ビートルズと噂とマスターテープ(断罪編)



 先日、渋谷のWAVEに立ち寄ったときに、「ザ・ビートルズ/イエローサブマリン〜ソングトラック〜」という不可解なタイトルが記された宣伝用のチラシを入手した。これぞ正しく噂になっていた「イエローサブマリンの再発盤」の正体であった。チラシに記述されている内容を注意深く読んでいくと、僕に大量の疑問符を抱かせた噂の真相が(ぼんやりとだが)見えてきた。もちろん「存在しないはずの未発表曲」の謎も、である。

 事の発端はビートルズのオリジナルアルバム「イエローサブマリン」をリニューアルして再発売する、という噂を耳にした事であった。元々このアルバムは、ビートルズが1969年に制作したアニメ映画「イエローサブマリン」のサウンドトラック盤として発表された物である。(混乱を避けるために既存のアルバムを「サウンドトラック盤」、再発されるアルバムを「ソングトラック盤」と表記する)話はアルバムの再発だけでは無かった。この夏、映画「イエローサブマリン」のリマスター版を全世界で再上映し、正式にビデオ/DVDの発売する、という計画があるようで、アルバムの再発はこのイベントの一環なのである。

 この噂を知った時は、既存のサウンドトラック盤を豪華なボックスセットにするなどの単純な再発売で、アルバムの内容(音源)は既存のままであろうと思っていた。ところが入手したチラシを読む限りでは、今回の「ソングトラック盤」は既存の「サウンドトラック盤」とは全く別物のアルバムであるかの様相を呈している。誤解を恐れずに言えば、これは事実上のニューアルバムである。

 ここでもう一度確認しておくと、既存のサウンドトラック盤はA面に映画で使用されたビートルズの曲が6曲、B面にプロデューサーのジョージ・マーティンが作曲、指揮したオーケストラ・トラックが納められている。レコードの片面にしかビートルズの曲が収録されていないため、ファンの間では最も人気のないアルバムである。

 で、今回の不可解なソングトラック盤だが、「映画に使われたビートルズの楽曲15曲すべてを収録」というのがセールス・ポイントの一つになっている。映画で使用されたにも係わらず、サウンドトラック盤には収録されなかったビートルズの曲(全て既発表曲)があったという訳だ。これらを全て収録し(そしてオーケストラ・トラックは省き)、全く別物扱いの「ソングトラック盤」として正式に発表する、という事のようなのである。

 単純に映画で使用されたビートルズの曲を寄せ集めるだけではない。これらの音源にはビートルズ史上初めて「リミックス&デジタルリマスタリング」が施されるのだ。担当するのはアビーロード・スタジオのエンジニア、ピーター・コビン(誰だこの人?)。ビートルズの音源に(リマスタリングと言えども)手が入るなんて前代未聞の事である。

 その昔、ビートルズのアルバムをCD化する際に、発売元のEMI社は世界各国で乱発されていた独自の編集ベスト盤を全て廃盤にした。これは、CD化に際してリマスタリングされた音源(アルバム)を「唯一のビートルズのマスター音源」として世界的に統一するためであった。これ以降、ビートルズの音源はオリジナルアルバム収録のものに限定され、独自のベスト盤の発売は不可、マスター音源に手を振れることは厳禁となった。僕が中学生の頃の話である。絶対不可侵だったこのタブーが、今回のソングトラック盤の登場によって、脆くも打ち砕かれてしまうのだ。アルバムうんぬんよりこちらの方が大事件である。

 例の「未発表曲」の件だが、結論から言えば、今回発表されるソングトラック盤には「未発表曲」は収録されない。収録されるのは(リマスターはされるものの)全て既発表曲である。では、先日の報道は誤報だったのかというと、必ずしもそうとは言えない。「未発表曲」は英語で「リリースされていないトラック(unrelease track)」と表現される。このトラックという表現が曲者で、この言葉は「曲」と「音源」という2つの意味を持つ。つまりリミックスされた音源は「新規の音源」として扱われるので、「リリースされていないトラック」には間違い無いのである。確かに嘘ではないのだ。

 では、記事を翻訳したときのミスかというと、これも一概にそうと言えない。上記の「リリースされていないトラック」を「未発表曲」と翻訳するのは極めて一般的な解釈。そう訳して当然なのである。つまり元々どちらの意味にも取れる表現だった可能性が高いのだ。スポークスマンが営業的にあえてダブルミーニングな表現を用いたのかもしれないが、どちらにしろ人騒がせな話ではある(騒いでいるのは僕だけだが・・・)。とにもかくにも「未発表曲」は発表されない。

 アルバムの話題に戻るが、事実上のビートルズの新譜ということで、ファンならば素直に喜ぶべきなのかも知れない。しかし個人的にはどうしてもそれができないでいる。このソングトラック盤、あまりに納得のいかないことが多すぎるのだ。

 まず、このアルバムの存在意義である。既にサウンドトラック盤が存在するにも係わらず、なぜ今頃になってソングトラック盤という名目で、新たに発表しなければならないのか? 新たに追加される楽曲(そもそも追加される事自体、理解に苦しむ)が未発表曲、もしくはCD化されていないというのなら、まだ話は分かる。しかし、これらの曲は全て既発表曲でありCD化もされているのだ。1969年のベストアルバムという位置付けで考えてみても、わざわざ「イエローサブマリン」という大看板を持ち出す理由が希薄である。このアルバムは一体何なのだろうか?

 そして前代未聞のリミックス&デジタルリマスターである。一般的な観点から見たリミックス作業の妥当性は僕も認める。デジタル全盛時代になって、過去の音源のリマスタリング作業は、それ専門のエンジニアも存在するくらいに、今や無くてはならないものになっている。しかし、今回のソングトラック盤は諸手を挙げて賞賛することはできない。アンタッチャブルだったビートルズの音源を、なぜ今になってリミックス&リマスターするのか? 今回の件で「ビートルズの音源リミックス解禁」という事になれば、他のアルバムも・・・という可能性が出てくる。もしそんなことになれば世界中のビートルズ・ファンは再度、アルバムを買い直すだろう。そうなった場合、一番特をするのは誰か?(うーむ、お金のにおいがプンプンしてきた)。

 そもそも僕は昔っからEMI(ビートルズが所属するレコード会社)の商売のやり方が気に入らない。ご存じだとは思うが現在ビートルズの楽曲の版権は、その殆どをマイケル・ジャクソンが所有している。これは、例えばポール・マッカートニーが「イエスタディ」を録音したいと思った場合、マイケルにお伺いを立てなければならないことを意味する。自分が作って自分で発表した曲なのに、自由に歌うことができないのだ。この事実だけでも、常識では考えられない、何か奇妙な事が起こっているのが分かる。

 別にマイケル・ジャクソンが悪いと言っているのではない。彼は有望なコンテンツを所有する音楽出版社を買い取っただけなのだ(もう少し人情的な配慮があっても良かったとは思うが・・・)。問題はビートルズの楽曲の版権がビートルズのメンバーに無いこと、そしてそれが他人の手によって売買されていることに他ならない。この話の発端はビートルズがEMIとレコード契約する頃まで遡る。まだ若造だった頃のビートルズのメンバーたちは、大した説明も受けないまま、「印税は入るが版権は所有できない」という卑怯な契約書に無理矢理サインさせられたのである。ビートルズ解散から30年近くが経つ。世界で最も成功した音楽家のポール・マッカートニー、ジョン・レノンの未亡人で世界で最も金持ちな女性オノ・ヨーコは未だにビートルズの版権を所有できないでいる。

 そんな中、今回の不可解なソングトラック盤はビートルズの新譜としてまたもや「金の成る木」として登場するのである。「世界統一音源」もなにもあったものではない。これまで散々儲けてきたにも係わらず、またも姑息な手段でガッポリ稼ぐつもりなのである。これぞまさしく(久しぶりだなあ)

Too Much Monkey Business!

 としか表現のしようが無い。レコード会社も営利企業だから、利潤を追求するのは当然の事。しかし、音楽は一般的な商品とは異なり社会的、文化的側面を持つ特別な物である。それを商売にするのであれば、それなりの責任もきちんと果たすべきではないのか?。売れる物しか売らなくなったら、文化なんて簡単に破綻するのだ(もう破綻してるような気もするけど・・・)。音楽産業の中心に音楽が存在しない現状に失望するばかりである。

 えっ? 僕がこの「ソングトラック盤」を買うかだって? そりゃもちろん買いますよ。どうせ踊らされるんだったら思いっきり楽しく踊ってやるのだ、というぐらいのニヒリズムは持ちあわせている(苦笑)。