お茶の間シアター大作戦



何故秋葉原に来たんだろう

 本来の目的は手頃なCD専用ラックを探すということだった。 日に日に増殖を重ねながら着実に出窓を占拠していくCDを とりあえずなんとかしなければ、朝の日の光が射し込まなくなるのも 時間の問題である(その数、もうすぐ4桁に突入しそうな勢いである)。 いつもように「秋葉原に行けばなんかあるだろう」という 根拠の無い理由と無意識の慣習に従って、その日は午前中から 秋葉原(昔−電気街、今−電脳街)をこれといった積極性も無いまま なんとなく彷徨っていた。

 ヤマギワ秋葉原店のビルは電気街口を降りて左側すぐのところに昔からある。 ヤマギワといえば照明、照明といえばヤマギワというくらいに「照明器具屋」という固定観念が(少なくとも僕の中では)完全に 定着している。道路側に面した少し大きめの窓からは、その品揃えを伺わせる たくさんの照明の明かりを望むことができる。 しかし、少し幻想的でもあるそんなヤマギワビルの景色も、 電気街という雰囲気が薄れて久しい秋葉原に於いては少々座りが悪いような 印象さえも感じてしまうのであった。そんなこともあってか 存在は知っていたものの真面目にそのビルを訪れたことは一度も無かった。

 CDラックの探索という、良く考えれば「何故秋葉原に来たんだろう」という 特異な目的だったこと、午前中からウロウロしていたので時間的に余裕があったこと、 何となく底冷えしていて且つ今にも雨が降りそうだったことなど、 今一つ決定的な理由に欠けるまま、なんとなくその日に限ってヤマギワビルに 立ち寄った。このちょっとした寄り道が衝動買いと呼ぶには少々高価過ぎる 買物のきっかけになるだろうことは想像するはずもない。

テレビ初公開

 中学校時代、映画にどっぷりと嵌まった時期があった。 理由ははっきりしている。この頃、ホームビデオが急速に普及したのである。 街にはレンタルビデオ店が建ちはじめ、ビデオを持っている家の数が 持っていない家の数を上回ろうとしていたのも、ちょうどその頃である。 当時の(今はどうだか知らないが)中学生といえばまだまだ子供で 映画館へ小まめに足を運ぶなどということはできようはずもない。 映画と言えば、日テレの水曜ロードショーやテレ朝の日曜洋画劇場と 相場は決まっていた。もちろんテレビ放送なので、一度放送されてしまったら 今度はいつ見ることができるか分かった物ではない。

 しかしホームビデオの登場で大きなパラダイムシフトが起こった。 夜の九時にテレビの前に集合する必然性が全く無くなってしまった。 そして録画しておけばいつでも好きなときにゆっくりと何回でも見ることができるようになったのである。 我が家もご多分に漏れず比較的早い時期にビデオを購入した。 「スターウォーズ」がテレビ初公開になるということでテレビ局総出で キャンペーンを張って宣伝したり、「風の谷のナウシカ」が裏番組ビデオ録画に まわされて視聴率が伸びなかったことがちょっとした話題になったりと いうような今から考えると苦笑してしまうような時期である。 正にホームビデオ創世記。僕にとっては映画との距離が飛躍的に短くなった瞬間である。 ([スターウォーズ」なんか100回以上見たんじゃないかな?)

 そんな頃からぼんやりとだが「自分の部屋を映画館のようにしたいなあ」という 願望(というほどでもないが)抱くようになった。 大きな画面で、壮大な音響システムで、それも自分の部屋でゆっくりと 横になりながら、ポテトチップスでも食べながら・・・ あくまでここでの思いはなんとなく「そういうのっていいなあ」という程度の物で そのために何か行動を起こすといったレベルのものでは全然なかったし、 物理的にも(部屋の大きさ)金銭的にも(子供ですから)夢のまた夢。 将来大人になって、お金を稼ぐようになって、大きな家に引っ越して、 自分専用の部屋が持てて、それからはじまるといった話である。 そんなことを考えながら、お知らせ小窓が着いているナショナルのマックロードで 毎日毎日、録画した映画を見ていた中学生時代であった。

ヤマギワをあなどるなかれ

 ヤマギワの1、2階には照明器具やインテリア関連のものがずらりと並んでいる。輸入家具などはそのデザインの面白さがなかなか興味深かったりで なかなか楽しめる場所であることを認識する。照明だけでなく住居環境を トータル的にサポートするといったヤマギワサイドのスタンスが見えてくる。 ビルの上の階には何があるのかさえ、それまで知らなかった。 ビル案内図を見るとAVシアターとの記述。 住宅環境というスタンスから見ればヤマギワがテレビを扱っていたって、 別段おかしくはない。特に気にも止めず、「テレビかなにかの電化製品も 扱っているんだな」ぐらいの感覚でエスカレーターをどんどん上に向かう。

 少し薄暗い照明に包まれたそのAVシアターの階に降り立ち、 そして僕の想像が完全に裏切られたことが数秒のうちに分かった。 ここは本格的な「ホームシアター」を提供するための商品を扱っているところなのだ。 いわゆる電気屋にあるようなテレビデオとかそういう類の「電化製品」的なものは ここには置いていない。ここにあるのは明らかに「AV機器」である。 高級ステレオ機器を取り扱っている店に行ったことはあるだろうか? 壁一面に木目長の、いかにも高価そうなスピーカーが立ち並び、 一台何百万円もするような真空管アンプが何台も置いてあったり、 そして決まって優雅なクラシックが試演されているような、 一般庶民には、ちょっと敷居が高く感じられるような雰囲気を持つ、そんな店である。 ヤマギワのAVシアターの階はその映像版と言っても良いだろう。 大画面テレビはもちろんの事、プロジェクターや各種サラウンドシステムまで 取りそろえている。前述の高級ステレオ屋と違うのは、映画を見るということが対象になっているという性質上エンターティメント性が 強くなっていてそれほど敷居が高く感じられない所である。ちなみに、そのとき試演されていたビデオは「ダイハード」だった。 安さを全面に押し出しているだけで、なんの面白みも無い店が乱立する この秋葉原に、こんなに面白そうな物が揃っているところがあったとは、ちょっとした新発見である。しばらくは万博のパビリオンとも言える様な そのフロアで「すげー」とか「いいなあ」とかの感嘆符を並べてはあっちへふらふら、こっちへふらふらとしていた。

 当然、何百万もするようなサラウンドシステムなんかが大きなフロアにドカーンと 鎮座している訳だが、そんなものは一般庶民には手が出るわけもない。 (その価格よりも、住宅事情が問題)。いいなあいいなあ(!)と思いつつ 冷やかし気分で奥へ進んで行くと壁際に32インチ位のテレビとその左右と上に リンゴ大のスピーカーらしきものが設置されているのを見つけた。 気がつくとそのテレビの正面にいる自分の後ろにもそれと同じスピーカーが 2つ設置されている(あまりに小さくて最初は気がつかなかった)。 これはなんぞやと思い近くにあった説明ボードを見てみると 「世界最小のサラウンドシステム」との記述がある。やっぱりこれはスピーカー だったらしい。後ろにあったのはサラウンド用のスピーカーだったのだ。 しかし、どう考えても小さ過ぎる。スピーカーは大きければ大きいほど高級で 高価で良質な音が得られるという固定観念は誰しもが持っているものと思う。 こんな小さなスピーカーでいったいどの位の効果があるというのか? しかしながら発売元はスピーカーといえばBOSE、BOSEといえば スピーカというBOSE社である。中途半端な物は出さないはずだし 出せないはずである。あまりのも気になったので勇気を持って店員さんに 試演をお願いしてみることにした。

 そのときに見たのは何かのアクション映画のワンシーンだったのだが(ジュマンジかな?)その音響効果は絶大であった。 当然のことながら後ろからも音が聞こえてくるし、なにより低音がきちんと出ている。 こんな小さなスピーカーでこの大迫力、見事としか言いようがない。 店員さんの解説によると(この人がまた親切な人だった)この迫力の秘密は サブウーハースピーカーにあるとのこと。 ちょうどパソコンのミニタワー位の黒い箱がテレビの済に置いてある。 通常このようなのウーハースピーカーはサラウンドシステムの真ん中に設置しなければ ならないのだが、これの場合は部屋の隅済ならばどこにおいても構わないとのこと。もちろんテレビの真横においても良いのだ。 小さいスピーカー、サブウーハー位置の融通性、そしてこのシステムをテレビに 接続するだけという簡便性。 スピーカーなど置く場所などある訳が無い日本の住宅事情に於いて、 狙い済ましたかのような魅力的な商品ではないだろうか。 これが僕の食指を動かさない訳が無い。 試演を終えて僕は、自分でも拍子抜けするくらいあっさりとした口調で 「じゃ、これください・・・」という言葉を発していた。 このシステムが20万円ー弱とは絶対お買い得である(と店員さんも言っていた)。 おまけにキャンペーン期間中とのことで3万円のキャッシュバックがあるという。 BOSE社、なかなかユーザの心理を捉えている。

THX

 今、僕はSONYのワイドテレビWEGA(32inch)とBOSEのこのシステムを 組み合わせている。配線に戸惑ったが一端繋がってしまえばその実力に嘘は無い。 「スターウォーズ」シリーズがつい最近リマスター(リメイク?)され、 THXバージョンとしてビデオ化された(三部作まとめて8000円弱!!) さっそく購入し、「六畳間ホームシアター」のこけら落としを行なった。 中学生の頃に100回以上見た「スターウォーズ」に、また見入っている。

 当時とはすべてがまるで違う。 当然、音声は吹き替えではないし、サラウンドシステムはこの映画の為にあるかのようだ。 映像もワイドスクリーンサイズの32inch、もちろんCMは入らない。 僕自身は就職してお金を稼ぐようになり、「スターウォーズ」を 三本まとめて買うことができる。 当時とはすべてがまるで違う。

こんな日が来るとは夢にも思ってなかった。