」ではなくて「この件はこうしようと思うんですがどうでしょう?」みたいにYESかNOで答えられるような質問の仕方をする。少なくとも「YESだけどこの部分はこうしよう」とか「ここがこうだからNO」って感じで、お互いのイメージを共有するためのきっかけを作るわけだ。

 ところがこういう質問の仕方をしているにも係わらず「いや、自分はこう思う」ってな主張だけで終わってしまう人がなんと多いことか。ここが良いとか悪いとか言わずに、思ってることを吐き出しちゃうだけで完結しちゃうのである。議論にならないと言うか、意見をまとめようとしているのに妥協点を探ろうとせず、それしか答えが無いって思いこんじゃってるタイプ。思いこむのは別に良いんだけど、それがどういう理由なのかをキチンと説明できない人が多いんだよねえ。もちろん、自分にも反省すべき点は多々あるのだが・・・。

 自分の思っていることを如何に整理して、如何に相手に伝えるかってのが重要なのだ。思いが相手に伝わらなければ何の意味もない。それがどんなに真に迫ったものであっても、である。自分の思ってる事があまりに伝わらなくて愕然とすることもあるし、信じられないぐらいに的外れな答えが返ってきてハットリ君のようにズコッとなるときもある。難しいねえ・・・でも一番大事なのはお互いが思っていることを理解するためにお互いが必死に努力することなんだけどね。それ無くしてはいくら頑張っても何も伝わらない。

 今では伝説になっているのだが、世界有数の頭脳集団を抱えていたかつてのパロアルト研究所では、頻繁に使われるジョークに番号が付いていて「おいおい、それじゃあまるで231番だよ」みたいな会話が成立していたという。これ自体がジョークのような話なのだが、イメージ共有の究極の形という点ではとてもロジカルで興味深いなとは思った。ルールを知らない人は全く会話に入れないという大きな欠点はあるんだけどね。

 イメージの伝達という面では「音楽」の方がよっぽど優れた手段だと思う。歌い方にしろ演奏にしろ作曲にしろ「こうしたいからこうなる」ってのがとても明確だ。だから音楽が好きだってのあるのだけれど、イメージの伝わらない音楽ほどつまらないものは無いってのもホント。さて、この文章の言いたいことは上手く伝わっただろうか?。

1558/17/02/2003
 CSSって知らない間にいろんなことができるようになってるのねえ・・・知らんかった。背景に画像を貼ってみる。常に右下に表示。

 ふぅ〜ん、こんなこともできるんだ。隠し機能みたいな感じで面白いな(笑)。CSSを使えば大抵のことはできるんだろうね、きっと。ちょっと時間が取れたら一通り舐めてみるかな。僕の欲する知識はCGIとかじゃなくてたぶんこっち方面だ。

 明日は早朝会議なのだ。いつもより1時間以上も早起きせねばならん。

1557/16/02/2003
 ちっとも休んだ気にならなかった週末。純粋に体力的に疲れたのであった。年齢と共に体力が衰えてくるってのは、鍛える為の時間が取れなくなってくる、ってのと同義なんじゃないだろうか?。ジムに通う時間なんてどうやったって捻出できないと思うんだが、みんなどうやってるんだろう。

 The Rolling Stonesのメンバーがステージ上で喫煙したことに激怒したニューヨーク市長であったが、携帯電話のマナーに関しては何故か腰が引けている。曰く「公衆衛生や安全に直接影響するようなものでないかぎり、行動規範的なものは、法律で強制するのではなく、なるべく形式的でない手段で守らせるのが一番だ」。これって究極的には一般的なマナーを守らない大人をどうやって取り締まるかって話でしょ?。敢えて「公衆衛生ウンヌン」って前置きは、喫煙は別なんだよって事の言い訳にしか聞こえなくて、なんかズルい気がする。直接的だろうが間接的だろうが迷惑は迷惑なのだ。

 もちろん、こんな条例を作らなくて済むんだったらそれに越したことは無い。僕がこの条例に賛成なのは違反者を取り締まって欲しいんじゃなくて、あくまでも抑止力としての効果があろうだろうという点である。少なくとも「法律で決まってる訳じゃねーだろ!」って言い訳は成立しなくなるんだからね。違反者に注意しやすい状況を提供するってのは意味があると思う。ついでと言っちゃなんだが、コンビニ袋をガサガサやったり、煎餅をバリボリ食う人にも、個人的には厳罰を処して貰いたい。マナーの悪い人の座席はタイムショックの椅子のようにグルグル回りながら奈落の底へ落ちてしまえば良いのにって思うもの。音に関する迷惑ってのはとかく軽視されがちだ。

 携帯電話と言えば運転中の危険性の話。ハンズフリー・フォンが発表された時から「そういう問題じゃ無いだろ?」と思っていた。同乗者との会話と大きく違うのは、頭の中で会話のイメージを想像しなくちゃならない(無意識に想像してしまう)ことにあるのだろう。電話での会話は意識を集中させる習慣が付いちゃってるだろうしね。「はぁ、なに? 聞こえないよ〜・・・わーっ!、ガシャーン!!」なんて状況は容易に想像が付く。

 んで、The Rolling Stonesは遂に武道館公演が実現。ストーンズと武道館の組み合わせで思い出すのが映画「太陽を盗んだ男」。中学の理科教師が原発からプルトニウムを盗みだし、独力で原子爆弾の製作に成功。原爆を盾に国家へ「ナイター中継を延長しろ」などの無理難題を突き付けるも、爆弾作成時に被爆していた事を知った主人公は・・・という物語。主演に沢田研二、それを追う刑事役に菅原文太。今ではすっかりカルトムービーとして崇め奉られているが、元を正せば典型的な70年代B級邦画。なので過度の期待は禁物ナリ。ネタバレになるのだが、主人公の無理難題のひとつが「ストーンズを呼んで武道館でコンサートをさせろ」ってやつだ。警察は嘘の「ストーンズ来日公演」をパニック覚悟で開催、観客として来るであろう犯人を会場を封鎖してでも逮捕するという作戦に出る。クライマックスは、犯人であることを見破られた沢田研二と、見破った菅原文太がビルの屋上で対決するシーン。菅原文太の印象的な台詞が今でも忘れられない。あの独特の渋い声でゆっくりとこう言うのだ。

「ローリング・ストーンズなんか来やせんよ」

 今日までこのページの枠(1日ごとのセンテンスで囲ってある青い細線のBOX)をTABLEタグで必死扱いて書いていたのだが何の事は無い、CSSの"border"をちょいと使えば簡単に作れることに気が付いた。今までの苦労は何だったのかしらん(涙)。ってな訳で見た目は同じだけど構造は大幅に変更されております。Mac版のIEでしか検証してないので見えなかったらスマヌ。

1556/13/02/2003
 「没美系的」。中国の方に伺ったのだが、こんな中国語は無いそうな(苦笑)。見間違えたのかなぁ・・・今度は何と見間違えたのかが気になる。

 関係ないけどThe Beatlesの「A Hard Day's Night」の出だしの部分、"〜It' been a hard day's night〜"って歌詞なのだが、ホントはこんな英語(の表現)は無いのだ。リンゴが不意に口にした妙な言葉がそのままタイトルに採用されたという。日本語で言い表すのは難しいのだが「今日はずーっと忙しかったなぁ・・・の日の夜」ってな感じかな。

 別に何てこと無い一日だった。朝起きて、会社に行って、そこそこ仕事、そこそこ会議、そこそこ会話、これと言った新発見も無く、これと言ったトラブルも無く、これと言ったアイデアも浮かばず、適当に切り上げて、夕食を買って帰宅、一人で夕食、観たいTVは無いけど何となく観る、風呂、そろそろ就寝。よく考えてみると、こういう何でも無い日の比率の方が圧倒的に多いんだよな。辛くは無いが楽しくも無い。超安定政権。これを悲しい日々だと感じ始めると、また気落ちした毎日になってしまう。今日の所はまだ大丈夫な模様。自分がどういう周期で回っているのかが少しずつ分かって来ちゃったので、別段どうという訳でも無い。

 眠いのでもう寝る。明日は仕事場から実家に直帰予定。

1555/12/02/2003
 通勤電車、中国の方であろうと思われる女性が単語帳で日本語を勉強していて、僕の立ち位置からは裏面の回答(中国語)しか見えなくて、その問題の答えの一つに「没美系的」という言葉が書いてあった。どういう意味なんだろう。すげー気になる。

 大学時代の友人のバンドgargleCircleのライブに行って来た(at 西荻 Turning)。友人はバンドの音をオルタナ系と表現していたが、それだけではちと表現しきれない微妙な浮遊感みたいなサウンドを出していたように思う。なんだろな・・・鬱が抜けた初期PinkFloydの21世紀型とでも言えば良いのだろうか。これと言う特定のジャンルにカテゴライズするのは難しい。音楽的には割と僕の好きなタイプの音であった。今回がデビュー・ライブだったとの事で、正直こなれていない部分もあったように思うのが、今後どのように音が変化していくのかちょっと興味アリ。初対面のお二人にはそれはそれはご丁寧に挨拶していただき、逆に恐縮してしまったり。もうちょっと「これでも食らえ!」的な勢いがあっても良いかと思われます(笑)。

 それにしてもライブハウス事情というのは僕がバンド活動をしていた頃からあまり変わっていないんだよね。チケットのノルマが大変だったり、友達に集合をかけたは良いけどライブ慣れしていなくて仁王立ちだったり、お客が少なくて見ている方が恥ずかしかったり(ちなみにgargleCircleのお客は僕を含めて3人だったそうな)。夢物語かもしれないけど、なんかこうお客でも出演者でももっと気軽に交流できたりする場になればもっと楽しいのにね。なんかちょっと勿体ない気がする。一人で見に行くと間が持たないのよ(苦笑)。

 音楽ってのは昔はライブしか無かった訳だけど、今のように作詞・作曲・録音・編集までを一人で、それも自宅でこなせるようになってくると、逆にライブ演奏が音楽的な解釈の幅を広げる機会に成り得たりするものだ。CDで聴くとそうでも無かったのにライブで聴くとスゲー良い曲、って思うことも少なくない。もちろんその逆もあるけどね。え〜と、何が言いたかったんだっけ・・・まあ、たまにはライブも良いなってことで(笑)。

1554/11/02/2003
 動物を撮影するのは思いの外難しいものである。かれこれ30枚以上撮っているにも係わらず、未だベスト・ショットと呼べるレベルには至っていない。

 突如として友人宅での餃子パーティーに参加。休日前とは言え、平日に開催ってのはひょっとして初かも。なんだかんだで食事が始まったのは21:00過ぎ。鱈腹食った後に何故かトランプの「どぼん」大会に突入。トランプなんてめっちゃ久しぶりやねぇ。意外に新鮮かも・・・でも、朝の4時までひたすら「どぼん」なのはどうかと(苦笑)。そのまま就寝。

 翌朝(というかすっかりお昼)、だらだらと起床。昨日の夜に借りたDVD「オースティン・パワーズ ゴールドメンバー」をみんなで観る。レンタル店で何を観ようかと選んでいるときに、僕が「これ、面白いよ〜(僕はね)」と言ったのが運の尽き。いや、僕にとっては抜群に下らなくて大好きな作品には違いないのだが、その他のメンバーには大不評(苦笑)。「下らない作品」という感想は概ね一致したのだが、それを面白いと捉えられるかどうかが評価の分かれ目。更にシリーズ3作目ってことで、下らなさが頂点に達していた訳で、そんな濃い作品を最初に見せたのが間違いだったような気もする。改めて観たけど、ホントに酷いもんねえ(笑)。

 分からない人にはサッパリ分からないギャグやパロディーが満載なのも評価が芳しくなかった理由のひとつだろう。豪華セレブのカメオ出演の意味すら分からなかったみたいだし・・・。そうねえ、強いて言えばキムタクと井川遙と竹中直人と黒沢明と浜崎あゆみと西田敏行が「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」に出演しているような感じかしら。とにかく金をかけまくってトコトンまで下らなさを追求している、ってところがアメリカ的で楽しいんだけどねえ・・・すんません、ちょっとやそっとじゃ効かなくなってるんです、僕(冷汗)。次回こそはこの場に相応しい絶妙なセレクトをお約束する。

 Bamboo Gardenの新プロジェクトとして「ライトセーバを作ろう!」を提案したのだが、即刻却下。ハード屋曰く「そういう注文を出されたら本当に切れちゃうヤツ作っちゃうから危ないよ」とのこと。確かにセーバの刃が間違って30mぐらい伸びちゃったら危ないわな(笑)。面白半分で適当な提案をしちゃうと本当に作りかねない恐ろしさがハード屋にはある。

1553/09/02/2003
 またもや何もしない休日。

 DVD「Hell Freezes Over」を観る。1994年にMTVの番組のために再結成されたイーグルスのスペシャルライブ映像を収めた作品である。このステージの模様は先行してCD化されていて、そのサウンドを聴いたときに「うひゃ、これはイーグルスだ!」と驚いた記憶がある。もちろんイーグルスには違いないのだが、数ある再結成の中でもここまで全盛期のサウンドを再生できているバンドは珍しいと思った。昔の面子が集まって昔の曲を演奏しているだけではない、正にイーグルス再臨って感じであった。そういう経緯もありつつ、今回のDVDという流れなのである。

 このDVD作品でまず最初に注目したのが音のMix。ライブ感を重視し過ぎて音の輪郭がはっきりしなかったり、逆に手を加えすぎてライブ感が希薄になってしまうライブ作品が多い中、非常にストレートで且つ各パートがクリアに聴こえる見事なサウンドに仕上がっている。これはOK。

 肝心の演奏の方も全く問題なく、それぞれが現役のミュージシャンとして活躍していることもあってか、ブランクなどまるで感じさせない完璧な内容。どこから観ても完璧な再結成なのだが、これがどうも面白くないのだ。映像的に花の無いメンバーであるという分を差し引いても、なんかこう盛り上がらないというか、とにかく面白くないのだ。そのまま全部を観ていることが辛くなってきて、途中からスキップ・ボタンの連打する羽目になってしまった。う〜ん。

 僕は1995年に東京ドームで再結成イーグルスのステージを目撃している。その時も同じように「イーグルス再臨」を感じたのだが、同時に「これがそうなの?」っていう収まりの悪さを感じたのも事実であった。メンバーの現役感覚や演奏、ハーモニー、単なるノスタルジーでは終わらない完璧なイーグルスの再演。どこにも死角は無かったのに何故?という思いがずーっとあったのだけれど、その思いが着地したのは「あまりにもレコードと同じ」っていう場所。世界最高のイーグルスのコピーバンドを観ている気分、とでも言えば良いだろうか。内容は完璧だったのだけれど、それだけだった・・・みたいな。

 そもそも、イーグルスってのは演奏が抜群に上手く、全員が作曲し、全員がボーカルを取れるというロック史上まれにみるスーパーなバンドであった。それ故、ああいう完璧なステージ演奏、見事なコーラスワーク、ギター・アンサンブル、そして楽曲群が生み出されたのだろうけれど、それと引き替えに「ライブならではのドライブ感」みたいなものはとても希薄なのであった。これはたぶんイーグルスが現役だった頃からそうだったのだろう。ロック・バンドとしてのスタイルを追求して行き着いた先は、どこかロック的では無かったのだ。僕が無意識に感じ取ったのはたぶんそういう部分だったのであろう。

 このDVDを観ていて思ったのは、このステージを心から楽しんでいるメンバーは一人もいないんじゃないだろうか、って事だ。いや、もちろん嫌々に演っている訳じゃないんだけど、心の底から沸き上がってくる衝動とか、音楽を演奏することの喜びとか、そういうロック的な勢いみたいなものが全然無いのだ。リハでもステージでもジョークの一つも言わずに淡々と演奏が続いていく。その中でも比較的、ステージを楽しんでいるように見えたDon Felderが後に解雇されているのも、強ち関係の無い話でも無いのかも知れない。

 かつてDon HenleyがベストヒットUSAにゲスト出演した際に「再結成は絶対にあり得ない」と言い切っていたのだが、その後にどういう心の変化があったのだろうか。そして完璧な形で再結成を果たした、アメリカの象徴である鷲を名に冠したこの伝説のバンドは、再結成することで「そんな伝説など本当は存在しなかったんだよ」とでも言いたげな風に僕には見えた。全てはバンド稼業=お仕事=ビジネスだったのかも知れない。でも僕はそれを寂しい事だとは思わない。The Eaglesの作品群が素晴らしい音楽であることには変わりはないし、その解釈は聴き手が好きなようにすれば良いのだから。

「まあまあ、落ち着いて下さいよ。我々はここに留まる運命なんですよ。もちろんチェック・アウトは好きなときにできますよ。でも、あなたはここを離れることはできないんです」(Hotel California)

1552/08/02/2003
 映画「ハリーポッターと秘密の部屋」を観に行く。はっきり言ってあんまり期待していなかったのだが、これがなかなか面白かったのだ。作品自体の設定や作りなんかは前作と殆ど同じレベルだったのだが、今回は2作目だから「この人はこんな人」「この人は悪役」みたいに登場人物のイメージが頭の中で完成されちゃってる訳だ。人物描写ってのは映画の中でもキモになる部分だから、それを最初からクリアしているってのはやっぱり大きい。特に「ハリーポッター」のシリーズは善玉、悪玉が非常に分かりやすい(役者の顔を見ればすぐ分かる)し、最後にはハリーが勝利するだろう事はみんな分かってる訳で、かなり安心して観ていられるのだ。そういう意味では「水戸黄門」と同じ楽しさって感じ。うまくシリーズ化の路線に乗れたんじゃないかなあ。今作の努力賞はロックハート先生。典型的なナルシスト&ダメ男を見事に演じていてかなり笑える。Robert Palmerとかなりダブルねえ(笑)。クオリティーがどうこうという話じゃなく、シリーズ物としての楽しみが見出せたという点ではかなり評価できると思う。まあ、主役の彼を見付けてきた時点でもう勝利なんだろうけどね。しっかし、よー似とるわ(笑)。★★★☆☆。
1551/07/02/2003
 先日、ビートルズ・ネタのコラムを書いているときにリンゴ・スターのソロアルバムを一枚も持っていないことに改めて気が付いた。こりゃマズい(何が?)と思い、早速1stの「Sentimental Journey」を購入。リンゴと言えば、間接的に元ビートルが勢揃いした「Ringo」や、超豪華ゲスト陣参加の「Goodnight Vienna」あたりを選んで然るべきなのだが、そこを敢えて1st。リンゴが愛して止まないジャズ、ポップスのスタンダード・ナンバーのカバー集という何ともリンゴらしい、ほのぼの〜とした作品なのである。はっきり言って歌は下手。それでもリンゴ自身の発するオーラと言うか、人を惹きつけて止まない不思議な魅力がアルバム全体を包み込んでいて、聴いていてかなり楽しい。音楽それ自体では無く、歌い手のキャラクターが最大の売りになっているという点ではモーニング娘。なんかと同じなのだが、リンゴという人間が持つ求心的な魅力は他のウィーク・ポイントをカバーして有り余るほどの強さを持っている。なんつーか全て許せちゃうのだ。キャラクターが面白くないキャラクター商品ほどつまらんものは無いからねえ。そういう意味では十分に秀作。しかし歌下手だな(笑)。

 The Beatlesを聴き始めた頃、彼らが設立したレーベルの「Apple」ってのは、てっきりリンゴ(林檎)から取ったと思いこんでいたのだが、正解は教科書の最初のページにあった「AはAppleのA」という文言からポールが名付けたのであった。また、リンゴ・スターってのも実は芸名であって、本名はリチャード・スターキー。アマチュア時代、たくさんの指輪(Ring)を付けていたことからリンゴと呼ばれるようになったという。なのでリンゴとAppleは全く関係無いのであった。ちょっと面白い偶然だけどね。

 僕は1989年に武道館でRingo Starrのコンサートを観ている。Ringo Starr & His All Starr Bandという触れ込みで、Dr. John、Joe Walsh、Billy Preston、Jim Keltnerという豪華な面子を引き連れたステージであった。確か松村雄作氏に「酔っぱらいのカラオケ」と評されてたっけ。当たらずとも遠からずなんだが、それなりに楽しいステージだったことは間違いない。後にこのツアーのライブ盤が発表されたのだが、何が悲しいってビートルズ・ナンバーが全く収録されていないことである。もちろんYellow SubmarineやWith A Little Help From My Friendsなんかも演ってはいたのだが、これまた版権の問題でNGだったらしい。なんなの、これ?。

1550/06/02/2003
 The Beach Boysの次はThe Doorsがバンド名を巡って裁判沙汰。以前に述べた「そのバンド(バンド名)がどういう条件で成立するか」という視点から考えた場合、やっぱJim Morrison抜きでThe Doorsは辛いんではなかろうか?。1ファンとしてはそう思う。Freddie MercuryがいないQueenが成立しないのと同じように・・・。

 先日、購入したジョージ・ハリスン追悼コンサートのブートレグ「Concert for George」を聴き込んでいるのだが・・・いや、オーディエンス録音にしては音質もまずまずだし、豪華な顔ぶれがジョージの名曲を演奏するって事自体が凄いのだけれど・・・なんかこうシックリこないのだ。Paul McCartneyの歌うFor You Blue、All Things Must Pass。Eric Claptonの歌うIsn't It A Pity、While My Guitar Gently Weeps。なんだろね、もちろん初演に近い状態なので歌いこなれて無いっていうのはあるんだけれど、面白くないというか味が無いというか・・・凄く下手っぴに聴こえてしまうのだ。これはたぶん演奏力の問題では無くて、ジョージの作品はジョージが歌ってこそ価値がある、という証明なんではなかろうか。それはFor You Blueのちょっと控えめな味わいだったり、While My Guitarの男泣きの雰囲気だったり、って感じなんだろうね。そういう趣みたいなものが全然違うのだ。ホント、まるで違う曲のようだもの。ジョージ作品の奥深さを改めて知った感じである。

 今朝、通勤途中に歩道を歩いていたら向かいから中年のオッサンが歩いてきて、当然そのまま真っ直ぐ歩き続けたらぶつかっちゃうからとっさに左側に避けたのさ。僕は僕が避けたのと同じぐらいの感じでオッサンも反対側に避けると思っていたんだけど、これが全く避ける気が無かったらしくそのまま真っ直ぐ突進して来たのよ。お互いにちょっとずつ避ければちゃんとすれ違えたはずなのに、オッサンがどかなかったから体半分ぐらいがぶつかっちゃった訳だ。当然、僕は「なんで避けないわけ?」と思うさね。そしたらオッサン、すれ違いざまに「チッ!」とこれ見よがしに舌打ちしやがったんだよ。なんなの、あれ?。どういう人生を送ればああいう人間に育っちゃうわけ?。寝起きが悪かったのか、朝食が不味かったのか、出社したら会社が倒産してたのか知らんけど、体半分だけ避ければ済む話じゃない。なんでそれができないのよ?。ああいう大人が一番ムカツク。そしてああいう大人が凄く悲しい。

1549/05/02/2003
 宇宙艦隊の記章、きたーーーーーーっ!!!(喜)

 今更ながらThe KLFの「Chill Out」なんぞを聴いてみた。 90年代のアンビエント・ハウスを語る上で最も重要な作品と誉れ高いアルバムである。

 当時、流行していたハウスやテクノには今ひとつのめり込めなかったのだが、アンビエント系のそれは意外にすんなりと馴染むことができた。元々、サイレントな電子音楽が好きだったからだと思うのだが(ちなみにYMOで一番好きな曲はCastalia)、肝心要のThe KLFだけは何故か通り過ぎていたのであった。

 そんな訳で、かなり以前から聴こう聴こうと思っていたのだが、版権の関係からか日本版CDは入手困難な状況になっていた事もあり、それからずっと忘れていたのであった。それがつい最近になって思い出し、またもやAmazonで1Clickしたという次第である。

 で、聴いてみたところ、思っていた以上にサイレントな音楽であった。どちらかというと環境音楽に近いのかも知れない。万人にお勧めできるような内容では無いけれど、音の森林浴とでも言えば良いのだろうか、正に「Chill Out」って感じの究極的なリラックス音空間が構築されている。僕はそれなりに気に入った。長く付き合えそうな作品である。

 驚いたのは7曲目の"Elvis On The Radio, Steel Guitar In My Soul"という作品。ここではElvis Presley後期の代表作"In The Ghetto"がサウンドのモチーフとして使われているのだ。まさかアンビエント・ハウスの代名詞みたいな作品で、それも俄にElvisで盛り上がっていたこの時期に、こんな形でElvisに再会するとは思わなかった。音楽は魔物だ。

1548/04/02/2003
 フィル・スペクター、殺人容疑で逮捕!

 ビートルズ好きでスペクターの名を知らない者はいないだろう。 アルバム「Let It Be」のプロデューサー・・・いや、ピアノ弾き語り風の曲であった「The Long And Winding Road」に大袈裟なオーケストラ・アレンジを施してポールを激怒させた人物としての方が有名かも知れない。

 1961年にPhilles Recordを設立、多重録音とエコーを多用した「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれる手法を確立し、The CrystalsやThe Ronettes、The Righteous Brothersなどで次々とヒットを飛ばした。ポピュラー音楽界に大きな功績を残した、恐らく世界初のスター・プロデューサーであろう。確かに、彼の手がけた作品群は当時の他のレコードとは圧倒的にサウンドが違う。音に厚みがあると言うか、丁度良い感じにぼやけた感じと言うか、もう本当に「ウォール・オブ・サウンド」としか言いようが無い、独特で印象深いサウンドなのである。

 今では信じられない事なのだが60年代の中頃、レコードの音がモノラルからステレオに移行する時期にステレオ録音を良しとしない人々が少なからずいた。音が中域でグシャッと固まっているようなモノラル独特の耳障りと言うか、そういうサウンドに愛着のある人々によってステレオ録音は歓迎されなかったのだ。スペクターもその一人で、彼は「Back To Mono(モノラルに帰れ)」というキャッチフレーズと共にステレオ反対を推進していた(表紙に掲載したバッジはその時の物である)。その後、ステレオ時代の「ウォール・オブ・サウンド」は大滝詠一氏によって確立される(笑)。

 しかし、フィル・スペクター。確かにこの人は昔から奇行が多いことで有名ではあった。John Lennonの「Rock'n Roll」では録音途中でジョンと口論となりマスターテープを持って失踪、やっとのことでテープは取り戻したものの、その半分以上が使い物にならなくなっていて再度、録音を行って作品を完成させた、という逸話も残っている。「ウォール・オブ・サウンド」という驚異的な手法を生みだしたのには、彼自身のある種偏執狂的な性格、異常なほどの「わがまま」と孤独癖が大きく関わっていたという説もある。天才となんとかは紙一重なのだろうか・・・。

 関係ないのだが、うっかり初回を観てしまった事もあってドラマ「僕の生きる道」を見続けている。余命一年を言い渡された28才の男が死の恐怖や葛藤を乗り越えながら自分の人生を見つめ直していく、という内容。至極ありがちな設定ではあるのだが、これがなかなかの力作なのである。主役を演じるのはSMAPの草なぎ剛。元々、役者としての彼の存在は気になっていたのだが、この作品は彼の代表作になる可能性を秘めていると思う。興味深かったのは、余命を宣告されてからビデオ日記を撮影していることだ。毎晩、部屋で一人、その日にあった事や思った事をカメラに向かって淡々と語り、それを誰の為でも無く録画していく。後の展開でこのVTRが何らかのキーワードになっていくのだろうけれど、自分が生きていた痕跡を残そうとしているようで、何となくシンパシーみたいなものを感じる。これも記録なのだ。

1547/03/02/2003
 結局、店頭では見付けられなかったPaul McCartneyの「Press To Play」をAmazonで購入。東芝EMIよ、元ビートルのソロ作品ぐらいちゃんとディストリビュートしろってば!

 あんまり記憶が定かじゃないのだが、この作品が初めて意識的に、そしてリアルタイムで聴いたPaulのソロだったような気がする。個人的には愛着がある作品なのだが、一般的な評価は今も昔も最低である。チャート・アクションもPaulの歴史の中で最低・・・とは言う物の英国8位、米国30位なんだけどね。Paulにしてはパッとしなかったってこと。George Harrisonで言えば「Gone Troppo」みたいな作品だ。これじゃ余計に分からないか(苦笑)。

 確かに今聴いても、ちょっとサウンドをいじり過ぎ、加工し過ぎかなあと思う節はあるものの、Paulらしいセンスが随所に鏤められている隠れた秀作であることは間違いない。シングルカットされた「Press」は軽快なポップ・チューンだし、老人の心の痛みを歌った「Footprints」、ラブ・バラードの名曲「Only Love Remains」など以外に粒揃いだったりする。なんで売れなかったんだろう・・・。

 この時期のPaulはあまり良いことが無かった。脚本、音楽、主演を手がけた映画「ヤァ!ブロード・ストリート」は興行的に失敗(後に本人が「自分に酔っていた」事を認めた)、ビートルズの版権を巡ってジョージ、リンゴ、ヨーコとの関係が悪化(ビジネス交渉の末、ポールの分の印税を値上げさせた)、休暇で訪れていたバルバドス島で大麻不法所持で逮捕(ついでにリンダも逮捕)、マイケル・ジャクソンがビートルズの出版権を持つATVミュージックを買収(マイケルに音楽出版ビジネスを勧めたのは誰あろうポール本人である)、ゴシップ誌にジョンを罵倒する発言をしたと報じられ話題となったり(後にその事実は無かったことが判明)、まあツキが無かった時期なのかもね。

 僕が思うにこの時期、この作品に収録されている作品のライブ演奏が全く行われなかったことに原因の一端があると思う。前作の「Pipes Of Peace」や「Tag Of War」はもちろん名作だがロックしている部分が少なかったのも事実。そこへ再びロック色が復活したこの作品で、ポールがロックしているイメージ、雰囲気が上手く伝わらなかったのだろう。それが証拠にライブ映えしそうな曲がいくつも収録されている。いつか、どこかで、こういう隠れた作品群を小さなライブハウスで軽やかに演奏して欲しい物だ。そう言う訳で、この作品がより再評価されることを希望する。僕は好きだよ、このアルバム。

1546/02/02/2003
 惑星連合章をGet!。ここで一気に「だからどうした」感がムクムクと沸いてきた。ま、だからどうした・・・だよな、確かに。

 ここ最近、予定の無い休日は何にもしない。今日も信じられないぐらいに何もしなかった。ただひたすら眠り続けてたって感じ。無駄な時間の過ごし方だとは思うが、起きていたところで何かするって訳でも無いしねえ。何にもしない休日に寂しさを覚えた時期もあったけど、今はあんまり思わなくなっちゃった。ひょっとするとかなり重症なのかも知れないけど、まあこれも「だからどうした」だな。こうやって時間だけがどんどん過ぎて行く。

 夕方からマンションの管理組合の会合に出席。とうとう理事になる順番が回ってきてしまった。役職は庶務と会計。早速、今日の議事録を作って回覧しなくちゃならん。あ〜ぁ、めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい。

1545/01/02/2003
 出かけついでに西新宿のレコード街を散策。特にこれといって欲しい物は無かったのだが、 一端足を踏み入れてしまうと手ぶらで帰るのも何だか寂しい(苦笑)。

 と言うわけで、本日の獲物その1。「Concert for George」は2002年11月29日に催されたジョージ・ハリスン追悼コンサートのブートレグで、良質なオーディエンス録音&コンサート完全収録の3枚組。第一部はラビ・シャンカールのインド音楽、第二部はクラプトン、ジェフ・リン、トム・ペティー、そしてリンゴとポールがそれぞれジョージの名曲を演奏している。FAB4はもう2人になっちゃったんだよねえ・・・しんみり。この追悼コンサートについては公式サイトにインフォメーションがちょっとだけ掲載されているけれど、コンサートの模様はこっちの方が良く分かるかも。

 本日の獲物その2。Pink Floydの「Echoes In The Gardens」は1975年6月18日、ボストンでのライブを収録したブートレグで、奇跡的な超高音質オーディエンス録音&コンサート完全収録。この時点では未発表だったCrazy Diamondの原型、「狂気」の完全演奏、締め括りは1CD丸ごとにも及ぶEchose。オーディエンス録音なので実際にその空間で鳴っていた音、会場の臨場感や高揚感がダイレクトに伝わってくる。おまけにバンド演奏は最初ライン録音かと思った程にクリアに聴こえる。いわゆる「大当たり」って奴だ(いぇい!)。僕が相も変わらずブートレグに魅せられるのは、極々たま〜にこういう壮絶な音源に遭遇するからである。数あるPink Floydのブートの中でも最高傑作の部類に入る逸品であろう。お値段も超一級品だったけど(涙)。

 吉祥寺で小型の電気ヒーターを購入。レトロちっくを通り越して殆ど業務用とも思える愛想の無いデザインに惹かれたのであった。そもそも我が家には暖房器具(ガスヒーター)が1台しかなく、ガス管の長さの限界で別室には持ち込めないという状況があった。もう一台、小さくて小回りの効く暖房器具が欲しいなあと思っていたところだったのだ。お値段は前述のPink Floydのブートと同じぐらい(苦笑)。

 この5枚組DVD はひょっとしてAnthologyですか?。予約を受け付けてるってことは・・・むむむ。

1544/31/01/2003
 近所のコンビニでスタートレックピンズを発見。早速、買ってみたのだが出てきたのは見慣れぬ紋章のピンズ。解説によれば「Maquis Patch:カーデシア領内の連歩植民地の住民たちが自衛のために作った自走地下組織マキのシンボル」とある。う〜ん、分からない(苦笑)。

 家に戻ってガスヒーターをのスイッチを入れたがウンともスンとも言わない。どうやら付けっぱなしで出かけたらしく、ガス栓の安全装置が作動してしまったようだ。当然、お風呂もコンロも火がつかない。早い段階で状況は分かったのだが、我が家のガスの元栓がどこにあるのかが分からないのだ(苦笑)。庭やらベランダやらあちこち探して、やっと玄関横の大きな鉄の扉に行き着いた。ここがウチのガスの元締めなのね。メータ上部に赤いランプがあって、5秒間隔で2回ずつ点滅している。ガス会社がくれた冊子によれば長時間のガス流入があったときのサインらしい。安全装置を外して待つこと3分。なんとか無事にガスが復活。ホッ。この時期に暖房が無いのは辛いのだ。動いて良かった(苦笑)。

 ニュース23にて来日直前のThe Rolling Stonesのインタビュー。しかしミックは相変わらず歌下手だねえ(笑)。チャーリーが異様にカッコ良い爺さんになっていたのに驚き。どこかの伯爵みたいだよ(笑)。ロニーはちゃんと老けてはいるんだけど相変わらず良い人って感じ。キースの存在感はやはり別格。昔ながらのロックスターの風貌を今に継承する人なんだろうねえ。インタビューで「若い世代にドラッグが蔓延していますが、そんな彼らに何かメッセージを」の問いに一言「生き延びろよ!」。ドラッグ時代を生き延びたキースならではの重み。不謹慎だとは思うけど、すげーカッコ良いなと思ったよ。本来、ロックのそう言う側面って好きじゃないんだけどね。トリップしたければPink Floydでも聴けばいい。

  GEのサイトにあるホワイトボード。筆跡を含めた形で保存やメールできるのが楽しい。こんな感じ。ちょっとしたメッセージを送るときなんかに良いかも。ペンタブレットを使うともっと楽しいんだろうねえ。

1543/30/01/2003
 その内部事情。そろそろ買い換えの時期だとは思っているのだが、どう見積もっても30万を下らないというのが躊躇している理由。30万を下らない理由は液晶ディスプレイが欲しいからだ。そりゃ一時に比べればバカみたいにリーズナブルな値段にはなっているのだが、安いPCが買えちゃうぐらいの値段ってのがねえ。iTunes3Safariを試してみたい・・・

 そんな夢物語の対極にあるかのような仕事用PCのセットアップ。やっと終わったのだが、半ば諦めたというのが実状に近い。結局、マルチブートもディスク丸ごとバックアップも上手く行かず、問題を先送りにしただけ。とほほ。FDドライブをケチったのが失敗だった模様。

 時間の都合上、ヘッドフォンで音楽を聴くことが圧倒的に多いのだが、巷に溢れ帰っている「ステレオ録音」ってのは実際に耳で聴いている感じとは随分とかけ離れた音像であることは言うまでもない。普通、ステレオ録音する場合は左右のマイクを離して設置する。例えばオーケストラを録音する時には10mぐらい離して置いたとしよう。これをヘッドフォンで聴いた場合、10mの距離のある音像が右耳から左耳までの距離に圧縮されることになる。そもそも頭の中に音像の中心が来るってのが変と言えば変なのだ。

 そういうジレンマを解消しようと試みたシステムが「Binaural」である。以前にドルビーヘッドフォンの事を書いたが、あれは(乱暴に言っちゃうと)ヘッドフォンで立体的な音像が得られるように5chのソースを2chにダウン・コンバートしたものだ。そんなことするぐらいだったら最初から立体的な音像が得られるように録音しちゃえ、ってのがこのバイノーラル・システムと言える。聴き手がその場で聴いた音(耳に届いた音)を収録するために、人間の頭を模したダミーヘッドの耳の部分にマイクを仕込んで録音する訳だ。

 この手の技術、実はだいぶ昔から存在していたりする。意識して聴いた最初の体験はMichael Jacsonの「Dangerous」に収録されていた"Black or White"のイントロ部分だ。曲の始まる前にちょっとした寸劇が挿入されていて、マコーレ・カルキン演じるロック大好き少年が部屋がステレオをガンガンに鳴らしている。それを諫めようと父親が部屋のドアをドンドン叩く。このドンドンが立体音響だったのだ。夜中に布団に入ってCDを聴いていた僕はあまりのリアルさにびっくりして飛び起きたのであった。いやホント、飛び起きるってこの事だって思ったもの(笑)。

 ただし、実際には2つの耳だけで音を認識しなきゃならない訳で、サラウンドのような360度の立体音響をそのままって感じにはならない。あくまでも立体っぽく聴こえるって感じだ。バイノーラル録音のサンプル音源を聴いてみたのだが、一般的なステレオ録音よりも広がりのある音像というのは間違いないのだけれど、これが立体音響か?と言われるとちと違うような気もする。この手のシステムで効果があるのはやはりライブ録音なのであろう。実際に目の前で演奏しているような、という音像には適しているはずだ。これでThe Whoの「Live At Leeds」とかJames Brownの「Love Power Peace」とか聴いてみたいな。逆に楽器ごとに別々のマイクで録音したものや、そもそもマイクで録音したものじゃない音源(シンセが中心の打ち込みもの)だと元から「自然な音像」なんてものが存在しない訳で、あまり効果はないのであろう。テクノの醍醐味は頭の中で音が回っているような感覚だったりるすもんね。目の前で演奏しているようなテクノ・・・かぁ(笑)。

1542/29/01/2003
 コラム「「ビートルマニアに100の質問」への回答」を掲載。意気揚々として取り組んだものの、思ったほどには面白くならなかった気が・・・。

 The Beach Boysの元ギタリスト、Al Jardineが結成したバンド「The Beach Boys Family & Friends」が他のメンバーから訴えによりバンド名使用を差し止められた。このバンドはAl Jardineと彼の息子、Brian Wilsonの二人の娘、ビーチボーイズのバック・メンバー等が参加しているので、確かに「ビーチボーイズ・ファミリーと仲間たち」には違いない。ただし、本家本元のThe Beach Boysは今でも精力的にツアーなどを行っているわけで、やっぱちょっと反則気味かなあって感じはする。

 そのバンド(バンド名)がどういう条件で成立するか、ってのは微妙な問題ではある。Badfingerはリーダー格であったPete Hamの自殺によって自然消滅的に解散したのだが、後に2人の元メンバーが別々にBadfingerとして活動を再開。一時期ではあるが、本家Badfingerと名乗るバンドが2つ存在していたことになる。

 Jefferson Airplaneは度重なるメンバーチェンジを経てJefferson Starship、Starshipとバンド名も変わっていき、気が付けばオリジナル・メンバーは一人もいなくなってしまった。そんな中、今度はJefferson Airplaneがオリジナル・メンバーで再結成してしまう。元は同じバンドであったJefferson AirplaneとStarship。これはどっちが本家?。

 本家騒動で最も話題となったのはYesだろう。こちらもメンバーチェンジを繰り返し、昔からのメンバーは2人だけになったのだが、そのうちの1人が脱退。全盛期のメンバーを集結させバンド活動を始めたのである。この場合は残った1人の方にYesを名乗る権利があったようで、新バンドはYesという名称を使うことができなかった(結局、Anderson, Bruford, Wakeman, Howeというメンバー名を羅列した長い長いバンド名となった)。しかし話はここで終わらない。なんとこの2つのバンドは後に合体し、8人体制のYesとして活動することになったのだ。僕はこの8人のYesを横浜で目撃したのだは、それはそれはとてもお得な気分であった(笑)。

 The Beatlesの解散に纏わる裁判というのは結局の所、Paul McCartneyが脱退した後にThe Beatlesという名称を使わせないようにするもの、即ち完全に解散させるためのものであった。当初、残った3人のメンバーはKlaus Voormanを新メンバーとして迎え入れる可能性を検討していたという。

 YMOが再生することになった際、メンバー全員が揃ったにも係わらずバンド名が商法登録されていた関係でYMOという名称が使えなかった。半ば冗談のような解決策はYMOのロゴにバッテンを付けるというもの。YMOでは無いってことらしいのだが、なぜこれならOKだったのかは不明。

 Guns n' RosesのオリジナルメンバーはボーカルのW.Axl Roseだけになってしまった。果たしてこれをガンズと呼べるのだろうか?(言えねぇだろう)。バンド名を誰が引き継ぐかってのは本人の思惑だけじゃなく、ファン心理もあるからねえ。難しいもんだ。

1541/29/01/2003
 Billy Joelが自動車事故で入院。この人はどうしてこうもプライベートでは不幸なのかねえ。この記事にある83年のバイク事故ではピアニストの命とも言うべき右手の親指を複雑骨折、今では動かすこともできない。ステージなどではテーピングで固定してピアノを弾いているのだ。そんな状態であれだけの演奏ができるってのも凄いんだが・・・。

 Billy Joelは60年代後半から音楽活動を続けるも最初の頃はなかなか芽が出ず、コインランドリーで寝泊まりする程のどん底の状態で、自殺未遂を起こすほどの失意の日々であった。やっとのことで発表した1stソロアルバム「Cold Spring Harbor」であったがプロデューサーと意見が合わず納得の行かない仕上がり(僕は結構、好きなんだけど・・・)。おまけに著作権の殆どをプロダクションに売ってしまっていたため身動きが取れなくなり、ニューヨークから夜逃げ同然でカリフォルニアへ移住することに。2ndの「Piano Man」は100万枚以上を売り上げ、Cashboxの新人賞に選出されたりもしたが、やはり契約上の問題から彼の手元には1万ドルも渡らなかったという。マネージャーを勤めていた奥さんが契約問題を何とか収束させたものの、ビジネス・ライクになってしまった二人の関係はいつしか冷め切ってしまい、最後には離婚訴訟で泥仕合を演じることになる。しかしポップに弾けた83年の「An Innocent Man」で一気に大ブレイク。その波に乗るかのようにスーパーモデルと結婚・・・が、後に離婚。93年のアルバム「River Of Dreams」を最後に今後はポップ・ソングを書かないと宣言し、今日に至るまでその宣言は(残念ながら)守られている。つい最近も精神科センターに入院していたというニュースを聞いたばかりである。う〜ん。

 彼の中にどういう心の痛みがあるのか知る由もないのだが、素晴らしい才能をこのまま埋もれさせてしまうことを残念に感じるのは僕だけではないだろう。良くも悪くも、その人から生み出される音楽というものはどうやったってその人自身の心の内が反映されてしまうものだと思う。ちなみに僕が最も愛聴しているのは「Songs In The Attic」。80年の「Glass Houses 」でスターダムに上り詰めた後、日の当たらなかった過去の曲にもう一度スポットを当てたいという本人の思いから発表された「屋根裏にしまい込んでいた」初期の曲だけでまとめたライブ盤である。セールス的には成功しなかったが、Billy Joelというアーチストの本質は作品の中にこそあると思う。1ファンの身勝手な願いかも知れないが、数え切れない程の苦境を味わった今こそ、地味だけれど大事にしておきたくなるような小品が詰まった新作アルバムを聴いてみたいものだ。復活を強く希望。

 「誠実である」ってなんかもう凄く虚しい言葉になっちゃった気がするよ。だってみんなちっとも「誠実」じゃないんだもの。ここ最近はその言葉すらあんまり聞かなくなっちゃったしね。僕が君に分かって欲しいのは正にそれなんだけどなあ。(Honesty)

1540/27/01/2003
 Rainy days and monday (by Carpenters)、 I don't like mondays(by The Boomtown Rats)、今日みたいな月曜日の歌特集。特に意味はない。

 経営難で売りに出された有名ライブ・クラブってのは言わずと知れたmarqueeの事である。 有名過ぎてどう説明すれば良いのか分からないぐらいなのだが、The Rolling Stones、Jimi Hendrix、The Yardbird、Pink Floyd、King Crimson、David Bowie、The Who、Queen、Sex Pistolsってな辺りの名前を出せば良いのだろうか。蒼々たる顔ぶれのアーチスト達を輩出したロックの登竜門的ライブハウスである。数多くのライブ盤がmarqueeで録音され、marqueeで出会ったアーチスト同志がバンドを結成、有名になったという例も少なくない(Yesも確かそう)。60年代以降のイギリス・ロックシーンを語る上で外せない場所である。

 恥ずかしながら、僕がmarqueeと聞いて真っ先に思い出すのはWham!なのだ(笑)。彼らの人気が頭打ちになりかけた頃に発表されたシングル「I'm Your Man」のプロモがmarqueeで撮影された物であった。映像はモノクロ、そんなに大きなステージじゃ無くて、背後には大きくmarqueeと書かれた壁(幕?)。それまでの華やかなイメージからの脱却を試みるようなシンプルなステージ映像であった。曲の方も後にソウル・ミュージックに傾倒するGeorge Michaelらしさが感じられる秀作で、個人的にはWham!の中では一番好きな曲である。懐かしいなあ〜。

 なんだか知らないがYMOのDVDが売れているそうな。最初にこの記事を見たとき(今日のお昼頃)には「YMOパワー健在!初DVDが大反響」って見出しになってて、おいおいYMO Giga Capsule YMO Giga Clips YMO Giga LiveA Y.M.O.FILM PROPAGANDA ウィンターライブ’81 なんかとっくにDVDされとるやんけ!と思ったのだが、さっき見たら見出しの「初」が修正されてやんの(笑)。なんだろ、お手軽にまとまってる感じが良かったのかねえ。個人的にはハラーならハラー、武道館なら武道館、って感じで個別にキチンとリリースして欲しいのだが・・・まあ、買っちゃったけどね(苦笑)。

1539/26/01/2003
  やっと髪を切りに行った。最後に行ったのが去年の12月初旬だから、ちょっと久しぶりである。吉祥寺の行き付けの店が近くにある店舗と統合されたので、今日は初めての場所に向かうことになった。以前の店はこじんまりとしていて、静かでリラックスムードたっぷりだったのだが、今度の店舗はこれまでの3倍ぐらいの広さで何だか騒がしい感じ。う〜ん。まあ、担当者さんがこっちに来ちゃったんだから仕方ないんだが・・・。休日だったからか段取りも悪く、なんだかんだで3時間以上もかかってしまった。疲れる。

 DVD「Elvis : That's The Way It Is」を観る。かつて製作された劇場映画「エルビス・オン・ステージ」に新たに発見された未公開フィルムを追加、再編集、デジタル・リマスターしたものである。「オン・ステージ」はファンのインタビューや会場周辺の様子などが含まれていて全体的な「エルビス現象」にフォーカスを当てたものだったが、この作品ではそれらのシーンは殆どオミットされ、エルビスのリハーサル風景とステージ・シーンを大幅に追加、殆どリメイクと言っても良いほどの変貌振りである。この作品にある1970年当時のエルビスは、人気が低迷していた映画界に見切りを付け、久しぶりにステージにカンバックした直後であった。映像を観れば一目瞭然なのだが、エルビスの人生の中で最も美しい肉体を保持していた時期で、とにかく歌も動きもキレがありまくりなのである。体中から音楽がどうしようも無いぐらいに溢れ出ていて、それを自分でも制御できてないんじゃないか、という程に圧倒的なステージであった。

 それにしても、この作品におけるデジタル・リマスターの効果は絶大であった。これまでは画質はフィルム特有のザラザラ感が強く、音質も抜けの良くないモコモコした感じだったのだが、この作品ではこれが30年も前の映画かと思うぐらいに素晴らしい画質、音質であった。当時、この映像が公開された時は「最近のエルビスの姿」を伝える一種のニュース的な要素が含まれていたように思うのだが、それから長い長い時間が流れた今、本人も予期していなかったであろう「記録」として存在し続けることになったのである。伝説の人物、ではなく1アーチストが最も輝いていた時間のリアルな記録である。

 また明日から仕事。今週と来週は今年の行く末を占う大事な作業が待っている。さて、どうなることやら・・・。

1538/25/01/2003
 な〜んにもしなかった。だって寒いんだもん。

 最近はブートレグの世界から少し遠ざかってはいるのだが、その動向というか傾向みたいなものには相変わらず注目している。今、一番の話題はThe beatlesの"Day by Day"シリーズだ。俗に言う"Get Back Session"の音源なのだが、このシリーズが凄いのは映画「Let It Be」のフィルムの音源を最初から最後まで全て収録するという前代未聞の試みなのである。現在までにVol.30までリリースされており、本当に全てが出揃うと何枚になるのか検討も付かないという代物である。内容はダラダラと続けられるバンドのリハーサルなので記録的には価値があるのだろうけれど、音楽的な楽しみは極めて少ないと思われる。さすがに僕もコレには手が出ない(苦笑)。

 パソコンでCDが簡単に焼けるようになった昨今、ブート業界にもその波は否応なしに押し寄せていて、個人コレクターが秘蔵していた音源が世に出る機会が多くなってきている。Led Zeppelinなどはブート化されていない公演の方が少ないぐらいだ。当たり前のようにブートDVD(映像)も登場してきている。セコセコとテープ・トレードをしていた時代は終わり、個人がブレトガーになりうる時代になったのだ。なんとも複雑な思いではある。そう言えばウチにもかなりクオリティーの高いELPの来日公演のテープがあるなあ(笑)。

 僕が本当にやりたいのは学生時代にバンド活動をしていた時の音源をCD化するってこと。ライブを録音したカセットテープは部室の隅なんかに無造作に放り投げられていたのだけれど、僕はそれらをこまめに拾い集めて、今でも大事に保管しているのだ。その数、実に段ボール2箱分。このまま持っていても困らないのだが、できればきちんとした形にして残しておきたい。現在、それを実現するためにどんなシステムが必要なのかを調査中。

1537/24/01/2003
 仕事用PCのセットアップが難航中。どうしてもマルチブート環境が必要なのでシステムコマンダー7でセットアップを試みるのだが、何度やっても途中でフリーズしてしまう。仕方無いのでこの問題は先送り。今度はNorton Ghost 2003でディスク丸ごとバックアップを試みるが、これも途中でフリーズする。何か知らんが、ごっつい調子悪い・・・。

 SMEが開発したレーベルゲートCD。音声ファイルと共にATRAC3音源を収録、パソコンへのコピー時にネットワーク認証を行い、コピーが2回目以降の場合は課金されるというシステムだ。CD1枚ずつにユニークなIDを仕込む手間も大変だと思うのだが、最初に思ったのが「レンタルCDの場合はどうなるんだろ?」という疑問。その回答がソニーから出された。やり方は簡単。レンタル店にもレーベルゲートCDを並べるというものだ。即ち、最初に借りた客のみが無料でパソコンにコピーできるって事になる。う〜ん、それは片手落ちなんではなかろうか?。まさかCDをレンタルするユーザが、家でそのCDを聴くためだけに借りているとは思ってはいないでしょ?。CDレンタル事業そのものが暗に私的利用の複製を認めていると言っても良いはずだと思うんだが・・・ダビングできないCDなんて誰も借りないよ。もっと突き詰めて考えると、最初に借りた客と2番目以降の客では、借りたCDの価値が変わってしまうと言うことだ。2回目以降のレーベルゲート認証(有料)の分はレンタル料金から引いてくれるんだろうか?。引かないよなあ。レンタル店の側で認証回数を確認するってのはその手間から考えても不可能だろう。どんなに考えたって音楽業界の金集めシステムが歪んでいる限り、スッキリした解決策は編み出せないのだよ。わはははは。

 ElvisのFTDシリーズの続き「Dixieland Rocks」が到着。1975年5月テネシー州立大学におけるコンサートのライヴ録音を収録している。後期エルビスという意味では絶頂期なのだが、脂が乗り切っているとも下降線の始まりとも取れる微妙な時期ではある。しかし、こうやっていろんな時期のエルビスのステージを立体的に聴いてみると、成長している部分と衰退している部分が少しずつ分かるようで興味深い。結局、一度もワールド・ツアーをしなかった(できなかった)という事が後のエルビスの行く末に少なからず関係しているような気がする。う〜む。

1536/23/01/2003
 仕事用の新しいPCのセットアップを試みるも、FDが付いて無くて一苦労。最近のマシンはマルチブートにするのが面倒なんだよなあ。Win98をどうやってインストールしようか・・・。MSの最大の功罪は市場の独占でもなく、品質の悪いソフトでもなく、似て非なるOSを乱発したことなんじゃないだろうか?。開発者にとっては良い迷惑なんですけど。

 昔っからThe BeatlesRolling Stonesはライバルと言うか因縁めいた繋がりがある。ストーンズのデビューは既にスターだったジョージ・ハリスンがマネージャーに「面白いバンドがいる」と紹介したことがきっかけだし、デビュー曲はLennon&McCartnyの手による「I Wanna Be Your Man」だった。73年にストーンズの初来日が中止(薬物の前科で入国できず)になったと思ったら、80年のWingsも来日中止(来日はしたものの大麻不法所持で強制送還)になったり、なかなか興味深い関係だ。

 で、今回の話。Abbey Roadのジャケットのタバコが問題になったと思ったら、今度はストーンズがステージ上でタバコを吸ったのが問題になっている。ニューヨーク市長の「喫煙は殺人行為だ」って発言も凄いけど、鶴の一声で会場に警官を差し向けるってのも凄いな・・・(苦笑)。

 ステージ上のタバコで最も有名なのはEric Clapton(ネックにタバコを挟むんだよね)なんだろうけど、僕が真っ先に思い出すのはHuey Lewis and the Newベースの人。タバコがトレードマークだったもんなあ。当時のミュージック・ライフに来日公演の記事として「中野サンプラザは禁煙なのだけれど、お構いなしにタバコをふかしてた」って載ってたっけ。ちなみこの人、95年にバンドを脱退して今はセッション活動に勤しんでるそうな。良いキャラだっただけにちょっと残念。

1535/22/01/2003
 大学時代の友人と会食。考えて見たら、会社帰りに飲みに行くって事自体が久しぶり。なんつーかこう、無理して喋んなくても良い距離感みたいたのは良いねえ。長時間の会話がご無沙汰だったせいか、喉が疲れてたりもする(苦笑)。一日も早く、旅費が返還されることを願ってやみませぬ。

 僕の無人島レコード(無人島に一枚だけレコードを持っていくとしたらコレ)でもあるThe BeatlesのAbbey Road。このジャケットでポールがタバコを持っているってのが嫌煙者の方々は気に入らなかったらしい。言うまでもないが、このタバコは俗に言う「ポール死亡説」の重要なキーワードになっている。 ポールは左利きのはず、右手にタバコをもっているのは変だ、だからコイツは替え玉だ、本物のポールは既に死亡している、ってやつね。なのでファンとしては勝手に変えられちゃ困るのだ(困る?)。呆れてモノも言えないのだが、ってことはA Hard Day's Nightもダメなのかしら?。禁煙を推進するってのと、この世からタバコを無くすってのは根本的に違うと思うのだが・・・ボギー!あんたの時代は良かった・・・(by ジュリー)

 テレビ東京で放映中の「美の巨人たち」がいつの間にかDVDになってる。ここ最近のTV番組としては珍しく見応えのある内容だと思うので、こうやって観る機会が増えるのは喜ばしいんだが、なぜ1枚に2話なの?(ケチっ)。なぜ発売元がポニーキャニオンなの?。

1534/21/01/2003
 諸事情により一回休み。殆どズル休みみたいなもんだが・・・

 夕方から久々に映画「マイノリティーリポート」を観に行く。西暦2054年、予知能力者によって未来に起こる殺人を未然に防ぐ犯罪予防局が設立される。ある日、予防局のチーフである主人公は彼自身が36時間以内に見ず知らずの他人を殺害すると予知されたことを知り、自らの容疑を晴らすために奔走するのだが・・・という物語。「ブレードランナー」「トータル・リコール 」の原作者フィリップ・K・ディックの短編小説をスピルバーグとトム・クルーズという大物コンビで映画化した近未来SFサスペンスである。正直、あんまり期待していなかったのだが、まあまあそれなりに楽しめる作品ではあった。ストーリー的には無難な王道路線(結末が読めてしまう点も含め)だし、映像的にも凝りに凝った近未来世界って感じ。それらの試みはそれなりに成功しているとは思うのだが、特に目新しい部分が無いってのも事実。なので「まあまあそれなり」である。個人的にはこの手の未来世界、例えばコンピュータを操作するのにグローブはめて空中をグリグリ・・・って感じはちょっと食傷気味ではある。

 あと、とても気になったのが企業タイアップのえげつなさ。劇中でLexusとかBULGARIとかGAPとか、あまりに露骨に画面に登場するので正直かなり冷めた。確かに高騰しすぎた映画制作費をカバーするって意味はあるんだろうけれど、あまりにもあまりに・・・って感じ。007の新作もかなりスポンサー露出度が高いって話なので、ちょっと不安。あ、評価は★★☆☆☆ってことで。

 そしてやっぱり買っちゃったYMO。取りあえず「Solid State Survivor」「BGM」「Technodelic」の三枚とDVD「VisualYMO:the Best」をGet。既に持っている作品のリマスター盤を購入する動機を説明するのは難しい。強いて言えば、自分の好きな作品がリマスターによってどう変わったかを確認したい気持ち、自分の好きな作品をよりクリアな音で聴きたい(音質が良くなることに意味のある作品である場合)という気持ち、自分の好きな作品をより良い状態で手元に置いておきたいという気持ち、てな感じだろうか。3つめのはレンタルで済むDVDを敢えて保有する心境と似てるかも知れない。とにかく、その作品が自分にとっては特別な存在だってのが最大の理由。CD屋に通ってばかりでゴメンナサイ(苦笑)。

1533/20/01/2003
 「満身創痍(まんしんそうい)」って言葉、知った振りして聞いてたけれど案外そのままの意味なのね。精神的&肉体的にボロボロの状況。傷だらけのローラ。それにしても男の引き際ってのは難しいもんだと思う。自分で自分をダメだって認めなきゃいけないんだもんなあ。

 よくチャリティー・コンサートとかの最後に出演者全員でセッションする場面がある。大抵、そこで選ばれるのは単純なブルース進行の曲で延々とソロ回しが続く、ってのが定番。Johnny B. GoodeとかSweet Home Chicagoとかで「テーマ〜ソロ回し〜テーマ」みたいな。

 これが日本のイベントだったらどんな曲があるのかを考えてみる。学生時代のサークルでは子供バンドの「サマータイム・ブルース」が定番だった。"あっつい夏がまたやって来る〜"って奴。しかしこれとて元曲はエディ・コクラン(The Whoのカバーが有名)な訳で純粋に日本発の作品では無い。純粋に日本のロックでこのニーズに答えられる曲はなんだろうかと考えてみる。

 で、いくら考えても「コミック雑誌なんか要らない」しか思い付かない自分が悲しい。げげげ、頭脳警察じゃん(苦笑)。内田裕也の十八番だし・・・とほほ。

1532/19/01/2003
 重い腰を上げて掃除、洗濯、食料の買い出しに精を出す・・・がしかし、そこまでやって時間切れ。ここ最近、休日の時間の流れがとてつもなく速く感じる。他に何をしてたって訳じゃないのだが、気が付くと時間が過ぎちゃってるのだ。速く感じるのは休日の時だけじゃないんだけどねえ。なんかこう毎日が目まぐるしくて追い付いていない感じ。

 近所のスーパーに向かう途中に、いつも決まって野良猫軍団が溜まっている場所がある。普通の駐車場の入り口付近なのだが、屋根があるわけでも無く、餌があるわけでもなく、どうしてそこが溜まり場になっているのか不明。犬のように人なつっこいところは微塵もなく、僕が近づいて行ってもあまり反応してくれない。ちょっと寂しい。

 ジョージ・ハリスンの自伝「I・ME・MINE」を読了。自伝と銘打ってはいるものの、前半はインタビュー形式で語るジョージの半世記、後半は自作曲の歌詞とその原稿、本人が明かす曲のエピソードが綴られているって感じで、壮大な自叙伝を期待してると間違いなく肩透かしを食らう。それでもジョージという人の生き方のポリシー、自分の中にあるエゴを如何に捨て去るか、みたいなものを強く感じて興味深かった。僕にはこういう生き方はできないのだろうか。オリジナルの出版が80年だったので、そこで途切れてしまっているのが実に惜しい。

 明日からまた仕事。はぁ。なんつーかバレーボールの練習で大砲みたいなマシーン使ってボールをガンガン打って、それをレシーブでガンガン返すってのがあるじゃない。ああいう感じ。もうレシーブを返し続けるしかないっていう(苦笑)。それなりにやり甲斐はあるんだけどねえ・・・。

1531/18/01/2003
 To Do Listにはたくさんの項目が並んでいるのだが、なんだかんだで殆ど手付かずのまま。やらなければならない事とやりたいことが一致していない場合、やりたいことでもそれが急を要しない場合、やったときに得られる喜びや達成感がやるための労力を越えそうに無い場合、やりたいことが極々私的なものの場合、なんかだとこうしてスローペースな時間の費やし方に甘んじてしまう。一言で表現すれば「怠け者」なんだろうねえ。

 真夜中に中学時代の友人と近所のファミレスでお茶会。ドリンク・バーで鱈腹コーヒーを飲み続け、専ら音楽の話題で盛り上がる。彼とはポールの来日公演へ一緒に行ったのだが、なぜかその話題はあまり出なかった。熱心なポール派なのに何でだろう?。面白かったのが、彼はLet it beを聴く度に夜の新幹線の車内の光景を思い出すのだそうな。その曲を初めて聴いた場所、というのがその理由。まあ人それぞれってことで(笑)。

 例のbinary clock projectのページを少しずつ整理中。レイアウト図面を大量に追加した。問題は肝心の完成品の写真が殆ど無いって事。視覚的な動きが特徴の時計なので是非とも動画を掲載したいんだが・・・デジカメ買わなきゃダメなのかなあ。

1530/17/01/2003
 来月早々にβ版リリースを控えているにも係わらず、まだ完成してないどころかまだ安定していない、というモジュールの完成を待ち続ける僕。スーパー歌舞伎の舞台裏のように主役が飛び込んで来たらすぐさま衣装を纏わせて舞台に放り込む、って準備はできてるんだが・・・さあ、どうなる?

 この週末にやらなきゃならん事が山ほどある。取りあえず本気で掃除と洗濯、洋服ダンスの整理、食料の買い出し、クリーニング、そろそろ髪を切りに行きたい、Macの再セットアップもやりたい(最近どうも調子が悪い)、接着剤が要る(風呂用のスピーカーが壊れた)、ゴミ袋の補充、シール地の印刷用紙(binary clock用)、TSUTAYAの100円レンタル、映画見に行きたいなあ・・・。

 今月号のレコード・コレクターズの特集は今月末にソニーミュージックからCD10作品が復刻されるYMOである。普段なら売り切れることなどあり得ない本なのだが、なぜか今月号は店頭に最後の1冊が残っていた、という異例な状況(サラリーマン人口の多い店だったから?)93年のYMO再生に前後して、当時のアルファ・レコードが多種多様なYMOの音源(貴重なものからゴミまで)を乱発し、挙げ句の果てには倒産してしまうという壮絶な終幕を経て、ちょっと前までは東芝EMIから再発されてて、気が付けば今度はソニーミュージックからの再発。うむむむ。リイシューやリマスター再発がCDの重要な一分野になりつつある昨今、レココレは貴重な存在である。

 レココレに連載している萩原健太氏のコラムに面白い記述があった。

「リスナー側から言えば、極端な話、もう新譜なんかいらないかもというか。ぼく個人にしても、すでに自宅や仕事場を埋め尽くした過去の音盤群だけで残りの人生を、何の無理もなく、豊かに暮らせてしまうかもというか」
「(コアなファンだけでなく)一般的なリスナーさんたちにしたって往年のヒット曲を安易にコンパイルした"浅く広い"コンピレーション盤で気がすんじゃってるみたいだし。特に新譜を必要としているわけじゃなさそう」。
 それを言っちゃオシマイなのでは?って気もするが、そんなに的外れって感じでも無い。少なくとも聴く音楽を選ぶときに、それが新譜かどうかってのはそんなに重要なファクターじゃ無くなってる気はする。いつの日か再発CDの数が新譜CDの数を上回る時が来るのだろう。そしてそれはロックやポップスがクラシックとして存在し始める瞬間なのかも知れない。
1529/16/01/2003
 映画「オーシャンズ11」が面白く無いのは個々のキャラクターの描写が散漫になっているからだと思うのだけれど、それにもう一人加わるってことは更に薄味になるってことなのだろうか?。

 全米批評家協会が発表した本年度の最優秀作品賞「戦場のピアニスト」は 名匠ロマン・ポランスキー監督作でカンヌでもパルムドールを受賞している由緒正しい名作(らしい)。それはそれで良いのだが、やっぱり気になるのは邦題。あの映画とこの映画を組み合わせたような安直な胡散臭いタイトルだと感じてしまうのだ僕だけだろうか。ちなみに原題は「THE PIANIST」。まあ、捻りようが無いのも確かなのだが・・・

 TVシリーズで有名な「サンダーバード」が実写版として映画化される。割とオーソドックスな内容にも係わらず、それを人形でやったのが面白かったんだと思うのだが・・・。人形と言えども実写だった訳だから実写版という表現は妙な気もする。う〜む。

 DVDで「スターウォーズ エピソード2/クローンの攻撃」のメイキングをチラッとだけ観たのだが(特典映像が6時間もある!)、もはやこれは実写映画では無くアニメーション作品だ、と思うぐらいにCGの比率が高いことに今更ながら驚いた。カメラで撮影するのは登場人物(役者)のみと言っても過言ではなく、それでさえブルースクリーンの前でCG合成のための素材として取り込んでいるかのような状態だ。ロボット工場やクライマックスの戦場のシーンなど全てCG。スタントマンを使ったシーンでは役者の顔だけをはめ込んだり、ヨーダに至っては中期3部作のパペット時代との差が開きすぎないように敢えてリアリティーを落としているという状況だ。数百人ものアニメーターが1シーンずつCGを制作し、それをルーカスが「もっと上に」とか「もうちょっと速く動かして」とか指示を出す。そんな作業が1年以上も続けられるのだ。凄いと言うか何と言うか・・・これを映画と呼べるのだろうか?。

1528/14/01/2003
 binary clockの詳細を発表したいのだが、よく考えてみると真面目なデジカメを持っていないのであった。この時計の最大の特徴は時間と共に移り変わるLED表示な訳で、できれば動画も掲載したいのだが・・・取りあえず作れるところまで作って公開中。暇を見付けて記録を整理しなくちゃだな。

 FTDレーベルのエルビス貴重音源の旅はまだまだ続く。一枚目は「It's Midnight」。1974年8月24日のラスベガスのヒルトンホテルにおけるミッドナイトショーのライブ音源である。この頃のステージは時間が長いこともあって正規版、海賊版ともに殆どリリースされておらず、とても貴重だ。ソースとなったテープは途中で切れてしまっていたため、29日のディナーショーの音源と繋げてショーの完全版を再現している。後期エルビスの絶頂期と言えるかも知れない。音質的にもロックの歴史という趣である。

 二枚目は「Spring Tours'77」77年のエルビスはスタジオ録音に対する意欲を失っていたのだが、プロデューサーRCAとのレコード契約を守るため、とにかくレコード化できる素材を確保する苦肉の策として春のツアーでのめぼしい演奏を4トラック・ステレオで録音したのであった。

 77年の音源や映像はエルビスのイメージ、伝説、神話を保護するために殆ど発表されてこなかった。音を聴けばその理由は明白だ。歌声は変わらないものの、キレが無いというか明らかに精彩を欠いているのが分かる。死去3ヶ月前のステージ映像を観たことがあるのだが、輝きのない目と大きな体をヨロヨロさせながらポーズを決める姿はとても痛々しく、大きな衝撃を受けた記憶がある。77年とはそういう時代だったのだ。正規に発表することを前提に録音されているので音質は最高。エルビスの歴史を語る上でとても貴重な音源であることは言うまでもない。

1527/13/01/2003
 Bamboo Gardenの初プロジェクト、binary clock が遂に完成!。LEDを使用したバイナリ表記で時刻表示を行う置き時計である。想像を遙かに越えた素晴らしい出来映え(笑)。詳細は続報を待て。

 The Star Wars Photoshopping Project。わはははは。Page 4にマチャアキが・・・

1526/12/01/2003
 生テープの続報。余程の未発表音源でも無い限り、注目すべき点はあまり無いと思われる。「海賊版でしか出回ってなかった」ってところがキモだね。ビートルズに関して言えば、完全な未発表曲のような(少なくとも聴くに値するような)新音源はもはや存在しないはずである。

 Bauhausに関する書籍を衝動買い。バウハウスを個人的に気にかけるようになったのは、美術学校のガラスウォールの校舎が20世紀の建築物として唯一、世界遺産に登録されていることを知ってからだ。建物の素晴らしさはもちろんのこと、20世紀モダンデザインのゆりかごとも言われたバウハウス伝説の遺跡とも言えるだろう。時代的な背景と照らし合わせながらバウハウスの歴史をゆっくりと垣間見てみようと思う。

 ネット・バンキングを利用してマンションの管理費を振り込めるようにしたいと思っているのだが、どんな事前手続きが必要でどんな操作をすれば良いのかを調べている時間が無い。誰かやってる人いないのかなあ。 最近思うのだが、銀行ってどんどん不便になってる気がする。預金通帳の記入がいっぱいになったので新しく作り直したいのだが合併した影響なのかATMではやってくれず「お近くの窓口へお越し下さい」みたいなメッセージが出るだけ。窓口が空いている時間に銀行に行ける訳もなく、もう長い間そのままになっているのだ。別に困ってないから良いんだけど・・・ATM自体も激減してるしねえ。コンビニのATMがあるからってねえ。

1525/11/01/2003
 30年不明のビートルズ生テープ500本を押収。生テープってマスターテープのことかしら?。

 1969年1月、 The Beatlesは原点回帰を目指して活動を始める。 1967年以来休止していたライヴを行い、それをテレビ放送しようという計画であった。この企画はポール主導で行われていたのだが、ジョンとジョージが難色を示したり、ライヴの会場が全く決まらなかったりで、設備の貧弱なスタジオでダラダラとリハーサルは続けられることになる。そんな中、ポールのバンドに対する熱意が逆に他の3人を苛立たせ、ジョージが口論の末に一時脱退するという一幕もあった。後に復帰はしたものの、ライブ計画は中止となり撮影していたフィルムは映画として編集することになった。そのクライマックスとして行われたのがアップル社の屋上でゲリラ的なライブ(通称「The Rooftop Concert」と呼ばれる)である。一説にはポールの思い付きであったと言われる。

 このライブの音源もリハーサルの音源もブートレグとして大量にリリースされている。それらを聴いて驚くのは、リハーサルの段階では緊張感の無いダラダラとした演奏を延々と繰り返されているだけなのだが、いざライブ本番となるとビシっとまとまった覇気のある演奏をしているのだ。何よりも、それまでの仲違いが嘘だったかのように本人達が楽しんで演奏しているのが印象深い。すっかり熟し切ったビートルズ最後の姿であった。そう言う意味ではライブの必要性に最後まで拘っていたポールの主張は正しかったのかもしれない。

 そんな訳でビートル・マニアにとっては、今回発見されたテープはそれほどの事件では無いのであった。それよりも当時のマスターテープの管理体制が如何になっていなかったかという証明に他ならない。再発したくてもできないレコードがたくさんあるって聞くからねえ。はっきり言って音源の方はどうでも良いのだ。今、僕が熱望するのは映画「Let It Be」の一日も早い正規リリースだったりする。まだちゃんとは観たことないんだよう・・・(涙)。

 今日は実家に戻っていた。我が家のブルーバードがリコール対象になっていたので、その修理に行ったのであった。もちろん無償修理。コーヒー飲み放題の待合室で2時間ほどノンビリ過ごす。車の技術者ってソフトなんかよりも数百倍も大変だろうなあ。

1524/10/01/2003
 ザ・フォーク・クルセイダーズの伝説のデビューアルバム「ハレンチ」が到着。もう何年も探していたのだが、いつの間にか復刻されていたので即注文。妙にでっかい包みが届いたので何事かと思ったら、その実は「初回限定オリジナルLPジャケット復刻仕様パッケージ」なのであった。通販だったからか全く気にもしていなかった。CDラックに収納できませぬ。

 発売元はコンシピオ・レーベル・・・はて?どっかで聞いたことある名前だなあ、と思ったら高橋幸宏が設立に一枚噛んでいたのであった。所属アーチストもマイケル・ナイマン から高田渡まで幅広い(広すぎる!)。

 タランティーノの新作「Kill Bill」。なかなか凄そうなことになっている。おぉ、サニー・千葉が!。

1523/09/01/2003
 最大最小、どちらにします?

 会議の多い日はとても疲れるんだけど、時間の経過がやたら早くに感じられるから、相対的にはあんまり変わらないのかも知れない。どちらにせよ楽な仕事なんて無いって事なんだろうねえ。

 新しい企画のアイデアを煮詰めるような会議の場合、如何に自分の固定観念を捨てられるかってのが重要なポイントになってくる。特にソフト屋は技術的な可否に思考が集中してしまう傾向があり、いつの間にかそれ自体が目的化してしまうことも多い。それが最良の実現方法だと一度思い込んでしまうと、そこから離れるのはなかなか難しい。

 例えば「ペンギンを見たい」ってのが目的だったとする。南極に行けばたくさんのペンギンを見ることができるだろう。しかしそれが何百何千ものペンギンじゃないとダメなのか?、皇帝ペンギンじゃないとダメなのか?、南極に辿り着くための時間とコストは?、そもそも本物のペンギンじゃないとダメなのか?、ってな感じで多くのファクターを並べて、それぞれの必須な部分とそうで無い部分を明確化し、その中で最良の方法を選択する、ってのが大事なのだ。時には突飛な発想も必要になってくるだろう。最良の方法は必ずしも「南極に行く」では無く、場合によっては「百科事典を開く」が正解かも知れない。バランス感覚が大事なんだよね。それが一番難しいんだけど。

 19:00目黒集合を19:00に知らされた僕は・・・グスン(涙)。次回は頑張ります。

1522/08/01/2003
 DATの修理がようやく完了。ポールのコンサートの前日、DATを数年ぶりに引っぱり出したらマイクが腐っていて、翌日慌てて高価なマイクを購入し、どうにか会場への持ち込には成功したものの、その場で初めて故障していることに気が付き、肝心の録音が全くまったくできなかった、という救いがたい悲しい物語。今から思えば録音できなくて良かったのかも知れない。あの時の素晴らしい体験は僕の記憶の中にだけ留めてある。さて、DATを修理したのは良いけれど、次に使うのはいつのことやら。

 SKETCH SHOWの新作にコーネリアスが参加という記事を読んで、驚きというか納得したというか、なんとも微妙な心境。パーフリってのは90年代版2人YMOであった、というのが僕の所感なのだが、小山田圭吾という人はメロディーメイカーと言うよりもプロデューサー的な感性の持ち主であり、そういう部分に僕は惹かれている訳で、同じ気質の細野氏との共同作業でどんな化学反応が起こるのかちょっと疑問。割と無難にまとまってしまうんじゃなかろうか。もちろん期待はしてるんだが。

 ビデオっといたTVドラマ「明智小五郎対怪人二十面相」を観た。田村正和対ビートたけし。たっぷりと金がかかっているのは良く分かったけど、内容があまりにショボいじゃないのよ。なにこれ?

1521/07/01/2003
 正月休みボケが抜けず、ちっともエンジンのかからない今日この頃。

 四人囃子の旧譜がリマスターで再発されている。作品によっては未発表トラックが収録されていたりで熱心なファンとしては見逃せない内容だ。全部買ってると破産しそうなので取りあえず

  • '73 四人囃子 - extended version -
  • NEO-N
  • LIVE FULL-HOUSE MATINEE
  • 2000 LIVE
を通販で購入。この手の作品はAmazonじゃなくてディスクユニオンの方が便利だ。知ってる人なら知ってる、音楽ファン(マニアとも言う)にやさしいレコード屋なのである。お買いあげ特典にレコード帯のレプリカ(CDサイズ)が付いてくるってのはどうなのかね?。

 CSSでページのフォントサイズを固定にしていたのだが、Windows上での見た目の印象がMac上のそれとあまりにも違っていたのでサイズ指定をやめた。結局、この手の差異ってこのままで突き進んでしまうのだろうか・・・。

 コラム「ドルビーの謎」を掲載。誰もがみんな知ってるけれど、どこの誰かは知らないドルビー技術について整理してみた。とにかく複雑なんだ、これが(苦笑)。ドルビー以外にもDVDソフトの裏側なんかに記載されているいろんなロゴ(DTSとか)も追って整理してみたいと思う。映画関連のデジタル化はまだまだ過渡期って感じ。

1520/05/01/2003
 あ〜ぁ、とうとう正月休みが終わってしまう。9連休だったんだっけ?・・・ちっとも休んだ気がしないのは何故だろう。

 Elvisの未発表音源を発売しているFTDシリーズってのがある。BMGがブート対策として設立した専門レーベルで、正式名称は「Follow That Dream Lebel」。エルビスのファンをターゲットに貴重な音源をきちんとした形でリリースしていくことを目的としている(らしい)。本来なら耳にすることの無い貴重な音源を提供するという姿勢は大変に素晴らしいのではあるが、あくまでもコアなファン向けということでディストリビュートが各国のファンクラブと専門店のみ、生産も世界1万ユニット限定、というちょっと悲しいシステムなのが残念なのである。数年前なら諦めていたところだが、今はネットでいろいろと画策できるから本当に便利だ(笑)。で、通販で購入した最初の一枚「Dinner At Eight」は1975年12月13日、ラスヴェガス・ヒルトンでのディナーショーのサウンドボード音源である。記録用のオープン・リールによるモノラル録音ではあるものの、編集無しのエルビスのステージをたっぷりと堪能できる。ジャケ写もちゃんとこの日の写真が使われていたりで、なかなか良い仕事をしている感じ。今年もまだまだ音楽的な散財は続きそうである。

 サイトのデザインを変更。正確には未だ「変更中」。デザイン的なアイデアがしっかりと固まっていない状態での見切り発車なので、ちょびちょび変更を加えていくことになると思われる。前のデザインは僕の中ではある種の完成型だったのだが、今の僕の心境とイメージが合わないような気がしたのと、新年を迎えてリセットしてみたくなったという思いの二重構造になっている。取りあえず公開に漕ぎ着けたものの、まだまだ予定は未定の工事中。サグラダ・ファミリアだってずーっと工事中なんだしね・・・。ちなみにトップページの画像は映画「未来世紀ブラジル」のオープニング・シーンのパクリ。小さな窓から覗く雄大な青空。物語の出だしって感じで、我ながら今の僕の気分にピッタリだ。

1519/03/01/2003
 実家から帰宅。そう言えば年末の大掃除をしていないのであった。冷蔵庫は空っぽ。取りあえず実家から持ち帰った餅を焼いて夕食。この時点で僕の正月は終わった模様。雪降ってるし・・・。

 年末に購入したDVD「Paul Mccartney back in the u.s concert film」を観る。2003年に行われたポール・マッカートニーの全米ツアーの模様が収録されている。ステージだけでなく楽屋風景などのドキュメント映像などもあって楽しめる。ツアー最終日、The Long and Winding Roadの演奏の時に大勢のツアー・スタッフが大きなハートが描かれたプレートを一斉に掲げるシーンがある。これほどのスターでありながら、まるで家族のようにスタッフに接してくれたポールへの親愛の表現であった。これを見たポールが感極まって歌えなくなってしまう場面がとても感動的。もちろん僕も号泣(涙)。これこそが正にポール・マッカートニーという存在なのだと思う。ホント、太陽みたいな人なんだよねえ。どうやったらこうなれるのかしら・・・。ある種の目標だな。

 テレ朝の特番「ベストヒットUSAリターンズ」を観る。今回のスペシャル・ゲストはTOTO(!)。メンバーらが80年代を振り返るというインタビューの中の「ルックスだけのバンドはたくさんあったけど、僕らには演奏技術があった」って発言に妙に納得。そうそう、TOTOの面子ってどこかオタクっぽかったんだよ。それにしても、いつの間にかレスラーのような風貌になっていたスティーブ・ルカサーにビックリなんですけど(苦笑)。懐かしいPVを観ながら思ったのは、80年代のヒット曲ってのは、なんかこう得も言われぬ「軽い」感じがあるんだよね。「軽い」って表現でなければ「軽やか」ならどうだろう。プロモはどれもユーモアに溢れていて、良い意味でどこまでも明るく、ポップなのであった。パンク・ムーブメントの台頭により、それまでの技巧的な音楽群が一斉に「ダサい物」として葬り去られたのと同じように、80年代ポップスもいつの間にか「クールじゃない物」として下火になってしまったのは興味深い。ライオネル・リッチーとかヒューイ・ルイスとかがその筆頭だろうか。We are the worldに参加していたアーチストなんか殆ど残っていないし。しかし、80年代ポップスは何らかの強力な音楽的ムーブメントに侵略されたのではない。僕が思うに、これはインターネットの爆発的な普及が関係している気がするのだ。シリコンバレーの伝説を持ち出す間でもなく、彼らの世代の唯一の価値観は「クール」であることだ。そういう「クール」の尺度で音楽を見たときに、80年代ポップスが生き残る場所は無かったのかも知れない。もちろん音楽のクオリティーうんぬんとは別の次元の話なのだけれど。そろそろその揺り返しが来ても良い頃だとは思う。80年代コンピがバカ売れしているのは何か関係があるのだろうか・・・。

1518/01/01/2003
 元旦。雪が降ると言われていたのだが、明けてみれば見事な快晴であった。いつもよりちょぴり寂しいお正月ではあるが、楽しみにしていた関西風お雑煮は今年も変わりなく美味しかった。午後からまた母親と二人で、今度は近所のジャスコへお買い物。もちろん、ここでも僕が買わなければならない物はない。ハナエ・モリの福袋1万円ってのに驚き。

 母親が買い物をしている間、家電コーナーのマッサージ椅子で初マッサージ。たまたま空いていた椅子に座ったのだが、これが信じられないぐらいに気持ち良いのだ!。なんつーのか、ありとあらゆるパターンで揉み解してくれると言うか、とってもナチュラルな心地良さなのだ。説明書によると、光センサーが内蔵されていて、誰が座ってもその人のツボを自動的に検知するんだそうな。なるほど、僕のツボと的確に狙い打ちしてるんだから気持ち良い訳だ。あまりに気持ちが良いので、購入を検討しようと思ったのだが、そのお値段はなんと40万円也。う〜ん、確かに40万を出しても手に入れたいと思える気持ち良さではあるんだが・・・。なんてことを考えているうちに母親の買い物が終了。性懲りもなく、今度は休憩所でたこ焼きを食べる(笑)。

 そんな訳ですっかり遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。今年も当サイトをご贔屓に。<(_ _)>