「すべての酒呑みのために」


さて、今回は前回のいわば続きで、「オヤジ漫画礼讃その2」 である。
とくにすばらしい「酔っぱらいバンザイ」漫画をご紹 介しよう。
「漫画ゴラク」で連載中のラズウェル細木『酒のほそ道』(日本文芸社)である。


『美味しんぼ』がパイオニアとなって、〈グルメ漫画〉なるものが 生まれた。
「料理を作る」より「料理を味わう」ほうを主としたマンガである。
現在では料理を題材にした漫画がたいていの青年誌に
(ときには少年誌にさえ)まず一作は載っている 。内容は
うんちくだったり、情報だったり、料理対決だったりする。
献立も寿司、和食、スパゲッティ、フランス料理、ラーメン、カレー、
家庭料理、ベトナム料理など千差万別である
( これらはすべて実在します)。
で、今回の『酒のほそ道』であるが、この漫画の主役はずばり〈酒〉である。

主人公の〈岩間宗達〉氏が毎回毎回ぐびぐびごくごくがぶがぶちびちびぐいぐい
壜ビール、缶ビール、生ビール、熱燗、冷酒、ワイン、ウィスキー、
焼酎、カクテルなどをただひたすら呑みまくる「だけ」の話である。
ここにもやはりうんちくや情報はあるが、大上段にふりかぶっ た
雰囲気はまるでない。かしこまった口調ではなくもっとくだ けた
「ほろ酔い」の姿勢が実に心地よい。
作者はほんとうに「 ただ酒が好き」なだけで、
それを忠実に描いているのである。
この態度はじつにいさぎよく、そして読んでいると
「ほんとうにうまそう」に感じてしまうのである。
実際のところ〈グルメ漫画〉をあれこれ読んでいても、
登場し た料理が本気で食べたくなることはまずないでしょう。
ところがこの『酒のほそ道』を読んでいると
(もちろんぼくが酒好きなせいなのだが)
無性に酒が呑みたくて呑みたくてたまらなく なり、単行本片手に
ビールや日本酒をぐびぐび呑みはじめてしまう。
これは考えてみるとすごいことですよ。

主人公・岩間宗達氏はひたすら呑む。カツサンドをほおばりながら
公園で生ビールをぐびぐび呑む。寿司をつまみながらきゅきゅっと冷酒を呑む。
ざるそばをたぐりつつ昼間からくいくい ぬる燗を呑む。
うな丼を食いながら壜ビールを呑む。
するめを かじりつつホッピーを呑む。
たれたっぷりの焼き鳥でワインを呑む。
サバの水煮で缶ビールを呑む。
あーちくしょ、書きうつ してたら呑みたくなってきたぞ!

また、この漫画のヒロインである「かすみちゃん」の描きかたが
またすばらしい。この女性が宗達につきあって、まー心意気よく
ぶがぶ呑んでくれて、これが呑んべえにとってたまらんのだ。
この女性はまさしく酒呑みの天使であり、
呑んべえの奥さ んの理想形である。よくこんな
秀逸なキャラクターが産み出せ たものだ。
ぼくなどは漫画に向かって「早いとこ結婚しちまえよ宗達!」とか
よく叫んでいる。
まあ、それはともかく凡百の〈グルメ漫画〉から抜きんでて
「 おいしい」「うまそうな」漫画であることに疑いはない。
もちろん酒好きの人以外にはちょっと理解不能な感覚ではあり、
おそらく大ヒット作にもならないし、歴史に残る名作にもならな いだろうが、
忘れがたい、愛すべき漫画である。
「すべての酒呑み」の読者に手にとっていただきたいものだ。
きっとふだん は漫画なんか読まないおっさんにファンも多いと思うんだよね。


追伸 甲斐田さん、また呑みに行きましょーよ。

2001年10月 田原弘毅。

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