ハノーバーより愛を込めて



886/19/03/2001
 いよいよ明日の朝早く、ドイツに向けて旅立つ。12時間も飛行機の中なのだが、いったいどうなっちゃうんだろ?あまりの退屈に発狂して操縦桿を奪って落下してくるミールに追突してみるか・・・8時間の時差ってことは、僕にとっての2001年3月20日は8時間余計にあるってことだよな。だからどうしたってのはあるけど。あれ、文章に脈略が無くなっている・・・あぁぁぁぁ、落ち着かね〜っ。面倒くせ〜っ。朝起きたら、自衛隊がクーデターを起こしてて、日本中に戒厳令が敷かれて、戦車とかが道路を走り抜けて、陸海空とも交通封鎖されたりしないかな。しないか。クーデターがダメなら富士山大噴火とか宇宙人の来襲でも良いぞ。もっとないか。あ〜あ〜あ〜、普通の人には何の変哲もない休日なんだろうなあ。はぁぁぁぁぁ。それではみなさんさようなら。次の更新はいつになることやら。

887/20/03/2001
 5:00-起床。5:30-出発。7:30-東京駅から成田エキスプレス5号にて成田空港へ。10:50-ルフトハンザ711便にてフランクフルトへ。スチュワーデスさんが外人であることにビビる。当たり前か(苦笑)。飲み物で「Water」を注文したら、コーラが出てきた。機内でアーサー・C・クラークの「失われた宇宙の旅2001」を読む。2001年宇宙の旅の製作過程が分かってなかなか興味深い。結局、12時間もの空路にも殆ど眠れずかなりバテる(以下、現地時間で表記)。14:45-フランクフルト着。曇天。空港にて両替。喫茶店でエスプレッソを注文。メニューの中で判読できたのはそれだけだったので。17:30-フランクフルト発。18:20-ハノーバー着。猛烈に眠い。日本時間だと真夜中である。20:00-タクシーにて滞在先の民宿に到着。何のことは無い。ドイツの標準的な一般家庭の家だ。優しそうなご夫婦と3人のチビッコたちに温かく出迎えられる。滞在する部屋を紹介されてビックリ。絵に描いたようなとっても可愛い子供部屋なのだ。絵本やぬいぐるみがたくさん置いてある。車のポスターが貼ってあるので男の子の部屋だろうか。要はシーズン中は子供部屋を来訪者に開放している、ってことらしい。そういう意味では「民宿」って表現は間違ってないけど・・・イメージはかなり違うね。思っていたより綺麗な部屋だったので少しホッとした。それよりも、とにかく眠い。いったい何時間起きてるんだろう。今日は早めに就寝する。

888/21/03/2001
 7:30-起床。会場入りはお昼からなのに、なんでこんなに早く起こされるんだろ?8:15-民宿の食卓で朝食。ドイツのパンはとっても美味しい。9:00-出発(あれれ、お昼に集合のはずじゃ・・・)。そうそう、やっと自分が滞在する所の状況が分かってきた(事前に何の情報もくれないんだもの)。場所はハノーバー市内のアルテハイドという町。とっても静かな住宅地である。ここからUバーンと呼ばれる電車に揺られて約一時間、会場のあるメッセ駅まで通うのだ、ってなんで今ごろ知るんだよ。もっと早く説明しろっつーの。9:30-なぜか途中の街、クロプクにて下車。ウロウロと一時間ほど、あても無く市街観光と相成る。観光するのは別に構わないけど、行くなら行くで事前に説明してくれっつーの。11:30-メッセ駅着。会場入り。どこもかしこも突貫工事の真っ最中。こんなんで明日までに間に合うんだろうか?とにかくものすごく寒い。会場にて事業部長、部長と合流。12:30-会場内の展望レストラン「パノラマ」にて、他の日本人出展者の方々を交えてのキックオフ・ランチに出席。14:00-会場のセッティング。思ったより早く完了する。取りあえずこれでソフトウェアのデモは問題ない。がしかし、幾らやってもダイアル・アップによるネット接続ができない。どうも会場内の電話回線が特殊らしい。メールが読めない。この文章もアップされない。悲しい寂しい。17:00-会場を出発。寒い寒いと思ったら雪が降っている!17:30-クロプク駅着。再び、事業部長、部長と合流しレストランで夕食。お気楽な観光チームの事業部長と部長。そして調子良くそのお相手をする営業課長。普段はカッコイイこと言ってるけど、やっぱ上司の前ではサラリーマンなのね。ま、仕方ないか・・・。20:30-レストランを出る。観光チームがもう一軒行こうと盛り上がっている。ジャズの生バンドがいてカラオケができる店!って言われてもねえ。あの〜、明日は早いんで帰って休みたいんですけど・・・しかし、言われたまんまの店を探そうとしている営業課長も如何なものかと思うぞ。結局、店は見つからずそのまま解散。ふぅ。21:00-民宿着。怖いくらいに静かだ。さあ寝よう・・・って明日は何時に集合するんだ?ちゃんと予定を説明しろっつーの。

889/22/03/2001
 Cebit 2001の初日。6:45-起床(結局、正確な説明は無いまま何となく集合。リーダー性の欠如)。7:30-民宿を出発。8:30-会場着。出展の準備。9:00-会場。パラパラとお客が来る。11:00-事業部長&部長の観光チームが余裕の到着。商談のアポが予定されていたのだが、どうやらすっぽかされた模様。何しに来たの?13:00-交代で昼食。巨大なサンドイッチにパクつく。有名企業のブースは物凄く混雑しているのだが、うちのブースは午後になってもお客さんは疎らだ。ブースのサポートをお願いしているドイツ人に、僕の英語でのデモンストレーションをチェックしてもらう。評価は「エクセレント!」だそうな。かなり採点は甘い感じ。18:00-初日の展示は終了。結局、来客は5名程度・・・。こんな調子でわざわざ出展している意味あるのか?18:30-会場内に併設されている巨大なビアホール「ミュンヘナー・ホール」にて出展者の親睦会(今日も飲み会かよ・・・)。まさにドイツのビアホールという感じ。小学校の体育館よりも大きな建物に、びっしり座席があって、東西それぞれの壁際に生バンドが鎮座している。これらが交代で陽気な演奏合戦を繰り広げるのだ。もちろんビアホール的に大量のビールが次から次へと運ばれてくる。シチュエーション的にはかなり楽しい雰囲気。しかし、昨日に続いての飲み会である。いい加減、早めに切り上げたいのが本心である。同行しているアシスタントさんも同意見。さすがに調子の良い営業課長も、会の始まる前には「まあ、今日は早めに切り上げましょ」と豪語していた。実は滞在している民宿には「お風呂は22:00までに」というお約束があるのだ。もちろん3人交代で入浴するから、どんなに遅くても21:00には帰り着いてないとマズイ、ってなことはちょっと考えれば分かるはずである。当然、今回の出展を仕切っている営業課長なら考えてしかるべきだ。ところが、飲み会が始まった途端、いつの間にやら子供のようにはしゃぎ出して、観光チームのご機嫌を伺いながら一人で盛り上がっている。そんなに点数を稼ぎたいのか?サラリーマンは悲しいねえ。で結局、店を出たのが21:00ちょっと前、民宿に着いたのが21:45。中途半端に酔っ払った営業課長曰く「俺は明日の朝にゆっくり風呂に入るから君たちお好きにどうぞ」・・・って何それ?どうしろってんだよ?馬鹿じゃないの?あんたがあまりに無計画で自分勝手で口先だけのお調子者なおかげで、こちとら風呂にもゆっくり入れねえんだよ。「俺は上司のご機嫌撮りに頑張ってるんだから、部下のお前らも我慢しろ」っとでも言いたい訳?ふざけんじゃねえよ!なんでこんなにも拘束されにゃならんのだ。もうちょっと頭の切れる人かと思ったけど全く大間違いだね。シミュレーション下手すぎ。あ、うちの職制って全部ダメなんじゃん。はっきり言って観光チーム(事業部長&部長)邪魔なんですけど・・・。こんなことしてまで、わざわざCebitに出展しなきゃならない根拠が不明。会社の金を使って観光してるとは知ってたけど、ここまで露骨だとは思わなかった。良心の呵責とか無いのかねえ。信じられねえよ、マジで。怒りを通り越して、呆れるを通り越して、再び怒りに戻って来る感じ。

890/23/03/2001
 Cebit2日目。ブースがホールの一番端っこにあるからか、相も変わらず来客はまばら。商品よりも展示用のノートPCに興味が集まるほどだ。昼食は一人で会場内のレストランへ。生まれて初めての外人との相席。取りあえず、それっぽい英単語を並べればそれなりに通じるもんだねえ。だいぶ慣れてきたよ。うちのブースのお隣はアルメニアのブース、向かいはヨルダンとバングラデシュのブースだ。立地条件はかなり地味。夕方は「Japan Night」と銘打って招待客(ダイレクトメールを発想したらしい)にビールと軽食が振舞われた。ほんの一時間の間にドイツ、スウェーデン、アメリカ、アルメニア、バングラデシュの人と会話を交わす。ごった煮的な国際交流ではある。夕食は部課長やアシスタントなど大勢で、高級ドイツ料理の店「LandHaus」へ行く(また飲み会かよ〜)。なかなか歴史的な高級感あふれるお店であった。ドイツ人コンサルタントのB氏に「クラフトワークって知ってます?」と質問してみる(もちろん英語で・・・何とか通じた)。やっぱり知ってました(笑)。一般人がクラフトワークを知ってる国なんだねえ。変なの(笑)。いろいろとドイツの話を聞きながら楽しく歓談するも、我が豪傑部長はそんなことはお構いなし。ビール、シャンパン、ワインと飲み続け、静かな店で吠えまくっている。比喩ではない。本当に「ワォーン」と吠えているのだ。ここは田町か?その他大勢はただただ苦笑するのみ。大顰蹙。ふと、静かになったと思ったら完全に潰れてた(^_^;)。事業部長殿、あとはよろしくお願いします。結局、帰宅したのは22:30。お風呂にはもう入れないので、とっとと就寝。ふぅ。

890/23/03/2001
 メール開通!

891/24/03/2001
 事業部長、部長、課長は朝からボンへ観光(もちろん会社のお金で)に行ったので,アシスタントさんと二人でブースの留守番。上司もいないことだし、開始時間を少し遅らせて自由に会場を見てまわる事に。とにかく会場は広い広い広い。出展企業は8000社をこえるそうな。すげー。目当てのブースへ辿り着くだけでもひと苦労である。今年のCebitはNTT Docomo がi-modeを大規模に出展するのが地元でも話題になっているそうな。しかしあまりに広すぎて最後までそのブースを発見できなかった。どこにあるんだろ。目に付いた大手企業を急いで周るのが精一杯だった。10:00-自分のブースで留守番を開始。今日は比較的に来客が多かった。来訪者が口をそろえて聞くのは「これはいくらだ」ってこと。うちのお偉いさんは何の方針も無いまま、とりあえず目先の製品をむりくり英語化して、とりあえず出展したってだけなので、今後の予定なんて何にも決まってないのだ。営業課長から指示された解答例は「市場の反応を見てから決定する」だって。その反応ってやらは誰が見てんの?ちゃんちゃらおかしいぜ!出展する事自体が目的になってんじゃんよ。あほくさ。あほくさいので終了時刻を少し早めに切りあげてとっとと撤収。クロプケにてシンプルな夕食を取り、帰宅。うぉおおお。20:00だよ。ゆっくり風呂に入れる!久しぶりに湯船に浸かってリラックス。ふぅ。ついでに溜まった洗濯物をまとめて洗濯する。あああ、すごい量だ。22:30-営業課長帰宅。おつかれさんでした、つーか、あなたは観光してきたのよね。23:00-就寝。明日からサマータイムが始まるので時計を一時間早めておく。日本との時差は9時間になる。

892/25/03/2001
 待ちにまったOFFの日。ハノーバー駅に9:00集合して、アシスタントさん、JPSAの方と共にハンブルグまで観光。もちろん自腹で(-_-)。朝から寒い寒いなんなんだこれはと思ってたら、またもや雪が降っているではないか。そりゃ寒いはずだよ。今日から夏時間なんだけどねえ。9:55発のハンブルグ行きの特急に乗る。30分もすると景色は見渡す限りの畑になる。空は鉛色。地面は土の色と暗い緑色。冷たい感じが何ともドイツっぽいんだけどね。11:20-ハンブルグ着。こっちは雪は降っていなかったものの、それでもかなり厳しい寒さ。普通に歩くだけでもかなり辛い。ドイツの日曜日は国中が完全に休養日となる。よって、デパートも何もかも全て閉まっているのだ。辛うじて観光客向けの店だけが営業している程度。大通りでも人影は疎らだ。日曜日に観光しちゃいかんのね。悲しい。とりあえず、立派なハンブルグ市庁舎の前で記念撮影。運河沿いのレストランにて昼食にありつく。またもや大量のジャガイモ(苦笑)。体が暖まったところで、近くのSt.Michaelis教会へ。礼拝堂の上にある高い塔に登る。展望台(?)からの見晴らしは最高。ハンブルグ市街を一望することができる。がしかし、それどころではない厳しい寒さと強風。写真を数枚撮ってすぐに降りる。その後、遊覧船で市内の運河を一周するツアーに参加。、暖かい船内ではんなりと景色を眺める。水辺に立ち並ぶ高級住宅にうっとり。いいねえ。案内人のおじさんがいろいろと説明してくれるも、それらは全てドイツ語。ときどきジョークを言ってるらしく、他のお客さんが笑っているのだがまったく理解できず。とりあえず連られて笑ってみる。あは、あはは、あはははは。その後も特に行く所も無いのでハンブルグ駅構内を散策。映画に出てきそうなかっこいい発着所が印象的。18:01-ハノーバー行きの特急に乗る。なんと座席は先頭車両の最前列。かっこいい運転席にかぶりつきである。19:25-ハノーバー着。ここで営業課長と待ち合わせの予定。民宿から渡されている鍵が1個しかない(家の玄関の鍵)からだ。ところが待てど暮らせど課長はやってこない。寒い駅構内でアシスタントさんとイライラしながら待ちつづける。風呂に入る時間がなくなるじゃんかよ!結局、一時間遅れでやっとこさ到着。曰く「食事に誘われて、そのまま行ったら盛り上がっちゃって!」だそうな。集合時間を決めてんのに誘われて着いて行くか、普通。さらには「待たせるのも一時間が限界だと思ってさ」ってことは待たせてるって意識はあったんだ。忘れてたんじゃないのね。意図的に僕らを待たせた訳ね。ふーん。無責任男。もう知ってるけど。21:00-帰宅。22:30-就寝。雪が積もり始めている。

893/26/03/2001
 朝起きて外を見ると、辺り一面は銀世界。びっしりと雪が積もっている。シンプルな町並みの雪景色はなかなかに美しい。これで寒くなければもっと良いんだけど・・・3月末なのになんでこんなに寒いんだろう。いつも通りの朝食を取り、いつも通り9:00に会場入り。午前中は営業課長に連れられて他社製品の視察へ。気は進まない・・・。パッと目に付いたセキュリティー製品を展示しているブースへ飛び込む。チェコスロバキアの会社だったのだが、これがかなり強力な製品だった。うちの会社がやろうとしている機能を殆ど全て実現している。実装方法もかなりエレガントだ。こりゃまいったね。本国では軍事施設や警察などに導入された実績があるという。これをそのまま日本に持ってこれないかなあ。14:00頃に遅い昼食。またもやジャガイモ&ソーセージ(涙)。午後に入ってから矢継ぎ早に訪問客がやってくる。今日一日でベラルーシ、スロベニア、台湾の人と会話。他ではありえない国の取り合わせもCebitならでは。英語での説明も少しずつだが慣れてきた感じ。取りあえず知ってる単語を並べれば意外と通じるもんだ。向こうも英語圏の人とは限らないからね。お互い様です。ふと気がつくと課長の姿が見当たらない。あれれれ、どこいったんだ?ま、いっかとタバコを吸いに行くと、横のコーヒー・スタンドでドーナツをパクついている課長と目が合う。はぁ?また食ってんすか?僕のことを「なんでそんなに小食なの?」と訝しがる前に、もっと自分という人を理解しましょうね。ま、いいけど。夕方になってもお腹が空かないので、駅前のスーパーでヨーグルトなどを買い、そのまま帰宅(課長は一人で夕食へ・・・)。時間は19:30だったが、夏時間のおかげで空はまだ明るい。はあ、まだあと2日もあるのか。さすがに飽きてきた。お茶漬けが食べたい。

894/27/03/2001
 ドイツに来て初めての快晴。しかし寒さは昨日よりも厳しい。いつもの通りに起床&朝食&会場入り。午前中はまたもや営業課長に連れられて他社製品の視察。もういいんでないの?あちらこちらと3件ほど連れて行かれたのだが、ものの見事に全て期待はずれ。「下調べ」って言葉、知ってます?>営業課長殿。なんかこの人、やることなすこと全て無計画なんだよねえ。ちょっとトイレへって行ったきり、一時間も帰ってこないし。どこで仕入れた知識なのか、CD−Rへの書きこみ処理についてああでもないこうでもないとチンプンカンプンな話しを延々とした挙句、僕がちょっと強い口調で間違いを指摘したら「俺は技術じゃないから分からない!」って吐き捨てて怒って行っちうし。なんなのそれ?着いて行けないっす。暇さえあれば駄弁ってる。もしくは何か食ってる。観光チーム(事業部長&部長)が帰国した途端にこれだもの。分かりやすい人だねえ。午後2時から、ドイツの某販社との打ち合わせに参加。直前になって営業課長から「出てくれ」って言われたんだけど、販社との打ち合わせになんで開発が同席しなきゃならんのだ?向こうは社長と販売部長だぞ。何しろってんだよ?結局、2時間半の打ち合わせ中、僕は一言も話さなかった。今思えば、自分の威厳を保つために誰かしら部下を引き連れて会議に臨みたかっただけのような気がする。私は海外でこんなにも活躍してる営業課長です、ってか?っつたく「俺は営業じゃないから分からない」って逆に言い返してやりたいよ。6時に閉場。ハンブルグ観光の3人でクルプケの街を散策する予定になっていたのだが、いつのまにか営業課長が着いてきている。ったく分からん人だなあ。僕らにとって上司と一緒にいる時間がどういうものかってことをまるで理解してないね。ひょっとして自分は好かれてるなんて思ってないよな?今日もサクっと軽い夕食を取って、早めに帰ろうと思っていたのだが、調子の良い課長はそんなことお構いなし。「そうそう、こっちに良い店があるんだよ。あれ〜、混んでるなあ。じゃあこっちを見てみようか。それとも反対側に出てみるか?ここから通りぬけできるんだよ。あれ、できないな。ここじゃないんだっけ。あ〜戻って戻って。あっちの方は何かあるかな?う〜ん、席が空いてないなあ。何か食べたいものある?それとも、さっきのところに戻って並ぶか?」1時間も連れ回すな!ただ単に頭の悪い奴より、自分は頭が切れると思いこんでいる頭の悪い奴の方が性質が悪い。

895/27/03/2001
 アシスタントのユリイカさんと立ち話し。ドイツで有名な日本人は誰かと尋ねたら、しばらく考えた後「ジャッキーチェン!」だってさ(苦笑)。彼はチャイニーズだよと教えると、またしばらく考えて「ミッション・ミッションインポッシブル2の監督は・・・え〜と」はいはい、それはジョン・ウー監督ですね。彼もチャイニーズなのよ(苦笑)。西洋人は東洋人をごっちゃに認識しているとは聞いていたけど、予想以上にそうなんだねえ。逆にこちらから有名そうな日本人の名前を挙げてみる。小野洋子は知ってた。坂本龍一は知らなかったみたいだけど戦メリの作曲者だと言ったら分かったみたいだ。さすがにイチローは知らなかった。ドイツでは野球は人気が無いようだ。続いてお国文化の考察。日本では4月頃にお花見をする(「チェリーブラッサム・パーティー」って言ったら通じたみたい)って教えてあげた。ドイツでは同じ頃にイースターというお祭りがあるらしい。キリストの復活を祝う日(って言ってたと思う)で、卵に綺麗なペイントをして、たくさん木に吊るしたり、庭に隠して子供たちが探しっこしたりするんだって。イースター・ラビットってのがお祭りのシンボルになってる。そしてドイツでは「日本人は良く働く国民」だって思われてるらしい。ぐうたらサラリーマンでごめんなさい(苦笑)。笑ったのが「日本人は早朝に公園に集まってシャドーボクシングをするんでしょ?」って聞かれたこと。最初は何のことかわからなかったけどどうやら大極拳のことらしい。それも中国だよって教えてあげた。少しは日本の事を分かってもらえたかな?

896/28/03/2001
 いよいよCebit最終日。外は大雪だけど、これで終わりだと思うと少しは力が沸いてくる。あ〜早く帰りたい・・・ドイツからの更新はこれが最後。明日の早朝、ミュンヘン経由でブタペストに飛ぶ。天気予報によるとハンガリーは明日、明後日、明々後日とも雨の模様(涙)。それでも、今夜限りで民宿ともおさらば。やっぱホテルでしょ。お風呂の時間を気にしなくても良いだけで精神的にかなり楽だもの。でっかいベッドでしこたま眠りこけてやる!帰国は4月1日の早朝の予定。しかしルフトハンザ航空がストライキをやっているという噂が・・・どうなることやら。あ、そうそうCebit2001の公式ページで定点カメラによる会場の生の映像を見ることができます。カメラが設置されているのはHall 2。僕がいるのはHall 4。隣の隣のパビリオンですな。ま、雰囲気だけでもお楽しみください。それではみなさんごきげんよう。アウフタービーゼン!

897/28/03/2001
 というわけでCebit 2001は無事に(無事でもないのだが)終了した。日本からの出展者で集まって打ち上げをするとのことだったが、もうこれ以上、一緒の席で顔を会わせるのはウンザリだ、ということでアシスタントさんと意見が一致(^_^;)。早々に不参加を決め、二人で中央駅のバーガー・キングにて夕食。とっとと帰宅し明日の出発に備える。あー、やっと終わったよ。ドイツって国はシンプルで嫌いじゃないけど楽しい思いでは全くといって良いほど無かったかも。明日はブタペストだ。

898/29/03/2001
 いつも通り6:30に起床、7:00に朝食、荷物を持って7:45に出発。これでさようならというときに、民宿の奥さんから「スプーンが一本足りないんですけど」と困惑される。あれれ、昨日返したはずなんだけど・・・出発直前だったのでそのままうやむやに終わる。後味が悪い。ハノーバー空港まで民宿のご主人の車で送ってもらう。なんでも先週の土曜日に車を買い換えたばかりだそうで、ワイパーを動かそうと思ったらラジオが鳴ったりで面白かった。「ハノーバーはどうでした?」の質問に一同沈黙。とりあえず営業課長が「Good」って答えてたけど・・・まあ、ハノーバーには罪は無いんだけどね。途中、奥さんから携帯に連絡が入り「やっぱりスプーンありました」との報告。そうでしょうそうでしょう。スプーンなんか盗んでもしょうがないもんね。妙なシコリが残らなくて良かったよ。空港にてJPSAの方と合流。10:50-ハノーバー発ミュンヘン経由ブタペスト行きに乗る。ミュンヘンで乗り換えた飛行機があまりに小型なので驚く。50人も乗れないんじゃないか?ちょっとした金持ちが保有しているような小さなジェット機だった。みんなで記念撮影。16:30-予定よりちょっと送れてブタペストに到着。現地のガイドさんが迎えに来てくれている。専用のバスに乗ってホテルに向かう。バスの窓から眺めるブタペストという街は想像以上に退廃的である。道路はガタガタ、走っている車はどれもポンコツ(東ドイツ製のトラバントが現役バリバリ)、廃墟になったビルがあちこちに見られる。街全体が色落ちしてしまった写真のよう。地味で悲しげな風景がどこまでも続く。もっとシンプルで美しい町並みを期待していた僕はちょっとブルーになる。なんでこんなところに来たんだろう。しかし僕を除く三人はすっかり観光モード。ガイドさんを交え、明日の観光ルートの検討に余念が無い。昨日まで意気消沈していたアシスタントさんもすっかり元気になっている(苦笑)。ホテルのレストランにて夕食。四つ星ホテルということで期待していたのだが、そこはやはり東ヨーロッパ。粉っぽいスープ、パサパサの肉、大味なケーキ、エスプレッソを目指して作ってみたがそこには到達しなかった何か、正直言ってあまり美味しいものでは無かった。ハンガリーではこれでも贅沢な食事なんだろうねえ。明日は一日、ブタペスト市内を見て回る予定。観光にめちゃ乗り気の3人と、ブルー入っている僕。どうなることやら。

899/30/03/2001
 7:00-起床。8:00-朝食。ロビーで待ち合わせをしたはずが、例の営業課長がいつまで経っても現れない。まさかと思ってレストランを除いてみると・・・もう、食ってる(苦笑)。あんたフード・ファイトに出場できるよ。相変わらず美味しくない食事を済ませた後、専用車に乗り込み、いよいよブタペスト観光へ。まずは観光客なら誰でも一度は行くという英雄広場へ。ハンガリー建国から現在までの英雄の像が建てられている大きな広場なのだが、現在は改装中ということで英雄は一人もいなかった(涙)。その後、大きな教会や王宮、城壁の跡、世界遺産に指定されている町並みなどを見て回るが、どれも「ふ〜ん」という程度のもの。とにかくこの国は経済的に貧しいので、どんなに汚れようが壊れようが建物を改修しないのが普通らしい。ボロボロの街の中のボロボロの観光名所を見せられてもねえ。はっきり言ってわざわざ休みを取って観光に来るような所じゃないねえ。昼食は現地では高級と言われているレストランへ行く。もうここまで来ると何にも期待はしていなかったのだが・・・案の定、美味しくない料理。個人的にはそれほど味にうるさい方では無いつもりなのだが、ここの料理は味が合わないというレベルではなく、間違い無く美味しくないのだ。特に最後にデザートで出てきた洋梨のタルトは筆舌に尽くしがたい不味さ。一口食べてこりゃだめだと思った経験はこれが初めてかもしれない。ハンガリーの皆さんゴメンナサイ。午後は、市内でも最も華やかだという触れ込みの大通りでお買い物。ドイツでは殆ど買い物することができなかったので、お土産はここで全て揃えるつもりだったのだが、とにかかう通り自体がとても短くて30分もあれば往復できるような有様。おまけにお土産になりそうなものが全くと言って良いほど見つからない。それでも何とか見繕ってチョコレート、小物入れ、ペンダントを購入。お土産こんなんで良いのだろうか・・・。通りのカフェで一服(ここで初めてまともなコーヒーにありつく)、近所のスーパーで水を買ってからホテルに戻る。夜はJPSAの方の尽力で、国立劇場へオペラ鑑賞へ行くことになった。最後ぐらいは良い思いをしたいもんねえ。オペラ劇場は建物の概観はやはり古くてボロボロだが、内部はお城のような美しさ。映画に出てくるような正に「オペラハウス」という感じだ。ここにきてやっとワクワクしてきたよ。と、さっそく座席に行ってみると4人分予約したはずのチケットは、実は2人分だったことが判明。チケットの文字は全てハンガリー語なので誰も読めないのであった。僕は女性2人に譲っても良かったのだが、受付に聞いてみると席自体はまだ余っている模様。追加で買えば全員が見ることができるのだが、この時点で誰もフォレント(ハンガリーの通貨)を持っていないことに気が付く。どうしようかと相談している中、営業課長が「俺がひとっ走りして両替所へ行ってくる」とダッシュで行ってしまった。あああああ。しかし、オペラの開演間際になっても戻ってくる気配が無い。誘拐でもされたか?心配しながら待っている間、機転を利かせてくれたJPSA担当の方が他の来場者から余っているチケットを直接譲り受けてもらうことに成功。わ〜い、ありがとうございます。さすが旅慣れていることはあるねえ。お見逸れしました。あ、そうそう課長はどうなっちゃったんだろ・・・ま、別にいっか、なんて思っているところにヘトヘトになった課長が戻る。結局、両替所は見つからなかったようで・・・ごくろうさま(苦笑)。オペラの演目はモーツアルト(の何からしいのだが・・・ハンガリー語は読めない)。いわゆるバルコニー席で3時間たっぷりとオペラを楽しむ。もちろん内容はボンヤリとしか分からなかったけど(苦笑)。でもねえ、本物のオペラハウスの雰囲気は十二分に味わえましたよ。やっと良い思い出ができたかも。JPSAの担当の方に大感謝。終演後、地下鉄を乗り継いでホテルに向かう。乗り換えの途中、女性の検札員に呼び止められる。チケットをまじまじと見ながら何かしきりに言っている。どうやら「このチケットではダメです。お金を払ってください」ってことらしい。「?」と思っていると、隣ではJPSAの担当さんが回数券の全てを没収されている。さらに「?」と思っている中、今度は営業課長が検札員と話している。ニセ検札員か?ブタペストにはニセ警官が多いという話は聞いているが・・・しばらく話し合っていたようだが、突然に「レッツゴーポリス!」と叫びながら激しく切れ始めた。あぁぁぁぁ。もう切れたら回りのことなんかに注意を払う人じゃない。真っ赤な顔をしながら「もういい!もういい!戻ろう是!」と一人で来た道をどんどん戻っていく。仕方が無いので残った3人も付いていく。戻ったは良いけれど、回数券を全て奪われていることに課長は気が付いていなかった。チケットはない。お金もない。ど〜すんだよ〜っ。どうやって帰るのさ。未だ怒り狂っている(マジで狂ってるって感じ)課長は検札員の所に戻って警察に突き出してやると鼻息が荒い。もうやめましょうよ面倒なことになりますよ被害額はたかが700円ぐらいですよと残りの3人で営業課長をやっとのことで説得。ホントに瞬間湯沸し機だねえ。大人なんだからもうちょっと冷静に状況把握をしろよな。あんたが勝手に戻っちゃうから悪いんだろうが。頼りにならんわ。結局、近くのホテルでドイツマルクをフォレントに両替。信用できるタクシーを呼んでもらい無事にホテルに戻る。最後の最後まで良いこと無い。まあ、ここまで散々にブタペストを卑下してきたことに対するバチが当たったんでしょう。この程度の授業料で済んだことに感謝しましょう。もう、ハンガリーには二度と来ないけどね。いよいよ明日は日本に向けて出発だ。早く帰りて〜。

900/31/03/2001
 6:30-起床、朝食。8:00-専用車にて空港へ出発。ガイドさんの話によれば、昨日の検札員は本物(赤い腕章が目印)で、回数券を切り離して使ったのが良くなかったらしい。金を払え!というのは罰金のことで、請求額も正当な値だそうな。まあ、確かに分かりにくい切符のシステムだし、ガイドさんもそういうことはちゃんと説明すべきだったとは思う。しかし僕らはそういう国へ来ている身なんだから、現地のシステムに従うのが大原則な訳で、そういう意味ではこっちにも非があるのだ。切符の使い方を理解していなかったんだから。郷に入っては郷に従えってね。検札員が英語が話せないということも、外国人に対する配慮に欠けるとは思うが別に罪ではない。外国人が日本に来たときにどういう状況になるかを想像してみれば、昨日の件は(もちろん頭には来るけど)お互い様だろうと思う。こっちはハンガリー語を話せないんだしね。切れちゃいかんよ>営業課長。と、個人的には思うのでそれなりに自分の中で消化したのだが、営業課長を含めた僕以外のメンバーは納得がいかない様子。この後、帰国するまでハンガリー大罵倒大会が続くことになる。そんなに卑下しなくても良いと思うんだけど・・・。血の気が多い人達(苦笑)。9:00-ブタペスト空港着。9:55-フランクフルトに向け出発。一刻も早くこの国を離れたい。11:40-フランクフルト着。14:30-ちょっと送れて成田に向けて出発。機内で映画「ミート・ザ・ペアレンツ」、「キッド」を見る。どちらもまあまあ。8:00(現地時間)-成田空港着。晴天。思ったよりも暖かくない。やっとのことで日本に帰ってきた。嬉しい。もう一ヶ月ぐらい行ってたような気がする。荷物の配送を申し込み、成田エクスプレスで新宿へ。お昼前に帰宅。思い出したようにどっと疲れが出る。そのまま夜まで就寝。

901/01/04/2001
 総評:仕事とは言え酷い旅だった。ドイツは寒かった。ハンガリーは楽しくなかった。でも一番嫌だったのは、2週間ず〜っと拘束され続けたことだ。今回の旅で少しは営業課長と打ち解けるかと思っていたが、結果はその逆。自信が確信に変わったのをはっきりと感じ取った。とにかく、こんなに調子のいい人だとは思わなかったよ。計画性はまるで無し。一日中、駄弁ってる&食ってる。相変わらず、すぐに切れる。自分が海外で活動していることに陶酔しきっている感じで、挙げ句の果てには僕を教育しているつもりらしい。いい歳して、はしゃぎすぎなの。もうちょっと頭の良い人かと思ってたけど、冗談じゃない。もうはっきりと見切りました。もっと大人になりましょう。また、Cebitへの出展もここまで意味のない物だとは思わなかった。はっきり言って観光チーム(事業部長&部長)は会社の金で遊び回ってるだけだし、現地でコンタクトを取った企業とも、これから実のある方向へ進むとはどう考えても思えない(ちなみに去年の分は未だに全く実を結んでいない、今年の分もそうなるだろう)。結局「Cebit 出展している」という名目が欲しいだけなのであって、誰も本気でビジネスに結びつけようなんて考えてないことがはっきりと分かった。だって戦略的な価格設定も今後の開発計画も何にも無いんだよ。これで「いや、考えてる」なんて言い張るんだったら、相当のお気楽極楽バカだね。説明員としてブースにいるのが恥ずかしかったよ。あほくさ。一方、同行したアシスタントさんが話が分かる人で本当に良かった。海外慣れしてるし、頭も良いし、強気だし(笑)。この人もお調子者だったら僕は今頃どうなっていたことやら・・・いろいろお世話になりました。心から感謝します。ま、全体を通して良い経験にはなったけど、こんなことなら二度と行きたくはないね。もうコリゴリ。今度は暖かい所へ観光で楽しく旅したいもんだ。そうそう、たくさんの激励メール、ありがとうございました。どんなに心の支えになったことか・・・ダンケシェーン。

後日談
 ってな感じで、あまりにアホな海外出張に呆れ返っていたわけだが・・・帰国から数日後、定例の全体会議があった。殺伐とした空気の中で、まずは観光チームの部長からCebit 2001視察(視察だぁ?ちゃんちゃら可笑しいぜ!)の報告。「海外は日本以上にセキュリティーに対する意識が高いようだ」・・って、それだけかい?そんなの誰でも知ってるつーの。何しに2週間も行ってたんだよ(解:会社の金で観光)。続いて営業課長からの報告(らしきもの)。提出された資料は、貰った名刺の一覧表を記した紙1枚のみ。なにそれ?笑ったのが、例のチェコ製のセキュリティー・ソフトの件。資料の下の方にちょこっとだけ、そのソフトの特徴が記されていたのだが、これが現地で課長に「あのソフトはどうなんだろうねえ?」って質問されたときに僕が答えた内容そのまんななのだ。別に僕の発言をそのまま受け売りするのは構わないけど、それをあたかも自分が見て聞いて調べましたみたいな顔して平然と報告してるのだ。もう怒りを通り越して呆れたね。おまけに「技術的に見てもかなり優秀なソフトウェアです」だってさ。あんた、あのソフトのデモを見終わった後、何の感心も示していなかったじゃねえかよ。後から僕が「あのソフトは凄い。あの会社の技術レベルは非常に高い」って必死になって説明したんだろが。それをまるで「自分が見つけてきました!」みたいな言い方しやがって、僕がいなかったら「ふ〜ん、こんなソフトもあるんだねえ」で終わってたくせに、ふざけんじゃねえよ。そんなに手柄が欲しいか?そんなに上司の前で点数を稼ぎたいか?やり方がいやらしいんだよ。まあ、「俺は営業だから技術のことは分からねえ」なんて言い方する人間だから仕方ねえか。僕が「僕は開発だからお金のことは分からねえ」って言ったらどーするつもりなんだろ。そんなんじゃ仕事にならんだろうが。ダメ過ぎ。で、2週間も行ってたくせにCebit の報告はこれでおしまい。如何に無駄な仕事だったかが如実に分かる。今頃は会社に提出する嘘だらけ辻褄合わせの報告書を必死で作成していることだろう。アホくさ。

 続いて、社内の開発作業の打ち合わせに入る。開発リーダーが新製品の作業計画をまとめていなかったことに部長が怒り狂う。って言うかどういう製品を作るかっていう話もまとまっていないし、そもそも開発を担当するのは僕なわけで、僕がいなければ計画なんて立てられないのだ。そんな状況で2週間もの出張を命じたのは誰なんだよ。部長「今日までに計画を作れって言ってあったはずだ。なあ課長、言ったよな?」。開発課長「えっ?え〜っと、う〜ん、は、はい。言いました」。呆れた。はっきり言って、計画を今日までに作れなんてことを言われた事実はない。少なくとも記憶にも議事録にもそんな記録は残っていない。だって僕がいなくちゃ作れるわけないんだもの。思いこみの激しい(というか自分の都合のいいように事実を曲げる)部長、長い物には巻かれろ的な開発課長、営業課長は言わずもがな。なんだ職制全滅じゃん。だめだこりゃ。

 部長の怒り(勝手に怒ってるだけなのだが)は収まらず、矛先は開発計画とは関係のない方向へ向けられる。以下、そのやりとり。

部長「じゃあ、いつになったらできるんだ」
リーダー「いま**がかなり遅れてまして時間が取れないんです・・・今週中には何とか」
部長「何でそんなに忙しいんだ。計画ぐらいすぐ作れるだろう」
リーダー「いや、自分は**で開発もやってますんで」
部長「だれが開発しろって言った?自分で自分の仕事を増やしてるだけじゃないか!」
リーダー「・・・・・・」
部長「そもそも**が遅れてるのは、君が顧客の言うことをハイハイ聞いてるからだろ。」
リーダー「じゃあ、自分はどれだけ働けば良いんですか?」
部長「何バカなことを言ってるんだ。やる気あんの?君は本当にこの製品を売る気があんの?」
リーダー「・・・・・・」

 僕はここで遂に我慢の限界に到達した。火を噴いたプロジェクトを強引に押しつけられた開発リーダーは、それでも何とかしようとこの数ヶ月間、誰が誰が見ても必死に働いていた。僕が出張していた2週間は、全く休みを取っていない。それに対する部長のなんの配慮も無い、無責任すぎる発言にどうしても我慢ならなくなったのだ。あんたはこの2週間、ドイツで何をやってたって言うんだよ。もうどうでも良くなった。気力は二度と蘇らないだろう。このまま放っておけばこの製品は確実に潰れる。僕が作ったソフトだがもう未練はない。潰れればいい。

904/05/04/2001
 「信じらんない。失礼します」と言い残してアホな会議を去る。

さらに後日談
 あとで聞いた話によると、僕が退席した後に誰かが「彼、このままじゃ辞めちゃうかもしれないですよ」と言い、続けて課長が「そう言えば辞めるって言ってましたよ」と口を挟んだそうな(確かに課長には数日前「このままじゃ精神的に体が持たないので、最終的には辞めざるを得ない状況になりかねません」とは言った。大分ニュアンスが変わっている。そもそも、個人的に相談したことを公の場で軽々しく発言する事自体モラルに欠ける。精神的にかなりまいっていたのは事実だし、それが原因で体調を崩したのも事実)。それに対し、相変わらず怒りが収まらない部長は「辞めたい奴は辞めりゃいいんだ!」と言い放ったという。ああそうですか。少なくとも気持ちの上ではもう辞めてますんで。