「オヤジマンガ礼讃 湯けむりスナイパー」


三十歳を過ぎて「最近おもしろい漫画がないなー」と思ってる あなた、
そんなあなたにおすすめなのが「オヤジ漫画」である 。

まえがきにもちょっと書いたが、ぼくは五、六年前からオヤ ジ漫画の
三大雑誌、商店街の定食屋かラーメン屋に確実
に置いてあるところの、『漫画ゴラク』『漫画サンデー』
『週間漫画TIMES 』にずっぽりはまっております。
少年「○ャンプ」「○ンデー」「○ガジン」を読んでいても
「 なんかのめりこめねーなー」と感じるのは齢をとった証拠であるが、
ある意味あたりまえである、だってもう少年じゃねーもん。
もちろん少年誌は日本の漫画の最前線なのでチェックは入れているし、
ときどきとんでもない新人が登場するし、この年齢になっても
わくわくできる漫画は多いです。

だけどねー、さ すがに半分以上「ガキだなー」と思わざるをえない
漫画が多く なっちゃったのも事実である。こっちが齢をとったのです。
漫画が好きで好きでたまらなかった少年から、
いつのまにやら そんな大人になっちまった読者はやっぱり
「○ピリッツ」や「 ○ーニング」あるいは「○ッグコミック」系列に流れる。
だが しかーし、『漫画ゴラク』『漫画サンデー』『週間漫画』を
わざわざ手にとる人はちょっと少ないだろう。

しかしこれはもっ たいない! 実にもったいないぞ!

「絵が汚なそう」「イメージがよくない」とか、偏見もあって
これらオヤジ漫画を読まない人は多いだろう。実はぼくもそう だった。
しかしいっぺんはまってしまうとこの居心地のいいこ といいこと。
しかも相当いいテンションで書いている傑作も多く、
一例を挙げれば最近映画化もされた『女帝』である。
これは「ホステス漫画」で、火の国熊本から出てきた
女性主人公〈 彩香〉がホステスとなり、銀座のママになり、
最後には日本の 裏の〈女帝〉になるというとんでもない
サクセス・ストーリー である。これにはまったら
『サラリーマン○太郎』なんか読ん でるばあいじゃない!
実際、これらの雑誌で連載されている漫画を読んでいると
「じ ーん」ときてしまう人情話なんかがちょくちょくあって不覚にも
ほろほろ泣いてしまう。『静かなるドン』のしょーもないギャグで
げらげら笑い、『ミナミの帝王』の「なんやてええええええっ」ですっきりし、
『蔵の宿』の展開にどきどきする。
おお、なんてことだ、「来週が楽しみだなー」という
子供のころの感覚に戻っているではないか!
こんな感覚は少年誌どころ か青年誌を読んでいても最近なかなか
味わえないぞ!

個人的にとくにおすすめなのが、『マンサン』連載中の
松森正 画/ひじかた憂峰作 『湯けむりスナイパー』である。
このタイ トルだけでぼくなぞはしびれてしまうがシチュエーションが
ま たすごい。「かつて凄腕の殺し屋だった〈源さん〉が足を洗い 、
身を隠すために秘境の温泉宿の従業員になる」という設定で 、
こんなのがはたしておもしろいかというととんでもなくおも しろいのだ!
ほんとなんだよ!
信じてくれよ! まずもってびっくりするほど絵がうまく、
秘境の温泉宿に住み ついているおかみ、番頭さん、芸者さん、
仲居さん、世捨て人 の松蔵、トモヨさんなどの登場人物が
すこぶる〈生きて〉いる 。地に足がついているというか、
味わい深いキャラクターで、 うーん、こういうのは年齢を重ねなければ
書けないし、読めないのだよな。
一話完結もので、なにげない日常やそこにかいま見える
〈人生〉の瞬間を描く原作者のシナリオもすばらしい。
安易な言い方を許してもらえれば「人生を感じさせる」。
物書きのはしくれとしてみても、そうとう完成度の高い〈物語〉で ある。
まあだまされたと思って7巻まで出ている単行本を買っ てください。
ある程度の年齢に達した人ならばきっとわかって くれるはずだ。
損はしません。

ぼくは漫画が好きだし、きっと一生好きだろうと思う。
年齢を 重ねた読者が年齢を重ねた漫画家の作品を読めるのは
とても幸福な状況である。何百万部も売れるヒット作もいいし、
最前線 の実験的な漫画ももちろんいいだろう。
だが、このような「オヤジ漫画」も確実に漫画と読者を
支えているのだなあ、と感じると
やはり日本の漫画はふところが広いと安心できるのである。
なんか今回はちょっと熱くなってしまった。きっとおっさんになったからだな。

2001年8月 田原 弘毅

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