ロックンロール・サーカス

　そういえば、最近ロック・コンサートに全然行ってない。よくよく考えてみると去年行ったコンサートは全部クラシックであった。あ、友人のバンドのライブには行ったかな？少なくともプロ・ミュージシャンの所謂「コンサート」は、かなりの御無沙汰している。

　日本という国はアジア圏でありながら大物ミュージシャンが多数来日する珍しい国である。８０年代後半から９０年代初頭にかけては洋楽ブーム、東京ドームの完成、バブル絶頂期、バンド再結成ブーム、という条件が重なって、それまででは考えられないような大物アーチストが続々と来日した。入れ替わり立ち代わり来日するものだから、ミックジャガーとポール・マッカートニーが日本で再会、なんてことも実際に起こったのである。ザ・ローリング・ストーンズは１９７３年に来日する予定だったがミック・ジャガーの麻薬吸引容疑で中止に、ポール・マッカートニーは１９８０年にウィングスとして来日を果たしたが大麻不法所持で強制送還になっている。そんなこともありこの二人の日本での再会は「来日ラッシュ」の象徴的な出来事でもあった。

　この「来日ラッシュ」、前述した理由もその根拠ではあるが、日本という特殊な国がアーチスト達に好かれていたということも言えるのではないだろうか。来日したアーチスト達はこぞって「日本の観客は音楽をきちんと聴いてくれる」というような発言をしている。これ以前までは日本の（無能な）音楽評論家達は「日本の観客はノリが悪い」「盛り上がるのが下手」「海外を見習え」などと酷評するのが常であった。しかしアーチスト側から見れば、それもまた良しなのである（評論家なんてそんなものである）。ワールドツアーを日本から始めるアーチストが多いのも、暖かく迎え入れてくれる良い意味でのウォーミングアップの地として相応しいからなのだろう（馬鹿にされてるだけなのかも知らんが・・・）。その理由がどうであれ観客の一人としては、もう一生見る事ができないだろうと思っていたアーチストがこの目で見ることができるのだから、それだけで充分である。

　ロックの全盛期は６０～７０年代と言われることが多いが、そのころ活躍していたバンド群は解散もしくは長い間活動休止状態になっていることが殆どである。活動をしていないのだから、それらのバンドのコンサートの様子はライブ盤やビデオ、文献など通じてその雰囲気を想像するしかない。それはそれで楽しいのだが所詮想像の産物を超えることは無い。「イマジネーションはエクスペリエンスを超えない」のである。無い物は見れないんだから仕方ない。当たり前である。

　しかし、そういう「想像の中だけのバンド」が突如として蘇り、日本に来てコンサートを行なうのである。見れたら良いなあとは思っていたけど、まさか本当に見れるとは予想だにしなかった伝説のバンドを、この目で見ることができるのである。まさに夢のような出来事があれよあれよという間に立て続けに起こったのである。エマーソン・レイク＆パーマーを見たときの衝撃（と僕の狂乱ぶり）は今でも忘れない。ほんの数年前には２００％考えられなかったコンサートである。それがオリジナルメンバー（３人だが・・・）で全盛期と変わらぬ、いや、それ以上の演奏を繰り広げたのである。このコンサートが僕が見た中でのベストライヴとなっている。その他にもイエス、キング・クリムゾン、ジョージ・ハリソン、イーグルスなど、どう考えても実現する訳が無いというコンサートが次々と現実のものとなったのだ。ちなみにスティーブ・ウィンウッドが来日したときには「来日していない最後の大物」と宣伝された。そう、めぼしい大物アーチストはみんな来日しちゃったのである。「世の中狂ってる。それもまた良し」とつくづく思ったものである

　しかし、大物アーチストの来日ラッシュも一巡し、バブルがはじけるとこの異常とも言える「来日ラッシュ」は沈静化に向かった。「呼んでも来ない」のではなく単純に「呼べなくなった」のである。今でも大物アーチストのワールドツアーの１ポイントとしての存在は保っているのだが、日本だけ特別扱いであるというような雰囲気はほぼ無くなったのではないだろうか。まあ、これが正常なんである。ＭＣハマーでドームが満杯になっていた状況の方が明らかに変なのである。

　そして僕は再び好きなバンドのライブ盤に耳を傾け、今では語り種になっているような伝説のコンサートに思いを馳せるのである。最も素晴らしい体験なのは、タイムマシンに乗って過去へ遡り、今聴いてるライブ盤が収録されたコンサート会場へ足を踏み入れることではないだろうか。まあ、時間軸の法則を覆すような大発見でもない限りどうひっくり返ったって、それは不可能なのであるが、不可能だからなおさら思いは募っていく。想像力をフル回転させ、自分自身をライブ盤の中の観客の一人として存在させるのである。ここではそんな思いを馳せる伝説のコンサートをご紹介する。

「ピンクフロイド／箱根アフロディーテ（1971年8月７日）」

　アフロディーテとは、ギリシャ神話の美の女神の意。ウッドストックの興奮も冷めやらぬ中、箱根で開催されたこの野外コンサートはピンクフロイドの初来日公演でもあった。芦ノ湖畔に特設されたステージは２つ。当時の日本で行われた野外コンサートの中では、最大といっても過言では無いだろう。ピンクフロイドを筆頭に国内からもジャズ、フォーク、ロックなど多数のジャンルのグループが参加し、さながら和製ウッドストックの様相を呈したのである。当時から既に「伝説のバンド」と呼ばれていたピンクフロイドはこの一大イベントのトリとして登場する。長いサウンド・チェックの後、「原子心母」から「神秘」まで５曲を演奏し、最後には新曲(当時未発売)の「エコーズ」も披露した。辺りを森に囲まれ背後には芦ノ湖、立ちこめる霧の中で幻想的な「エコーズ」のギターイントロが響きわたると霧がステージへスゥーと寄ってくる、という場面も見られたという。（この自然の舞台効果は後日バンドのメンバー自身も良かったとコメントしている）これこそ正に「伝説」と呼ぶに相応しいコンサートではないだろうか。

　と、ここまでまるで見てきたかのような書き方をしているが、実はこのコンサートの音源を聴いたことは無いのであった（涙）。もちろん正規盤としては発表されていないし、海賊盤にもなっていないようである。これだけ有名なコンサートなのだから海賊版業者が放っておく訳が無いのだが実際問題として音源それ自体が存在していないのだろう。無い物は聴けないんだな、やっぱり。ちなみに当時ピンクフロイドのレコードの帯には「幻想ロック」という表記がなされていた。言うに事欠いて「幻想ロック」って・・・（黙笑）。

「ウィングス／カンボジア難民救済コンサート（1979年12月29日）」

　ポール・アッカートニーはビートルズ解散後、ウィングスというバンドを結成する。コンサートをしなくなったビートルズ時代の反省からか、このバンドはまるでツアーをするために結成したかのような（実際そうだったのだが）バンドであった。絶頂期には前代未聞ＬＰ３枚組みの「ＷｉｎｇｓＯｖｅｒＡｍｅｒｉｃａ」というライブ盤を発表した程である。僕はこの作品がライブ盤としての最高傑作だと思っている。それほど、ウィングスのライブには定評があったのだ。

　「カンボジア難民救済コンサート」とは１９７９年にポール・マッカートニーが主催したチャリティーコンサートである。ウィングスはもちろんのことレッド・ツェッペリンやクィーン、Ｗｈｏなど大物バンドが多数参加し、最後は出演者全員による合同演奏で締めくくったという伝説のコンサートである。これだけの出演者が揃ったにもかかわらずこのコンサートを記録したレコード、ビデオは極々一部しか存在していない（おそらく権利関係がクリアにならなかったのだろう）。おまけにコンサートの後にメンバーが脱退、またジョン・レノン暗殺によりポール・マッカートニが活動休止状態に入ってしまったことにより、図らずもこのコンサートがウィングス最後のステージとなってしまったのである。大物バンドの出演、正規に発表されていない、ウィングスのラストステージ、などの要因が重なって、今ではこのコンサートは伝説化している。

　学生時代、僕は偶然にもこのコンサートの模様を収録した海賊版を入手することができた。海賊版ゆえ、会場にテープレコーダーを持ち込んで録音したと思われる音源（オーディエンス録音）ではあったが比較的音質は良く、コンサートの様子を想像するには充分すぎる程であった。で、肝心の内容だがウィングスのバンド史上１、２位を争う出来と言っても過言ではない。円熟味さえ感じさせる余裕の演奏であった。ちなみに日本に来日した（そして逮捕された）のはこのコンサートの直後である。

「四人囃子／俳優座ライブ(1973年8月21日)」

　四人囃子は日本のプログレッシブバンドの草分け的存在であり、かつ頂点であったバンドである。１９７４年に発表されたアルバム「一触即発」は当時の日本ロックシーンの水準では間違いなく最高レベルの作品であった。四人囃子はアマチュア時代からピンクフロイドの「エコーズ」を完全に演奏できるバンド、として既に注目を集めおり、高度なテクニックとバランスのとれたサウンドは確固たるスタイルを持っていた。あえて表現するならば「ディープ・パープル＋ピンクフロイド＋はっぴぃえんど」というところだろうか。アマチュア時代、六本木の「俳優座」で行われたこの日のライブは同時に録音も行われ、後にデビュー前のオーディション・テープとして使用されることになる。つまり、このバンドが世に出るきっかけとなった曰く付きのライブなのである。

　この日の音源は後にアルバム「'73 四人囃子」として正式に発表される。元々記録用に収録したものなので音質は望むべくも無く、演奏もかなり荒いが(「一触即発」の後半部は特に乱雑である)そこから垣間見えるライブの様子は鬼気迫る凄まじいものがある。とても生々しく、ヘビーな演奏であり、ものすごいうねりとパワーがビシビシ伝わってくる。スタジオ録音盤だけでは絶対に知ることができない四人囃子の強力な一面がこのライブ音源に集約されているのである。

　僕が初めてこの音源に触れたのは確か高校生の頃であった。若気の至りか「日本のロックなんて所詮猿まねなんだよな」と斜に構えていたのだがこのライブを耳にしたとたん正に「ぶっ飛んだ」のである。かつて日本にもこんなバンドが存在していたのだという事実が僕にとっては衝撃的であった。それからは洋楽、邦楽を問わず先入観無しに音楽に触れるようになった。それもこれも四人囃子、それもこの音源のおかげ、やはりバンドってのは「格好良い音を出した奴が勝ち」なのである。

「ジャーニー／フロンティアーズ・ツアー（1983年2月22日～9月6日）」

　世界で最もステージ生えするバンドといえばジャーニーではないだろうか。ジャーニーといえば「ライブ」と考えるファンも多い。　その楽曲群はただ単にキャッチーなだけではなく、ライブで演奏した場合にどれぐらい効果を発揮できるかということを計算され尽くした秀作揃いである。切れの良いボーカル、ツボを押さえたギターフレーズ、効果的なキーボード、土台を支えるリズム隊、そして抜群のコーラスワーク。アルバムを聴いた瞬間に「これをライブでみたら格好良いだろうなあ」と思わせるに充分な完成度を誇っている。良い意味で、８０年代産業ロック台頭を指標する重要なバンドである。

　そんなジャーニーの輝かしい歴史の中でも、その絶頂期と言えばこのフロンティアーズ・ツアーである。アルバム「エスケイプ」の大ヒットにより世界制覇を果たし、続くアルバム「フロンティアーズ」でその地位を不動のものにした直後のツアーである。「CHAIN REACTION」「WHEELIN THE SKY」「OPEN ARMS」「FAITHFULLY」「WHO'S CRYING NOW」「DON'T STOP BELIEVIN'」「SEPARATE WAYS(WORLDS APART)」などこれだけヒット曲が立て続けに演奏されるコンサートも珍しいのではないだろうか。ジャーニにしかできないスーパーコンサート、正に総決算といった内容で、完全に熟しきった「完成したロック・バンドの形」を世界に見せ付けたのである。このツアーの片鱗は後に発表されたライブ盤「ライブ・エナジー」や数多くの海賊版でその様子を垣間見る事ができる。スタジオ盤と寸分違わぬ演奏能力もさることながら、計算され尽くしたステージの完成度にはぐぅの音もでない。

　先日、久しぶりに再集結を果たしてアルバムを発表、来日も果たしたが残念ながらスティーブ・ペリー（ボーカル）は体調を崩して不参加となってしまった。一度で良いからジャーニーのライブを体験してみたいものである。

「ポリス／シンクロニシティー・ワールド・ツアー(1983年7月23日～1984年4月3日)」

　ポリスこそ８０年代を通して最も重要なバンドであると僕は考える。ロックという概念自体が大きく変容してしまい、その存在意義の無効性が囁かれ始めた８０年代。ポリスの最小のバンド編成（ギター、ベース、ドラムの３人）によって最大級の破壊力を生み出すというスタンスは８０年代においてもロックバンドという存在が未だ有効であることをまざまざと証明してみせたのである。

　決して派手とは言えないドラム、エフェクトは駆使するものの、殆どのリフバッキングがシングルノートやアルペジオを中心としたシンプルなギター。ベースもまた然りで、決して音数は多くない。しかし、曲に漂う緊張感は凄まじいものがあるのだ。最少限の音数でこれだけのテンションを保てるバンドは時代を問わずこのポリスだけであろう。正に「ロック最後の奇跡」とも言える有名なライブである。

　今でも、このツアーを「ロック史上最高のライブ」と評する者は多い。オープニングからパワー全開の「シンクロニシティーⅠ～シンクロニシティーⅡ」メドレーは特筆するに価する。僕がこの音源を初めて聴いたとき、そのスピード感、爆発力、格好良さに昇天してしまいそうになり思わず「すげ～かっこい～ぃ！」と叫びながらジタバタした記憶がある。ある意味、これがロックというジャンルの最高地点を記録した瞬間だったのかもしれない。

　しかしこのツアー以降、長い休止期間（事実上の解散状態）に突入してしまう。スティング曰く「もうポリスでやることは無くなった」のだそうである。あれだけのステージを繰り広げたのだから、そう思うのも無理はないと思う。結果的にこのツアーがポリスのラスト・ステージとなってしまったのであった。このツアー終了直後、コンサートの模様を収録したビデオが発表されたのだが、ライブものとしては記録的な売り上げを達成したという。巷ではレーザーディスクが普及し始めた時期でもあり、良く店頭でこのコンサートが放映されていたことを思い出す。

　その後、何年も経ってからライブ盤「ポリスライブ」が発表され、再び聴き直す機会を得たのだが、その凄まじさは現在でも間違いなく有効である。

　「ロックンロール・サーカス」とはローリング・ストーンズ主催で1968年に撮影されながら、結局公開されずに28年間も封印されていたＢＢＣスペシャル番組のタイトルである。最近公開されたこの番組も興味深いのだが、僕はこの「ロックンロール・サーカス」という言葉が気に入っている。ロックバンドがコンサートをしながら各地を巡る光景は正にサーカス。この言葉から感じ取れる「どさまわり」的なニュアンスが好きなのである。そういう雰囲気を持つコンサートが少なくなったと思うのは僕だけであろうか。

　突然思い出した。そういえば去年の誕生日、クラフトワークのコンサートに行った行った（笑）。それはもう素晴らしい内容であり、そのステージは正に「ロックンロール・サーカス」という感じであった。テクノ・ポップ界の重鎮に「ロックンロール・サーカス」を感じるとはね。（盛り上がりかたが妙だったもんなあ・・・）