(脳神経外科編 第1話)
「赤ちゃんが頭を打ったとき」

 小さな赤ちゃんが頭を打ったら、お母さんはびっくりし、おろおろし、抱き上げて、あやします。そして、心配で矢も立てもたまらなくなり、病院・医院へつれていきます。でも、ちょっと待って下さい。そのまえにしてほしいことがあります。
 それは、頭を打った直後の赤ちゃんの症状を良く見届けてほしいのです。生後6ヶ月までの赤ちゃんは自分で頭を打つことは滅多にありません。ほとんどが親の不注意です。抱いていて手が滑って落とすのです。ときには、抱いて乗っていた自動車が交通事故に巻き込まれることもあります。生後6ヶ月を越えると、お座りをしていて後ろに倒れたり、つかまり立ち、よちよち歩きをしていて転んだり、歩行器ごとひっくり返ったりする事故が増えてきます。赤ちゃんの頃は男の子も女の子も違いがないはずですが、不思議なことに男の子のほうが怪我が多く、また怪我をしたときに、頭の中に内出血を起こしやすい事実があります。まず、皮膚が切れて血が出ていれば、血の出ている場所をハンカチなどでおさえて手当を受けにつれていきましょう。多分、きずを縫ってもらえば済みます。問題はこうした傷がないときです。
打った瞬間、赤ちゃんもびっくりするので、目を見開いてはっとします。その次に、「ワーッ」と泣き出します。ここで泣き出さずに、顔色がだんだん青ざめてくるようであれば、要注意です。
つづいて、ひきつけをおこすようならば、頭の中に内出血(急性硬膜下出血)が起こっている可能性があります。すぐに救急車を呼んで脳神経外科のある病院へ連れていきましょう。
 甲高い声で泣き出したあと、数分後に引きつけを起こしたり、飲んだおっぱいを吐いたりしたら、同じような心配があります。 すぐに病院へ連れていきましょう。
 ひきつけも嘔吐もなく、次第に泣きやみ、機嫌が良くなり、食欲も出てくれば、まず心配はありません。でも、数日間はそれとなく様子を見ましょう。
 もしも、頭を打ってから、不機嫌なことが多く、おっぱいもあまり飲まなくなり、ぐずってなかなか寝付かず、なによりも笑顔を示さなくなったら、やはり、脳神経外科のある病院へ連れていきましょう。少量の内出血(急性硬膜下出血)の心配があります。
 病院では、診察をしたあと、内出血の心配があるときは、多分、CTスキャンという検査を、赤ん坊であっても、するはずです。内出血が見つかった場合、大量の場合は緊急手術です。これはほうっておくと、死ぬか重度の脳性小児麻痺になる怖い病気です。少量出血(急性硬膜下出血)の場合、CTスキャンでは非常に薄く見えます。経験の浅い医師は気が付かないか、あるいは気が付いても、「なにもしないで様子を見よう」と考えたくなります。しかし、これをほうっておくと慢性硬膜下血腫に育ち、さらには、脳性小児麻痺になることがあります。ここで、赤ちゃんの頭蓋骨にある大泉門という隙間から、針を刺して出血を吸い出せば、不機嫌さはとれ、将来の慢性硬膜下血腫も予防できます。ただし、非常に薄い場合にはなにもしなくても自然に吸収されてよくなることもあります。大学病院よりも第一線の病院の脳神経外科で、小児の急性期頭部外傷を経験している医師であれば分かります。
結論です。
 赤ちゃんが頭を打っても、そのあと機嫌良くなり、笑顔をだすようになれば、心配はいりません。あわてる必要もありません。

ことばの説明
 「ひきつけ」はご存じでしょうか。
 赤ちゃんが高い熱を出したときに、手足をぶるぶるピクピク震わせ、顔色が真っ青になるまで息を止めています。1〜2分で収まると、息が戻り、顔色も良くなります。「熱性けいれん」とも言います。
 頭を打ったときのひきつけは熱がないのに起こるので、「無熱性けいれん」、あるいは単に、「けいれん発作」と呼ばれます。
 急性硬膜下血腫は、頭を打った直後に頭蓋骨のなか、硬膜と脳との間に出来る血腫です。慢性硬膜下血腫は、やはり、硬膜と脳との間に出来る血腫ですが、頭を打って1月ぐらいして大きくなってきます。次第に脳を圧迫し、頭痛や脳性麻痺のような症状を起こします。

(北見中央病院脳神経外科部長益澤秀明)
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作成:平成10年5月15日