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■蘭の会2004年4月号 片野晃司さんからのおてがみ■■■■■■


このテキストを書いている2004年は、日本の大きな転換が表面化してくる時代だ と思います。

自衛隊がイラクで迫撃砲を向けられ、民間人が脅され(今の時点では無事に開放され るのを祈るのみだ)、国内では憲法改正への歩みが上げ潮に乗って速まってきてい る。蘭の会という女性の会に寄せて言えば、最近は「ジェンダーフリー」という言葉 の公的文書からの言葉狩り(=言葉狩りにかこつけたジェンダーフリーそのものの抑 止)など、復古的な色調を強くするような出来事が増えてきている。

そうした時に詩人が何を言ったか、というのは、後々まで残ってしまうことなんです ね。たとえば太平洋戦争の時に何を書いたか。湾岸戦争の時に何を書いたか。笑われ るようなことを書くと、後々まで(それこそ何十年も)笑いの種にされてしまう。意 図して笑いを取っているならいいが、嘲笑はつらいものです。

僕にせよ、ニュース以上のことは知りうるべくもない、そこで情報にどれだけのフィ ルターがかかっているか知りようのない立場であるわけですが、できるだけアンテナ は高く立てておきたい。この時代において正常な判断力を保つために、できるだけた くさんの情報を得ていくこと。戦争や憲法のことだけではなく、環境、技術、人と人 との間でどんな犯罪が行われているか、そうしたことに常に目を向けていくこと、ま た、たとえば天皇制が話題になればその歴史について調べてみること、環境の話題な ら、きちんと科学的に解説されている情報を得ること、など、どれも、偽りの情報が 蔓延しているからこそ大量に情報を得て、信じるに値することをその中から見つけて いくことが大切だと思います。

激しい発語でありながら冷静な視点と知識に裏打ちされた詩を朗読する死紺亭柳竹さ ん、いつも意外な切り口から社会を風刺する紀ノ川つかささんなど、きちんと時代に 自らの認識を示していく詩人たちもいる一方、あきらかに理解不足な観点から書かれ た詩を目にすることもあります。僕自身の詩がそうでないとは言い切れない。

アンテナを高く掲げて、できるだけたくさんの情報を得ていくこと、そして、カタカ ナ語で言えば「コミットしていくこと」(commitとは「委託」のことだが、データ ベース用語では「確定」の意)、つまり社会の出来事に対して自らの認識を確定して いくこと、このことを、僕自身へ課していきたいと思います。


■片野晃司さんって、どんなひと?■■■■■■■■■

片野晃司

「現代詩フォーラム」(http://po-m.com/forum/)管理人。
現在、妻と二個人誌「Tongue」刊行中。






■片野晃司さんの詩を読んでみよう■■■■■■■■■


「舌」


鉛の薄板を何枚も重ねて
空は明るくなるでもなく暗くなるでもなく
湾へ向かって低く伸びる丸みを帯びた舌状台地の乾いた庭、
庭の縁の椎の崖を下ると谷津または谷地、そしてまた舌状台地、
いくつもの舌状台地の庭を横切り、
八重葎
葦、薄、
黒い泥、
いくつもの谷津川または谷地川を渡り、
椎の崖を上るとまた舌状台地、
並行する数百の舌状台地が
砂丘へ向かって座礁する
そのあたりから
舌先を削り
谷津または谷地を埋め
数百組の僕および彼女が住みはじめる
背高泡立草を掻き分け
枕木を並べ
駅を作り
ホームで待つ
数組の僕および彼女
鉛の薄板を何枚も重ねて
空は明るくなるでも暗くなるでもなく
列車はいつまでも来ない
線路が錆び細り
枕木が土に還っても待っている
川はどちらが下流かわからないから不安なのだと
僕および彼女は思う
枝を放り投げ
水面に円を描いて枝が浮く
水は再び静まり
何日経っても
枝はそこにある
何もない場所には
そこにある枝さえも救いだ
並行する数百の舌状台地が
座礁した姿のままで乾いている
数百組の僕および彼女が住みはじめ
数組の僕および彼女が不安になる
叫び声は怖い
声がないのはもっと怖い
台地の舌先を切り
家を建て
坂道の上から三分の一あたりを
僕および彼女がいつまでも登っている
空は明るくなるでもなく暗くなるでもなく
元に戻るのは怖い
戻らないのはもっと怖い
だから
登っているままの姿で
いつまでも坂道にいる
何年でもそこにいる


初出 二個人誌「Tongue」2号
         


■ふみばこ■

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そこには素敵な言葉とか気持ちがこぼれだすはず

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