Acrobatからソフト業界が見える



WEBブラウザ戦争(どうでもいいけど・・・)

 WEB上でのページ構築にはHTML言語というものが使用されている。これは言語と言うよりはタグと表現した方が近いような感覚を持つもので使い方も非常に簡単。この簡単さがなけばこれほどまでに爆発的なインターネットの普及はありえなかったであろう。僕は数時間でマスターできた。がしかし簡単であるが故に欠点もある。WEBを見るのには大抵WEBブラウザを使用するのであるが、HTMLの基準が曖昧だったのかインターネットの普及が速すぎたのか

あのブラウザだとちゃんと見えるがこれだとちゃんと見えない

てなことが頻繁に起こるような事態になってしまった。混乱といっても大げさではない。要は各ブラウザ(というかそれをつくった会社)によってHTMLの解釈が異なっているからこのような事になってしまったのである。僕もネットスケープ・ナビゲータではきちんと見えるのにインターネット・エクスプローラではきちんと表示されないという事態に遭遇したことがある。(はっきりさせておくがエクスプローラが悪いといっているのではない。むしろあれはなかなか良いソフトだと思っている。見た目は・・・)また現在のブラウザというものが、それがインストールされているマシン環境に非常に依存するもであるということも問題のひとつである。ディスプレイの解像度、カラー設定、フォントの設定などはマシンによってまちまちである。このため同じページを見てもマシンによってその見え方や印象が異なってしまうのである。この事が今後のネット環境においてどのくらい重要かはさておき、単純にWEBを楽しんでいる者としてはどんなブラウザ、どんなマシンからでも同じページが同じように見えたほうが良いに決まっている。

Acrobat(WEB界の期待の新人?)

 で、この問題を解決すると今話題なのがAdobe社のAcrobat(3.0J)である。Acrobatで扱うファイル形態をPDF形式と呼び、この形式で保存されたファイルはどのマシン環境でも同じように見る事が可能になるという。説明書を良く読んでみると、要はPostScriptでの表現形態をインターネット用にカスタマイズした(ハイパーリンク対応等)ものであることが分かってきた(Adobeもなかなか抜け目がないね)。で、さっそく使ってみることにした。PDF形式ファイルを閲覧する機能だけをもった物(Acrobat Reader 3.0J)は無料配布するとのこと。まあ見る環境が簡単に入手できないんじゃ普及しないわな。で、このソフトをインストールしてサンプルとして添付されているPDF形式ファイルを見てみることにした。

お、お、遅い・・・

 さすがにPostScript的な表現形態だけあってその見栄えはすばらしい。拡大しても縮小してもいわゆる「ジャギー」というものが全く見ら れない。サンプルにも各種電子新聞や電子地図への応用例など、もちろんインターネット対応であることへのアピールも忘れてはいない。確かに今あるWEB上のページがこんなに綺麗な物になったならば、それをとりまく環境はがらりと変わるだろう。なかなかすばらしい出来である(見た目は・・・)。 しかし、遅い、遅すぎるのである。とてもじゃないがこれでは使えない。インターネットどころかローカルな環境でもこのスピードじゃだめだ。だいたい僕の感覚では1ページ分の情報が表示されるのに1秒以上掛かると遅いと感じてしまう(すでにこの点でインターネット自体が失格ではある)。Acrobatは速くて10秒、ファイルの情報量によっては30秒近くかかるものもあった。こんなに速度が遅くては実用的では無いと考えるのが普通である。例えばカップラーメンは3分でできることに意味がある。カップラーメンの開発者はその時間に拘ったはずである。これがもし1時間も掛かるような代物しか開発できなかったのならば発売しなかったはずである。しかし Adobe 社は Acrobatを発売した。その開発者はこれが(現状では)使い物にならないことを理解しているはずである。では、何故発売したか。

ハードとソフトの関係(期待の新人はなぜ期待はずれか?)

最近のCPU速度の向上は目を見張る物がある。数年前に世界最高速を誇ったマシンでも今では信じられないほど遅く感じてしまう。

「時間が経てばもっと速いマシンが出てくるに違い無い」なので

「ソフトの実行速度はマシンパワーの向上によって解決される」だから

「今は遅くても良いんじゃないの?」

 今は遅くて遅くて使い物にならないソフトだがマシンパワーの進化がとても速いからそのうち解消されて行くはずであるという希望的観測。そして今現在、多少動作が遅いとしてもそれは重要な問題ではない(気にしない気にしない)。こんな幻想が今のソフト業界には浸透している。

冗談ぢゃない!

 僕は Adobe社を凶弾したいのではない。この考え方の最も推進しているのはOSメーカーである。例えばマイクロソフト。MS-DOS,Windows3.1, Windows95/NT。新しいOSが出る度にそのマシン速度の要求は贅沢になってきている。OSを新しくするためにマシンを買い換えた人も多いであろう。より使いやすく、と言う考え方はわかる。使いやすい方が良いに決まっている。しかし使いやすくするためにマシンを買い換え、ソフトも買い換え、ファイルをコンバートし、メモリを増設し、なんてことをしなきゃならない。これは「向上」と呼べるのだろうか。この業界仕切ってんだからもうちょっとちゃんとやってよ! ここがこうだから他の会社もこうなる。将来はマシンパワーが向上する、インターネットの速度も向上する。将来は・・・。将来って何年後なんだよ? もちろんApple だって同じである。OpenDocなんて重くて使えやしない。まあここの会社は速度以外にもやんなきゃいけないことが山積みだから・・・(Rhapsodyではなんとかしてね。お願い!)

総論(または屑ソフトを買わされた恨み節)

 僕が言いたいのは、「マシンパワーが上がるからソフトの実行速度が上がる」という考え方が「マシンパワーはそのうち上がるから今はソフトの実行速度が遅くてもいいだろう」という考え方とすり変わっているんじゃないですかということ。この考え方、いかがなものか?ソフト開発をする上で「できるだけ実効速度を速くする」ための努力は欠かすことができない重要な要素である。そのはずであった。しかし最近のソフトは実効速度よりも「機能が豊富である」ということに注力されすぎていないだろうか。たとえば実行速度が速いソフトと遅いソフトがあったとする。具体的には前者は起動に1秒、後者は10秒掛かったとする。この場合当然のことながら前者のほうが優秀なソフトといえる。後者のソフトは市場において淘汰されていくはずである。ところがマシンパワーが向上するにつれてこれらのソフトの「体感実行速度」にあまり差が無くなってくるのである。単純にマシンパワーが10倍になったとする。そうするとソフトの起動時間は前者は0.1秒、後者は1秒となる。この場合ソフトのユーザはどちらを使ってもあまり問題は無いのである。0.9秒の差など実際には大した差では無いからである。

僕が欲しいのは5年後に使えるソフトじゃ無いんだよ!

 最近では「こりゃ良いソフトだ」と思うことがほとんどない。その原因のほとんどが実行速度が遅い(重い)ということである。機能を削って軽くしたら良いソフトなのになあと思うことがホントに多い。もったいない話である。これこそ

Too Much Monkey Business!

なんじゃないですかねえ〜

おまけ

 IBMがDOS上で動作するWEBブラウザを発売した。これが結構評判が良い。会社で眠っているDOSマシンを活用するために開発されたとかいう話でこのソフトのことを「リサイクルウェア」と読んでいるらしい(笑)。このヒットがソフト業界へのなにかのヒントになることを期待している。今のマシンではDOSは非常に高速にどうさするので携帯用のOSとしても見直されている。携帯時なんかの用途は限られているのでDOSで十分だということである。東芝のリブレットがWindows95が動くと言うことで売れに売れていると言う話を良く聞くが、どのくらいの速度で動くのかを想像しただけでゾッとする(ちなみに僕はHP 200LX を使用している)。それでもリブレット買いますか?