もっとゆっくり話をしよう

　そもそも僕は人と話すのがあまり上手い方では無い。所謂「話し下手」という意識はあまりないのだが、例えば初対面の人やあまり交流は無いけれど顔見知りの人、そういう人と何かの弾みで二人っきりになってしまったような場合に「とりあえず何か話した方が良いのかなあ」という感じで、その場凌ぎと言っては良くないのだが、取り止めのない世間話というか、そういう会話が本当に苦手である。

　こういう時の会話の話題と言えば概ね天気の話題（暑いですねえ、寒いですねえ）や、仕事の近況（景気の方はどうですか？）、男性の場合は野球や競馬の話（最近の巨人はどうしちゃったのかね）、共通の知人についての話（大抵は悪口、噂話）、など大多数の人が多かれ少なかれ会話に参加できる確立の高い「共通の話題」を持ち出すことが多い。確かに面白味の無い話題ではある。しかし会話する相手の事を良く知らない状況では、これはある程度致し方ないことだし、コミュニケーションというのはこういう場面から始まるのだと言うことも重々分かっている。誤解を恐れずに言えば｢必要悪」みたいなものだろうか。正に必要な事なのである。

　ところが僕の場合、このような「必要悪」的な会話をする事に昔から強い抵抗がある。この微妙な気持ちを上手く説明できないのが非常にもどかしいのだが、なんかこう「特に話したいことが無いんなら別に話さなくても良いじゃん！」という漠然とした思いがある。もちろんこれは、人との接触を拒絶するようなニュアンスでは全く無く、むしろ「必要悪」的な会話に対する自分の思い入れの無さが、却って相手に対して失礼にあたるのではないか？という気持ちから来るものなのである。気持ちの入っていない会話をする。そのことで相手に気を遣わせてしまうのが嫌なのだ。

　例えばコンビニエンスストアなどで買い物をするとき、やる気のないアルバイト君が心ここにあらず状態で「ありがと～ございました」とボソっと言い捨てる事がある。そんなときには誰しもが多かれ少なかれ「あなたは店員、私はお客、いくらバイトでもこれはお仕事、お客様には敬意と感謝の意を示せよこら」と思うのではないだろうか。バイト君が言った「ありがと～ございました」は「お礼の言葉」という表層的、記号的な意味しか持っていない。そんな心の入っていない「お礼」だったら、してもらわない方がマシである。

　これと同じような意味で（かなり論理的な飛躍はあるが）、僕の気持ちの中に「この人と会話をしたい」もしくは「この人と会話する必要がある」という根拠が無いにも関わらず「必要悪」的な会話をするという事にボンヤリとした後ろめたさを感じてしまうのである。社会人として世間話の一つや二つできなければ駄目なんだとは思うのだが、この苦手意識は未だもって払拭することができないでいる。

　単純に「人見知りが激しい」ということなのかも知れないが、どちらにしろあまり誉められた事ではないことは確かだ。とにかく気が付いてみたら僕は「人から話し掛けられるまで自分からは話さない」という人になっちゃってたのである。なるほど振り返ってみれば、僕と親しい関係にある人は皆、向こうから最初に話し掛けてくれた人ばかり。誰かからアクセスが無いとコミュニケーションが発生しにくい人なのである。逆に言えば、先に僕の方からアクセスするというのは余程の事があっての事。その人は僕が心を許した（許そうとしている）人であるという証なのである。

　これまでは僕のこの性格について特に気にしたことは無かったし、困ることも無かった。基本的にベラベラ喋りまくる人（そしてうるさい人）はあまり好きではないし、話したくなければ話さない、話したくない人とは話さない、それのどこが悪いんだ、という感じであった。ところが最近になって、この性格ではいろいろと困る事に気が付いてきたのである。

　例えば、まだその人のことを良く知らないけれど（風の便りでは趣味嗜好が似通っていそうなので）その人と仲良くなりたい、会話をしたい、と思ったとしても、どうも話し掛けるきっかけが上手く掴めないのだ。この歳になるまで「世間話の練習」を全くしてこなかったのである。これは非常に困る。話したいと思っても「何か話さなくちゃ」という気持ちが先走ってしまい、その結果として悪い意味での「その場凌ぎ」の会話に終始してしまうのである。自己嫌悪。

　おまけに僕の見た目の印象は、あまり社交的なタイプには見えないようなのだ。曰く「怒っているように見える」「難しいことを考えている」「恐そう」「まじめっぽい」「あまりしゃべらなそう」「お堅い」といった感じである。はっきり言ってちっとも怒っちゃいないし（それはきっと眠かっただけなのだ）、難しいことも考えてない（馬鹿なことは考えているが）。「あまりしゃべらなそう」というのは結果的には当たっているのだが（苦笑）。

　とにかく以上もろもろの理由が重なり、ちょっとお堅いイメージが定着しているようなのだ。あんまりしゃべんなくて、見た目が怒っているように見えると来れば、当然の成り行きではある。しかし、知っている人は知っているのだが（当たり前だが）、僕はそういう人ではない。お堅いイメージは場合によってはいろいろと便利な面もあるのだが、そのおかげで仲良くなれるはずの人と仲良くなれないなんて実に嘆かわしいことである。自分の気持ちが相手に伝わらないという事ほど、もどかしいものがあるだろうか（反語的表現）。

　先日、何とは無しにテレビを見ながら父親と話していたときのこと、会話の前後の流れは忘れてしまったが、おもむろにこんなことを言われた。

「とにかく人と話さなければ何も始まらない」

　ただの偶然かも知れない。何かカッコイイことを言いたかっただけなのかも知れない。それでも僕の思っていることを全てを見透かされているような気がして、胸にグサリと来るものがあった。人と話さなければ何も始まらない・・・確かにその通りである。「あらゆる世代に伝説が存在し、どんな旅にも最初の一歩があり、全ての物語には始まりがある（「スターウォーズ」の予告編より）」のである。

　そんな訳で、今年の目標のひとつとして「人と話す」という何とも抽象的な事柄を掲げたのである。実際は「人と話す」というよりも「自分から話し掛ける練習をしよう」ということ。外部からのアクセスがあるまで自分からは動かない、という考え方もそれはそれで潔いとは思うのだが、それではあまりにもつまらないんじゃないか？と思うようになったのである（かなり気が付くのが遅かったような気もするが・・・）。まだ上手くはできないけれど、今はいろんな人と会って、自由気ままに会話をしたい気持ちでいっぱいである。

もっとゆっくり話しをしよう。