お〜い、サブチーフですよ



 先日、会社の人事異動があり、僕は「サブチーフ」という肩書きが付くことになった。会社のシステムをあまり知らない(というか興味が無い)ので、これがどういうことなのかはっきりしたことは分からないのだが、周りの様子を見るとどうやら「昇進した」ということらしい。もちろん他にも大勢の人が同様にこの「昇進」に該当していて、妙に浮かれ気分な人もいるし、まるで気にかけていない人もいる。

 一般的に「昇進する」ということは職場における自分の立場、環境に何らかの変化があるはずである。仕事的にはより責任の重い作業を任されたり(例えば管理職とか)、それに伴って給料が上がったりするもんだと思う。そうでなければあえて肩書きを設けている理由がないはずである。

 ところが僕の知る限り、この「サブチーフ」になるって事は僕の思うところの「昇進」のイメージとはかなり異なっている。今までやっていた仕事はこれからも同じように進める。給料も今までと全く同じ。つまり「役職が付いた」ということ以外、まるで変化らしい変化が無いのである。これはいったいどういうことなのであろうか。肩書きを貰ったは良いが、これがどういうものだか分かっていないというのは問題では無いにせよ腑に落ちない気持ち悪さが残る。自分なりに何らかの答えが必要である。

 例えば「サブチーフ」というカテゴリーを仕事における作業能力を示す為の指標と捉えてみてはどうだろう。一般的にソフトウェア技術者の作業能力(スキルと言ってもいいかもしれない)を具体的に「このぐらいできます」と示すための有効な定義は事実上存在しない。勤続年数がどのくらいとか、こんな資格を持っているとか、過去にこんな仕事をしてましたなどのパラメタももちろん参考にならない訳ではないのだが、実際問題それらと作業能力は必ずしも一致しないのが通例である(と僕は痛感している)。資格を持っていなくても仕事ができる人、方や長く勤めているくせに仕事ができない人、というのはどちらも確実に存在する。おまけにそれらは決して少ない数ではないのだ。余談だが、僕が情報処理系の資格にまるで興味がないのはこの為である。

 で、この「サブチーフ」という役職を含めた、一種の等級システムを社内(実際の現場)に導入することによって個人の作業能力、経験値を会社として認めましょう、という試みではないかと考えた。例えるならばそろばんの1級、2級みたいなものだろうか。人材のキャスティングはプロジェクトの命運を左右する重要なファクターである。会社独自の指標があれば少なくとも作業能力を見極めるパラメタは増えることになる。

 この「そろばん級」的な解釈をすることで一端は納得したのだが、良く考えるとうちの会社にはこれとは別途、等級制度が存在することに気が付いた。いわゆる「職能資格制度」ってやつだ。この制度は主に勤続年数に伴ってほぼ自動的に等級が上がっていくシステムで例えば入社7年目の僕は現在「一般職三級」ということになっている。しかしながらこの制度が「そろばん級」と決定的に違うのはその等級がそのまま給料に直結しているということである。単純に等級が高いほど基本給は高くなる。また課長、部長などの管理職になるためにはそれなりの等級が求められる。会社としての建前では年齢だけではなく作業能力も評価対象であるとしているが、僕の知る限りでは急激な昇進、降格があったという話は聞いたことが無い。実際問題として例えば一般職三級で部長ということはあり得ないのだ。終身雇用制度のなごりを強く残す、古びたシステムなのである。

 つまり「職能資格制度」では事実上、個人の作業能力を判断する材料としてはまるで役に立たないということになる。そこでこの制度とは別に「サブチーフ」という新たな等級を導入することで現場の実体にそぐわない古びたシステムを補おうということなのだろうか。確かにこう考えれば話の辻褄は合うのだが、いくらトンマな会社でもそんな七面倒くさいことをするとはやはり考えにくい。そもそも社員を評価する為の指標が何の関連もなく2種類も存在するという時点で既におかしいような気がする。ってことは「そろばん級」的な解釈は間違っているのだろうか?また「サブチーフ」という役職が何を意味するのか分からなくなってきた。

 もう少し言えば、サブチーフになるならないの基準がどうも分からない。そろばんだったら4桁の掛け算ができるとか、そういう基準があるのだろうけれどサブチーフにはそういう根拠がまるで見えないのだ。サブチーフの選出は部長とか課長とか偉い人が話し合いで決めるのだろうが、その為の評価用チェックシートみたいなものは存在するのだろうか。それともその時の気分でなんとなく「ああ、こいつはそろそろサブチーフかな」と適当に決められるのだろうか。そのあたりのプロセスがよく分からないのでサブチーフになったということが何を意味しているのか、入社7年目で「サブチーフ」は早いのか遅いのか、とにかくな〜んにも分からないのである。な〜んにも分からないまま、ある日突然「君は今日からサブチーフだ!」って言い渡されるのである。どうすりゃいいのだ。

 一人で考えていても埒があかないので社内のいろんな人に「サブチーフってなんすかね?」と聞いてみた。その結果、ほぼ全員から「良く分からん」という答えが返ってきたのである。すでにサブチーフになっている人ですらサブチーフというものをうまく説明できないのだ。要は「良く分からないシステム」なのだ(笑)。「君は今日からサブチーフだ!」と言われたらキョトンとしておくのが正しい姿なのかも知れない(ほんとかよおい)。

 そんなこんなでキョトンとしている僕なのだが(笑)、ここでまた新たな発想が頭を擡げてきた。「サブチーフ」っていう役職は一種の「ご褒美」なのではないだろうか。例えば小学生の頃、提出した宿題ノートに押されていた「たいへんよくできました」という判子みたいなものと捉えるのである。どんな形であれ、人から認められれば嫌な気はしない。肩書きだけの「サブチーフ」を嬉しいと思うかどうかは個人差があるのだろうけれど、少なくとも不名誉なことではないはずである。

 と言うわけでいろいろ府に落ちない点は多々あるものの、個人的には「いただけるものはいただいておきましょう」ぐらいの感覚で「サブチーフ」の肩書きを受け取っておくことにする。何にも変わらないんだから実害はないだろうし、辞退する理由も特にないしねえ。まあ、良いんではないだろうか。

 ひとつ気になるのは、今後は何らかの失態をしでかしたときに「サブチーフのくせに・・・」っていう慣用句が用いられることになる点であろう。サブチーフになったからって特典があるわけでもなし、全くお門違いも良いところなのだが会社の雰囲気から察するに致し方ないだろう。なりたくてなったんじゃないやい!と駄々をこねるのはやはり大人げないのだろうか。困ったもんである。サラリーマンって不思議な慣習がたくさんあるねえ。