ドルビーの謎

2003/01/07


 「エンドロールが終わるまでが映画である」なんて堅物の映画ファンのようなことを言うつもりは無いのだけれど、素晴らしい作品を観た後などにはその余韻に浸りながらエンドロールをぼんやりと眺めている事は案外と多い。あれ?見覚えのある名前だなあ、ああそうかあの作品のあの人がこの作品にも係わっているのだな、なんて発見があったりして意外と楽しかったりもするものである。

 そうやってエンドロールを眺めていると最後の方に必ずと言って良いほど出てくるロゴがある。「Dolby」。さて、ドルビーって何だかご存知だろうか?。トーマス・ドルビーじゃないよ。

 映画の音響に関する何か、っていう程度の認識はあるんではなかろうか。立体感のある音響が360度どわーっと・・・というボンヤリとしたイメージはあるけれど、それが具体的にどういうシステムなのかを詳しく説明できる人は少ないはずだ。更にちょっと注意深く見ていると、その「ドルビーなんちゃら」にはいくつかの種類があることに気が付く。この区別をキチンとできる人は殆どいないはずだ。僕もその一人である。

 誰もが何となくは知っているのに、その実体は良く知られていない。ドルビーとは斯くもミステリアスな存在なのである(笑)。ってな訳でこの際「ドルビーなんちゃら」をサクっとまとめてみることにした。それもこれも全ては完全に自分がスッキリしたい為である。


ドルビーとは

 まず最初にドルビーに関する予備知識。ドルビーとは、1965年アメリカ人のエンジニアで物理学者のレイ・ドルビー博士がロンドンにドルビー研究所を設立したところから始まる(現在の本社はアメリカ)。元々はノイズの少ない録音を行うためのノイズ・リダクション技術(DOLBY B, DOLBY Cなど)を手がけていたのだが、そのノウハウを用いて開発された立体音響の技術が「ドルビーなんちゃら」として世に送り出されているのである。以上、ドルビーのプチ歴史講座。おしまい(笑)。それでは「ドルビーなんちゃら」を順に見ていくことにする。もの凄くややこしいので覚悟の程を・・・。


ドルビーステレオ(DOLBY STEREO)

 ドルビー社が最初に発表した劇場用音響システム。2chのステレオ音声(アナログ)に特殊な演算処理を施すことで前方3ch(左・中央・右)とサラウンド(後方)1ch、合計4ch(4つのスピーカー)の音声にすることができる技術である。音声データから人の声などの成分を抽出して中央のスピーカーから出力し、それ以外を後方のスピーカーから流すことによってより音声が聞き取りやすくしている。また、後方のスピーカーから出る音はディレイ処理するなどして、立体感を出している。が、所詮は2chの音声データ。各スピーカーの連帯感は乏しいし、方向性に曖昧な部分もあったりで臨場感はいまひとつ。簡単に言えばヘリコプターが前から後ろへ通り過ぎるような効果は再生できないのである。以前は[DOLBY STEREO]と表記されていたが、最近ではただ単に[DOLBY]と記載されることもも多い(だから混乱する)。


ドルビーSR(DOLBY SR)

 SR=スペクトラル・レコーディングの略。前述のドルビーステレオの高音質版。ノイズリダクションなどの部分が改善されている。それ以外はドルビーステレオと同じ。こちらもただ単に[DOLBY]と記載されることも多い(だから混乱する)。


ドルビーサラウンド(DOLBY SURROUND)

 一般家庭向けドルビーステレオをドルビーサラウンドと呼ぶ。技術的にはドルビーステレオと同じ。ビデオ制作会社などにドルビーステレオ技術をライセンスする際にこの名称が用いられる。このライセンスは劇場用フィルムに含まれている4chの音声データをVHSテープやLDに収録するために供与される。つまり「映画館=ドルビーステレオ」であり「ビデオ/LD=ドルビーサラウンド」である。早い話が用途によって呼称を変えてるって訳だ(だから混乱する)。


ドルビープロロジック(DOLBY PRO LOGIC)

 ドルビーサラウンドの音声データをアンプ側の回路でより強調・分離する技術規格。ドルビーの第二世代ライセンス許諾家庭用システムとして発表された(なので映画館などでプロロジックの表記を見ることは有り得ない)。ドルビーサラウンドの場合、中央から離れた位置に座った時に中央以外の位置から会話が聞こえることがあった。ドルビープロロジックでは、専用の中央スピーカーを使用することで、会話が常に中央から聞こえるように改善したものである。これにより、左右のスピーカーをより離して配置できるようになり、音楽や効果音に一層の広がりを持たせることができるようになった。ただし、ソフト側にドルビープロロジック形式の音声データを収録していないと全く意味が無い。ハードとソフト両方に仕掛けがいるってことだ。


ドルビーデジタル(DOLBY DIGITAL)

 その名の通り、ここで一気にデジタル時代に突入する。前方3ch(左・中央・右)とサラウンド(後方)2ch、それにサブウーファーを加えた計6本のスピーカーを使用する。ウーファーを0.1とカウントして5.1chと呼ばれることが多い。各チャンネルは完全に独立していて、後方の2つのスピーカーがステレオ化されたことで臨場感が桁外れに高くなった。そして、サブウーファーの独立により、他のスピーカーの負担が減った分、全体の臨場感と機器の余裕が飛躍的に向上したのである。音声データはデジタル収録され、CD並みの音質を実現している。

 最大の特徴は、複数のチャンネルに分けて音響が発動できるということだ。簡単に言えば6本のスピーカーによる「連携プレー」。前方から後方に流れるような効果音や背後を通りすぎるような効果音も明瞭に再現することができる。ヘリコプターが頭の上をギューン!っていうアレだ。今までの技術が2chを擬似的に多チャンネル化したに過ぎなかったのに比べて、ドルビーデジタルは最初から6chで記録されているので、よりきめの細かいサウンドを再現できる訳だ。

 これまでに2200本を超す映画のサウンドトラックに使用され、DVDの標準音声フォーマットにも採用された。正にデジタル時代の標準サウンド・システムと呼べるだろう。技術的には劇場用も家庭用も同じシステムである(やっと名称が統一された!)。ただし、古い映画などのモノラル音声や普通のステレオ音声でも、ドルビーの規格に従ってデジタルでリマスターされた場合はドルビー・デジタルと呼ばれるので注意が必要。(ああ、また混乱・・・)。


ドルビーデジタルサラウンドEX(DOLBY DIGITAL SURROUND EX)

 ドルビーデジタルの拡張版。映画「スターウォーズ・エピソード1」の製作に向けて、ドルビー研究所とルーカスフィルムTHXとで共同開発された新しい音響フォーマットである。前方3ch(左・中央・右)とサラウンド(後方)3ch、サブウーファーを加えた計7本のスピーカーを使用する。サラウンドチャンネルの空間表現力、定位感がより高められ、中央から離れた客席からでも360度の回転や頭上を通過するような移動音効果をより生々しく体感することができる。ちなみに改善されたのはサラウンド効果のみで、音質的にはドルビーデジタルと同じ。映画によってはドルビーデジタルサラウンドEXでも[DOLBY]あるいは[DOLBY DIGITAL]としか表示されていない場合がある(あわわわわわ・・・もー分からん)。


ドルビーバーチャル(DOLBY VIRTUAL)

 しかし、いろんな名称を考えるねえ(苦笑)。ドルビーデジタルは確かに凄い技術なのだけれど、一般家庭で利用するにはスピーカーの配置などいろいろと難しい問題がある。その解決策をして登場したのがドルビーバーチャル。簡単に言えば2本のスピーカーだけで立体的な音響空間を作り出すシステムである。面白いのは、ドルビーバーチャルっていう技術の実体は無くて、各音響機器メーカーが開発したシステム(アルゴリズム)をドルビー社が評価し、一定の効果が得られると認められた場合にドルビーバーチャルのロゴ使用が許諾される、ってシステムになっているのだ。ドルビーの免許皆伝!みたいな(笑)。

 このロゴは再生機器にのみ許諾されるものであり、ソフト側に前処理して記録することは認められていない。ハードの側でなんとかしなさい、ってことだ。ソニーが出しているサラウンド・ヘッドフォンなんかがこのロゴを取得していてる。実際に視聴したことがあるのだが、これがなかなかどうして大したものであった。僕の欲しいものリストの上位にランクしている。


ドルビープロロジックII(DOLBY PRO LOGIC ll)

 いよいよネーミングに困ったか、今度はIIと来た(笑)。もちろんドルビープロロジックの改良版である。最大の特徴はサラウンドチャンネルがステレオになったこと。これにより、どんなステレオ音源でも5.1chサラウンド(っぽい感じで)再生することが可能になったのだ。CDのような通常のステレオ音楽素材とかでもOK。カーオーディオでサラウンド再生なんて楽しみ方も提案されている(車でサラウンドかぁ・・・)。


ドルビーデジタルEX(DOLBY DIGITAL EX)

 おおお、間引いてきたぞ(笑)。基本的にはドルビーデジタルサラウンドEXと同義。DVDハードウェア用の表記として「ドルビーデジタルEX」の名称が用いられ、DVDタイトルなどの場合は、「ドルビーデジタルサラウンドEX」作品と呼んで、これと区別される。どうして表記を分けたのかは不明。わざと複雑にしているとしか思えないのだが・・・。


ドルビーヘッドフォン(DOLBY HEADPHONE)

 ここ最近、ヘッドフォンによる擬似的なサラウンド機能はパソコンなどへの適用を巡ってちょっとした盛り上がりを見せている。前述のドルビーバーチャルはヘッドフォン自体にサラウンドの効果を出すための機能が備わっている(即ち専用のヘッドフォンが必要)のだが、ドルビーヘッドフォンは通常のヘッドフォンでサラウンド効果を出すための新しい規格である。技術開発はオーストラリアのレイクテクノロジー社が行っており、ドルビー社が各メーカーへのライセンスを担当している。

 この規格はスピーカーで再生される音場環境をそのまま疑似的に再現すること目的としていて、通常のステレオ音源を疑似サラウンドに合成する機能は無い。5本だろうが2本だろうが、疑似スピーカー再生環境がそのまま再現される。普通のCDを聴くと、まるで目の前にスピーカーが2本あるかのように聞こえるって訳だ。

 PCメーカー各社がDVDプレーヤー機能に組み合わせて採用を始め、パイオニアからはヘッドフォン第一号機(ヘッドフォンアンプに信号回路を搭載)が発表されている。ドルビーバーチャルとドルビーヘッドフォン。目的は同じだが技術的には異なる2つの規格が存在する・・・ドルビーを巡る混乱はまだまだ続きそうである(苦笑)



 ってな感じで複雑怪奇なドルビーの謎(笑)に迫ってみたわけだが、こうやって流れを追ってみるとドルビーの技術革新の歩みが分かって面白い。映画館に行ったときやDVDを観るときなどの参考になれば幸いである。

 映画でも音楽でも作品そのものを楽しむべきなのは言うまでもないが、それがどうやって作られているか、どんな要素で構成されている、かを知ることは作品をより深く楽しむための1つの方法であると思う。個々の要素は決して表舞台に立つことは無いけれど、最高の効果を得るための最高の技術を追求していくという物語がそこにはある。ひとつの作品とはそんなたくさんの物語の集大成に他ならないのだ。ただ便利なだけじゃなくって、人を楽しませるために生まれた技術。こういうある種の馬鹿馬鹿しさが人間を他の動物とは違う特別な存在にしているのだろうと思う。楽しむための努力を惜しんではイカンのだ。



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