自分を証明する方法



 というわけで、携帯を買い換えることにした。善は急げで早速とある携帯電話の販売店に行き、最新機種を物色することにした。

 今のケータイを購入したのは一年ぐらい前の事だったろうか。丁度、携帯電話が爆発的に普及し始めていた頃で、仲間内では僕だけが保有していないという状況だった。会社と自宅の両方でメールが使える環境にあったのであまり必要性を感じていなかったのだ。しかし、友人達から「買え買え!」とうるさく言われていたので、しぶしぶ購入することを決心したのであった。

 その時、友人達が加入していたのはドコモ、IDO、東京デジタルホン(現J−PHONE)、DDIだった。単純に同じじゃつまらないという理由だけでツーカーセルラーに加入することにしたのである。その当時のツーカーの利点と言えばやはり他社と比べて若干料金が安かったことだろう。ウィーゥエンドプランとか何とかいうコースで月々3500円。どうせ自分からはあまり電話しないだろうことは想像が付いたので、僕には打ってつけだった。

 ツーカーの最大の魅力に気が付いたのは加入してからしばらく経ってからであった。その魅力とは「繋がりにくそうなところで良く繋がる」ということである。この「繋がりにくそうなところ」とは海や山などの「僻地」のことではなく、都心などの「通話人口が多すぎて繋がりにくい」場所のことである。おそらくツーカーの加入者数が少ない(笑)からなのだろうが、アンテナ一本あたりの人数が他社に比べて幾分有利だったようである。友人達のケータイが全滅する中でツーカーの僕だけが楽々と繋がってしまうという場面も何回かあった。これこそ、おそらくはツーカーセルラー自体も知らない意外な魅力である。まあ、知っていたとしても、これを宣伝材料にはできないだろうけど。「ツーカーは契約者が少ないから良く繋がります!」なんて言えないよなあ(笑)。

 しかしあれから1年ちょっと経った今、各社の値下げ攻勢が盛んになったので、もはやツーカーには料金的なアドバンテージ殆ど全くが無くなってしまった。ドコモのファミリープランというコースは基本料金が月々3500円。今の僕と同じである。最初の何分間は無料だのなんだのと細かいサービスに多少の違いはあるものの、自分から電話をかけることが殆ど無い僕にとっては全く関係ない。

 前述したように「逆説的に繋がりやすい」という利点はまだあるのかも知れないがドコモとNTTパーソナルが合併し、DDIがイリジウム事業を立ち上げ、またIDOと共同でcdmaOne携帯電話を開始する今となってはツーカーセルラーの行く末にはかなり厳しいものがある。さらに僕にとって致命的だったのは他社に比べ端末の選択枠があまりにも貧弱である点であった。ただでさえケータイのデザインの失望している僕にとって、セルラー端末のバリエーションは壊滅的状態であった。

 一方、波に乗るNTTドコモは端末の種類が豊富である。またこれが抜群のタイミングで、個人的に好みだったフリッパータイプの新機種が発表されたばかりであった。フリッパータイプといってもプッシュボタン部に蓋をしたような軟弱なものではない。液晶部とボタン部が完全に分離している、SF映画に出てくる通信機のようなそれである。最後まで悩んだが結局これが最大の決定打となり、今回はドコモに加入することにした。やっぱり見た目は重要である。さっそく契約の手続きに入ることにした。

 が、ここで問題が起きた。契約のために運転免許証を持参していたのだが、引っ越してからまだ住所変更をしていなかったのである。普段あまり車に乗らないので、免許の書き換えの時にでもまとめてやるつもりだったのだ。店員さんの話では「住民票もしくは公共料金の請求書」が必要だとのこと。ツーカーの契約では特に問題無かった(パスポートを提示したのみ)のだが、ドコモの場合は現住所が確認できる書類が必須なのだという。当然、そんなことを突然言われても持ち合わせている訳が無い。仕方がないので自宅に電話を入れ、家族に該当する書類を持ってきて貰うことにする。早速、父親が車で駆けつけてくれて、僕の名前が入った住民票(父親の名義)と、予備として携帯電話の請求書も持ってきて貰った。もうすぐ日も暮れようとしている。書類片手に大急ぎで販売店へ戻る。

 しかし再び問題発生。住民票は三ヶ月以内に発行したものでなければならず、僕が持参したものは去年の11月に発行されたものだったので無効となった。また(理由は分からないが)携帯電話の請求書も認められないらしく(自宅の据え置き電話の請求書は問題いそうである)こちらもダメ。そういう制限があるのだったら最初から言ってくれれば良かったのだが(怒)、受け付けられないものは仕方がない。半ばムッとしつつ販売店を後にした。

 帰宅するなり家中の証明書をいろいろ探して見たのだが、冷静に考えてみると「公共料金の請求書(ガス、水道)」というものは基本的にガス会社や水道局の人が自宅まで来てメーターなどをチェックした後、その場で伝票を発行し、ポストに入れていくものである。当然そんなものには住所なんか記載されていない。販売店の人は一体全体何のことを言っていたのだろうか?

 またもや頭にきたので家中の証明書という証明書をかき集めて全部持っていくことにした。保険証、パスポート、クレジットカードの請求書、銀行の取引照合書、預金通帳、果ては弟の住民票(先月取得)や市役所から届いた「交通災害共済会員証兼領収書」なるものまで引っぱり出した。これだけ持っていけばグウの音も出ないだろう。すっかり日も暮れてあたりは真っ暗。それでも意気揚々と販売店に向かう。

 販売店は何故か夜になって非常に混雑していた。散々待たされた挙げ句やっと僕の順番になり、持参した証明書類をカウンターにずらっと並べる。とにかくこれで3度目の提示である。心の中で「どうだ、グウの音も出ないだろ!」と叫ばずにいられるだろうか(いられる訳がない:反語)。自信満々、鬼の首を取ったかのごとく、店員さんが書類をチェックするのをしばし待つ。

 が、結果としてこれらの書類も全て「NG」であった。まず保険証、パスポートでは住所を確認することができない(住所は自分で記載するため)、公共料金以外の郵便物(クレジットカードの請求書、銀行の取引照合書)は正式な書類として認められない、弟(家族)の住民票は本人名義である必要はな無いが僕の名前がどこにも記載されていので無効、交通災害共済会員証兼領収書に至っては販売店の側も提示されたのは初めてだったらしく、わざわざドコモに確認までして貰ったが、結局ダメであった(理由は不明、前例が無かったからだろう)。もうここまでくると怒りを通り越して不適な笑いさえ浮かんでくる。体中の力がすっかり抜け、トボトボと帰途に着いた僕であった。

 ここまでで提出した書類は全部で10種類、これだけ書類を提示しても自分が自分であることを証明できないのである。そしてケータイ一つさえ購入することができないのである。結局、自分名義の住民票が、安いワープロで作ったような、あんな「へなちょこな紙切れ」が必要なのだ。お粗末な話である。

 よくよく考えてみると住民票の発行手続きってのは、申込用紙を記入して印鑑を押すだけだから本人確認のシーケンスなんて全く無いのである。本当にこんなんで大丈夫なのだろうか? さらに健康保険と運転免許書と住民票ってのはデータが全くリンクしていないんだな、これが。つまり同じような個人情報が全く別々のところで保有、管理されてるのである。他の先進国では国民一人一人に識別番号が割り振られていて、その番号によって個人情報が一括管理されているのが常識。韓国などは「国民カード」のようなものが配布されていて、どんな手続きでもそのカードさえ提示すればOKなのだそうである。これこそ正に「スマートカード」である。デジタル先進国であるはずの日本がどうしてこんな不経済なシステムをいつまでも続けているのだろうか? 変な国である。とどのつまり、僕は

ドコモと相性が良くない

って事なんだな、きっと。(苦笑) やな感じ。