正しい風邪のひきかた



 また今年も風邪をひいてしまった。自慢じゃないがここ十数年というもの、風邪をひかなかった年は一年も無い。毎年必ずと言って良いほど、秋の初め頃に風邪をひく。母親にとっては毎年恒例のイベントのようなものらしく、最近では「あら、また風邪なの? 毎年毎年飽きもせずによくひくねえ」という感じで、まともに病人扱いをしてもらえない。(現役看護婦の余裕なのかもしれないが・・・)

 毎年そうなのだが、風邪の原因がこれといって思い当たらないのだ。取りたてて風邪をひくような事をしていた訳ではない。お腹を出して寝たとか、氷風呂に入ったとか、素っ裸でかき氷を食べたとか、そういうことは一切していない。気が付いたら風邪をひいていた、というのがお決まりのパターンである。

 風邪の始まりはだいたいこんな感じである。まず、煙草をすっているときに何となく喉に違和感を感じるようになる。このときは別段熱っぽいでもなく、喉が痛いでもなく、ただただ「あれ?何か変だな」と思う程度。まさかこれが風邪の兆候だとは夢にも思わない。喫煙者にとって喉がイガイガするくらいは特に珍しいことでも無い。

 しかし、その違和感が日増しに・・・いや数時間毎に無視できない位の存在感を誇示し始める。こうなってくるといよいよ本格的に風邪の始まりである。取りあえず喉飴をなめたり、うがいをしたりして対処を試みるのだが、翌日の朝には必ずと言って良いほど風邪の初期症状が現れてくる。

 真っ先に感じるのは「頭がフラフラする」という感覚だ。これ即ち「微熱がある」ということに他ならないのだが、僕はこの時点では決して体温を計ろうとはしない。体温を測ることによって具体的に示される「微熱」という紛れも無い事実によって、僕の中の精神力が一気に萎えてしまうことを避けるためだ。「病は気から」とは良く言ったものである。熱があることに気が付きさえしなければ、その日ぐらいは何となく凌ぐことができるもの。知らない方が幸せなことだってあるのだ。

 それでも一応、薬やドリンク剤なども飲んでみたりはするが、大抵の場合は全くと言って良いほど効果は現れない。ここまで症状が進んでしまったら、もう手の施し用が無いのだ。無駄な抵抗は避け、「風邪ひいた」という事実に対する心の準備をし始める。面白い事に(ちっとも面白くないのだが)覚悟を決めると一気に症状が悪化する。フラフラする、熱っぽい、寒気がする、咳が止まらない、喉が痛い・・・どんどん病人らしくになっていき、その日の夜には完全に「風邪をひいた」という状態になる。病人としての覚悟が決まったら、いよいよ風邪との一騎打ちである。

 残念ながら現在の医学では「風邪を一発で完治させる特効薬」は開発されていない。巷で売られている風邪薬は風邪のウィルスを直接攻撃するのもでは無く、発汗を促したり炎症を抑えたりする、あくまでも「治療を補助する」役目の物でしかない。おまけに病院で処方される抗生物質と比べると、その効力は微々たるものだ。その抗生物質でさえ「治療を補助する」というスタンスはさほど変わらないはずである。特効薬は存在しないのだから。結局、自分の体に宿っている潜在的な治癒力に頼るしかないのだ。

 風邪をひいてしまったということは、体内の抵抗力がウィルスを駆逐する力を持ち得なかったひいては体力が落ちている、疲れが貯まっている、という事が言えるだろう。抜本的な治療方法は、この「抵抗力」を自力で復活させる事にある。下手に薬で抑えたりするのは絶対に宜しくない。風邪とまともに闘っても勝ち目は無い(特効薬は無いんだから)。とにかくウィルスを暴れるだけ暴れさせて、疲れた頃にそっと出て行ってもらう。じっと堪え忍び、ウィルスが弱体化するまでの体力保持に全力を注ぐのだ。

 貯まっている疲れを取る最善の方法はとにもかくにも「睡眠を取る」という事に尽きる。とにかく眠る眠る眠る。もう眠れん、寝ている方が辛い、背中が痛いよお、という状態になるまで眠りつづける。強制的に体を休めさせるのだ。眠るときには長袖のパジャマを身に纏い、厚手の布団を被って積極的に発汗を促す。我慢大会のつもりでドンドコ汗をかくのだ。汗だくになったらこまめに着替える。そしてまた眠る、汗をかく、着替える、これを延々と繰り返す。科学的根拠があるのかどうか知らないが、僕はこのやり方が最も効果的であると信じている。もちろんたくさん汗をかいたら、きちんと水分を補給すること。僕の場合は牛乳やオレンジジュースをドンドコ飲む。好みによってはフルーツやアイスクリームなどでも良かろう。とにかくたっぷりと水分を補給する。そしてまた眠って、たっぷりと汗をかくのだ。

 ある程度症状が落ち着いてきたら、今度は軽い食事を取る。抵抗力の復活には休息と同時に充分な栄養補給が欠かせないからだ。おかゆでも何でも栄養がありそうなものはドンドコ食べる。食欲が無いなどと言ってる場合ではない。これは「風邪との一騎打ち」なのだ。気を抜いたら最後、あっという間に体を乗っ取られる。ドンドコ食ってまた眠る。ジェット機だって12時間もあれば直るのだ。

 そうこうしているうちに、いつのまにか風邪の症状は治まっていく。数日間の殆どを睡眠で過ごしたあとは、どうしても体のリズムが狂ってしまい、風邪で調子が悪いのか、眠り過ぎて体がだるいのか判断が付かない状態になるので、完治を見極めるタイミングが難しい。僕の場合は、熱が下がった時点で取りあえずの「終結宣言」を出すことにしている。ここまできたらあとは気力の問題。「このだるさは眠り過ぎのせいだ」と自己暗示にかけ、少しずつ普段の生活に慣らしていけば良いのだ。最初は少し辛いかもしれないが、数日もすれば風邪をひいていたことさえ忘れてしまう。そして来年の今ごろ、また同じように風邪をひくのだ。

 本来「風邪」っていういのは、疲れが貯まっていますよ〜、そろそろ休まないとやばいっすよ〜、どうなっても知らんけんね〜、っていうある種の「警告」だと思っている。体が休息を欲しているのだ。ところがこの「警告」を無視して薬などで下手に押え込んでしまうと、せっかくの休むチャンスをフイにする事になる。疲れを貯めたままで無理をしていると、次の「警告」は風邪のレベルでは済まないかもしれない。学校でも会社でも、とりあえず「風邪で・・・」と言えば休む根拠として成立する。風邪をひいて2〜3日寝込む。珍しくも無い病気だからこそ、社会人が貯まった疲れを取るには絶好の機会なのだ。風邪の特効薬なんか開発されたら、会社を休むタイミングが無くなっちゃうもんねえ。大いなる自然の摂理に逆らってはいかんのだ。正しく風邪をひいて、きちんと体を休めましょう。

追伸:心配していただいた方々には心からお礼を申し上げます。おかげさまでかなり回復しました。いろいろ理屈をこねたところで、病気はしないに越したことは無いですね。(^_^;)> 失礼しました。