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僕のフェミニズム初体験…ウランの瞳


2000/09
劇団「ステージ・殘」主宰 藤木 省策

 学校時代、隣に座り合わせた異性に、妙にドキドキしたことは誰でもあるだろう。何と言っても教科書や消しゴムの貸し借り、あの時の他のクラスメートに気付かれない微妙な言葉のやり取りは言うに及ばず、お互いの肘の接近距離などその手の最大関心事であって、もうトキメキそのものであった気がするなあ。相手は意識しているのか、それとも自分の一人相撲なのか、判断つきにくいニュアンスに、これまた一人でドキドキしてしまう愚かな反復を止めることができない。
 小学校2年生の時、僕は転校生の尼崎さんと隣になった。彼女は三つ編みの普通の女の子であったが、当時にして僕はすでに、隣になった女の子は誰でも好きになってしまうというアディクション(嗜癖)にはまっていた。特に転校生にはより反応した。
 図画の時間だった。先生は隣の人の顔を描くように指示した。僕と尼崎さんは机を向かい合わせにした。秋の風が教室を吹き抜けるなか、僕は力をこめ心をこめ、クレヨンの屑をポロポロ机の下に肘で落としながら彼女の顔を描いた。
 翌日、全生徒の顔が教室に張り出された。似てる、似てない、それはひどい、まるで怪獣やん、怒号と喧噪の嵐が始まった。僕は飛び切り美人に描いた尼崎さんの顔の絵を誇らしげに見ていた。しかし、女子の一群がものすごい剣幕で僕を凝視しているのに気付いた。何ごとか僕にはすぐ分からなかった。スカート丈の短い道代がつっかかってきた。「あんた、あれ、ひどすぎるで」。見ると一群の中心で尼崎さんは泣いていた。そんなアホな。もう一度僕は自分の絵を見た。きれかった。「綺麗やん」。僕は少しイヤミをこめて道代にそう言った。道代は身を乗り出した。「尼崎さんの目はあんなんちゃうで。よう見てみ」。
 初め何を言われたか分からなかった。自分としては特に目には心をこめて塗り込んだはずだったのに。しかし、他の皆の絵と見比べて見ると明らかに僕の絵の尼崎さんの目は違っていた。尼崎さんの目だけ鉄腕アトムの妹、ウランちゃんの瞳だった。僕は愕然として振り向いて、僕を凝視する教室内の全ての女子の目を見た。何ということか。一人としてウランの瞳を持つ女の子はいなかった。縦長の黒い楕円のなかに複数の星がキラキラ光っている優しい瞳は、一つもなかった。横長の楕円の真ん中に厳しい眼がにぶい光を放っていた。
 これはゲシュタルト崩壊なのか。いや、認識論の問題ではなかった。これこそ僕にとってフェミニズム初体験であったのだ。
 僕は小学校2年にして、この世の中にはウランの瞳を持つ女の子が実際には一人もいないこと、そしてウランの瞳という幻影がいかに女の子たちを苦しめているかを一瞬にして理解させられたように思う。しかし、残念ながら、僕にフェミニズム初体験を与えてくれたあの道代が、後の人生でフェミニストとしての生き様を送っているか否か、知る由もない。



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