相談事例30の相談内容と回答(H13.3.7)

●相談文
 30歳の既婚女性です。独身の頃、家族性高コレステロール血症と言われその治療薬として「リポパス」を飲んでいました。その後、結婚し昨年1月に男の子を出産しました。その時は、薬を二年近く飲んでいませんでした。妊娠中に受けた血液検査でも、コレステロール値が390程あり、高かったです。出産後、しばらくしてからまた薬を飲み始めました。でも、そろそろ第二子も欲しいなと思っています。薬は、妊娠前から中止しておいた方がいいのでしょうか?いつ妊娠するかわからないということもありますので・・・。また一生薬に頼っていかなくてはならないのでしょうか?


●回答文
 ご相談の趣旨は,
1)家族性高コレステロール血症患者さんの長期予後,すなわち, 今後どのような合併症や続発症が予測されるか, 予測される疾病に対してどのような治療を継続する必要があるか
2)妊娠出産時の薬物治療の可否
の2点と思われます。
 まず, 家族性高コレステロール血症とはいかなる疾患か, 予後はいかなるものかについて解説し, 妊娠時に考慮すべき点について私見を述べてみたいと思います。一つの意見として参考にして頂ければ幸いです。
 家族性高コレステロール血症は, 常染色体性優性遺伝を示す疾患で, 対立遺伝子の両方が悪いホモ接合体家族性高コレステロール血症と一方だけが悪いヘテロ接合体家族性高コレステロール血症とがあり, ホモ接合体家族性高コレステロール血症は約100万人に1人とまれな疾患ですが,ヘテロ接合体家族性高コレステロール血症は約500人に1人, したがって本邦の総患者数は30万人以上ときわめて頻度の高い疾患です。ホモ接合体家族性高コレステロール血症患者の血清コレステロールは平均700mg/dlと著明に上昇しますが, ヘテロ接合体家族性高コレステロール血症患者はその約半分の350mg/dlとなります。
 妊娠中の血清コレステロール値が390mg/dlであることから, あなたはヘテロ接合体家族性高コレステロール血症と考えられます。ホモ接合体家族性高コレステロール血症は重症ですので年齢,性別に関わりなく強力な治療が必要です。ヘテロ接合体家族性高コレステロール血症の問題点は, 冠動脈硬化症, すなわち, 心筋梗塞や突然心臓死の危険性が正常者に比べ高いことです。しかし, 危険性に明らかに男女差があり, 男性では30歳ごろから心筋梗塞が発症し,以後どの年代でも同じ頻度で発症するのに対し, 女性では血清コレステロールはほとんど男性患者と変わらないのに, 心筋梗塞は更年期以降に発症します。女性では女性ホルモン, エストロゲンが抗動脈硬化的に作用しているからです。女性ホルモンの分泌がなくなる閉経以後には, 女性ホルモン補充療法や積極的な高脂血症治療薬治療が必要ですが, 若年女性では,食事療法や運動療法にとどめ, 薬物治療は出産が終了する年齢まで避けた方がよいとする意見もあります。妊娠時に安全性が確認されている高脂血症治療薬はありません。リポバスに代表されるスタチン系の薬は安全性の高い薬ですが, 妊婦あるいは妊娠している可能性のある婦人及び授乳婦には投与してはいけないことになっていますので, 妊娠中に服薬を中止した処置は正しいと考えられます。
 前述したように閉経期以前では, 心筋梗塞発症の危険度は低いので高脂血症治療薬の服用をみあわせるのも一つの選択といえます。しかし,妊娠の可能性がなくなったらスタチン系の薬の服用を主とし, 不十分なら他の薬剤を併用して血清コレステロールを250mg/dl未満にする必要があります。