ビートルズ完コピ倶楽部の活動目標と現状までの所感

2022/02/16


 コロナ禍になって、お家時間が増えて、ふとした思い付きで始めた「ビートルズ完コピ倶楽部」。当初の経緯が2020年2月1日のブログに残っている。ざっくり以下のような感じ。

 推進のきっかけで大きかったのは、ビートルズのハーモニーを徹底解説するYouTubeチャンネル"The Beatles Vocal Harmony"との出会い。とあるイタリア人がビートルズ各楽曲のコーラスを分解・説明していて、最初のサビと二回目は節が違うとか、サウンドにおける「声」の再現を追求していて非常に面白かったのだ。

 そもそもビートルズの魅力の源泉は何なのか?が語られる際、メロディーや歌詞、演奏、どういう経緯で製作された等のエピソードにフォーカスが当たる事が多いなと思っていた。それはそれで正解なのだが、一方で「サウンド」への言及が少ないなとも感じていた。「サウンド」とは、音要素が時系列でどのように構成されているか、という観点である。どの楽曲も様々な音要素を多層的に組み合わせて、時間軸で変化させることでひとつの曲・サウンドとして成立させている。

 それらを聴いたときに感じる印象、イメージ、クオリアのような感覚は「サウンド」こそが肝であり、その構築体系・方法が秘密のレシピとなるはずである。逆説的に、そのレピシが紐解けるならビートルズ楽曲が持つ魅力、「ビートルズっぽさ」が再現できるのではないか、という仮説も成り立つだろう。

 題して「音要素の集合体および時間変化によるサウンド構成仮説」。

 この仮説に至った自らの体験エピソードが2つある。

【エピソード(1)】イーグルス来日公演:1995年~全盛期メンバーで奇跡の再結成を果たしたイーグルスの生演奏を東京ドームで体験した。歌声も演奏もアレンジもハーモーニーも何かもが完全にイーグルスのそれだったのだが、それと同時に不思議な感情が湧いてきたのだ。「世界で一番巧いイーグルスのコピーバンドみたいだな・・・」

【エピソード(2)】Brit Floyd来日公演:2019年~ピンク・フロイドのコピーバンドとして世界的に有名な"Brit Floyd"。歌も演奏もライブ演出も素晴らしくそっくりで、本家と寸分違わぬサウンド空間が再現されてた。その瞬間に沸き起こった感情は「これと本家のライブは何が違うんだ?もはや同じなのではないか?」

 とどのつまり、バンドにおけるサウンドの「本家」の意味するところと、そのバンドの「らしさ」との関連性についての問題提起だったのだと思う。物理的な音、その要素の組み合わせ、配置、響き、そして時間的変化がほぼ完全に再現された場合、それは「本家」と何が違うのだろうか?(本人が演奏している「ありがたみ」は除外して)テセウスの船じゃないが、サウンドが近似値となった場合、「本家」が醸し出していた魅力・マジックの秘密に近づけるのではないだろうか。

 そしてビートルズの場合、ボーカルが占める魅力の割合は非常に高く、「サウンド」の再現により「ビートルズっぽさ」の源泉を垣間見れるのではないか?「なぜビートルズが良いと感じるのかか?」の秘密に近づける。ファンなら誰しもがワクワクする仮説である。

 これを実証するのが「ビートルズ完コピ倶楽部」の趣旨である。まあ、そこまで研究って程ではないにせよ、構造解析には違いないので歌い方や声質、コーラスのバランス、ときにはミスまでもを限りなく再現してみることで、ビートルズの魅力を味わい尽くしたい。

 この活動が実施可能となった環境要因についても少し触れておく。iPhoneアプリの"Spire"はシンプルなMTR(Multi Track Recorder)で、自分の声を複数トラックに録音して「一人ハーモニー」が実現できる。後に編集やエフェクトに柔軟なGarageBandへ移行するのだが、かつて数十万円はした多重録音の設備がiPhone一台で可能になったのは大きい。

 歌は自分が歌うとして演奏はどうするか?YouTubeを覗けば「演奏してみた」系の動画がゴロゴロしている。ギター、ベース、ドラムなんでもある。これらを組み合わせれば即席のバンド演奏の出来上がりである。楽器が演奏できなくても、高い機材が無くても、ビートルズ・サウンドの探求が可能な時代である。ああ楽しい。

 さて「ビートルズ完コピ倶楽部」、記念すべき1曲目は2021年3月21日、曲は"Nowhere Man"。最初から抜群に楽しかった。各音要素の構成、バランスを自分の好みにコントロールできるというのは、ある種の万能感に近い。そうやって生み出された「サウンド」は完全に自分の好みになる訳で、こんなに楽しいことはない。楽しければ続けられるし、続けていけば上手くなり、それが嬉しく楽しくなる。回を重ねるごとにコツを覚え、サウンドの完成度も上がっていく。

 苦労したのは音源のアーカイブ方法。最初はYouTubeにアップしていたが、サウンドの完成度が上がっていくと違法アップロードのAI検知に引っかかるようになった。検知されるぐらいサウンドが本家に近づいた証左でもあるのだが、可搬性を考えると何かしらのクラウドで管理したかった。その後、SoundCloudを経由(こっちもAI検知でNGに)してAudiusに落ち着いた。

 多くのビートルズ楽曲と向き合い、ボーカル&ハーモニーを解析・再現してきたことで、「ビートルズっぽさ」の秘密を発見することができた。そのいくつかをここで列挙しておきたい。

①ポールの「歌真似」:特に初期はジョン&ポールのハーモニーが大きな魅力だが、その大きな要素としてポールがジョンの声色や歌い方を真似ている点がある。これにより唯一無二の溶け合うようなハーモニーが成立しているのだ。ジョージとのハーモニーでもその技巧は如何なくなく発揮されていて前時代を通して「ビートルズっぽい」ハーモニーの魅力になっている。

②コーラスにおけるジョージの重要性:正直、ジョージのボーカルは技巧的ではないしビブラートも少なく一本調子だが音程だけは抜群に安定していて、ジョン&ポールとの3声ハーモニーではジョージが担当する低音パートの安定感がハーモニーの重厚さを支えているのだ。世界最高のコーラスワークの秘密がここにある。

③ジョン&ポールのコーラス逆転技:ちょっとマニアックだが外せない技。普通はジョンが主メロでポールが上ハモなら、曲を通してそのパートを歌うところだが、例えば、サビだけ上下パートを入れ替えたりするのだ。その効果は入れ替えなかった場合と比べれば明らかで、サウンドの変化として大きな魅力になっている。これを何曲も意図的にやってるんだから凄いなぁと。

④同じ完コピでも、以下それぞれの特徴を持つ楽曲が点在している

 前者の筆頭は"Help"なんかがそう。譜面上の曲そのものにビートルズっぽさが濃厚に配されていて、割と簡単にビートルズっぽさが再現できる。後者は、"A Hard Day's Night"なんかがそうで、サウンドの魅力となる要素が譜面上のそれではなく、声質だったり、歌いっぷり、音要素の配置や混ざり具合だったりするので、単に歌っただけだとまるでビートルズっぽくならないのだ。歌い方を真似たり、ダブルトラッキングやエフェクト、パンニング、楽器サウンドとの融合度合いなど、音要素のあらゆるバランスを考慮し、「ビートルズっぽさ」が浮き上がって来るまで試行錯誤していく。

 例えば・・・

 などなど、ビートルズのそれぞれの時期、アルバムによってサウンド構成のセオリーが確実に変化していってるのが如実に分かるようになった。これこそ、自分がずっと知りたかった、探求したかったビートルズの核心のひとつである。ああ、楽しい。

 継続は力なり。いよいよ100曲目という節目に突入しようとしている。全く楽しさは衰えないのだが、目下の課題は残りの曲が少なくなってきている事だ。ビートルズ公式213曲のうち、以下は完コピ対象から外している。

 こうやってみると、ポールの楽曲の多くがこれに該当してしまうのだ。ここから分かるのは、ジョンまたはジョージの曲で、他のメンバがコーラスを付けるケースが多いという事。各メンバの声域の問題なのか、ポールのコーラス貢献度の影響なのか、興味深い傾向ではある。

 という訳でツラツラと書いてきたが、対象となる曲が一巡しちゃったら、もう一度やり直したい曲もあるしビートルズの探求はまだまだ続きそうである。ビートルズの魅力は底知れない。

#P.S:ビートルズっぽさを構成するサウンド以外の要素、「イギリス風ナンセンス仮説」についてはまた後日。



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Y.YAMANAKA(yamanaka@os.rim.or.jp)