【今月のトピック】    診療科リレー解説
第16回 「胎児の人権」

 去年一年を総括する一文字は「命」でした。今回はこの「命」に関係のある話題です。
 「人間の生命の始まりは妊娠のどの時点からか」とか「胎児の人権が認められるのは妊娠何週からか」という質問を受けることがありますが、実はこれがなかなかの難問で、国内的にも国際的にも、まだはっきりしていません。これらの質問に関連するいろいろな時期を挙げてみますから、皆さんも一緒に考えてみてください。

 @ 受精時・・・1987年、バチカン法王庁は「受精の瞬間から一人の人間としての権利を尊重されなければならない」と宣言し、カトリック教会はこれを守っています。
 しかし、体外受精・胚移植 (胚とは細胞分裂を始めた受精卵のこと) が日常的に行なわれるようになった多くの国で、移植されずに余った胚は受精後14日未満なら実験に使ってもよいとされています。これは「受精後14日未満の胚を人の命と認めていない」からでしょう。
 A 着床時・・・臨床上、超音波検査で子宮内膜に胚が着床したのを確認してから受胎したと診断します。 また、受精後14日以降の余剰胚は実験に使うことを禁止されていますが、これは胚が着床するのが受精後14日以内であることを考慮したものと思われます。
 つまり、「着床期以後の胚は生命あるものと認められている」ということでしょう。
 B 妊娠8週・・・昔から妊娠8週未満を胎芽といい、8週以後を胎児といいます。また、妊娠8週未満に限って人工妊娠中絶を認めるという国が少なくありません。  これらは「妊娠8週以後の胎児は人間としての生命と認める」ことを意味します。
C 妊娠12週・・・流産は、妊娠12週未満の早期流産と12週以降22週未満の後期流産に分類されますが、後期流産では「死産届」を役所に提出し、埋葬許可証を受け取ることが義務付けられています。
 これは「妊娠12週以後の胎児は人間らしく扱え」ということになるのでしょうか。
 D 妊娠22週・・・日本では、母体保護のためという条件付ですが、法律で妊娠22週未満の人工妊娠中絶を認めています。 (この週数は流産の定義に連動していて、未熟児保育技術の進歩にともない、この50年間に28週→24週→22週と変わりました)
このことは「子宮外では生存できないとされる22週未満の胎児には人権がなく、母体の事情によっては子宮内で生き続ける権利が保障されない」ということを意味しています。
 E 出生時・・・現在の日本の法体系では、「出生届を出して初めて人間としての諸権利が与えられる」ことになっていて、胎児には「人権」が認められていません。
 最近2〜3の裁判で、妊娠末期の交通事故が原因で生後まもなく死亡した場合に、加害者にこの子に対する過失致死罪を適用した判決が出ています。これらは熊本水俣病の最高裁判決で「胎児に病変を発生させ出生後に死亡した場合、発生時に人か否かにかかわらず業務上過失致死罪が成立する」とされたことに準拠したものですが、この判決は胎児を「人」と認めたわけではなく、「人」となった後に亡くなった場合は胎児段階の加害行為が原因でも罪に問い得るとしただけのものです。(朝日新聞07年8月13日夕刊「『胎児は人』司法じわり」参照)
 今後、「胎児の人権」についての明確な法整備が行なわれることを期待したいものです。